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第4話:ワイルド・ウィンド

場面で言えば一話の続きです。

村を出て東へ進むうちに雪は溶け、風は乾き、山の緑は砂埃を被っていった。ジョエル・サンダーソンはオフロードを駆り、戦場へ向かう。

砂利を跳ね上げ、車体を小刻みに揺さぶる。強烈なエンジン音も今は心地良い。旅の感覚だった。


※※※


「大僧正さまが客人を招かれました。お迎えに上がってください」

「客人。取って食うんじゃあるまいな?」

「高貴なお方です。言葉を慎んだほうがよろしいかと」


ジョエルは二人分のコーヒーをテーブルに置き、椅子を引いた。


「大僧正に告げ口でもするのか?」


伝令の少女は黙りこくってコーヒーに視線を落とした。子供にはちょっと苦いかもしれない。

少女は唇を噛みしめたのを隠すように懐を探って、二、三枚の写真を取り出した。


「そんなこと、しません…………」

「そうか。で、これが顔写真」


映っていたのは旅慣れた風の若い女と、戦闘服の男たち。笑顔でピースサインを向けている。


「背景を見るに、東部の方か。男共は反極東連のセルバ教徒。この女は違うな、観光でもしているのか」

「そうです。名はソフィア・カーライル。軍事ジャーナリストだと、わたしは聞いております。戦闘地域を取材しながらセルヴィナに向かっておられるのですが……」

「物凄く危険だから、俺に迎えに行けと」


頭の痛くなる話だ。そして、ソフィアとやらは頭のネジが足りないに違いない。

コーヒーに手を付けずに席を立とうとする少女に、ジョエルは尋ねた。


「いつ出発すればいい」

「今からでも」


※※※


東へ続く一本道、狭い渓谷に差し掛かった時、ふと空気が帯電しているように感じ、ジョエルはバイクを停めた。

急速に戦闘意識が呼び覚まされ、記憶との照合を始めた。《電索蟲》。弱い指向性電波を飛ばす、無線解析用のレーダー。

胸元の無線機が勝手に点灯した。電源に直接作用する《電索蟲》への対策は難しくないが、アナログの旧式無線機では簡単にジャックされてしまう。


『良い判断だ。狙撃手に頭ブチ抜かれたくなきゃ、バイクから降りて、両腕を挙げな』


酒焼けてがしゃくれた声が、雑音越しに届いた。渓谷からこちらを視認しているはず。下手に動かず、注意深く答える。


「急いでいる。山賊に構う暇は無いんだ。通行料を払おう」

『あんた、通商隊の先遣か何かだろ? 悪いが見逃せんよ。それと、俺たちは山賊じゃなくて傭兵だ』


後続が控えていると勘違いしているようだった。セルバ教の総本山から紛争地帯へ、物資の輸送中だと勘繰るのは自然だ。


「通商隊なんて居ない。実は俺も傭兵で、東に出稼ぎに行くところなんだ」

『お仲間の所まで案内してくれればいい。大人しく投降しな』


会話が成立する必要は無い。適当な方便を垂れながら、エンジンの回転数を徐々に上げていく。

急スタート、僅かに頭を下げ、右手がアクセルを引き絞る。同時に左手が肩のライフルを掴む。

狙撃手は頭を狙うだろうと、ジョエルは予測していた。一瞬前に頭があった空間を弾丸が切る。ジョエルは発砲に伴うマズルフラッシュを見逃さない。眼は狙撃の位置を捉えたまま、前輪を軸に旋回しつつ、フルオートで撃ち放つ。命中。

その勢いで一気に渓谷へと突入する。

上方からジョエルを狙える位置に、複数の敵が潜んでいるのを感じた。走行は止めず、銃口だけ向けて牽制する。


『こりゃたまげた。騎馬民族の生き残りとはな』


無線の男は驚いたようだが、多少のユーモア感覚を残した声色だった。静かな興奮が伝播する。


「まだ駒が残っているな。通してくれるなら、見逃してやる」

『いいや、まだだ。もうちょっと遊びたくなっちまった』


無線の男が、彼の母国語で『撃て』と命じる。

渓谷の奥、おそらく傭兵の拠点であろう位置から、複数の砲吼が轟く。

大気が爆裂した。

歩兵を殺す為の榴弾が、〈電索蟲〉により逆算したポイントに穿たれたのだ。土砂と岩石がめちゃくちゃに巻き上げられ、無数の破片を伴った暴風がうなりを上げた。

焦げ臭い余波に当てられた傭兵は野卑な、だが生き生きとした笑みをつくった。狭い渓谷、すなわち半閉鎖空間を砲撃したのだから、配置していた伏兵も無事で済むはずは無い。彼は何より暴力が大好きで、圧倒的な力で敵を叩き潰す歓喜が、味方の存在を消し飛ばしてしまった。


「流石に死んだろ」


爆煙に目を凝らす。炎の赤。消し炭。奴の、バイクの残骸。

笑みが消えた。

無線機が息を吹き返す。


『愛馬が台無しじゃないか。どうしてくれる』


ジョエル・サンダーソンは立っていた。煤けた姿をしているが、目立った傷は無い。ライフルに弾を込めながら悠々と歩みを進める。

いつの間にか、お互いの表情が判る距離だった。傭兵の男はそこらに投げてあったマシンガンを拾い、連射する。狙って撃ったが、当たらない。何故だ。マシンガンは空しく排筴を繰り返す。

何か恐ろしい現象に立ち会っているように感じて、男は叫んだ。


「何モンだ、何で生きてやがる!」

『「何者って兵士(ソルジャー)だよ。兵士その1(ソルジャー・ワン)」』


なぜ生きているのか、その答はジョエル自身が体現した。

傭兵は再び口を歪めた。愉快にも程があったから、上に。セルヴィナには神の戦士がいる。

マガジンは空だった。最期の一言。


「お前は、セルヴィナの修道兵……!」


重い鉛が彼の心臓を撃ち抜いて、傭兵は息絶えた。

ジョエルはつまらなそうに傭兵たちの野営地を見渡した。粉々にされたオフロードの代わりになる足が必要だった。


「客人を待たせたくない。奪ってばかりで悪いが」


このまま行けば、あと数日で目的の地には着く。ただ、例の写真の女のことを思い出して、すこし急ぎたくなった。


「着く前に死んでなければいいんだが」

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