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十四話《二重人格》


 ハルとの買い物を終え、後日。

今日こそやっと修行だ! と、思いきや、なんということか……道場に本門者が来た。

まだ道場にいる人物もハルとガレイハさんと僕をずっと回復してくれた人しか知らないというのに、本門者に来られても困ったものである。

というか、僕はいつになったら修行出来るのだろうか?

はぁ……運が悪い。


「お願いしまーす!」


そんな元気そうな声を上げ、その訪問者はやってきた。

僕たちより年下で、(六歳くらいだろうか?)そこそこ質素な服を着ており、背には木刀を背負った、少年である。

これからの希望に満ち触れたような目をしている。

あぁ……純粋なんだな、この子。

この道場の師匠がどれほど酷い人間かも知らずに、哀れなものだ。


「おい、ショウ。お前、今俺様に失礼なこと言わなかったか?」

「いえ、そんなことないですよ。ガレイハさん」


この人、読心術をマスターしているのか……⁉︎


「それにしても、こんな道場に訪問者なんて珍しいもんだなぁ……」

「あの崖を登らないといけませんしね」

「いや、別に回り道すれば崖なんて登れなくても来ることは出来るぞ?」

「前々から、ハルってどうやって崖の上に登っているんだろう……と思ってたんですけど、なるほど、そういうことですか」

「さて……と、じゃあ俺様はあのガキに話を聞くとするか」


そう言って小走りでガレイハさんは少年の方へと向かって行く。

そして数分後、また走って帰ってきた。


「なんだったんですか?」

「あのガキ、この道場に入門したいんだとよ」

「へぇ、良かったじゃないですか」

「いんや、別に良くはねえよ。雑魚はいらねぇ。まずは入門試験だな」

「入門試験……? そんなもの僕の時にはなかったじゃないですか」

「弟子からの推薦なら試験はねえんだよ」

「あぁ、僕って一応、父さんから推薦されてますもんね」

「そういうことだ」


父さんに感謝。

こんなところの入門試験、キツいに決まっている。


「それで、入門試験ってなんなんですか?」

「ハルの奴と戦って、どれくらいセンスがあるか、この俺様が見極めるって感じだな」

「え⁉︎ ハルがですか?」

「あん? そうだが?」

「ハル……大丈夫なんですか?」

「あぁ……お前、まだハルが戦っているところ、見たことないのか」


ないけど……あのハルが戦うなんて不安だな。


「まぁ、良いから見ておけ。面白いんだぜ? あいつの戦いは」

「は、はぁ……」


面白い……ねぇ。

ハルが?

うーん、どんな戦いをするのやら。



 少しして、修行用の服に着替えたハルが、大きく、重たそうな斧を、汗をかきながらも、両手で必死に引きずりながら運んでいた。

確か武器は斧って言ってたけど……本当に使えるのか?

とても重そうにしているけど……。


「ハル、頑張れよ」


僕は声をかける。


「あ、ショウ君っ! はい、頑張ります」


言ってまた斧を引きずり、道場の前にあるグラウンドにハルはやっとのことたどり着いた。


「お姉さん遅いよー、俺、待ちくたびれちゃった」


少年はそう言って背負った木刀を取り出す。

なんだ、このクソ生意気なガキは……!


「えへへ、すいません」

「俺みたいな年下に敬語まで使っちゃって、お姉さん、弱いんじゃないのー?」


このクソガキぃっ! 消しゴムにされたいのかぁっ?


「えへへ」

「はは、お前なんて三十秒で倒してやるよっ!」


ついにお前とまで言いだしたか、こいつっ!

僕は怒り、立ち上がろうとした。


「止めろ、ショウ。面白いもん……見れるからよぉ」


すると、ガレイハさんに止められた。


「面白いもの? ハルがあんなこと言われるのが面白いんですか?」

「いや、そうじゃねえ。まぁ良いから見とけ。俺様は審判に行くから、大人しくしておけよ?」


そう言われ、しぶしぶながらも、僕は座る。


「勝負開始だぜ」


ガレイハさんのその声で勝負は始まった。



 勝負が始まると、先ほどまで重たそうにしていた斧を、ハルは軽く、片手で持ち上げた。

そしてその斧を、思いっきり振り回し、少年の木刀を、真っ二つにぶち壊した。


「え……?」


ハル……だよな?


「随分いきがってやがるから、少しは骨のある奴かと思ったら、こんなもんかよ。ちっ、つまんねえなぁ」


ハルはそう言って、斧を地面に突き刺す。

あれ……? ハル、なのか?


