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琥珀−木蝋燭編−  作者: 蔦川 岬
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−2

蝉時雨の中、回想に耽っている御山みやまの竹箒を受け取って、路旗みちはたは玄関の横に竹箒を掛けながら続きを話した。

「あの後、二件依頼がありまして、簡単なものだったのですが、やはり馬湧うまうの件から彼の能力がバージョンアップしたのだと思います。おそらく物の持っていた記憶の隅々まで見れるようになっているのではないかと。

 情報が数多にあると、冷静にどれを汲み上げ整理するかという問題も生じてきますし。琥珀こはくくんには今まで以上に情報を整理する作業が加わったということなので、大変なのでしょう」

 簡単な依頼というのは、「テレビの鑑定番組に出品したいのだが、これはいつの時代のものなのか」といった事から、「オークションで競り落としたのだけど本物なのか」という類いのものだったりするのがほとんどだったのだ。

 馬湧の石祠の件は、琥珀にとっても路旗にとっても不思議なほど、特殊な依頼だった。

 路旗の説明を聞きながら、御山は眉間に深い皺を刻んだ。

「やはり磐田いわた家の血筋だろうな」

「……そうですね」

「それで、次の依頼は来ているのか?」

「祭りも近いので、裏家業は臨時休業しようと思っていたのですが、どうしても、というものが一件きていまして」

「難しいようなものなのか?」

「今の琥珀くんの能力だと、見る分には然程難しくはないと思います。ただ、その物が一体どんなものかがまだ把握していないので、こちらとしては少々怖いという感じですね」

「ふむ、琥珀くんと相談して無理のないようにするべきだ。それでなくても祭りが近いからな、琥珀くんの調子がよくなさそうなら、祭りの支度が優先だと断る理由にしてもいいからな」

 二人は玄関を入り、各々のスリッパを履き終え台所に向かった。

 喜和子きわこが朝食の準備をしている最中だった。

「しかし、馬湧の件で何があったんだ」

 廊下を歩みながら御山は独り言のように呟いた。

「ソウルメイトとでも言いますかね、そんな存在と接触したんですよ」

 後ろを歩いていた路旗がさっぱりと答えた。

「ソウルメイト?」

 思わず御山が振り向いて路旗を見る。

「おそらくです」

 路旗がそれとなく答えると、御山は歩みを進めながら静かに聞いた。

「私はソウルがメイトとかいうカタカナには疎いが。言葉のニュアンスからして、それはよい事なのだろうな」

 はい、と路旗は少し間を開けてから返事をした。

「そうか、それで、それは男か女か」

「女子です」

「ふむ、面白いな」

「はい、実に」

 


 琥珀は仰向けのまま淀んだ瞳を天井に向けた。

 カーテンの隙間から明るい光が滲んでくる。昼にも近い時間になっているだろう事は安易に予想できた。

 既に神社の鈴を鳴らす音が何度か聞こえている。

 だが、そんなことはどうでもいいように思えて、琥珀は大きく深いため息をついた。

 物に宿る念や記憶を読む事が出来る力が倍増した。少し前に携わった、馬湧という土地にある山中の祠を視た時からだ。

 もう少し詳しくいえば、莉子りこという女少女と接触してからだった。

 今でも莉子の長く黒い髪だけははっきり琥珀の脳裏に焼き付いていて、揺らめく艶を思う度、どこか切ない胸の締め付けを感じていた。

 彼女との接触から明らかに、以前よりはっきり物の持つ記憶が見えるようになっている。

 ESP超能力オブジェクトリーディングと一丸に表現される琥珀の能力だったが、今や琥珀の意識の届かないところでその能力は暴走寸前だった。

 自分の中に芽生えた得体の知れない恐怖感と不安感に、琥珀は圧迫されていた。

「視れる」のではない。「見える」のだ。

 琥珀の意思に関係なく、それらは時として鉄砲水のように琥珀の内に傾れ込んでくる。絶え間なく幾ばくと、数多の人の想いや記憶が琥珀の脳内に、我も我もと浸食してくるのだ。

 自身の記憶とその物達の記憶が入り交じり、何百年も生きて来たような物々しい時世に取り残されそうにもなった。

 それほど錯綜とした記憶の中で、琥珀は混濁として正気を失いそうになる。だが、そんな時決まって彼女が脳裏の片隅に現れるのだ。

 少し俯き加減の、長い髪の少女。

 五十嵐いがらし莉子りこ

 琥珀の能力に影響を与えた少女は、いつも精神の混乱する琥珀の意思の中に現れた。

 ゆらりゆらり揺れる艶やかな髪。緩やかに揺れる様は琥珀の切迫した精神に、小春日のような穏やかさをもたらした。そうして琥珀は狂いそうになる寸で、いつも現実に還るのだ。


(何故だろう)

 琥珀自身もわからなかった。


(どうして自分の意識の中にあの子がいるのだろう)

