十八話《おじいさんの稽古》
早朝、ふと目が覚めた。
うん? いつ寝たんだっけ?
「あ……」
確か昨日はお風呂に入って、のぼせちゃって、助けてもらったんだ。
えーっと……レフースさん!
レフースさんに助けてもらった。
後で礼を言いにいかないとな。
「うーん……!」
それにしてもちょっと早起きしすぎたかな。
暇だ……いや、ちょっと待てよ。
今のうちに素振り八万回、やっておけば……!
「よし!」
急いで修行服に着替え、準備運動をし、僕はグラウンドに出た。
すると、おじいさん。
いかにも歳をとっていそうな、髭を長く生やしたおじいさんがそこには立っていた。
「うん? おお、若者。朝早いのに何をしておるのじゃ?」
「えーっと朝の素振りですかね」
「ほおほお、素振りか。感心感心」
「……おじいさんは何を?」
「わしか? わしは……そうじゃな。久しぶりにこの道場を見たくなった、という感じじゃのう」
久しぶり……か。
「おじいさんも、昔はここで?」
「あぁ」
「へぇ……」
こんなおじいさんも教えていたのか……ガレイハさん。
「どれ、若者。素振りを見せてみなさい」
「え? 急にですね」
言いながらも言われた通りに、素振りを一回する。
「駄目じゃのう」
「へ?」
「気合いが足りておらんわ。素振りとはいえ一回一回を大事にせんかい」
「あ、はい」
よし、気合いを入れて……!
「二ぃっ!」
あれ、なんかさっきまでと違う。
風を切るような、感覚が……!
「良い調子じゃ、あれ? そういえばその武器、お前は小刀なんて使うのか?」
「え? いけませんか?」
「いや、若者よ。お前の筋力量を見る限りでは、大剣やらのほうが向いていると思うのじゃが……って、ん? ホルダーが八つもあるでないか」
「え、まぁ……はい」
「若者、お前は八つもの小刀を同時に使うのか?」
「いや、同時に八つは無理ですよ。二本くらい投げてる間にもう二本で戦う……なんて戦法をしても四本しか使えませんし」
そもそも、ガレイハさんは僕になぜ八本も小刀を渡したのだろうか?
「ほぉ、それは勿体無い。先程はただ単純に筋肉量で大剣が向いているとはいったが、若者、お前の筋肉はしなやかな筋肉じゃ、よって、多数の武器を扱うのには、大剣よりも向いているじゃろう」
「はぁ……でも流石に八本同時は」
「いや、不可能ではない。若者、お前ならやれるはずじゃ。これからも毎朝、わしが稽古をつけてやる」
「おじいさんが、稽古をですか?」
「あぁ」
うーん、どうしようか?
でも、この人。
さっきの素振りといい、的確なアドバイスはくれるんだよな。
もしかしたらかなりの大物なのかもしれない。
「わかりました……では、これからお願いします!」
「うむ」
その後、ガレイハさんが来ると、おじいさんは霧のように去っていった。
なんだったんだろうか?
「ん? ショウ。もう素振りは済ませたのか?」
「え、あぁ、はい」
ガレイハさんが来るまで、おじいさんに教えて貰いながら素振りをし、僕はとっくに八万回の素振りを終わらせていたのだ。
「あー、よし。じゃあそろそろ、お前に剣術を教えてやるよ」
「剣術ですか」
「んあぁ、まぁ俺様の剣術なんてほとんど我流だからな。参考程度にしておけ。いや、丸パクリでもいいけどな」
「丸パクリじゃ、一生経ってもガレイハさんに勝てませんよ」
「かはっ、それもそうだ」
そう言いながら、ガレイハさんは大剣を取り出した。
「えーっと、じゃあまずは剣から風とか炎を出す技を教えてやるよ」
「そんな高等技術をいきなり⁉︎」
「なーに言ってやがる。何の為に二年も崖に登ってやがったんだよ。風とか炎を出す為だろうが」
「そうだったんですか⁉︎」
今ここで分かる、崖登りの理由。
「じゃあまずは風だな。これは簡単だ。俺様は剣だが、お前の場合、小刀の横側を使って思いっきり振るだけだ」
「思いっきり振るだけ? それだけですか?」
「あぁ、割とそれだけで出来る」
「一回やってみて良いですか?」
「道場のほうには向けるなよ?」
「分かってますよ」
よし、小刀の横側で……思いっきり!
あ、そうだ。
さっきおじいさんに教えてもらった素振りの要領だ。
気合いを入れて……!
「でりゃああっ!」
ボオゥっと風が吹いた。
台風とまではいかないが、中々の強風である。
「ほぉん……始めての割には中々良い感じじゃねえか」
「あ、ありがとうございます」
おじいさんのお陰だ。
明日からもあのおじいさんに稽古をつけてもらうとしよう。
「じゃあ次は炎だな」
「はい!」
僕が小刀から炎を出せるようになった辺りで、ハルが起きてきた。
「お、おはようございますっ! ショウ君っ! 師匠さん」
「うん、おはようハル」
うーむ、少し気まずい。
僕だけだろうか?
「よし! ハルも来たし……ショウ、お前はハルが素振り一万回を終えたら、炎と風を出す方法をハルに教えてやれ」
「え? あ、はい。それでガレイハさんは?」
「ん? 部屋で寝てくるけど」
「自由過ぎる⁉︎」
「まぁ師匠だしな。師匠ってのは自由なんだぜ?」
考え方も自由だな。この人は……。
「てことでばーいばーい!」
帰っていきやがった……。
「えーっと、じゃあハル。とりあえず素振り一万回だ」
「はい!」
そういえば昨日は千回だったのに、十倍にも増えてる。
僕とハルとの戦いを見て、変えたとかかな?
そんなことを考えながらも一から二時間。
「ふぅ、終わったぜ。ショウ……さっそく炎と風を出す方法を教えろ」
「う、うん」
どうしよう、このハルでも少しは緊張するな……。
やっぱり、僕はハルのことが好きなんだろうか?
「えーっと斧の横側を使って思い切り振る。これだけだよ」
「それだけか。でりゃあっ!」
台風を思わすような風が出た。
僕より凄いじゃないか……。
あれ? でも小刀より圧倒的に巨大な斧だ。
これくらいは当然なのか?
「よし、じゃあ次は炎だ」
「炎だな。わかったぜ」
そこそこ時間はかかったが、なんとかハルは炎を昼までに習得した。
「ふぅ、疲れましたね。ショウ君」
「そうだな」
どうしよう……いつもより意識してしまって上手く話せない。
「どうかしたんですか?」
「い、いや、別に? 疲れただけさ」
「疲れてるんですねっ! じゃあお昼ご飯にしましょう!」
「え、あ、うん」
「はい、おにぎりです!」
いつも通り、おにぎりだった。
いつもならそんなに何とも思わないが……何だか嬉しい。
「ありがとう……ハル。えーっと、いただきます!」
「はい!」
「うん、美味しいよ。ハル」
「ありがとうございます!」
ハルはニッコリと笑う。
僕は、まだ自分がハルのことを好きなのかは分からないけど、この笑顔だけはずーっと見ていたいと、そう思った。




