セルヴィナの修道兵
星屑降り注ぐ荒野の中心、一人の邪教徒による通商隊の襲撃は、皆殺しという形で終わりを告げる。
最後の獲物は500メートル先の銃口を前に、胸の十字架を握りしめ、じっと立ち尽くしていた。一足先に天国へと旅立った同胞達よ、その旅路に幸あれと祈りながら。
祈る相手が違うだろう。俺に祈れ、俺の信仰する神に赦しを乞うてみせろ。
ソルジャーは静かに引き金を絞ることで異教徒の信仰を否定した。
高倍率スコープの狭い視野の中に弾着を見納め、肺に溜めていた空気を吐き出す。
これで通算100人目。99人目の時と同じように、大した感傷も湧かなかった。
それでも、旧大戦の伝説的狙撃手が生んだ759名という膨大過ぎる犠牲には遠く及ばない。
「弾着、頭部!」
隣で興奮気味に囁く女を睨むが、彼女はまったく意に介さなかった。
「黙れ。観測の真似事もしなくていい」
「ごめんなさい。あなたの腕前が見事だったから、やってみたくなったの」
匍匐状態で息がかかるほどに身を寄せて、女は笑顔を浮かべた。
ソルジャーは耳元で、それも甘い声で何事か囁かれることに慣れていなかった。狙撃は仕事の一環であると同時に神聖な儀式であって、集中を欠いてはならないのだ。
「ほら、もう獲物はいないみたいよ。さっさと身ぐるみ剥ぎ取って帰りましょ、兵士さん」
そう言って女は立ち上がり、ソルジャーが撃ち殺した死体に近づくと、彼らの所持品を何の躊躇いもなく漁る。足取りは軽く、笑みは絶えない。
念を押して地平線の辺りをスコープで探る。彼女の無用心さが少し気掛かりだった。
「おい、最初に撃った奴には手を出すな。身体ごと持って帰る」
「後で食べるんだっけ? カニバリズムってやつ? 邪教徒は大変ね」
「喰うのは俺じゃない。大僧正と一部の血族だけだ」
依頼があれば生け捕りで村の連中に売ることもある、と付け加え、ソルジャーも手近な死体に歩み寄る。
遠目に判るほど、女は意外そうな顔をした。
「おかしいか。俺達は豚も牛も食べるが、犬は食べない。特殊な宗教を持ってること以外は、お前みたいな高貴な人々と変わらない」
どうやら妻帯者のようだ――血濡れの懐を探ると、結婚指輪のプラチナが輝いた。大きな収穫だ。高く売れる。
「あなた自身は人間を食べたことはないんだ」
「身内に血族がいる。子供の頃、知らぬ間に喰っていたかもしれない」
指輪は上着のポケットに滑り込ませる。いつも戦利品を中買いしてくれる商人を思い出した。
女はヒョイヒョイ死体を渡り歩いて、あらかた漁り尽くしたようだった。
「もう充分よ。同行させてくれて、ありがと」
多少不満気に唇を曲げていた。どうせろくな物は手に入らなかったのだろう。誰が金目の物を持っていそうか、ある程度の目利きも必要になる。
「そうか、帰るぞ。積荷は気にしなくていい。また回収しに行く」
襲撃の際、通商隊の足を止めるため、ソルジャーは彼らのトラックを潰してしまっていた。洩れて引火したガソリンからゆったりと煙が立ち昇って、薄青の星空に小さく染みを作った。
夜明けが近い。流星と共に空を照らした月は役目を終え、掠れていく。
太陽が地平から顔を出す前に帰りたかった。
あの瞬間にあの光を浴びると、自分がどうしようもなく穢れた存在であるように思えてしまうから。
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