 路旗が示した〔ソウルメイト〕だからだろうか。


(でも何故)

 物の記憶を読める力があるとはいえ、琥珀自身は心霊やスピリチュアルな事に関しては寧ろ否定的であった。相棒の路旗でさえ、この類いの超常現象を「そういう世界があると信じている人もいる」というニュアンスで受け止めている。

 実のところ、自分たちが裏家業で請けもっている〔記憶読み〕の能力に関しては、断然的に受容しているだけだった。

 

 人の念は、本体を離れても存在するのか。

 人の念は、物に残り、記憶として存在していくのか。

 数多の人の念が記憶となり、物に宿る。

 多くの記憶が上書きされ、蓄積され、波長の合う者を待つ。その中で、読まれた記憶が幸いか否か。

 そんなものはないとは、言えない。

 必ずあるとも、言えない。

 科学的に証明の出来ない事とは、常に人を異常に誘い込む。

 

 琥珀は、自分自身に起きている状況を上手く収拾できずにいた。そして混沌と入り交じった記憶に苛まれて、泥の中に引きずり込まれて行くのだ。

 だが、いつもその寸でのところで莉子を見る。

 そうすると、すぅと、首まで浸かっていた泥が流動し、水になって琥珀の身体はぷっかり水面に浮くのだ。


 その日も、水面に浮いた状態のまま琥珀は目を覚ました。

 自分の部屋の天井。身体は水の上ではなく、ベッドの上だ。

 日が高く上がっただろう外の日差しが、カーテンの隙間から滲み漏れていた。

「どうしたんだい、もう十時のおやつ時だというのに、カーテンも開けず」

 路旗がノックと同時に部屋に入って来た。不調な理由を判っていて、あえてすっとんきょんに声を彼はかけてくる。

 二階の各部屋には鍵はかけておらず、琥珀の部屋にも路旗の部屋にも自由に出入りができた。ノックをしてノブを回すとあっけなく部屋のドアは開く。

「もう十時ですか」

 そんな時間だろう。路旗がカーテンを開けると、刺す程に眩しい真夏の日照りが部屋に降り注いだ。その瞬間、夏の熱気が肌に戻って来た。

「こんな真夏に、窓を閉め切っていたら熱中症になってしまうよ」

 窓を開けると、ジージーと耳鳴りのような蝉時雨が聞こえる。

 じわりと肌に浮き出る汗を感じて、琥珀はのろりと身体を起こす。

「次の依頼、仕事します」

 路旗を真っすぐ見て琥珀は小さな声で言った。

「その調子だとこっちが了解とは言えないよ」

 少し真面目な声色で、路旗は琥珀に視線を落とした。

「仕事を重ねれば読みをコントロールできるかもしれない、そう思っているんだろう」

「……はい」

「俺にはどう見ても、今の君はいっぱいいっぱいに見えるけどね」

「……はい」

 こくりと素直に琥珀は頷いた。

「でも、逃げれないんです」

 見えるという現実から逃げる事はできなかった。

 それが自分の運命でもあるように。

「自分の、血筋の宿命なんですよ。でも……俺はまだ、いい方なのかもしれないですよね」

 磐田いわた家の歴史を回顧していけばいくほど、自分の身体に流れている血に背筋が凍った。


 琥珀の生家、磐田家は代々続く特異体質の血族だった。その血族の中で直系にも関わらず能力が薄かった琥珀は、一般人同様に自分の家族の異様さを肌身で感じていた。

 とりわけ、妹は霊媒体質だったのだ。

 先祖がえりという隔世遺伝だとかいう。「この子は絶大な能力を持った御先祖主ごせんぞぬしの生まれ変わり」と、母親は琥珀と妹を差別的に教育した。

 琥珀が家を飛び出したのは、中学三年だった。それ以来、磐田家の者とは全くの音信不通である。

 それなのに、血は磐田家を切ってはいなかった。


 切れない血縁。

 切れない記憶。

 何度逃げようと思ったか。

 何度、何度。

 自分のおぞましさ。家族のおぞましさ。妹のおぞましさ。


 逃げ切れないと思った時、目の前に路旗がいた。

 初めて路旗と逢った時も彼は、ひしゃげて縮こまっている琥珀を上から見下ろして溜め息混じりに「やれやれ」と囁いた。

「誰と比べてもしょうがないものだよ。琥珀くんの苦しみは琥珀くんにしか判らない。誰彼と比べて比較するものではないよ」

 やれやれ、と優しい砕けた笑みで琥珀の頭に手を置いた。

「増した力を、誰かと背比べするためにさらに増力させようとか、考えていないだろうね」

「それは……ないです」

「磐田家の誰かと比較したりするより、俺の相棒程度で押さえておいてくれないかな。琥珀くんが参ってしまったら俺の収入は宮司一本になってしまうよ」

 そう戯けて、路旗はにんまり笑った。

 路旗の胡散臭い笑顔は、時として琥珀の心をとても癒す。



 

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