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琥珀−木蝋燭編−  作者: 蔦川 岬
14/27

血縁−2

  

 2

 

 磐田家を後にしたその後、莉子の行動は脱兎の如く素早いものだった。

 神社に到着次第、お邪魔しますの言葉と同時に階段を昇り、勢い衰える事なく琥珀の部屋のドアを蹴破った。

「琥珀さんっ!」

 怒鳴られた琥珀は、ベッドに寝込んではいなかったものの、窓辺でうっつらとしていた時だった。突然の事だというのに、その表情には驚きの色もない。

「何だよ」

 冷めた返事が琥珀から返ってきた。

「何だよじゃないでしょ、ちょっと琥珀さん、しっかりしてよ!」

「何がだよ」

「何だの何がだの、ちょっと琥珀さん聞いている?」

 今にも飛びかかって来そうな形相の莉子の後ろから、慌てた様子の路旗が顔を出した。

「やーやーやー、焦った焦った。よかったよ、琥珀くんがちゃんと服を着ていて」

「服?」

 路旗の声を聞いて、我に返ったように莉子がしなっと落ち着いた。

「うん、琥珀くんは毎晩のように、ともしびに服を脱がされちゃうんだよ」

「え? ともしびってあの怨念の女の人? その人が琥珀さんの服を脱がすの?」

 頭を掻いて苦笑いをする路旗と、窓辺でじっとりとした目線で二人をみる琥珀の顔を交互に観て莉子は真っ青になった。

「やだ、琥珀さん気持ち悪い」

「……それを言うなら、俺じゃなくて服を脱がすともしびの方だろ」 

 莉子の後ろに居る路旗をちらりと一瞥して、琥珀は静かに反論した。

 路旗に限って失言ということはないだろう。おそらく琥珀の身にどういう事が起きているのか、それを知る権利が莉子にもあるとでも言いたいのだと、琥珀は朧げな思考で悟った。

 それでも莉子の口から出た言葉に不快感を覚える。

(気持ち悪いって言われるのは不愉快だ)

 心の中に蟠っていた泥のような物体が、ぐんにゃりと動くような錯覚を琥珀は覚えた。

 見知らぬ女の怨念は、琥珀の衣類をもどかしそうに脱がしていく。

 その女は、天井の近くから素っ裸の自分を眺める。

 時折、冷気のような指を琥珀の唇や頬に這わせ「愛しいねぇ」と譫言のように囁く。

 甘く妖艶なその眼差しで、琥珀の心のどこかを弄るように見つめる。

 琥珀は成す術もなく、されるがままの仰向けでその女を見つめているのだ。

(気持ち悪くないはず、ないな)

 琥珀自身、ともしびを拒絶する術がないわけではなかった。ただ、されるがままでいるのが一番楽だったのだ。

「琥珀さん、女の人に服を脱がされて、一体、何の為に?」

 おそるおそるといった様子で莉子が強張った表情をして聞いた。

「さぁ、わからない」

 依然としてどこか上の空な雰囲気の琥珀は、吐き捨てるように答える。そして、

「わからないんだ、さっぱり。何をしたいのか、どうしたいのか」

 唸るように言葉を綴って頭を掻きむしった。

「ただ……」

 思えばぞっとした。

 ようやく実感する恐怖心。

「ともしびは俺を道連れにしようとしている……かもしれない」

 途切れ途切れに琥珀は呟いた。

 一言一言が、息切れするかのように重い。

「道連れとかいうけど、本当は琥珀さん自身が生きる気力ないだけじゃないの」

 瑠璃の話を回顧して莉子が釘を刺した。

「はぁ?」

「瑠璃姫さんがそう言っていたから」

「おい、どういうことだよ」

 さすがの琥珀も今度ばかりは頭に血が昇ったらしい。咄嗟に振り返って莉子と路旗を睨む。

「琥珀さん、心のどこかに生きていたくないって思っているんじゃないの」

「何を根拠にそんな事……」

「瑠璃姫さんにだってそうよ、兄妹なんだから、せっかくあんなすごい妹がいるのよ、もっと信頼しあってもいいじゃない」

「やめてくれよ!」 

 久しく発していない大きな声を出した後、琥珀は背を向けてしばし咳き込んだ。

「ねぇ、大丈夫?」

 とっさに手を差し伸べた莉子をのっそり振り返って、忌々しげな眼差しで消え入りそうな声で囁いた。

「……どうしてそんなに俺にかまうんだよ」

 不信感、不安感、不審と戸惑い、嫌悪感、疑惑感が琥珀のその表情にはあった。

「どうしてって」

 一瞬言葉を飲み込んで莉子は首をくすねたが、次の瞬間には琥珀の肩を鷲づかみして怒鳴っていた。

「琥珀さんのソウルメイトってことで、琥珀さんのお役に立つって路旗さんと約束したの!」

 

 しばしの静寂。

「……そっか、そうか」

 糸の切れた操り人形のように、ベッドに座り込んだ琥珀を見て、路旗は静かに莉子の肩を寄せた。

「莉子ちゃん、ここは少し席をはずそう。琥珀くん、少し休んでいてくれ」

 二人の足音を聞きながら、琥珀はじっと壁をみていた。

(なんなんだ、この感情は)

 自分では理解できない冷たいものが腹の奥に溜っている。これはともしびの念か。ほとんど毎晩会っているのだから同調する部分も少なくないはずだ。

 このままでは、自分の中がともしびの持つ念でいっぱいになっていく。

 冷たく蒼い塊が、自分の中の一番深い所にじわじわと根を張っている。

 さっきの莉子のひとことひとことが、琥珀の中に新たな冷たさを植え込み、大きく広がるのが判った。

(なにが、ソウルメイトだ。あいつは疫病神じゃないか)

 何度そう思ったのか。

(あいつに会ってから自分の能力が暴発したり、あいつを見るとむやみに心がざわめく)

 しかし、ベッドに倒れ込んで天井を見上げると同時に、馬湧うまうでみた少女の記憶を思い出す。

 あの少女が抱いていた記憶−−念−−。

 あのゆらめく水のような感情が、いま琥珀の腹の中にある感情に似ている部分があるのだ。





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