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琥珀−木蝋燭編−  作者: 蔦川 岬
8/27

人肌 −2


「どういう事なんですか?」

 莉子りこが身を乗り出して路旗みちはたを見た。

 先日通された同じ座敷に、莉子は正座していた。テーブルを挟んだ向こうに、路旗の横には琥珀こはくの代わりの御山みやまが座っている。

 

 数分前、路旗は泉高校の校門の少し横で控えめに、莉子が校門から出てくるのを待ち伏せていた。とはいえ、三十過ぎの男が街路樹の木陰で日除けしながらじっと校門を見つめているのは甚だ怪しいだけなので、路旗はそれとなく持参した小説文庫のページを無意味にめくって過ごした。

 やがて「きゃあきゃあ」と楽しそうな声が聞こえてくると、ぽつぽつと学生達が門から出て来た。その中に莉子の姿があった。

「やぁ」

 面目ないような、何とも言えない表情で、路旗はすまなそうに莉子に手を振った。

「待ち伏せる気はなかったんだけど、どうも急な話があってね。すまないね、オッサンが待ち伏せしていたなんて、お友達に変な噂がたっては申し訳ない」

 莉子の知っている路旗の、いつもの飄々とした態度とは違ったその姿勢に、莉子は驚きながらそれでも嬉しさの方が先立った。

「ぜんぜん、大丈夫です」

 心底そう正直に言い切った。一緒に駅まで帰る約束をしていた二人の友人に小突かれながら、莉子は真っ赤になって路旗の側に寄っていった。

「ふたりとも、ごめんね。今日は急用で莉子さんをお借りします」

 何かざわめき合っている莉子の友人二人に向かって、路旗は持ち前の爽やかな笑顔で手を振った。

 

 道旗に連れられて浮き足たった莉子が神社に着くと、先日通された座敷に、白髪が混じった年配の気難しそうな御山が居て、莉子は面食らった。

 そして、その気難しそうな顔の理由を聞かされたのだ。

「つまりだね、琥珀くんは--」

 御山が言いにくそうに吃る。

「つまり、その怨念の女の好みがドンピシャだったのだろうかな」

 一時、莉子の表情が強張った。

「どんぴしゃ、って何ですか?」

 恐る恐るといった様子で、莉子はおずおずと御山と路旗を交互に見る。助け舟を出したのは路旗だった。

「とても好みだったということだよ」

「それって」

 顔面蒼白で莉子は息を飲んだ。

 

 話の筋はおおよそこうだ。

 琥珀と路旗が依頼に行った先の物に宿っていた記憶に、曰く付きの怨念のようなものが憑いていた。その怨念の女性は琥珀を見てとても気に入った。それから毎晩夜な夜な琥珀の元に通うようになってしまった。ということなのだと莉子は解釈した。

「牡丹灯籠、現代版なんですか?」

「少し違うところもあるけど、広義に解釈しておおよそそういう事にしよう」

 路旗が静かにそう告げる。

「牡丹灯籠か……なるほど、面白いな君は」

 御山が僅かに眉毛を挙げた。

「そうだとしたら、琥珀さんは毎晩生気をすわれるんですか」

「ううむ、そういう事も無きにしも非ず」

 しばし長い沈黙の後、莉子が思い切ったように路旗を見た。

「……あの、それで。私が何かあるんですか?」

 莉子がここに呼ばれた本題だ。

「琥珀くんの家に行くアポイントを取ったんだけどね、琥珀くんの妹さんが、莉子ちゃんにもぜひ一緒に来て欲しいと、そういう申し出があったんだ」

「琥珀さんの、妹さん?」

 釈然としないままの莉子は、ただ真っすぐな路旗の目を見ていた。

「突然の話で申し訳ないけれど、以前少し話した事を覚えてくれているかな? 莉子ちゃんの存在が、琥珀くんに影響を与えたという話」

 ああ、と莉子は朧げに回想していた。そういえばそんな事を路旗に言われた記憶がある。

 あれはまだ高校受験の前だ。

 

