二十六話《無敗の少年は負ける悔しさを知る》
「遅い!」
迷路のような道と、無限に続くような扉を乗り越え、待っていたのはそんな文句の言葉だった。
「……ごめん。部屋が広く」
「言い訳はいらない!」
……確かに言い訳だ。
部屋が広いことくらいわかっていた。ネモチさんに聞いておくべきだったろう。
それにしてもこの子、なんでもはっきり言う子だなぁ……嫌いじゃあない。
まぁ好きでもないけどね。年上に向かってなんて口調だ。
「よし、じゃあ早速……」
「その女はなんだ!」
「この女の子はエリといって、防御が……」
「名前だけで良い!」
…………ちょっとこいつ崖から落として良いかな?
僕もそういう修行したし良いよね?
「それで! そのエリはなんのためにきた!」
「なんの為にって……えーっと」
「お前は答えなくていい! エリが答えろ!」
すると、エリは笑顔で、「暇だから」と言った。
「暇ぁっ? ふざけているのか!」
「エリ、ふざけてないよ?」
「いや、ふざけている! 仕事をなんだと思っているんだ!」
うーん、この子。
正論は言うから否定もしにくいなぁ……。
「仕事はね。エリのね。暇つぶし」
「ぐぬぬ……! まだ言うか! なら出て行け!」
「やだよ? エリ、仕事は最後までやるもん」
「あがががががががががっ!」
わー、息子さんの怒りが凄いことになっているー。
ちょっとエリさん怒らせすぎですよぉ〜。
よし、良いぞエリ! もっとやれ、もっとやれ。
「あの、君名前は?」
でもこのままだと仕事が進まないし、僕は話を切り替えるため、息子さんに名前を聞くことにした。
「ネーモだ!」
ネーモ君は怒りつつ言う。
「そうだ、ネーモ君は好きなことはあるのかな?」
「剣だ!」
「へぇ、やっぱり剣が好きなんだね。剣の何が好きなんだい?」
「圧倒的な実力で、相手を倒し、傷と痣だらけにすることかな」
「危険な方向に育っちゃってる⁉︎」
危ないぞ……これは。
本気でエリに洗脳を頼まないといけないのかもしれない。
というか……このまま僕が剣術を教えても、このままだと危険なことに使ってしまいそうだ。
それは避けたい。
ガレイハさんや、あのおじいさんから教えてもらった剣術を汚されたくはないしな。
なにより、僕の信用問題に関わりそうだ。
うん、僕のクエストは一つでは無さそうだ。
どうやら、この子を更生させた上で、剣術を教えなくてはならなそうだ。
残りコイン三千枚がなくなるまで一週間。
一週間もあれば、そこそこには剣術を教えられるかと思ったが、これだと中々きつそうだ。
まぁ、でも良いだろう。
最近、全てが順調過ぎるし、つまらない。
やっぱり、僕には課題が必要だ。
そうでなければ自惚れる。
さーて、と……最初の課題だ。
この子のこの性格を、どうにかしないとな。
「えーっと……ネーモ君」
「なんだ!」
「剣っていうのはね。人を痛めつけるために使ったりしたらダメなんだよ?」
「は? ならばなんのためにあるというのだ!」
「人を守るためだよ」
「守る? はっ! つまらないことを言うな! なぜ俺が弱者を守らねばならん!」
「まだ弱いからだ」
「……っ! 弱い? どういう意味だ!」
「自分より弱いものを守れる人って言うのはね。心が強いんだよ。剣というのは、心で放つ。僕はそう思っている」
「つまり……」そう言って僕は続ける。
「つまり、弱者を守れない君は、弱い。心も剣も弱いんだ」
僕ははっきりと言った。
ネーモ君の目をしっかりと見て……だが、この目は納得した目じゃあない。
向けられた感情は怒りだ。
彼は怒っている。
「ふ、ふは、ふはは! 良いだろう。ならば、俺と勝負だ!」
