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琥珀−木蝋燭編−  作者: 蔦川 岬
12/27

血縁−1

〔血縁〕

 

 1

 

 琥珀こはくの生家である磐田いわた家は、御泉妟守結神社ごせんひめがみむすびじんじゃの南方向、郊外から数キロ離れた閑静な場所にあった。

 なだらかな山裾を包み隠すような森林が広がっていて、どこか避暑地のような雰囲気の場所だ。

 その中に抱かれるように磐田家は存在していた。

 市道から数メートル入ったところに、石組みの大きな門が見える。大きな黒松の門かぶりが見事で、料亭の庭園のような手入れをされた庭木が見えた。

 そのやや奥の方から〔磐田ガーデン〕と書かれた一台のユニックが出てきて、路旗みちはたを見るなりペコリとお辞儀をして行った。

 路旗の車はそのユニックの出て来た、少し広めの舗装された場所に停まる。

 門があった方に比べてこちらには、新しいこも縄で根巻きされた松やら紅葉やらが綺麗に並べられて、いかにも庭の増設中ですと思わせる景観だ。

 目の前の四角い建物に〔磐田ガーデン〕とかかれた看板があがっているのを見て、莉子りこはここは造園会社だと悟った。

「さぁ着いたよ」

 路旗が車を降りる。続いて莉子もいそいそと車を降りた。

 どうしてか、磐田家の瑠璃姫るりひめに面会を求めたところ、ぜひ莉子にも同席して欲しいと声があったのだ。

 駐車場らしい場所には乗用車が三台停まっている。会社の事務所らしい建物にはひとけはなく、大きな会社でもないようだ。

 少し遠くで蝉の鳴く声がにわかに聞こえてきた。それに混じって砂利が踏みしめられる音と共に、ドスの利いた男の声が聞こえて、路旗と莉子は振り返った。

「瑠璃は奥座敷にいる」

 そう言った男は、声とは裏腹に細い顔立ちの長身の中年だった。

 淡い青色のキッチリした作業着を着ているその男が、どこか琥珀に似ているのは、彼が琥珀の父親だからだ。

 路旗は礼を言って母屋の方に歩いて行った。その後を莉子が追う。

   

 十三歳の玉依姫たまよりひめもとい瑠璃姫るりひめは、奥座敷の開放された縁側で漫画を読み耽っていた。

 とは言っても、きちんと正座をして、ほどいた長い漆黒の髪を畳の上に平安貴族のように広げ、憂いな眼差しで少年漫画雑誌を見ている。彼女の横に何冊か無造作に散らばっているのは、コンビニの雑誌コーナーでよく見かけるそれらだ。

 その姿を見た莉子は、自分の口角の片方がひきつるのが判るほどの違和感を感じた。

「久しぶりだね、瑠璃姫」

 座敷の手前から路旗が声をかけた。

 ふっと風がゆらぐ音が幻聴で聞こえるような動作で、瑠璃姫はこちらを見やる。

「わぁ」

 これも調子抜けさせる声を出して瑠璃が反応した。

靖彦やすひこさん、お久しぶりですぅ」

 語尾の独特な締めくくりが、世の女子のとは違ったニュアンスだった。

 尻まである漆黒の長髪と、漆喰のような透き通った肌を持つ少女から発せられるには、多少なり違和感のある声だ。

 正直外見だけから想像するには、もっと澄んだ声の方が釣り合いがとれるのに、と思ったのは、何も莉子だけでなく初対面の誰もが思う事だろう。

 磐田いわた瑠璃るりはどちらかというとハスキーな声の持ち主だった。

 瑠璃姫という名は路旗がつけたあだ名だ。

 

 路旗が初めて瑠璃と会ったのは、瑠璃はまだ七歳になったばかりの頃だったという。真っすぐに切りそろえられた前髪と、背中まであったストレートヘアーが「お姫様」みたいだったということから、名前に姫をつけて呼んでいたという。そういう話を、莉子は車の中で路旗から聞いた。

