第6話:邂逅・ベイトレヘム要塞
第2話で出した第三勢力がようやく役に立ちました。なんだかダイジェストのようでスミマセン……
西アジアのとある交易ルートを中継するベイトレヘム要塞は、建造から数百年経った今でも役目を果たし続けていた。小規模なバンカーに過ぎなかった拠点は、セルバ教徒の民兵により耐核防壁を施され、黒々とした威容を夕日が際立たせる。
日没が迫る中、ソフィア・カーライルは屋上のレーダーサイト区画の片隅で、静かに風を浴びていた。
はたから見れば憂いをたたえた表情をしている、かもしれない。案内に寄越された少年兵は彼女について『やんごとなき客人』との紹介をなされただけで、この遠く離れた文明圏から来た女性が何を黄昏れているのか知りたくてならなかった。
彼女の横髪が流れる様をボンヤリ眺めていて、ふと目が合った。気恥ずかしくなった少年兵はごまかすように口を開く。
「あの、あなたはどうして此所に?」
「じゃあ、君はどうして此所にいるの?」
ソフィアはそう切り返した。
質問に質問で返された事にムッとしたが、少年兵は顔には出さなかった。相手からすれば一兵卒の子供と円滑な関係を結ぶ必要など無いはずだ。
「極東連を倒して、セルバ教徒の国を作るため……です」
「そうじゃなくて、君は何故、このベイトレヘム要塞に配属されたの?」
「えっと……敵が此所を通って攻めようとしているから?」
ソフィアはニッコリ笑ってうなずいた。
「うん、正解。ベイトレヘム一帯は他国の主権領域に挟まれてるでしょ。勢力的には第三者、ユーロ・ポリスの。たとえUAV一機侵犯しようと大問題。敵は此所を通るしか無い、そして味方もね」
彼女の回答はこうだ。
「観光は充分堪能したから、こうして迎えを待っているわけ。細かい取り決めはして無いけど、此所に居れば会えると思って」
このちょっとした問答も、ただの暇潰しだったのだ。
それからソフィアは申し訳なさそうな顔で言った。
「ゴメン、もっと大きな意味での理由は答えられないかな」
「いえ……それより、大丈夫なんですか? 入れ違いになったり」
「大丈夫。世界は線で出来ているからね」
修道兵を試す意味もあった。彼らは本質的には、必要ならば何処にでも存在できる。
これも暇潰し。戦場を歩いてみたのだってそうだ。娯楽を求めるソフィア・カーライルは、幾つもの暇潰しを並行せずにはいられない。
「それに……」
「それに?」
「……なんでもない。そろそろ内に戻ろうか」
雲の流れが速まっていた。風に濃密な土の匂いが混じる。
この地方では珍しい、まとまった雨が降りそうだった。
ソフィアが来てから毎晩のことだが、どうせ今日も兵士たちと飲み明かすのだろうなぁ、と少年兵は思った。
その日の夜遅く。
ベイトレヘム要塞の物資搬入ゲートに一人の男が現れた。
守衛がレインコートを目深に被った男に気づき、ライトを当てながら声を掛ける。
「どうした? 今日の搬入は終わったはずだが」
「人を探している」
雨は豪豪として止まず、土地柄になく肌寒かった。
守衛は男の顔を照らそうとして、ギクリと身を引いた。
その異変を感じ取ったのは一瞬。
何かが一瞬だけ、その男に発現した。正確にいえば、その何かが発現した後の残滓が。
「待て。所属と、名前を、言え」
「大僧正の使いで来た。ソルジャー・ワンだ」
硬直する守衛をよそに、男は要塞へと歩を進める。誰の案内も無く、まっすぐに居住区画に辿り着くと、ドアを静かに開く。
そこは要塞内部を巡回する警備兵の詰所で、幾人かの兵士が若い女を囲み、酒を酌み交わしていた。
部屋の視線が男に集まり、レインコートから滴る雨に移る。気の良い者が労をねぎらって酒を勧めるが、男はかぶりを振った。
男の目は若い女――ソフィア・カーライルだけを捉えていた。
「こんばんは、兵士さん。私に御用?」
「迎えに来た」
「そう。私はソフィア・カーライル。貴方は?」
「ソルジャー。ソルジャー・ワン」
遠鳴りが重く響き、低い天井の蛍光灯がチカチカと明滅した。