止まる都市の空
その一瞬、地球は廻る事を止めた。
原因はわからないがその一秒にも満たないその刹那、地球は自転を止めた。
途端に世界は崩壊した。
建物は全て倒れ、人々は壁に打ち付けられ先ずその衝撃で多数が死んだ。
先に打ち付けられた人がクッションになってわずかに生き残った人達も、その後襲いかかってきた津波に皆なす術もなく呑まれた。
そうして世界はわずか一瞬で静寂に包まれたのだった。
◆◆◆
静かな世界の上に僕は立っていた。
世界に何が起きたのか、地球で何が起きたのか僕には解らない。
ただ何かが起こったその時、僕は唯一空に居た。たまたま空を、飛んでいた。建物よりも上に、何よりも上に。
次に地上に降りた時にはもう僕の知っている世界ではなくなっていた。
建物は瓦礫と化し、津波の名残が残っているのか、瓦礫のせいで水嵩が増してしまったのか、道路だった筈の道はもう海に完全に沈んでしまっていた。
僕は泳げないから瓦礫の上を歩いて進む。
あの看板は見覚えがあるな、僕が通っていた学校の前の十字路の向こうに会ったお店の看板だ。
それなら学校はそろそろかな。
僕はただ静かな世界の中瓦礫を踏んで進む。
瓦礫を踏む音だけが世界に響いた。
◆◆◆◆◆◆
ここいらだけやけに瓦礫の数が多い。多分ここが学校だった場所だ。間違いない。
そう思って何となく瓦礫を漁った。全部濡れてる。
僕の教室はどこら辺だったかな。
黒板の破片と思われしものとまだ形が残ってた机と椅子を見つけた。何となく瓦礫の上に机と椅子を運んで座ってみる。
黒板の破片を指でなぞる。湿っていて嫌な感触だ。
周りを見渡す。水に沈んでいる瓦礫が見えるだけだ。人も犬も鳥も、何もいない。
僕以外、何も息をしてない。
「起立」
何となく一人呟く。静かな世界に僕が椅子を立つ音だけ響く。
「気を付け」
気を付ける相手なんていないのに、僕は律儀に手を横にピシッとあわせる。
「礼」
誰もいない瓦礫だらけの世界に一人体を曲げる。
「着席」
僕が椅子に座る音だけが響く。
昨日までこれで授業が始まっていたんだ。
今日は金曜日だからどういう時間割だったっけな、一時間目は確か物理だったかも。僕は授業はちゃんと聞く生徒だった、と思う。物理の先生が授業している様子を思い浮かべながら少し汚れた机を眺める。
この机は昨日まで誰かが使っていた物なんだ。
僕じゃない誰か。
もちろん椅子だってまた違う誰かが使っていた物なんだ。
僕じゃない誰かが。
どんな人が使っていたんだろうか、先輩だろうか後輩だろうか女子だろうか男子だろうか授業は真面目に聞く人だったのだろうか授業中は寝る人だったのだろうか。
机に刻まれた無意味な彫りを指でそっとなぞる。
何となく机の裏を覗いてみた。
『みーちゃん&アユ最強ズッ友❤卒業しても仲良くしてね H18』
可愛らしい字体の黒いペンで書かれいた。
誰かが卒業していく記念に書いたのだろう。
この机に座っていた人はこの机の裏に書かれていた文に気付いていたのだろうか。
僕は自分の机の裏を覗いたことなんて、無かったな。
こんな世界になっても時計は動いていた。
僕は手首に巻いているお気に入りの腕時計を確かめた。
九時四十五分、一時間目は終わった。
「起立」
また何の意味もなく
「気を付け」
僕は一人で
「礼」
号令をかけた。
十分休みだ。
僕は休み時間は本を読んで過ごしていたな。他のクラスメイトたちは友達と意味もないことを騒ぎ合ったり、用を足してきたり、携帯をいじっていたりしていたっけな。
読んでいた本まだ途中だったのにな。
読む物もないし、僕は席を立って瓦礫をガツガツ進んでいく。
