五話《おじさんの指輪》
朝のランニングで僕は毎日、村を三周する。
昔は本当に疲れたが、今は慣れたもんである。
だいたい、一時間程度で三週を回れるようになった。
が、今日。
俊敏値……9200
朝起きると、こんな異常なステータスになっていて、早速走ってみると……。
なんと、五分。
五分で村を三週回りきったのである。
いや、速すぎだろ!
「あは、あははっはっはっはっはっはー!」
思わずテンションが上がり、狂ったように笑う。
……駄目だ。僕なんか疲れてる。
急に笑うなんて異常だ。
「時間あるし、後ニ、三周くらい走るか」
冷静になってそう呟き、今度は少しゆっくりと走り始めた。
「よっ、今日も元気だなぁ。ショウ」
「あ、おじさん」
すると、ある程度進んだところで、朝によく会うおじさんに出会った。
「今日はいつもよりペース早いんじゃないのか? お前、日に日に速くなっていくなぁ……」
「まあ、一応努力してますから」
「あっはっは! 努力は良いことだ! 努力しねえと俺みてえになっちまう」
言っておじさんは頭をぽりぽりとかく。
因みにこのおじさん。無職である。
噂では親戚からお金を借りてやりくりしているらしい。
「おじさんは今日も元気ですね」
「お前は元気無さすぎるんだっ! もっと楽しそうに話せ! わいわいしろ。それだけで人生は楽しくなる」
「そんな……単純なもんですかねぇ?」
というかおじさん。
さっきは僕に元気だなぁって話しかけたよな?
「意外と人生なんて単純だ。働いて、飯食って、寝てりゃあ生きられる」
「貴方は働いてないじゃないですか!」
「がっはっは! 良いツッコミだぁっ! お前も元気良いじゃねえか」
さりげなく働いてないってことはスルーしたな。
「さて、と……僕はそろそろ行きますね?」
「んあ? どこにだ?」
「え? 走りにですよ?」
「ハシリってところに行くのか? そんな村あったっけかぁ?」
「おじさん、ハシリって村に行くんじゃ無くて、走りに行くんですよ」
「パシリ? お前学校でパシリになってるのか? そいつは良くねえなぁ。俺が懲らしめてやろうか?」
僕は学校に通っていないし、まだ通えない。
それにパシリでもない!
はぁ……駄目だこの人、朝から酔ってやがる。
よく見ると少し顔が赤いし。
「おじさん、今日は水飲んで寝たらどうですか?」
「後いっぱい飲んだらな」
「どれだけ飲む気なんですか⁉︎」
一杯のアクセントが明らかに沢山って意味を指す方だったぞ!
「まぁ、冗談は置いておいてだ。本題に入るぞ?」
「本題……?」
「お前…………」
お前?
「お前、俺を少し家の中まで運んでくれないか? 酔っ払って足がふらつく」
「それが本題なんですか⁉︎」
「ん? 良いから運べ、ショウ。ほら、牛乳やるから」
いらねえよ!
「いえ、遠慮します。それで……おじさんの家ってどの辺でしたっけ?」
「ん? ここだが?」
言いながらおじさんは徒歩五分もかからないような所にある家を指差した。
こいつ……こんな家の近くなのに帰れないほど酔ってやがるのか?
「はぁ……わかりました。じゃあ持ちますよ?」
「うい!」
うい! じゃねえよ。
というか、重たっ!
超重たい。このおっさん太り過ぎだろ!
俊敏値はあれだけど、僕の筋力値はそこまで高くないぞ……。
いや、普通の七歳児よりは圧倒的に筋力あるんだけど。
「おじさん……少しは痩せたらどうですか?」
「バカ言っちゃあいけねぇ。俺も昔は骸骨って言われてたほど痩せてたんだぜ?」
「それは痩せすぎですよ」
骸骨って……骨だけじゃん。
それからなんとか、おじさんを家に運び終え、僕も疲れて座り込む。
「いやぁ……悪かったなぁ、ショウ。牛乳いるか?」
「だから、いらないですって」
「じゃあお小遣いをやるよ。少ないけど取っておけ」
「え……いや、悪いですよ」
「良いから良いから!」
言っておじさんは僕のポケットに勝手にいくらかのお金を入れた。
うーん、無職からお小遣いなんてもらって良いのだろうか?
「まぁ……えと、ありがとうございました」
「おう、それは親には隠しとけよ?」
「あ、はい」
元から親に見せる気もない。
七歳なら金を持っている意味もないだろと取られるのがオチだ。
「んじゃあな! ショウ。元気に走ってこい」
「はい、バイバイ! おじさん」
言うとおじさんは手をふらふらっと振ってくれた。
そして家から出た僕は、おじさんの相手でどっと疲れたので、サクッと走って家に帰った。
帰ると、母さんが美味しい朝ご飯を作ってくれていた。
「ふぅ、ご馳走様。美味しかったよ、母さん」
「当たり前じゃない。だって私の作ったものよ?」
「そうだね」
僕の母さんはかなり自分に自信を持っている。
もう慣れたけど、最初はなんなんだこの人は……と思った。
ここまで自信過剰な人、現代じゃあまりいないからなぁ。
「さぁて、ショウ。飯も食べたし、一時間後は剣の修行だ」
「分かったよ。父さん」
最近は父さんと剣の修行をしている。
でも、思ったより難しいもので、まだ技の一つとも身につけていない。
んー? 筋力値が低いのが問題なのだろうか?
毎日毎日、重たい剣振り回してはいるんだけどなぁ……。
さてと、修行までの一時間、何しようかなぁ?
二階の奥にある僕の部屋に向かいながら、考える。
そして部屋にある最初の頃に僕が運んだ人間サイズ消しゴムに座る。
すると、ポケットの中でチャリンっとお金がぶつかる音が響いた。
あ、そういえばおじさん。いくらくれたんだろうか?
ゴソゴソとポケットの中か取り出す。
「あれ……? これ、お金じゃない」
ポケットの中に入っていたのは指輪だった。
指輪が二個。
「おじさん……間違えたのかな?」
それとも、この指輪がお小遣い?
うーん……。
よし、とりあえずつけてみよう。
すると、指輪についていた赤い小さな宝石が少し光る。
「なんだ……?」
もしかすると、特殊効果のある指輪……だろうか?
装備品でステータスアップというのはゲームだと良くあることだ。
よし、確認するか。
そしてステータスを開く。
名前……ショウ
性別……男
レベル……60 ポイント10
筋力値……9880
防御値……350
魔力……0
魔防……350
俊敏値……9200
魔術
……なし
剣術
……なし
スキル
……レベルブーストC
能力
……『どんなものでも消しゴムに出来る能力』
へ? 筋力値……9880⁉︎
「えええええええっ⁉︎」
もしかして、この指輪の力か?
上がりすぎだろ……。
それに、スキルも増えてる。
レベルブーストC?
名前からしてレベルが上がるのが速くなるんだろうけど……Cってどんなもんなんだ?
まぁBとかAとかSとかありそうだし、こっちは余り凄くはないか。
でも、とにかく9880は凄すぎるだろ。
「ふぅ……これはなんかテンション上がるなぁ」
もう僕、誰にも負けないんじゃないのか?
最強なんじゃないのか?
もしかしたらそろそろ始まる父さんとの修行で勝っちゃうんじゃないのか?
そんなことを思い、ワクワクしながら、僕はステータス欄を何度も見返し、父さんとの修行までの一時間を過ごした。




