二十五話《大富豪さん》
「三千枚⁉︎」
「うん」
宿に戻り、エリにコインの枚数を伝えると、そんな風に驚いた。
まぁこのままだと、クレイオス育てられないしな。
三千枚なんて一週間程度で消えてしまう。
それまでに、龍王神討伐よりも割の良いクエストなんて見つけるのは難しい。
「うーん、どうするの?」
「とりあえず、明日も早朝からクエストを見てこようと思う。何かしらあるかもしれない」
「ふーん……」
ということで、今日は諦め、寝ることになった。
そして、早朝。
「よし、行くか」
僕は早速クエストを見に行くことにした。
そういえば、村にいた時から、道場までも、ずっとやっていたランニングを、ここ二日間やっていなかった。
走っていくとしよう。
やっぱり俊敏地がカンストしているだけあり、冒険者ギルドにすぐ着いた。
うん、周りを見渡す限り一番乗りっぽい。
さて、という訳で中に入った僕は、クエストの看板を見る。
「ん……?」
これ、良いんじゃないのか?
《息子に剣術を教えてくれ。
依頼主……大富豪さん。
報酬……50チッブ。》
50チップというのは相当高い。
1チップで、コイン一万枚の価値があるのだ。
つまり、この仕事だけで約五十ヶ月は働かなくてもいいのである。
さらに、仕事内容が剣術を教えるだけ。
うん、割が良すぎる。
「あの、受付さん」
「はい?」
「このクエスト、受けていいですか?」
「あぁ、大富豪さんのクエストですか……」
「うん? どうしたんですか?」
「このクエスト、ほぼ毎日朝に出てるんです」
「はぁ」
「その意味が、分かりますか?」
意味……?
ほぼ毎日朝に出ている?
つまり、クエストクリア者がいないということか?
「クエストクリア者が……いない?」
「はい」
「何でですか? 剣術を教えるだけなんでしょう?」
「それが……その息子さんとやらが、もう既に中々の強さでしてね。つまり、この剣士不足が嘆かれる冒険者ギルドにおいて、息子さんに勝ち、さらに教えるなんて出来る人がいない訳です」
「ほぉ……ま、大丈夫でしょう」
「え?」
「僕、剣士ですから」
僕はクエストを受け、早速通称大富豪さんの家まで向かっていた。
あ、因みにエリも一緒だ。
ドーグとルーシベアには、クレイオスの面倒を見てもらっているから、エリは何もすることがないということで、僕に着いてきた……という訳である。
「その大富豪さん? の息子さんってどのくらい強いのかな?」
「さぁ? でも僕も一応、幼少期から剣術はやっているし、大抵の相手には負けないと思うけど」
「ショウ君が負けるなんてエリは思ってないよ? ただ、どれくらい強いのか疑問に思っただけ。一応、今まで依頼を受けた冒険者を全て倒しているってことでしょ?」
「まぁ、そうなるか。今までクエストの成功者がいないんだから」
「無敗……か」
「無敗……響きだけなら凄い威圧感があるな」
無敗……。
その肩書きに少しだけ威圧されつつも、僕はエリとともに、軽い足取りで歩いて行き、ついに、大富豪さんの家にたどり着いた。
「着いたね」
「着いたな」
二人で無駄に着いたことに対する確認をする。
それというのも、僕たちは驚いていたのだ。
家……と呼んでいいのだろうか? これは。
否、豪邸としか言いようもないものがそこにはあった。
大きすぎる……これが大富豪の家というものか。
こんなの、僕が一生をかけて悪事を働いても無理なレベルだぞ。
「おや? もしかしてお前らが、冒険者のクレイジーカオスとやらか?」
「え、あ……はい。ということは貴方が?」
「あぁ、大富豪こと、ネモチというものだ」
「ネモチ……さん」
変わった名前だな。
この世界の金持ちは、こんな変わった名前なのだろうか?
それともこの人だけか?
「さあさ、いつまでも倉庫の前になんていてないで、早く家に入るといい」
「え? これが家じゃあ……」
「馬鹿を言わないでくれ、これが家に見えるか?」
豪邸に見えます。
「えーっと、じゃあはい。家に上がらせてもらいます」
「こっちだ」
言われて着いて行く。
すると、さっきの豪邸(倉庫だった)の二倍の大きさはある建物が見えてきた。
あれが家なのだろう。
「とても凄い家ですね」
「家……? ん、あぁ。犬小屋のことか。まぁそこそこ凄いことは凄いだろうな」
「……」
言葉が出ない。
これで犬小屋?
わお! 僕、こんなに犬小屋に住みたいと思ったの初めて!
「ショウ君……」
すると、エリが急に話しかけてきた。
そういえばさっきから黙っていたけど、どうしたんだろうか?
「なんだよ、エリ」
「家は、きっとこれより大きいんだよね?」
「まぁ、そりゃあな」
「これが全部エリのものになるのかぁ……」
「まさか乗っ取る気ですか⁉︎」
どうしよう……余りにも凄いものを見すぎて、エリに黒い願望が芽生えている。
犯罪的な思考になっている。
ダークサイドエリちゃんだよ!
「エリは乗っ取るなんてしないよ?」
「そうだよな。安心した」
「息子さんとやらを洗脳するだけだよ」
「怖すぎるよ! どんな技術もってんだ。お前、狂戦士だろ!」
「大丈夫だよ? 洗脳と言っても脳を洗ったりはしないよ?」
「その発想が怖いよ!」
防御しか出来ないのになぜか狂戦士のエリが、まさか洗脳の技術を持っていたとは恐ろしい。
いや、洗脳出来るなんてのは嘘なのだろうけど……。
「まぁ、全部冗談だよ。乗っ取ること以外は」
「乗っ取ることは本気なのか⁉︎」
「さて、冗談はここまでにしとくて……。ショウ君、緊張しすぎだよ?」
「え?」
「お金持ちの家なんて、緊張しても無理ないかもだけど、それじゃあ息子さんに剣術を教えるなんてこと出来ないって、エリは思うな」
「うーん……確かにな」
あれ……? ということはもしかして、さっきのくだりは僕をリラックスさせるため?
「でも、今はリラックスした顔してるよ」
「うん……エリのおかげだよ。ありがとう」
「うん!」
その後、エリと会話をしつつ、ネモチさんに着いて行き、僕はやっと家だというところにたどり着いた。
さっきの犬小屋の五倍以上の大きさである。
「この部分が、息子の部屋だ」
部分だけで……だと?
部分だけであの犬小屋の五倍だというのか?
つまり見えていない他の部分を全部足すと、この家はどれほどの大きさに……!
いや、考えちゃあいけない。
考えすぎると、あまりの規模の大きさにまた緊張しそうだ。
「わかりました、ネモチさん。僕は無事、息子さんに剣術を教えましょう」
「うむ、頼んだぞ」
そう言いつつも、ネモチさんはどうせ無理だろうという顔をしつつ、どこかへ行った。
「さて、入ろうか。エリ」
「うん」
扉に手をかけ、ついに開けた。
まず目に入ってきたのは赤。
圧倒的なまでの赤だった。
燃え盛るようで、威圧感のある……そして、自分は強いということを、表したかのような赤。
それが家のところどころにカーペットとして広がる。
そして……次に目に入ったのは、地獄だった。
地獄と呼んでも良いくらいのものだった。
「…………扉」
パッと見ただけで、五十は優に超える扉がそこにはあった。
「……時間、かかりそうだなぁ」
どうやら、息子さんに会うまでの道は長そうだった。