あそこが校庭かな、やけに広く、深く水に沈んでいる場所を眺めながら思う。僕は体育が苦手だったからあまり校庭には良いイメージを持ってないや。沈んでみたら案外綺麗なモノだな。
ここら辺は西校舎だったかな確か移動教室の時使った場所だ。
僕が選択しているのは古典と書道だから月曜と水曜はこの校舎に足を運んでいた筈だ。
おっとそろそろ十分休みも終わりかな。九時五十三分、やばいやばい、急いで席につかなきゃ。
二時間目は国語だったかな。僕は文学が好きだから国語は結構得意だったつもりだ。テストでもいつも高得点だった。
国語の先生はいつも面白い話をする人だった、女性なのにやけにテンションが高くって、率直に印象を述べるなら近所の気が利くおばさまだ。
僕はそんな先生が好きだった、もちろん恋愛感情とかではなく、生徒として尊敬しているという意味だ。
「起立、気を付け」
「礼」
何故かいつも国語の時間だけ僕は長くおじぎをしていたことを、おじぎをしながら思い出した。
僕は窓側の、後ろから三番目の席だった。
隣は話したこともない女子、お昼はいつも他の子たちが彼女の周りに集まって一緒に食事をしていた。
その話をしている彼女たちがいつもやかましくて本を読むのに集中できなかったことはよく覚えている。
でも悪い子たちじゃない、挨拶もできるしお礼もちゃんと言える子たちだ。悪い子たちじゃない。
まぁ今となっては、もうどこかの瓦礫の下だろうけれど。
案外時間が経つのは早いもので、十時四十三分。
国語の先生はいつもチャイムが鳴るよりも早く授業を終わらせていたな。僕としてはもう少し長くやっても構わなかったのに。
「起立、気を付け」
「礼」
あの先生もこの瓦礫の下なのかと思ったら、中々下げた頭を上げられなかった。
三時間目、確か体育だ。十分休みは着替えでつぶれる。
あいにく校庭は最早校庭じゃないし、体育館だってもうどこにあるのかわからない。
仕方ない三時間目だけ適当に散策して時間をつぶすか。
僕は席を立った。
体育の先生は熱血で優しい人だったな、運動が苦手な僕にアドバイスしてくれたり。
クラスメイトの男子が僕をからかってくることもあった、ドッジボールだっていつも僕は最初に狙われていた。それでも先生は僕のことを馬鹿にしたりはしなかった。
勿論僕だけにじゃない、他の生徒にも優しい。怒る時も、キチンと怒る。メリハリがある。
ああいう先生を立派な教師って言うんだろうな。
瓦礫を進んでいたらどうやらいつの間にか学校だった場所から離れてしまっていたらしい。ここは近くにあった公園だろうか。
ブランコの鎖と板を瓦礫の中に見つけた。水びたしで湿ってる。
この公園は使った事なかったけれど、この公園にいつも子供たちが来ていたのは知っている。一度彼らがサッカーボールを僕の方に飛ばしてしまい、それを取ってあげたの覚えている。
彼らはこのブランコを使って遊んでいたのだろうか。
その鎖と板を瓦礫の中に戻し、僕は遊具だった筈の瓦礫を踏みながら学校の方へと戻った。
十一時五十二分、少しチャイムが鳴る時間より過ぎてしまったが体育の時はいつもこんな感じだった。
そう思いながら次の授業が何だったかを思い出す。
「………あ」
そこで僕は重要な事を思い出した。
次は四時間目、数学だった、それは今はどうでもいい。
その次だ。四時間目が終わったら何だ? お昼だ。
お昼は何をする? ご飯を食べる。
ご飯はどうやって手に入れる? 生憎僕は弁当なんて持ってないし、購買も何もこの世界じゃあどうもしようがない。
そこで僕は初めてこの瓦礫だらけの世界に絶望した。