 その特徴的な長い髪を、莉子はこちらに歩み寄る短い時間で手際よく、半ほどまで三つ編みに編み込んだ。

「はじめまして」

 莉子が目の前まできた瑠璃に挨拶をした時には、彼女の長い髪はきっちりと結われ、後ろに回されていた。

「はじめまして、あなたが兄のソウルメイトなのね」

 言われて莉子は心臓が弾けそうになった。「いいえ」とも「はい」とも言えずにいる間に、路旗がそうだよと返事をしていた。

 莉子より二歳年下の瑠璃は、どこか少女を逸脱した大人びた気配を纏っていた。とても年下とは思えないその雰囲気に、半ば気圧されて莉子は言葉を失った。


「瑠璃さん、応接室へ」

 路旗と莉子の後ろから静かな声がした。

 振り向くと、中年の女性が立っている。紺色の和服をしっかり着た、冷たいまなざしをした女性だった。

「ありがとうございます、お母様」

 瑠璃の返事を聞くなり、母親と呼ばれた女性は事務的な仕草で、路旗たちを応接室に迎えた。

 瑠璃が漫画を読みふけっていた座敷とは打って変わって、こちらは洋風の応接室だった。調度品の高級さは莉子の五十嵐家にも劣っていない。それ以上の品格がこの家にはあった。

 莉子は革張りのソファーに腰を下ろし、瑠璃と琥珀の母親という人物が淹れるお茶を見ていた。

「どうぞ、ごゆっくり」

 三人の目の前にティカップを並べると、女性は尚も事務的に部屋を出て行った。

「あの、今の方は−−」

 莉子はうやうやしく瑠璃を見た。

「うん、母親」

 ティカップに小さく息を吹きかけながら、瑠璃は素っ気なく応える。

「つまり、琥珀さんのお母様なんですよね」

「うん、そうだよ。あれ、靖彦さん? 莉子さんに私と兄の関係言っていなかったんですかぁ」

 あっけらかんな調子抜けする口調で瑠璃が路旗に目をやった。

「多少の説明はしているよ」

 それだけ答えて路旗はにっこり微笑んだ。その横で莉子は渋い顔をしていた。


 いくら家出をした息子だといっても、母親なら気にかけてもいいだろうと莉子は思った。一言くらい路旗にでも「あの子は元気ですか」という、そう言う母親像が当たり前だと思っていたのだ。

 琥珀と瑠璃の母親という人物は、親というよりは、堅苦しいメイド長のような印象すらある。

 客人の前だからだろうか。少なくとも、莉子の知っている〔母親〕という分類では初めて接触するタイプだった。

 そんな事を考えているうちに、路旗と瑠璃の間ではとうに琥珀の話に及んでいた。


「兄はヌルいんです」

 カップをソーサーに静かに降ろすと、瑠璃は路旗たちを見た。その顔を見た瞬間、莉子の背筋がぞっと冷えるのを覚えた。

 瑠璃の母親であるあの女性よりも、もっと冷たい、冷淡な瞳がそこにあった。

 あどけない顔立ちと、似つかわしくない声色に、にこりと笑うと時折見える八重歯が、親しみやすささえ与えているその風貌に。

 どこか世間を蔑んでさえいるような、冷淡な眼差しがそこにあった。

 例えるなら−−莉子はそれを見た事はないが−−『鬼』のようだと言えるだろうか。

の物の意思に惑わされて、本質が見えていないの」

「本質?」

 思わず莉子が反芻するように呟く。

「それは一つしかないでしょう。其のモノはただの怨念よ、娑婆に堕ちて業を拭いきれず未練を重ねるだけの欲の亡者……仏教的に言えばね。もっと正確に言う必要はあるのかしらぁ」