「勝負……?」
「そうだ! 剣の勝負だ。お前の言う、心の力とやらを見せてみろ!」
「良いよ」
心の力くらい、いくらでも見せてやる。
ということで、戦うことになった僕は、ネーモ君に着いて行き、闘技場へと向かっていた。
「ふっ、この俺と戦えることを光栄に思え。俺の戦績は百十二戦百十勝二引き分けだ。お前が勝てる訳がない」
「はいはい、ネーモ様と戦えて光栄の至りでございますよ。えぇえぇ」
「……っ、貴様! 後悔してもしらんぞ!」
「へえ、この試合公開されてるんだ」
「公開じゃない! 後悔だ!」
そんな会話をネーモ君としているうちに、闘技場にたどり着いた。
「あ、エリが審判するよ」
するとエリはそう言って手を上げた。
「うん、任せた。エリ」
僕はそう言って剣の準備を始める。
ネーモ君も準備をし始める。
そして数分、お互いの準備が終了した。
闘技場の真ん中に、向き合って立つ。
「勝負開始!」
エリのその声が響いた瞬間、勝負は始まった。
僕はまず、ホルダーから小刀を一本取り出し、走り出した。
相手の距離をまずは詰める。
が……やはり子供と言えど、無敗の肩書きを持つだけある。
ネーモ君は、近づいてくる僕を避け、僕の胸元に潜り込んだ。
そして、ネーモ君は剣の刃の部分ではなく、柄の部分で僕の脇腹を攻撃しようとする。
……っ! まずい!
「ぐうっ!」
そんな声を出しながらも、僕は身体を捻るようにして、その攻撃を避ける。
危なかった。
彼は鋭い刃ではなく、硬い柄の部分で、脇腹を殴ろうとしていた……えげつない。
あの硬さと勢いでの攻撃を脇腹なんかに放たれたら、少しの間動けなくなる。
恐らく、ネーモ君はその間に僕を傷とアザだらけにしようとしていたのだろう。
繰り返すが、本当にえげつない。
それにあの速さと精度……手慣れている。
常套手段ということか……。
「へぇ、今のを避けるんだ」
余裕の表情を見せながら、そう言ってネーモ君は剣を振るった。
僕はそれを小刀で受け止める。
「もっと速くて強い攻撃を見たことあるんだよ」
ハルは、ハルの斧はこんな軽いものじゃあなかったぜ。
「なら、これはどうだ!」
ギリギリと剣と小刀がぶつかりあっている状態から、ネーモ君は剣を引く。そして、身体を大きく後ろに反らし、剣を前に放った。
そして、僕は急に剣を引かれたため、バランスを崩し、前方に倒れそうになる。
まずい……!
そう思い、ギリギリのところで足に力を込めて踏ん張り、小刀を持っていない……つまり余った左手で、ホルダーから二本目の小刀を取り出し、それでネーモ君の攻撃を防御する。
「小刀二本……それがお前の武器か」
「さぁね?」
言って僕はホルダーから三本目、四本目と小刀を取り出していく。
「四本目だと……⁉︎」
「これでまだ……半分さ」
僕は剣が放たれないほどの距離まで間合いを詰め、耳元で呟いた。
「……⁉︎ ふざけるな!」
言ってネーモ君は後ろに下がる。
が、その程度の速さじゃあ僕を引き剥がすことは出来ない。
それどころか、僕に背後を取られてしまうぜ?
「な……!」
ネーモ君は驚いた声を上げる。
「あれ? 背後に回りこまれたのは初めてなのか?」
「くっ……!」
そしてネーモ君は振り向こうとした……が、それは出来なかった。
「君の負けだ。ネーモ君」
僕はネーモ君の首の前に小刀を構えていた。
つまり、僕の勝ちだ。
「うぐぐ…………負けた」
彼は悔しそうな声をあげつつ、負けを認めた。
無敗は、ついに有敗になったのだ。
そして……。
「俺を……鍛えてくれ」
彼は、負けることによる悔しさを知ったようだった。




