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琥珀−木蝋燭編−  作者: 蔦川 岬
20/27

−4

 * * *


(ここはどこだろう

 暗い 水の底

 そうだ

 いつも見ている夢の

 いつも自分が居る場所だ)

 

 暗い闇のなかに琥珀の意識はあった。目視できない生温い空気が、琥珀の周りを取り囲むように存在している。

 泳ぐようにもがくと、背面の方に冷たい地底から沸き上がるような水の感触を感じた。振り向くと、暗黒の闇の中に滲むような灰色の光が浮かび上がっている。

 鈍色の光はやがて赤色を含んだ灯火に代わり、橙色を脹らませて大きく琥珀を包んだ。

 −−ともしびの意識が流れてくる。

  

 突如、目の前に助の姿があった。

 

 ともしび。

 

 助は愛しい女の名を呼ぶと、寂しそうな顔をした。

 

 ともしび、お前は幸せではなかったのか。何不自由のない生活をして、子供にも恵まれて、お前は幸せではなかったのか。


「さみしかったの……」

「さみしかったの! さみしかったの! さみしかったの!」

 誰とは言わない。誰とも言えない。誰でもよかった。

 刻を共にして、肌を合わせて、温もりを感じて、話をして、誰かの中に自分という人間が存在する事が幸せだったの。

 誰でもよかった。

 そう、誰でも。欲した時に刻を共にして肌を合わせる事ができるのなら、誰でも。


 でも……。

 助さんは……そうね、一身に愛を注いでくれたわ。

 誰でもよかったけど、助さんと一緒にいる時は、他の誰とも違ったわ。

 心地よかった。特別だった。


 ……ああ、それが、もしかしたら

 わたしの恋だったのかもしれない。


 あの人の心の中に、わたしはいたかった。

 本当はそうだった。だからあの蝋燭を貰った時、わたしは言葉に出来ない程の喜びと、同時に胸が裂けそうな程の後悔をした。

 身請けなど必要なかったのに。

 どうしてわたしは……。


 いいんだよ、ともしび。

 もう、いいんだよ。

 



 鈍い光が集まり、ともしびの様々な念がひとつになった。

 琥珀の上で緩い輝きを纏った半透明の藍色の光は、たうとうように宙を彷徨い、やがて細かな霧になって琥珀の上に降り注いだ。

「あ!」

 ともしびが琥珀の中に入っていく様を見た莉子がとっさに声を上げる。

「大丈夫よ」

 瑠璃が静かに言った。

「でも、あの念が!」

「大丈夫」

 慌てる莉子とは裏腹に、瑠璃は静かに琥珀を見ていた。助けを求めるように莉子は路旗を見たが、路旗も少し険しい表情をしていながらも、小さく首を縦に振った。

「あれはもう、念じゃないわ。記憶よ」

 琥珀に降り注ぐ藍色の光を放つ細かい霧雨のような霧。きらめくような光ではなく、どこかぼんやりと消え入りそうな鈍い光を放っている。

 何故だろう、とても美しく、とても哀しい色に莉子の目には映った。

「じゃあ、ともしびは成仏したの?」

 釈然としない気持ちのまま莉子は隣にいる瑠璃に声をかけた。

「成仏? それはどうかしら」

 瑠璃の声は普段のハスキーで抑揚のない声に戻っている。思わず莉子は瑠璃を見た。

 隣にいる瑠璃はじっと琥珀を見据えたまま、それだけを言って黙っていたが、ややあってにんまり笑って莉子を見上げた。

「でも、大丈夫よ。結局、ただの念の塊なんだからぁ」

 そのにんまり笑いがすごく路旗のにんまりに似ていて、莉子は面食らった。




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