 冬を迎える鈍色の雲によく似た色の車を見送って、莉子は寂しさで胸が締め付けられたのを今でも覚えている。


「私の存在が、琥珀さんの不思議な力に影響を与えたという、その事ですか」

 莉子なりに考えて、ゆっくり会話を綴る。

「そう」

 路旗は低くそう肯定して頷いた。

「すいません、でもやっぱり、いまいちよくわからないんですけど」

「そうだろうな」

 御山が静かに頷く。

「神道には仏教でいうような輪廻転生というものはないのだがね、もし仮に、君と琥珀くんの魂が共鳴するような事があるとしたら。それはソウルがナンタラというものが、この世に存在してもおかしな事ではないと思うのだがね」

「ソウルメイトの事だよ」

 路旗が付け足すように言った。

「……ソウルメイト」

 莉子は何度かその言葉を口の中で反芻すると、ふと思い出したように路旗の顔を見た。

「聞いた事があります」

 占いに興味を持ち出した友人が、夢見心地気味に言っていた単語だった。

「確か、運命の人だとか、強い絆で結ばれた人だとか、前世の生まれ変わりだとか」

 ブツブツとそうやって呟いているうちに、莉子はすぅっと自分の顔の血の気が引くのを感じた。

「私、琥珀さんとソウルメイトなんですか?」

 こくりと路旗は頷く。御山も気難しい顔をしたまま頷いた。

「ソウルメイトという言葉は様々な意味があって、なにもスピリチュアリズムな意味ばかりではないんだ。だけど、そうだなぁ」

 珍しく路旗が考え込むように言葉を飲んだ。

「突然こんな事を言われて、ピンとこないのはよく解るし、むしろ胡散臭くて気持ちが悪い事だと思う。何もソウルメイトだからといって、琥珀くんとどういう関係になるとかいう事ではないんだよ」

 十代女子に「恋愛対象者を決められたようなものだ」などと解釈されるのを心配した路旗が、慎重に莉子の反応を見ながら説明をする。

「……私、飲み込みがいいんです。だから、今の話も飲み込みました。判りました。私、琥珀さんのソウルメイトだという事でこれからお役に立てるように頑張ります」

 随分はつらつとした莉子の反応に、御山と路旗は顔を見合わせた。

「それで、私はどうしたらいいですか?」

「明日学校は?」

「土曜日は休みです」

「それじゃあ明日、早速だけど磐田いわた家に行きたいと思っているのだけど」

「はい」

「そちらがよろしかったら、明日の電車の事もあるだろうし、家に泊まって行ってもらっても構わないのだが、さすがに年頃の娘さんを外泊させるには親御さんもよろしく思わないだろう」

 尤もな事を御山は言って、今日は早々に路旗に家まで遅らせようと申し出たのだったが、莉子はあっさりと微笑んで「ちょっと電話してきます」と携帯を手に席を立った。

 思っていた以上に話が通ったことに驚きを隠せない御山は、声を絞って道旗に言った。

「靖彦、今時の女子高生というものは、ああいうものなのか」

「どうでしょうね、自分は女子高生ではないので」

「とはいっても、親御さんは反対するだろうな、路旗、明日は昼頃にでも磐田家に行くということにしたらどうだ?」

 などと、御山と路旗の思案とは裏腹に、五十嵐家は莉子の外泊を快く承諾したらしかった。おまけに、莉子から御山に手渡された携帯の向こうで、五十嵐夫人が丁寧に「うちの娘がお世話になります」という。

「うちのパパもママも、路旗さんと琥珀さんのことすごく気に入っているみたいなの」

 少し俯き加減で、御山から携帯を受け取り、莉子は赤くなって微笑んだ。

「仕事冥利に尽きるなぁ」

 頭をぽりぽり掻きながらはにかむ路旗と、何もいえぬ顔をした御山を前に、莉子は改まって頭を下げた。

「すいません、お世話になります」


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