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琥珀−木蝋燭編−  作者: 蔦川 岬
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再会−1

この小説はシリーズものになっていきます。

この物語だけでも読めるようにしていくつもりですが、前編から引き続き登場する人物もいます。

気になるかたはどうぞ前編 琥珀−石祠編−もご覧になってやってくださいませ。


先がわからないので一応R15に指定しました。指定したからにはちょっとエッチな描写もほどほどに交えたい…………つもりでございます。



MAIL

『 路旗さんへ

   来週の火曜日の午後、お守りを貰いに行きます。 

                 五十嵐 莉子 』



 


 〔再会〕

 

  1  


 その日の御泉妟守結神社ごせんひめがみむすびじんじゃの境内は、早朝から蝉の声が響き渡っていた。

 境内にある末社を順序に廻り、最後に拝殿の鈴を盛大に鳴らす近所のご老人の柏手が、その日も大きく二度響いた。

 それから、なんやかんやと願い事を口に出し、大きな声で自分の住所と名前と生年月日を詠い上げる声が、至極よく澄んで聞こえた。


 それがこの神社の一日の始まりだった。

 それとほとんど同時に、御泉妟守結神社の宮司である御山みやまが本殿の後ろの方から竹箒たけぼうきを手に、境内の掃き清めを終えて拝殿に歩んで来た。

「やぁやぁ、おはようさんです。毎日ご苦労さまでございます」

 両者深くお辞儀をして挨拶を交わす。それが終るとご老人は当たり前のように、境内のこんこんと水の湧く泉に向かって歩き出した。

 境内には神社の名前の由来にもなっている泉がある。その泉の畔に小さな東屋があり、ご老人は午前中のほとんどをそこで過ごしているのだ。

 その彼の背中を、蒼いモミジの木立に消えて行くまで見送って、御山はいまいちど境内を見渡した。


 連日の暑さは然ることながら、この日も朝早くから既に蝉時雨である。境内を囲む木々の杜が、灼熱の太陽の熱を大幅に遮っているおかげで、境内の外よりは幾分すごしやすいはずなのだ。

 朝の六時であるにもかかわらず、それでも石畳に落ちる木漏れ日と葉の影が、真昼のような濃さを醸し出していた。

「今日も暑くなりそうだな」

 御山は独り言のように呻いて、社務所を眺める。

 古くから立て直しを繰り返した木造の建物は、社務所と宮司の住居になっている。一昨年に合板を替えた社殿とは打って変わって、社務所住宅は年季の入った質素な佇まいだった。

 黒々とした木造の壁に、几帳面に網が張られ、その誘導線に沿って素直に伸びた蔓の先々で、濃い青や淡い水色の朝顔が彩りを与えている。

 社務所の祈祷受付所は、御山の妻である喜和子きわこが開放していたが、その二階部分の部屋のカーテンがきつく閉ざされているのが、御山には気にかかった。

 居候をしている、磐田琥珀いわたこはくの部屋だ。

 社務所の一階部分は、神社の事務室と客間、御山夫婦の住居となり、二階部分は琥珀と路旗みちはたへあてがった部屋のスペースだった。

「伯父さん、おはようございます」

 声を掛けられて御山は振り返った。

 リネンのシャツをタンクトップの上に軽く羽織った路旗が、社務所の郵便受けから新聞を取り出していた。

靖彦やすひこ、琥珀くんの具合はどうだ?」

 御山は甥の顔を見やってから、再度琥珀の部屋の窓に目を移す。

「そうですね、視る視ないという調整を上手く制御できないでいる。といったところでしょうか」

 路旗は軽く首を斜めにして考えるような素振りで、それでも口調は淡々としていた。

馬湧うまうの石祠の件からなのだね」

 路旗たちが調査から帰ってきたその日の事を、御山は朧げに思い出していた。


 あの日はお昼過ぎになって、路旗の車が車祓所の横を通り社務所ギリギリまで乗り付けたのを、不思議に思った御山が外にでて面食らったのだ。

 グレーのステーションワゴンのハッチバックを開けると、新米三十キロ三袋、大根十本、白菜三玉、食用菊の詰まったビニール袋二袋に、自家製の味噌桶、籾に保護された地鶏の卵やら、どぶろくの一升瓶やら三本が、窮屈だった車内からようやく開放されたとばかりに飛び出してきたのだった。

 一番最初に落ちるように飛び出したのは、黄色い花びらが、乳白色のビニール袋から色っぽく透けていた食用菊だった。

 御山はそれを慌てて受け止めると、ぐらりときた一升瓶を片手で押さえて叫んだ。

「これは一体どうしたんだ」

「五十嵐さんのところで頂いて来たものです」

 にこやかに路旗はそう応えると、大根と白菜を丁寧に小脇に抱えた。

「あら、裏家業の方の報酬はお野菜になったんですの?」

 騒ぎを聞きつけてきた喜和子が、嬉しそうな表情を満面に家から出て来た。

「いいえ、これは餞別ということで頂いてきました。報酬はきちんと振込になります」

「振り込まれていなくても文句言えない量だな」

「本当ね」

 路旗の脇から大根を受け取って喜和子が「まぁご立派な大根」と歓喜を挙げながら玄関の入り口を大きく開いてくれた。

 御山と路旗がそれぞれ重量のある荷物を玄関まで運んだ。次の荷物を運びに車に戻った御山は、車の奥に押し込まれた荷物に手を伸ばそうと、後部座席に目をやってぎょっと肩をびくつかせた。

「靖彦、お前は亡霊でも連れて来たのか?」

 振り向かずに御山は背後にいるだろう路旗に声を掛ける。

「そんな滅相もないもの連れてきませんよ、うちは神社なんですから」

 少し遠くから路旗の声が聞こえた。

「ちょっとバージョンアップした琥珀くんですよ、それ」

 それ、と言われた琥珀は。

 馬湧を心地よく後にした開放感から、山沿いをドライブして帰りたいと言い出したのだ。

 まぎれもない、ただの車酔いになっただけだったのだが、御山には琥珀の纏う雰囲気の違和感に戸惑いすら感じたのだった。



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