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五 暮れ方の来客

 大した成果もなく、日暮れの頃に千珠と柊は見廻りを終えて城に戻ってきた。

 城下町を中心にあちこち飛び回ったが、それらしい人物はおらず、宿屋にもおかしな輩はいなかった。少しばかり徒労を感じつつ、千珠は一人、城の西側の隅にある厩へ向かっていた。


 三津國城に住まうこととなってから、千珠にも馬が与えられていた。真っ黒な牝馬であり、名は朝霧という。

 初めて自分で何かに名前を与えた。朝霧は千珠によく懐き、足も疾く、頼もしい相棒のような存在である。

「……よしよし、ごめんな、最近あまり走ってないよな」

 千珠が首筋を撫でると、朝霧は鼻を鳴らして千珠に鼻先を近づけ擦り寄せる。そのじゃれつく可愛らしい仕草にほっとして、笑みが自然と溢れてくる。千珠が忍装束の黒い頭巾を外すと、流れ落ちた千珠の銀髪を朝霧がはむはむと甘噛みした。

「やめろって、食いもんじゃないぞ」



 そうして馬と戯れていると、背後に人の気配がした。千珠が振り返ると、見慣れない男がそこに立っている。

「?」

 男は大柄で、えらく筋骨隆々な体付きをしており、深緑の着物に黒鳶色の袴を身につけて刀を腰に帯びていた。どっしりとした佇まいと身体の中心に芯の通った体躯を見ると、武道に長く携わり、その中でもかなり秀でた者であるように見受けられる。


「そなた、その姿は一体……」

 男は千珠の銀髪と真っ白な肌を凝視しながらそう言った。目を真ん丸にして、見慣れぬ異形なその姿に相当驚いている様子である。

「その前に、貴様は誰だ。こんな所で何をしている」

 千珠は背中に差した刀の柄に手をかけ身構えながら、見慣れぬ男に尋ねた。男は千珠の高慢な口調と攻撃態勢にはっとすると、両手を胸の前に挙げ掌を見せる。

「いやいや、怪しいもんじゃない。俺は光政殿の友人じゃ。さっきここに着いてな、馬を預けてから、ちょっとふらふらと城内を見て回っとったんじゃ」

「殿の……?ああ、聞いている。すまなかった」



 千珠は刀を離すと、男に向き直った。よく見ると、まだ若い男だ。日にこんがりと焼けてえらく色が黒く、彫りの深い顔立ちで、まるで異人のようである。目も口も鼻も大きく、西日に照らされて白目と白歯が浮かび上がるように見えた。

「お前があの噂の鬼か?光政殿は強い鬼を手に入れたって話じゃもんな」

 千珠が何も言わないでいると男は千珠に近寄り、まじまじとその顔に魅入った。

「びっくりじゃのー、こんな別嬪な鬼がおるんじゃったら、うちに来て欲しかっわ」

「気安く寄るな。それに、俺は男だ」

「ええ!お前、男か!なんじゃ、残念。連れ帰って嫁にしてやろうかと思っとったとこなのに」

「ふん、聞き慣れない言葉だな」

「ああ、わしらは周防の国から来たからな。ここらとは違う。そうじゃお前、名は?」

「……千珠」

「ほう、美しい名じゃな。俺は東條兼胤(かねつぐ)じゃ」

「そうか。では、俺はこれで」

 千珠は、にこにこと屈託なく笑うその男に軽く一礼をし、さっさとその場を去ろうとした。すると兼胤は千珠の腕を捕まえて言う。


「これから宴じゃ、一緒に行かんか?」

「いや、俺は……」

「一番の家臣と聞いとるぞ?ええじゃないか、お前も飲もう」

 気安く肩を組んでくる兼胤の行動に戸惑っていると、馬屋の陰から丁度良く舜海が現れた。



「おいこら、馴れ馴れしく触らんといてもらおうか」

 舜海は腕を組み、兼胤をじろりと睨みつけている。いつになく本気で不機嫌な舜海の様子が珍しく、千珠は目を瞬く。

「おお、舜海じゃないか!久しぶりじゃのう」

 舜海は千珠を兼胤から引き剥がしながら、憮然とした顔で言った。

「何でお前まで来てんねん。兄貴だけ来るんちゃうんかったんか」

「いやいや、たまには旅をして見聞を広げんといかんからな。いつもいつも海の上だけ守っとるんも飽きてきたところじゃ」

「知り合いなのか?」と千珠が口を挟むと、舜海は頷く。

「五六年ぶりくらいやけどな、昔から面倒な奴なんや」

「面倒とはなんじゃ。しっかしほんまにきれいな鬼さんじゃのう、俺はおなごかと思って嫁にもらおうと思ってたとこじゃ」

「阿呆か、お前のところになんかやらんからな」

「何じゃお前、千珠の保護者みたいじゃな」

「やかましい」

 兼胤は舜海の行動を見てはにやにや笑い、両手を上げてまた降参の姿勢を取った。

「ま、今回は兄上の嫁探しに来ただけじゃけ」

「え、誰をもらいに来たんや?」

「留衣殿に決まっとるじゃろ」

「えっ」

 舜海と千珠は同時に声を上げ、お互いに顔を見合わせる。



「いやいや、兄貴が一方的に好いとるだけじゃ。でも、留衣殿ももうお年頃やし、話が合えばと思ってな」

「お前んとこの兄貴、まだ嫁さんもろてなかったんか?」

「いや、前の嫁さんは身体がずっと弱くてなぁ。二年前年亡くなってしもうたんじゃ。お子にも恵まれんで、世継ぎもおらん。そこで、また元気な嫁さん探さんといけんなっちゅう話になってな」

「……」

 舜海と千珠はまた目を見合わせ、兼胤は話を続けた。


「何でも半年前に兄上が青葉に立ち寄った折、留衣どのとお会いした時にすっかり心を奪われてな。強く逞しく美しい留衣どののことを、忘れられんって言うんじゃ。縁談断り続けとるから理由を問えば、やっとそんな本心言い出してのぅ。そこで光政様にお願いに参った次第じゃ」

「そう、なんや」


 まだ舜海には言ってはいないが、千珠は光政から留衣を嫁に貰ってくれないかと言われている。光政はどう返事をするのだろうかと、千珠はふと気になった。


「千珠、宴席に行くで。留衣は俺の妹みたいなもんでもあんねん。そんな急に出てきた男に軽々しくやれるか。しかも、丈夫だからって理由も気にくわん」

「あ、ああ……」

 舜海はぶりぶりと怒りながら、千珠の手首を引っ張って歩き出した。

「おい、待て、俺も行くぞ」と、兼胤も付いて来る。

「千珠、お前もはよう着替えて来いや。俺は先に行って一言物申しとくから」

「千珠、きれいなべべ着てこいや」

 兼胤は笑顔でそう言った。白い歯が夕闇に浮かび上がって見え、それを少し気味が悪いと千珠は思った。


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