十一話《小悪魔》
なんやかんや、崖を一秒で上れないまま、一年が経ってしまった。
「ふぅ……行くか!」
と言う訳で、三千二百十二回目の挑戦である。
まずは八つの小刀を取り出し、突き刺す。そしてそれを使い上る。
それから引き抜く。
八本をフルに使って、手も即座に動かし、ガツガツと進んでいく。
このペースなら……!
ガッと、崖の上に手をつき、ゴールしたので、ガレイハさんを見つめる。
「残念、五秒くらいだな」
「な……!」
そしてもうこの流れにもなれたが、僕は地面に落ちた。
回復してもらう。
「……五秒の壁、中々に高いな」
それでも、上れないから、三十分となり、三十分から、五秒というのは、僕も頑張ったなぁ……と、思う。
「ショウ君? 大丈夫ですか!」
「大丈夫だよ、ハル。もう二千えーっと、まぁ細かくは今は覚えてないけれど、とにかく、二千回を超える回数地面に落ちてるんだし、ハルもそろそろ慣れなよ」
「慣れれませんよぉ。ショウ君、運良く毎回回復できるレベルですけど、もしかしたら死ぬかもしれないんですよ?」
「うーん、それもそうだけどなぁ……」
ここまで心配されると、早くクリアしないと……と、毎日思う。
思いはするが……やはり、一秒は難しい。
後何年あったら五秒から一秒に縮められるのやら、考えただけで嫌になる。
もしかしたら僕、この修行だけで人生終えてしまうんじゃないのか?
前世は消しゴム集めるだけで死亡。
今世は崖に登る修行を続けて死亡。
なんて嫌な人生だっ!
これだと来世も期待できないな……。
いや、今世をそんな絶望に満ちた未来にしてたまるか!
よーし、行くぞ!
三千二百十三回目のチャレンジだ!
あ、因みにこれは失敗した。
まさかまさかで、さらに一年経った。
僕の人生がハイペース過ぎる。
さて、一年の成果を発表しよう。
五秒から……二秒になった。
うん! これなら来年にでもクリアできるぞ!
「はぁ……」
二年間も何やってるんだ? 僕は。
ふと、身体を見る。
やっぱり九歳ともなればそこそこ成長しているか……。
それに、ボロボロだ。
でも腹筋は割れている。
この腹筋は二年間の唯一の戦績とも言えるだろう。
そういえば……最近ステータス、見てないな。
ステータスオープンっと……。
名前……ショウ
性別……男
レベル……76 ポイント129
筋力値……9899
防御値……9999
魔力……10
魔防……350
俊敏値……9500
魔術
……急激成長
剣術
……なし
スキル
……レベルブーストB
……自然回復C
能力
……『どんなものでも消しゴムに出来る能力』
ちょっと待って、なんか防御力カンストしてるんですけど。
そういえば最近崖から落ちても怪我しないなー、おかしいなー、とは思っていたけど、まさかこの二年でここまで防御力が上昇するとは……。
後スキルに自然回復Cっていうの増えてる。
自然回復……これも何回も崖から落ちたお陰、ということだろうか?
あれ……?
ちょっと待てよ?
急激成長……これ、今思ったけれど、使えるんじゃないのか?
これを使えば、使われたものは一時的に急激な成長をする。
これで僕を成長させれば……!
いや、駄目だ。
なんかズルしている気分だ。
あくまで、今の、自分の、力で、行くべきで、あろう。
よーし、そうと決まれば今日も頑張って……!
「ショウ君っ! 朝ごはんですよ」
ハルだった。
朝ごはんは……おにぎり。
二年間、朝、昼、晩、ずーっとおにぎりだ。
しかも味も全て塩のみ。
「ハル……もしかして、わざと?」
「え? 何がですか?」
そう言ってハルは首を傾げながらニコリと笑う。
駄目だ、眩しすぎる。
というかこんな子が、わざと二年間ずーっとおにぎりだけにする訳ないだろ!
何を考えてるんだ、僕は!
最悪だ! 最低だ! 変態だ!
いや、変態ではないけれど……。
「おにぎり、美味しいですか?」
「う、うん。凄く……毎日食べたいくらいだよ」
「本当ですか! 明日も作ってきますね?」
もしかしたら、こんな発言を迂闊にしてしまうから、ずっとおにぎりなのかもしれないな……。
「あ、ショウ君。緊急なことがあって、今日は来たんです」
「緊急なこと?」
「師匠さんが言っていたんですけど……ショウ君が今日以内に崖を一秒で上れなかったら、ショウ君を、ヒノデリ坂に連れて行くらしいんですよっ!」
「う、うん」
ヒノデリ坂……って何なのか知らないし、リアクション出来ない。
「ヒノデリ坂って何……?」
「知らないんですかっ⁉︎」
驚かれてしまった。
さて、という訳で、ハルからヒノデリ坂についての説明を聞いた。
ヒノデリ坂……通称、死の照り坂。
神が出しているのかと言われるほどの日が朝昼晩を問わず出ていて、その日に照らされると、死ぬ。
例外はない。
昔、魔王と名乗るものや、地獄王なんて名乗るもの、勇者や、英雄、そんな奴らがいたそうだが、そいつらも皆、ヒノデリ坂に行ってしまい、照らされ、死んだらしい。
「ということは……さ。ハル」
「はい」
「僕、遠回しに、死刑にされるってことだよね?」
「……そうなります」
うがああああああああああああああああっっ!