「いいや、ありがとう瑠璃姫」

 路旗が静かに微笑んだ。

「怨念なんて、人の自己中心的で身勝手な欲望のただの〔念の塊〕よ」

 ふっと瑠璃が目を伏せた瞬間、瑠璃が放った冷たい空気が応接室を囲っていた事に気がついた。

 空気が揺らいで、時間が動いたような錯覚さえする。

「心霊ならともかく、そんなものに憑かれてみっともない」

 八重歯を見せて、無邪気に瑠璃は笑った。

 すでに鬼のような気を放っていた瞳は、至って普通の人間の瞳に戻っていた。

「莉子さん、あんな兄とソウルメイトというのはお気の毒ですぅ」

 改まって瑠璃は莉子を真っ正面に見た。

「あ、あの。本当に私は琥珀さんのソウルメイトなの?」

「うん、そうねぇ」

「どうしてわかるの?」

「だって、視えるもの」

 至極あたりまえのように瑠璃は答えた。

「確認したかったから、路旗さんに連れて来てもらったのよぉ」

「みえる?」

 瑠璃の言葉の意味を、莉子は懸命に考えた。考えながらも、思考はほとんど定まらない。

「もしかして、瑠璃さんも琥珀さんのように触ったものの記憶が見えるの?」

 思わず身を乗り出して莉子は瑠璃に訪ねていた。

「やだぁ」

 返って来たのは笑い声とおどけた瑠璃の姿だった。

「兄と一緒にしないで、ねぇ、靖彦さん?」

 手のひらをパタパタさせて瑠璃は仰け反って大げさに路旗に話を振る。

「ごめんごめん、瑠璃姫の詳細の事まではまだ莉子ちゃんに説明してなかったんだ」

 詫びるように路旗が頭を掻くと、「やだぁそうなんですかぁ」と瑠璃は口を手で覆って莉子を見た。

 莉子も首を縦に小さく振って路旗に加勢する。

「琥珀くんは、特に触った物の記憶が視える能力があるんだけど、彼女はそうじゃないんだ」

 路旗は莉子の方を身体ごと向いてゆっくり説明していった。

 

 磐田瑠璃、十二歳。

 磐田家に着く間、莉子は路旗の運転する助手席で、もじもじしながら異様な緊張感と戦っていた。その道中、路旗は琥珀の妹について簡単な説明をしていた。

 それを今更になって莉子は回想している。


「アンバーという石を知っているかい? 日本語では琥珀というんだ。琥珀アンバーは古来の樹液が地中で固まった化石のようなもので、その中に様々な物を取り込み価値を上げる。特に虫入りの琥珀は通常の琥珀より、価値が非常に高くなる。そして何千年という単位で年月が長いもの程、深いコニャック色になり、魅力が増す。そういう石なんだ」

 落ち着きのある路旗の声が、心地よく莉子の耳に届く。

「名前とはその人の人生そのものを表すというけれど、あながち嘘でもないかもな、と自分は思う。例えば、琥珀くんの妹は六歳年が違うけど、彼女は天性の能力の持ち主なんだ」

「天性の能力?」

「琥珀くんの能力は、見て感じて触れて、そこに入ることができるけど、琥珀くんの妹はシャーマンそのものだ」

 路旗の言わんとしている事の意味を考えながら、莉子は話に頷いて相づちを打つ。

「琥珀くんの妹の名前は瑠璃。ラピスラズリという石を知っているかい? 古代王族達がこぞって欲して敬って神と繋がろうとした貴石だ。

 視える触れれる往ける還れる呼べる追える払える迎えれる聞ける言える従える、彼女にできない物は何もないくらい」

 そこまで言って、路旗はウィンカーをあげて大通りを曲がったのを莉子は覚えている。

どうしても自分の髪のうねりが気になって、何度かサイドミラーに映る自分の髪型を気にしていた時、路旗はまた話を始めた。

「だが天は二物を与えない。琥珀くんは瑠璃姫ほどの力がない代わりに、人間味がよほどある。瑠璃姫はどこか人間離れしているんだよ、性格が」

 莉子は路旗の言葉を曖昧に相づちを打って聞いていた。

 

 どうみても普通の青年にしか見えない琥珀から連想した家族像には〔人間離れした性格の妹〕という人物が想像できないでいたのだ。


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