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琥珀−木蝋燭編−  作者: 蔦川 岬
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再会ー2


 学校を出てから、何度目かのデオドラントスプレーを身体に吹き付けて、莉子りこは威勢良く鳥居をくぐった。

 

 このデオドラントスプレー、携帯サイズではあるが今日一日だけで二本目である。

 家から出て駅の手前で、バックの中に入っている携帯用のデオドラントスプレーの残量が少なかった事を思い出した。慌てて家に戻ろうとしたが、送迎の軽トラは黄色信号ギリギリでとうに大道路を曲がって行ってしまったのだ。

 仕方なく莉子は、コンビニで一本購入したが、無臭だと些か心もとない。友人たちにお願いをしてデオドラントシートを貰う事にした。

 セッセと服の間に腕を突っ込んでフキフキし始める莉子を、二人の友人はニヤニヤしながら見つめている。

「そんな汗くさくないよぉリッコー」

 友人の細面の紫苑しおんは何やら面白そうに頬杖をついていた。

「それに今日体育の授業なかったんだし、余裕で大丈夫じゃないの」

 紫苑に同感するように加奈かなも頬杖をついている。

「んーでも、女子がこんな汗かいていたらおかしくない?」

 莉子の困ったような顔を見て二人の友人は顔を見合わせて笑った。

「この猛暑日、汗をかかない方がおかしいよぉ」

「身体の自然現象なんだから」

「まぁでも、あのイケ神主たちにフラレたら私たちが慰めてあげるわよリッコー」

 そういう激励でもって、莉子は参道を歩いているのだ。 

 

 蝉の鳴き声が一斉に大きくなる。それと同時に、境内の体感温度がすぅっと下がった気がした。

 境内を囲う木々が真夏の灼熱を遮断しているのだ。

 莉子はそれでも額から流れる汗を手の甲で押さえながら、濃い影を落とす石畳を歩んだ。

 長い髪はポニーテールに結い、真新しい制服に真新しい鞄という出で立ちだ。今年の春、見事に念願の高校に入学したのだった。

 御泉妟守結神社ごせんひめがみむすびじんじゃから五百メートルほど離れた小高い丘の上にある女子校である。

 神社の位置は、駅からの通学路とは逆の方向になるため、電車通勤で時間帯に余裕のなかった莉子は、この神社が路旗みちはた琥珀こはくの居る神社と知っていて、なかなか訪れる事ができないでいた。

 今日は教員の都合で、授業は午前中のみ。

 この日こそと、莉子はカレンダーの日付を数え数え今日に至った。

「ご、ごめんくださーーい」

 社務所の前に立ち尽くして莉子はありったけの声をあげた。一時の静けさに、蝉の声が脳裏に響く。どっと汗が噴き出し、自分が酷く緊張しているのが判った。

「あの、すいません誰かいらっしゃいませんか」

 社務所の中を覗き込むと、藍の暖簾の向こうにあるテレビから芸人の喚く声がする。時々暖簾がゆっくりはためくのは、扇風機が回っているからだと判った。

 留守ではなさそうだ。莉子は思い切ってもう一度声をあげてみることにした。

 大きく息を吸って。

「あの、ごめんくださーい!」

「はい」

 突然後ろから女性の声がして、莉子は小さく悲鳴を上げた。

「ごめんなさいね、驚かすつもりはなかったの」

 御山みやまの妻である喜和子きわこはとてもすまなそうに目の前の女子高生を見た。

「あ、いいえ、あの」

「お守りかしら?」

「あ、あの、いいえ、ええと」

 突然の事に動揺する莉子をそのままにして、喜和子は社務所の中に入って行く。窓口に着いて一度佇まいを正し、それからまた笑顔で莉子を見た。

「御朱印かしら?」

「あの、み、路旗みちはたさん、いらっしゃいますか」

 我ながら物凄いカタコトだと莉子は赤面した。小学生でもあるまいし、と恥じれば恥じるほど汗が吹き出る。

 こんなに汗を流している自分を見られたら気持ち悪いだろうな、と思った矢先、喜和子は満面の笑顔で指を鳴らして奥に大声を掛けた。

靖彦やすひこくーん! ご指名です!」

 言い終わるより早く、路旗が暖簾の奥から顔を出した。

「やぁ、莉子ちゃん」

 逢いたかった人と逢えたような、おかしな達成感を感じて莉子は生唾を飲んで乾いた口を懸命に動かした。

「あの、ご無沙汰しております。メールでは詳しくかかなかったんですが」

いずみ高校に進学したんだね」

 紺色と深緑のチェックのスカートは、神社の前を通る女子校の生徒だというのは一目瞭然だった。

「おめでとう」 

 颯爽と路旗が手を差し出して握手を求めた。条件反射で、莉子もその手を握る。汗ばんだ自分の掌とは正反対に、路旗の手は乾いていた。

「すいません私、汗すごくて」

「暑いものね、さあ中に入って。麦茶を出しますよ。お客さんが来たときはエアコン、スイッチ、オン」

 喜和子が社務所の玄関を指差して、あちらから入って来てと教えてくれた。

「琥珀君も居るよ」

「あ、はい、お邪魔します」 

 いそいそと莉子は笑顔の路旗に促されるまま座敷に通された。喜和子が麦茶を持ってくるまでの数分。

 莉子は高鳴る鼓動と、流れる汗と、乾き続ける口内に苛まされた。逢いに来てしまったのはいいが、どう切り出したらよいのだろう。そんな漠然とした疑問が頭の中をぐるぐる回っている。

「今日は特別暑いね」

 目の前に座った路旗の笑顔が、どうしてか莉子の汗を吹き出させる。

(どうしよう、唇がきっとガサガサしている)

 何か応えようとして、うまく動かない自分の唇が乾ききっているのを悟って莉子は生唾を飲んだ。

(どうしよう、すごく緊張している)

 男性の前で唇を舐めるのは、はしたないだろうか。などと堂々巡りな思考回路に突入しようとしていた時、路旗は莉子の目の前に盆を差し出した。

「はい、お守り」

 屈託のない笑顔で路旗は差し出した盆を、更に莉子の方へ押してた。

 盆の上には一枚の懐紙があり、その上にピンク色のお守りがあった。青緑色の刺繍で〔御泉妟守結神社〕とある。

 それを見た莉子は、跳ね上がる勢いで路旗の顔を見た。

「かわいい! すごくかわいいです!」

「気に入ってくれたかな?」

「はい!」

 制服にゴシゴシと両手を拭い、莉子は静かにそれを手に取ってみた。なるべく女の子らしい仕草を意識し、それでも嬉しい興奮は押さえきれずに何度も路旗の顔をみて、誤摩化しようのないはにかみを見せた。

 

 

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