十五話《結婚…………だと?》
勝負が始まってすぐ、ハルは巨大な斧を勢いよく持ち上げ、僕に向かって一直線で向かってきた。
なるほど……手加減はないという訳か。
僕はその攻撃を守るため、ホルダーから二本、適当に小刀を取り出す。
そしてハルの攻撃を、両手に持った二本の小刀で受け止めた。
振動が体に響く。
なるほど、流石の攻撃力という訳だ。
「やるじゃねえかぁっ、ショウ」
「まぁねっ!」
僕は手に力を込め、二つの小刀で斧を弾き飛ばした。
それにより、ハルは後ろに仰け反る。
僕はその隙を狙い、二つの小刀を手放し、ホルダーからさらに小刀を取り出す。
そしてその小刀を、腰を低くし構え、自慢の速さで、ハルの胸元に潜り込み、首元に狙いを定め、攻撃を放った。
「甘いぜっ」
が、ハルはその攻撃を、斧の重さを後ろにかけることによりさらに身体を反らし、避けた。
それだけでなく、反らした反動を利用し、斧を勢いよく縦に放つ。
「……っ⁉︎」
それをギリギリのところで僕は避けたが、その勢いにより、僕は転げた。
まずい……これじゃあ隙だらけだ。
そう思い、急いで体勢を立て直す。
だがその頃には遅く、ハルの斧が僕に向かい、上から勢いよく迫ってくる。
「これで、終わりだぜええっ!」
「いや、まだだ」
僕はホルダーから残った五本の小刀を取り出し、両手で二本と三本に分け持ち、
ギリギリで受け止めた。
ハルのほうが優勢な体勢であるとはいえ、そこは攻撃力の差が出た。
そして、僕は五本の小刀で上からの斧を押しのけた。
僕はその隙に、急いで一歩下がる。
「っはぁ……っはぁ」
くっ、強い。
ハルがここまで強かったなんて……!
でも、勝てない訳じゃあない。
今は油断していたが、実力で言うならば互角。
いや、僕のほうが少し勝っているだろう。
ならば消耗しない内に、一気に決着をつけてやろう。
「ぐりゃあっ!」
僕は走り出した。
そしてその勢いのまま、五本の内二本の小刀をハルに投げる。
だがハルはそれを軽く避けた……が、そこまでは予測通り、僕は五本から三本に減った小刀の内一つを再び投げた。
しかし、さっきみたいに適当ではない。正確に狙いを定め、武器を使って弾かない限りは絶対に当たるようにだ。
「ふっ、甘いぜ」
言いながらハルはその攻撃を斧で弾いた。
「狙い通りだ」
その攻撃を弾くというわずかな隙、その隙を狙い、僕は最高速度まで加速し、残った二本の小刀を両手に持ち、近づく。
「……な」
「僕の勝ち……だな」
片方は首元、もう片方は心臓の前に小刀を向け、見下ろすように僕は言った。
「ははっ」と、そんな笑い声が聞こえた。
ガレイハさんの笑い声である。
「どうやら、ショウの勝ちのようだな」
ニヤッとこちらを見ながら、ガレイハさんはそう言った。
「えへへ、負けちゃいました。やっぱりショウ君っ、強いですね」
「あ、うん」
君も十分なほどに強かったけどな。
というかこの切り替わり、凄いなぁ。
この子、少し前まで「ふっ、甘いぜ」とか言ってたんだぜ?
信じられない。
「少し休憩したら師匠さんとの対決ですねっ!」
「うん」
「勝てそうですかっ?」
「うーん、どうだろう? まぁ、勝つ勝たないじゃなくて修行だからね。真剣にやるさ」
「そうですね! ショウ君らしいですっ!」
「おい!」
すると、そんな声が聞こえた。
どうやらそろそろガレイハさんと戦わなくてはならないらしい。
「ガレイハさん……」
「お前は崖登りを成し遂げた。素振り八万回もやってみせた。ハルにも勝った。つまりだ、お前はこの二年間で、相当強くなっているはずだ」
「はい」
殆ど崖に登っていただけだけどな。
この人の弟子になって二年間、この人に何も教えてもらっていないとは一体何事だろうか?