どうしよう? 本当に終わってしまう!
僕の人生が崖登りで終わってしまう!
父さんめ、恨むぞ!
そしてガレイハ! てめえ師匠の癖に弟子を死刑にするとか何考えてやがるっ!
ああああああ、ごめん。イリア!
すっかり君のこと忘れかけていたけど、帰れそうになさそうだ。
そしてハル! 友達になってくれてありがとう!
こんなもの、後一日でどうにかなる問題じゃない!
僕は死ぬ。
ヒノデリ坂で照らされ死ぬ。
希望を持てるとするならば防御力がカンスト……という点だろうか?
もしかしたら、ほんのもしかしたらだけれど、生き残れるかもしれない!
あはは、やった。やった!
奇跡を信じようじゃないかぁっ!
あひゃひゃひゃひゃひゃっ!
『落ち着いて下さい」
ん? この声……どこかで聞いたような!
誰だ? えーっと、えーっと。
『レイですよ』
『あぁー、神様の、レイちゃんか』
『レイ……ちゃん?』
『まぁ、久しぶりだな。レイ』
『はい、そうですね』
えーっと、確実に二年以上はレイと話していないから……うん、本当にかなり久しぶりだ。
『それで……なんだよ。僕が死ぬ前に挨拶か?』
『いえ、貴方はこんなところで死にませんので……別に挨拶はしませんよ』
『死なない? いや、無理だろ。流石に今日でこの崖を一秒で上れるようにはならない』
『さぁ? どうでしょうか? 貴方なら、私は大丈夫と思いますけどね』
『ふーん……』
なにか、根拠があるのだろうか?
『それで? 本当の用はなんだよ』
『えーっと……ですね。プルワ、という名前を、覚えていて下さい』
『へ? プルワ?』
『はい』
『それだけ?』
『はい』
言ってレイはまた連絡を切った。
プルワ……って誰だ?
「あのー……ショウ君?」
あ、ハルと話してたの忘れていた。
「あ、ごめん。ぼーっとしてたよ」
「そ、そうですよねっ……普通死刑なんて決まっちゃったら不安で、ぼーっとくらいしますよね」
「大丈夫だよ、ハル。僕は死刑にはならない」
「え?」
「僕が、今日以内に一秒で崖を上ればいいだけじゃないか」
という訳で、一万回目。
ジャスト一万回目の挑戦である。
「……ふぅ」
緊張する。
でも、僕なら大丈夫だ。
きっと大丈夫だ。
「よし……!」
そう声を上げて、僕は崖を登り始めた。
効率よく、柔らかいところと固いところを見分け、小刀を突き刺し、次々と進んでいく。
このペースなら、大丈夫だ!
今まででも最速。
「うおおおおおおおおおっ!」
やばい、後少し時間が足りない……!
後数ミリでも指が長ければ、ゴール出来る距離なのに……!
なにか……ないか?
スピードを、上昇させる……推進力ようなものが!
推進力……炎?
そうだ、炎の勢いで、上に進めれば……!
「急激成長おおおおおおおおっ!」
右手で炎を出しながら、僕は左手で、崖の上に手をついた。
「……っはぁ、っはぁ」
「よおよぉ、お疲れだなぁ」
「ガレイハ……さん、時間は?」
「んあぁ……ギリギリで一秒以内だ。頑張ったな」
……。
…………。
………………。
「うぉっしゃあああああああっ!」
「かぁぁ、マジでやるとは……お前には驚かされたぜ」
「そりゃあマジにもなりますよ。ヒノデリ坂に連れて行くなんて言われたら」
「ヒノデリ坂? 何言ってるんだ?」
え?
「いや、ガレイハさんが、僕が今日以内にクリア出来なかったらヒノデリ坂に連れて行くってハルが……」
「あ? そんなこと言ってねえけど?」
……どういうことだ?
その後、崖の上にある道場を、ガレイハさんに案内してもらった。
という訳ではなく、適当に、「ここが今日からお前の部屋だ」と、部屋に突っ込まれた。
扱いが雑い。
和風な部屋だなぁ……。
というか、そもそもこの道場自体が和風な感じだ。
おにぎりといい、この辺は全体的に和風なのかもしれない。
「あのー、ショウ君」
少しゆっくりしていると、そう言ってハルが部屋に入ってきた。
「あ、ハル」
「クリア、おめでとうございますっ!」
「うん……まぁ、これも、毎日のようにサポートしてくれたハルのお陰だよ」
「い、いえ……ショウ君が頑張ったからですよ」
「あはは、ありがとう」
さて、それよりも、ハルには聞かないといけないことがある。
「なぁ、ハル」
「はい、なんですか?」
「なんで……ヒノデリ坂に連れて行かれるなんて嘘、ついたんだよ」
「す、すいません……ショウ君なら、こう言えばゴール出来るかなーって。余計なお世話でしたよね……あはは、私何しているんだろう?」
「いや……まぁその嘘のお陰でゴール出来たんだ。ありがとうね」
「…………はいっ!」
言ってハルはニコリと笑った。
この笑顔でほとんどなんでも許してしまうんだから、ズルイぜ……。
全く、とんだ小悪魔もいたもんだ。




