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「つまり、瑠璃姫さんは本当の霊能力者ということですか?」
瑠璃を目の前に、莉子はぱっと顔を上げて半ば叫ぶように問いかけた。
一般的な思考の莉子が結論付けたのはそれだった。
それを聞いた瑠璃が面白げに笑う。莉子の思考の単純さがどうやら気に入ったようだ。
「それでいいよ、そのほうが簡単よね。霊能力者ってことで行きましょ」
人は瑠璃を様々な呼び名で呼ぶ。
御山は【玉依姫】、路旗は【瑠璃姫】。ある者は【先生】と呼び、またある者は【女神】や【天使】とも呼ぶ。
磐田家は代々続く造園業家だ。
広い敷地には屋敷が隠れるほどの庭木が植えられている。
南側の造園会社と邸宅が表の顔であり、磐田家にはこれも代々続く拝み屋の裏の顔もあった。
裏の顔は、西の門から入って来た極秘の顧客の依頼を受ける。
時はおおよそ夕刻から朝方にかけて行われていた。近年は、黒塗りの高級車が何台も訪れる事すら珍しくはない。
全ては琥珀の妹である、磐田瑠璃に用事があって訪れる者達だった。
それを知る者は平民ではおおよそ数少ない。その業界の最後の砦に位置するのが磐田家の瑠璃なのだ。黒きベールの奥に鎮座する磐田家の瑠璃を、誰もが気軽に訪れる事は可能ではなかった。
表向きの磐田家は、間違いない代々続く造園業家というだけだ。
その表向きの側に、琥珀は生まれ育った。
琥珀自身には瑠璃ほどの能力はなく、外で自由に造園会社の息子として生きて行く事ができた。
瑠璃は生まれながらに能力を発揮していたのだという。
母は娘を「先代様の生まれ変わり」と畏怖の念を持ちながら、まるで神に遣えるように丁寧に接してきた。
磐田家は、代々女家系である。絶大な能力をもっていたとされる先代様も、女性であった。能力を受け継ぐのはほとんど女子であり、母親は女児である瑠璃を出産した時の安堵感と、その類い稀な能力の存在に誇り高さすら感じたのだろう。
娘を神のように崇めた。
−−裏と表がある磐田家。
琥珀と瑠璃は、同じ母親と父親の血を受け継いだ身でありながら、裏と表に居た。
表側の琥珀と、裏側の瑠璃。
そう鑑みると莉子は二人の境遇に、胸が空くるような気持ちになった。
「それで兄の所には、いつ行けばいいのかしら」
瑠璃は空になった自分のティカップに紅茶を注ぎたしながら、目の前の二人を見た。
「兄はこの家には絶対来ないしね」
「それで、琥珀くんに憑いているものなんだけど−−」
ひととおりの説明をしようとした路旗の言葉を遮って、瑠璃は訳ありげに微笑んでみせた。
「見えるよ。女の人ね」
あからさまに手にとったビスケットを口に運びながら、瑠璃は当然のように言う。
「すっごく貪欲そうな女性、兄をすごく気に入ったみたい。連れていこうとしているのかな」
「瑠璃さん、もしかして離れていても判るの?」
莉子が信じられないという顔で瑠璃を見る。
「靖彦さんが持って来てくれた兄の気で、なんーとなく。それに兄のソウルメイトの莉子さんの存在でその気が多少は鮮明になるの」
なるほど、それで莉子を連れてくるように言ったのかと、路旗と莉子は合点した。
「でも、兄もまんざらでもなさそうよ」
「どういうこと……?」
「連れて行かれてもいいと思っているかもしれないよ」
他人事のように瑠璃は呟いてから、少し間をあけてゆっくり続きを吐いた。
「生きる事にあまり積極的じゃなさそうだし」
「それって……」
「そのまま死んでもいいって思っているんじゃないかなぁ」
「そんな、もしかして琥珀さんもその女の幽霊を好きになっちゃったってことなの?」
二人の顔を交互に見ながら莉子は驚く。
「それは違うと思うけどなぁ」
瑠璃は少しだけ目を細めて困ったような顔を作ってみせた。
「ただ単に生きていく自信がないだけじゃないの。兄は昔っからコンプレックスの塊だったから」
それが実の妹が言う台詞なのか。
莉子は目の前の琥珀の妹という、兄をこれでもかと貶す少女を見つめた。
「お兄さんが大変なのに、瑠璃さんはお兄さんを助けたいと思わないの?」
すかさず莉子は燻っていた心の奥に灯った怒りを表した。
(せっかくの兄妹なのに)
兄妹なのにどうしてお互い助け合おうとしないのか。
一人っ子の莉子にはどうしても理解できなかった。
「だって、兄は私に助けられるくらいなら、死んだ方がいいと思っているかもしれないよぉ」
揚力のない声で、当たり前のように瑠璃はため息まじりに紅茶を飲んだ。
莉子の隣で、同じように聞こえないため息をついたのは路旗だった。路旗は何を言うわけではなく、ただ静かにため息をひとつついただけでいる。
「そんな……」
瑠璃のあまりの淡白さに、莉子が絶句していた時だった。
路旗が静かに口を開いた。
「それでも、瑠璃姫は琥珀くんを本当は救ってあげたいと思っているだろう?」
「……べつにそんなふうには思っていないわ」
「本当にそうかい?」
「……家族の欵としては、見殺しにするわけではないけど」
チリっとした空気が漂った。
一般人の莉子でさえ感じる事ができた冷たい空気だ。目の前の瑠璃の瞳の奥にある、何かがひんやりと寒さを纏ったのを感じた。
「でもねぇ、兄自身の気持ちが、しっかりしていないとどうにもならないよぉ」
琥珀の生きる気力のなさと、ともしびの連れて行きたいという想いが、想像以上に強く結びついている、と瑠璃は言った。
負のエネルギーはお互いを高め合う。それ故に厄介な程、禍々しい鎖がお互いの間に出来上がるのだ。
どちらかの想いが欠ければ、鎖はちぎれやすい。
「琥珀くんがヘルプと言ったら、瑠璃姫は助けてくれるかい?」
「……そうね、そうする」
「ありがとう、瑠璃姫」
深々と路旗は頭を下げて言った。その路旗をじっと見ながら、瑠璃は静かに目を伏せた。
「……靖彦さんも大変ねぇ」