「さぁ、お前の二年間の修行の成果、たっぷり見せてもらうぜ……!」
「……はい!」
僕は八本の小刀を四本ずつ両手に持ち構える。
ガレイハさんは一本の剣をずっしりと地面に刺す。
そして……勝負は始まった。
結果?
負けたけど?
崖登り?
いや、まぁ確かに崖登りのお陰で、相手の隙を狙うのが得意にはなったけど、それがどうしたと言うんだ?
ガレイハさん、隙なんてちっともないじゃないか。
八万回の素振り?
今日の朝やったばかりなのがどう役に立つと言うんだ。
むしろそれで手が痛いくらいだ。
さて、そんな風に負けた言い訳のようなものを心の中で考えてはいるものの、まぁ普通に僕は負けた。
完敗である。
「はぁ……」
いったい、ガレイハさんにはどうやったら勝てるのだろうか?
勝負後、「……ははっ、良いねぇ。この成長ペースなら俺様を越せるかも知れねえ。俺様も二十歳を過ぎちまったからなぁ、これ以上大幅なパワーアップは期待できねえ」とは言っていたが、いつか越せるかもしれないと言っただけで、それは十年後になるのやら、二十年後になるのやら……全く、見当もつかない。
まぁ、まだ今日から修行は始まったようなものだし、僕もこれから成長していけばいいだろう。
なーに、まだ九歳、伸び代はまだまだある。
頑張っていくとしよう。
「さてと、お風呂お風呂」
そんなことを考えながら僕はお風呂に向かっていた。
道場の中に作られた、大浴場である。
僕は、脱衣所に入り、服を脱ぎ捨て、勢いよく風呂への扉を開けた。
今日は疲れたし、もう体中がボロボロだ。
「ゆっくり疲れを癒すとしよ…………う?」
そこには肌色があった。
綺麗な、肌色があった。
というか……。
「ショウ君……?」
ハルの裸がそこにはあった。
顔を赤らめ、こちらを見ている。
「……えーっと、ごめんなさい!」
僕は扉を勢いよく閉めながら言う。
「あの、ショウ君……なんで女の子専用の浴場に?」
扉越しにハルはそう僕に質問する。
なぜ女の子専用の浴場にって? 欲情しちゃったからでーす!
いえーい!
いや、そんなつまらない冗談は置いておいて(本当につまらない冗談だ。焦りすぎて頭がどうにかなっているのかもしれない)。
「ごめん……間違えた」
「……ショウ君って意外とドジなんですね」
「……うーん、そんな自覚は無かったけど、実はそうなのかもな」
「あの……ショウ君」
「なんだよ、ハル」
「責任? 取ってくれますか?」
へ……?
「ハル……責任を取るなんて言葉どこで」
「この前、お姉さんに」
「お姉さん?」
「この道場の弟子の一人です」
ああ、なるほど。
でもそのお姉さん、ハルになんてこと教えてやがるんだ。
「それで……ハル。その、責任を取るって言葉の意味、分かってるの?」
「分かりません、でもお姉さんは男に裸を見られたらこう言えと……」
うーん……間違ってはいないか?
「まぁ、ハル。意味の分からない言葉は余り使わないほうがいい。とりあえずそんな言葉は忘れよう」
「はい、ショウ君が言うならそうします!」
「ふう、じゃあこれにて、僕は帰るとするよ。今回のことはお互い忘れよう。それが一番だ」
僕はそう言って、急いで脱ぎ散らかした服を着ようとした時だった。
「ま、待ってください!」
ハルのそんな声が聞こえ、動きが止まる。
「あの、ショウ君?」
「なんだ? ハル」
「わ、私と、けっ、結婚して下さい!」
結婚…………だと?




