戦争をしよう
錬と雪乃が公園を後にして、みんなのいるであろうモールに向かっていた。
空を見上げると、巨大ASをつり下げているヘリコプターがモールに向かっているのが見える。ASは巨大な為、四機のヘリコプターで空輸してされていた。
「なんだあのバカでかいASは?」
錬は呆れたような口調でそう呟いた。
「あれは第三世代の四脚型AS『ケンタウロス』ね。小型化される以前のものだから、現世代の倍の大きさ。全高10メートルはあるわ」
雪乃はASのことを錬に説明した。
「なんであんなものがモールに向かってるんだ?」
「さあ、ガラクタ市でも開くんじゃないかしら?」
「そんな平和的なイベントだと嬉しいんだが、俺には嫌な予感しかしないんだよな」
「まさかあれが暴れ回るって言いたいの? そんな一昔前の怪獣映画みたいなことが起こるかしら? もし暴れ回ったとしてもあれは過去のAS。今のASに比べればザコよ。相手にならないわ」
「たしかに俺達の乗っているASなら一秒で片がつくだろうな。でも、それはAS対ASの話。AS対人なら話は別だ」
「AS対人って、そんなの無理に決まってるでしょ?」
二人は話しながらモールに向かっている。それよりも先に巨大ASがモール上空に到達していた。
「……そろそろだ」
錬は巨大ASがどうなるか観察する。巨大ASをつり下げていて四本ワイヤーが一気に外される。巨大ASは重力により自由落下を開始した。
モール上辺にはガラスの屋根がある。それ巨大ASは突き破りモール内に落下した。
雪乃は立ち止まり、驚きの表情を見せる。言葉も出ない。
一方、錬は予想通りだったのでさほど、驚きは見せない。軽いため息を漏らすだけだ。
「急ごう」
錬は立ち止まってしまった雪乃に声を掛けた。
「え、ええ」
少し動揺した返事を雪乃は返し、二人はモールに走った。
錬と雪乃がモールに到着する。辺りにはガラスが散乱していた。おそらくは壊された屋根だとだろう。モールの中心辺りには巨大ASが佇んでいた。
巨大ASは四本の太い脚を地面に立てずっしりと存在感を周囲に放っている。だが、停止しているようで、まったく動く気配はなかった。
モール内を良く観察すると、クラスメイト達が身を隠し、顔だけ出して巨大ASを監視しているのが分かった。モール内にほとんど損壊はないが、ゲームセンターだけが、かなり壊れているのを錬は見つけた。
錬が一歩、前に出る。ガラス片を踏んでしまいビシッと音が鳴る。すると、巨大ASの顔が動き錬達を見据えた。
巨大ASの背中にあるハッチが開くと、中からエクシアが顔を出した。
「ようやく全員が揃ったな」
エクシアは巨大ASの肩に移動してそう言った。
エクシアの姿が見えると、物陰に隠れていた生徒達が、ほっとした表情を見せて姿を現した。
「先生、これはどういうことですか?」
錬が代表をしてエクシアに質問を投げた。
「良い質問だ十七夜。この状況を一言で説明するなら、戦争だ!」
エクシアの答えにみんながざわつく。誰もがまったく理解できないでいた。
「戦争とは、軍事力を用いて様々な政治目的を達成しようとする行為、または用いた結果生じる国家間の対立状態である。では、この戦争は誰と誰が争うものなのか? 十七夜と神無城には少し話したから、察しているかもしれないが。この戦争は人間とアンドロイドの初めて行われる戦争だ。
人間とアンドロイドでは、断然アンドロイドの方が優れている。ならば、アンドロイドが人間を統治するのがもっとも適切。だが、現状はそうなっていない。
現状を打破するための政治活動の一環として、この戦争は行われる。
この戦争は、政府公認である。見て分かる通り、この辺り一帯には、お前達以外の人間はいない。すでに近隣住民は避難を完了している。
戦争といってもルール無視の殺し合いをしようと言っているわけではない。日本はどこぞの野蛮な国ではないからな、きっちりとルールを守った上で清く正しい戦争を行う。
ではルールを説明する。ルールは簡単だ。
お前ら人間十人の人間チームと、私とASのアンドロイドチームで戦闘を行う。
人間チームの勝利条件は、私を破壊することだ。ASは破棄しようがしまいが勝利条件には関係無い。私さえ破壊できればお前等の勝利は確定する。
アンドロイドチームの勝利条件は、人間チームの全員が行動不能、または敗北を認めたとき。
戦闘エリアはこのモール内とする。エリア外に出た者は、敗北を認めたと自動的に判定されるので注意しろ。
なにか質問はあるか?」
エクシアは視線を巡らす。しかし、錬を含め生徒達は現状を受け入れられないでいた。
「……特にはないようだな。質問は随時受けつけるので、いつでも訊いてくれて構わない。戦闘中でもOK。私が破壊されていない状態ならば、いつでも解答しよう。それでは十分後に戦闘を開始する。この戦争は人間とアンドロイドの未来を大きく変えるものである。お前達は人間代表だということをよく肝に銘じておけ、以上」
