二十八話《……》
全員が準備を済まし、町にある噴水の前に集まる……ということで、僕たちは一度分かれた。
でも僕は特に準備などないので早速、噴水へ向かう。
「ん……?」
すると、噴水には先客がいた。
カップルだろうか? 仲が良さそうに手をつないでいる。
うん、微笑ましいな。
でも困った……。ここまでイチャイチャされていると噴水の前にずっといるというのは気が引ける。
よし、良い機会だ。
町の中を見るとしよう。
思えばこの町に来て数日、まだ町の中を一切見ていない。
覚えているのはせいぜい冒険者ギルドと宿、それとネーモ君の家くらいのものだ。
考えをまとめ、僕は特に目的も決めないまま、自由きままに歩き始めた。
こんなにゆっくりと、そしてゆったりと歩くなんていつぶりだろうか?
村にいた時は毎日のようにゆっくり出来ていたものだが……。
村か……。
そういえば、イリアは元気にしているだろうか?
どこにもいかないと、そして、明日も遊ぶと約束してそのまま……怒っているだろうか?
仕方……ないよな。
今こんなことを考えても意味はない。
久々にゆったりと出来るんだ。
楽しい気分で気ままに歩こう……ってあれ?
「ここ……どこだ?」
迷路のようで迷宮のような、入り組みに入り組んだ、うにょうにょでうにゃうにゃな、そんな道に気づけば僕はいた。
どうやら、考え事をしている内に入ってしまったようだ。
さっきから脱出を試みているものの、一向に脱出出来ないということは、完全に迷子になってしまったのだろう。
あぁ……困った。
この道は、そう簡単に抜けれるものじゃあないぞ。
ネーモ君の家も相当迷路のようだったが、ここまでじゃなかった。
うーん、どうしようか?
いっそのことこの辺りの建物を全て消しゴムにしてやろうかな?
白き町に早変わり〜!
いや、駄目だ……そんなことをしたら建物の中の人が死んでしまう。
あ、そういえばこういう道に迷った時は余り動かないほうが良いと聞いたことがある。
うん、ならぼーっと助けがくるのを待っていてやろうではないか。
待ち続けてやろうではないか。
待ち続ける野郎になってやろうではないか。
あれ……? でも僕ってもう結構この入り組んだ道を歩いているわけだし、もう余り動かないというところに背いていないか?
うーん、やはり動くべきか。
動くべきか、動かぬべきか。
動くか動かないか動くか動かないか…………頭が痛くなる。
さて、頭が痛くなった僕は考えることを止めた。
考えずに、感じる。
感じたままに突き進もうではないか。
そもそも、この散歩の目的も自由きままに町を見回ることだ。
なーに、こんなもの少し道を外れただけで、すぐに脱出出来るさ。
ならばこの迷路のような道も楽しもう。
楽しもうと思えば楽しめるだろう。
人生なんでも楽しんだもの勝ちだ。
いつかおじさんも言ってたじゃないか。
人生は楽しめと……。
よし、おじさんを信じよう。
そして、自分の勘を信じよう。
運なんてステータスは無いけれど、僕はそこそこ運は良い方だ(トラックに轢かれている癖に何を言っているんだと言うところだが)。
僕は勘を信じ、ただ歩いた。
地面を見たり、壁を見たり、たまに空なんかを見上げたりしながら、割と楽しみつつ……。
そういえば久々に空を見た。
かなり綺麗だ。
人間、空なんて余り見ないものだからな。
今回道に迷ったお陰で空を見れたのだからその辺は喜ぶべきだろう。
さて、まぁ歩いては見たものの、行けども行けども風景は変わらない。
まるで同じ道を歩いているみたいだ。
いや、そんなはずはないのだ。
一応、消しゴムを小さくちぎってばらまいて来ている。
その消しゴムを見ないということは、同じ道は絶対に歩いていないのだ。
あれ……?
でも、もし……。
「誰かが消しゴムを拾っているなら……?」
僕は背中にぞわぞわとしたものを感じた。
駄目だ……そんなことを考えてはいけない。
後ろは見るな。
ただ前を向いて進めば良い。
さて、行こう。
これだけ歩いたのだ。
そろそろ出られるはずだろう。
僕がやはり同じ道を歩いているということに気づいたのは、夜だった。
試しに、真ん中にばら撒くのとは別で、端の方にばら撒いてみたのだ。
すると、真ん中だけは消え……端は消えていなかったのである。
「つまり……」
額から汗が流れ落ち、目の横を通り過ぎる。
気持ちが悪い。
いや、怖い。
僕は、誰かに後ろから……!
否! 考えては駄目だ。
進め!
前に進む限り、誰が来ようとも追いつかれることはない。
僕は走った。
「ひぃっ、ひぃっ、はぁっ! うううあ」
走り走り、走った。
全身の筋肉が引きちぎれるような感覚に襲われるほど、全力で走った。
「あがっ、あぐうっ、ひぐぅっ」
涎と汗と、血や涙、全てを体から流しつつ、死に物狂いで走る。
狂いながら走る。
もう自分が走っているのかも分からない。
ただ足を前に、前に進めるだけ。
手を振り、足を振り、前に進むことだけを考えた。
いや、考えたのではない。
身体が勝手にそう動いた。
「ううううううううううううう」
抉るように捻り出した声を、喉の中を思い切り響かせながら出し、もう目もほとんど見えないまま、月夜に照らされた道をただ前に進む。
「あがあああっあがっぎひっぐうぅぅぅぅ」
もう自分が何をしたいのかも何をしているのかも分からない。
「なんなんだよおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおっ!」
言葉らしい言葉を久々に出しながらもまだ前に進む。
「うううううっうぐうぐぐぐぐぐぅぅう」
もうどうすればいいのか分からない。
「ああああああああああああっ!」
頭も身体も全てが痛い。
「つーーーーーーーっ!」
恐怖から逃げたい。
「あ、あ、あ、あ、あ」
助けて欲しい。
「うっ……あぁ……」
怖い!
「………………………………あ」
え?
何かに……ぶつかった。
上を、見る。
赤い。
目は血走り、涙と汗と涎で身体はぐしゃくしゃ、そして髪はボサボサ。
服は白く、血が滴り、裸足。
そしてフラフラとした足取りの、小さい男の子がいた。
いや…………そこには僕がいた。
「やっと見つけた」
笑いながら男の子は…………。
ふと、目を覚ました。
どうやら眠っていたらしい。
何の夢を見ていたんだっけ?
あれ? というか、ここはどこだろう?
迷路のような道だ。
「消しゴム……?」
下を見ると、消しゴムが落ちていた。
もしかしたらこの先に、人がいるのかも知れない。
よし、拾いながら辿っていくとしよう。