「え、あ、え、お、う、え?」


少年も驚きの表情を隠せないようで、汗をダラダラとかきながら、そんな声を出す。


「はっ、これで終わらしてやるぜぇっ!」


突き刺した斧を引きぬき、ハルは走り出した。

そして、少年のギリギリ手前で斧を縦に振り、地面に放つ。


「ひっ⁉︎」


少年はそんな風に怯えた声を出し、尻餅をつき、失禁した。

斧の放たれた地面はひび割れ、砕けていく。


「もう、いやだぁぁぁぁあ!」


少年は急いで立ち上がり、そこから逃げ出した。


「へ、つまんねぇ、ガキだったぜ」


ハルは吐き捨てるようにそう言い、持った斧を地面に落とした。

そして「ふぅ……」と声を出す。


「ハル……?」


僕は、さっきのは一体何だったのだろうかと、ハルの元へ行き、そんな風に話しかけた。


「あ、ショウ君っ! どうしたんですかっ?」

「え……?」


戻っているじゃないか。


「いや、別に……まぁ、お疲れ。凄かったよ」

「えへへ、ありがとうございますっ!」


そう言ってまたハルはニコリと笑う。

うーん、さっきまでのハルと、完全に別人だとしか思えない。

なんだ?

二重……人格?


「ハル……勝負してる時の記憶ってある?」

「ないですよ?」


うん、これは二重人格だろ。

というか「ないですよ?」って、記憶がないことに違和感を感じないのか?


「ふぅ、まぁそれにしても……今日も修行する時間無くなっちゃったね」

「まぁ、明日から頑張りましょうっ! 一緒に修行、楽しみですねっ」

「……そうだね」


戦う時にあの人格になるなら、楽しみどころか怖いんだけど……。

そんなことを思いながら、僕はハルと夜ご飯を一緒に食べる約束をし、分かれた。




「あの、ガレイハさん」

「あん? なんだよ」


夕食後、僕はガレイハさんの部屋に向かった。

ガレイハさんは和服に着替えており、もう部屋も真っ暗で、寝る前のようであったが、僕はガレイハさんにどうしても聞きたいことがあったので、そう言って話を切り出した。

部屋は暗いが、月が差し込んでいて少しは明るいし少し話すくらいなら問題はないだろう。


「ハルって……」

「あぁ、ハルは二重人格だ」

「やっぱりそうですか……理由は、分かっているんですか?」

「さぁな、心の問題だとは思うんだが、詳しくは知らねえ」

「……あれで、良いんでしょうか? 心の問題でああなってるということは、ハルは、まだ何か悩んでいるんじゃ」


例えば、家族のこと。

死んでしまった家族のことを、ハルはもう何も思っていないとは言っていたけれど、やっぱり、まだ心に残っているのではないだろうか?


「良いんじゃねえのか? あいつ、強いし」

「強ければいいんですか?」

「当たり前だろ? 強いのが正義だ」

「それが、偽装の強さだったとしてもですか?」


あれは本当のハルではない。

つまり、偽物。

その偽物が出す強さなんて、偽装の強さでしかない。


「あぁ、偽装だろうがなんだろうが強ければいい。あれだって、ハルが努力によって手に入れた力だ。それとも、お前はハルの努力を否定でもするのか?」

「いえ、努力は否定しませんが……」

「とりあえず、今はあれで良いんだよ。あいつはまだ九歳のガキだ。自分に向き合うには、早すぎる」


確かにそうかも知れない。

ハルは……まだ九歳なのである。

成長するにつれ、治る可能性もあるのだ。


「はぁ……分かりました。ガレイハさん。ハルの件については、保留ということで」

「はっ、お前はなんていうか、九歳らしくねえよな」

「そうですか?」


まぁ合計年齢二十五歳くらいだしな。

仕方ないと言えば仕方ない。


「二十年は軽く生きてそうだ」


……鋭いな。


「例えば僕が、二十五歳だって言ったらどうします?」

「あ? 二十五歳なのか?」

「いえ、もちろん違いますよ」

「はっ、まぁてめえが九歳だろうが二十五歳だろうが、関係ねえ。今まで通り修行するだけだ」

「そう……ですか」


全く、さっぱりした人だ。

こういう自分の価値観をしっかりと持った人に、僕もなりたいものである。


「では、僕はそろそろ部屋に戻ります。お休みなさい」


そう言って、僕は部屋へと戻った。





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