一方的に告げると、エクシアは押し黙り、ただ生徒達を見回すだけだった。
生徒達は呆然と立ち尽くしてしまっている。少し長い昼休みをエンジョイしていたと思ったら、いきなり戦争を開始すると言われ、混乱するのも当然だった。
そんななか錬は一歩前に出て大声を上げる。
「総員ッ! 戦闘準備ッ!! 制服を可変し戦闘に備えよッ!!」
空気を振動させる大声を訊いて、近くにいた雪乃はびくっと体を震わせた。
錬の着ていた黒の制服が可変して、体にぴったりとまとわりつく白のスーツに変わる。
少し遅れて雪乃の白の制服が可変して戦闘スーツに可変した。色は白のままだ。
基本的に男の制服モードは黒色。女の制服モードは白色。襟や袖などにのポイントに企業カラーが入っている。
MOE社の企業カラーは、白。
ガルヴィード社の企業カラーは、黒。
サウザンド・アーク社の企業カラーは、青。
レイライン社の企業カラーは、緑。
戦闘モードでは、各企業のカラーがメインの色になっている。
戦闘スーツ時には、アシスト機能が働く為、通常時よりも瞬発力、俊敏性、持久力、筋力が増大する。
「俺は先生、いやエクシアに少し話がある。神無城はみんなと合流してくれ」
「ちょっと、錬……」
錬は一方的に雪乃に告げると、走り出した。
巨大ASの近くまで走り寄ると、戦闘スーツの標準装備である手首内側のアンカーワイヤーを射出する。ASの肩辺りにひっついたワイヤーに引っ張られて錬はエクシアの横に着地した。
「どうした十七夜、逃げなくていいのか? そんな場所にいたら開始と同時にぺしゃんこになるぞ」
「俺を心配してくれるのか? 随分親切だな、エクシア」
いつもは敬語で話す錬だったが、あえて丁寧な口調をするのを止めた。
「ふはははっ、もうお前は私のことを〝先生〟とは呼ばないんだな」
「ああ、そうだ。エクシアがしてくれたように、俺もエクシアにしてやりたいからな」
「なんのことだ?」
エクシアの眉がぴくりと動いた。
「どうしてエクシアは、公園で俺と神無城にあんな話をしたのか? それはエクシアが俺達にアンドロイドの怖さを伝えたかったからだ。恐怖心を芽生えさせて、戦闘になるべく支障が出ないようにしたかった。先生と生徒の立場だと戦いにくいから、人間とアンドロイドの対立に置き換えた。だから俺もあんたの事を先生と呼ばない。先生と呼ばれたら、戦いにくくなるだろ?」
「アンドロイドと人間は違う。私はそう教えたはずだ。気遣いが必要なのは人間〝だけ〟であって、アンドロイドにはまったく必要ない。だから、お前が先生と呼ぼうが呼ぶまいが関係ないことだ」
エクシアは錬を突き放すように睨み付けた。
「俺はエクシア、あんたがアンドロイドだってなかなか実感がわかないんだ。見た目は人間と変わらんし、ちょっと確かめさせてくれないか?」
エクシアの視線を気にしない様子で、錬は話題を変えた。
「ああ、構わん。好きにしろ」
興味無さげにエクシアは答えた。
「じゃ、遠慮無く」
そう言うと錬は素早くエクシアに近づいて、口づけをした。
「……ん!? んんんんっ!?」
エクシアが何か言葉を発しているが、その口を錬の口が塞いでいるので上手く言葉に出来ないでいた。
左手でエクシアの頭を押さえて、空いた右手はエクシアの小ぶりな胸に触れている。
しばらくして錬がエクシアから顔を離す。錬の顔は真っ赤に染まっているが、エクシアは特に動じていなかった。
「どういう……」
エクシアが質問を言い終える前に、錬はその場にしゃがみこんで、エクシアのスカートを捲り上げた。
「ほうほう、これが極秘情報か」
錬はじっくりとスカートの中を覗き終えると、
「よし確認終了」
錬は顔を赤らめながら、そう無理矢理に笑った。
「キスにより唾液分泌の有無を確認するのは分かるが、服の上から胸を触るのと、パンツをみることの意味があるようには思えないが……」
エクシアは錬の行動の意味を理解しかねていた。
「え? アンドロイドって唾液ないの?」
錬はすっとんきょうな声を上げた。
「は? お前は知らずにキスをしたのか? じゃあ、なんのためにキスをした? ちなみにセクサロイドならば唾液を代替する潤滑液を出すものもある」
エクシアは錬に呆れていた。
「なるほどねぇ。俺がやりたかったのはただのセクハラだよ。セクハラをして、エクシアの反応をみたかったんだ。あんたが普通の人間なら、今頃俺はぶっとばされてるだろうからな。でも、俺がこうして無事だってことは、やっぱりエクシアは人間じゃないんだな」
「随分と、不確定要素の強い確認方法だな。私が人間だった場合でも、動揺して殴らないことだって十分考えられるはずだ。お前らしくないんじゃないか?」
エクシアは錬の考えがあまいことに、少しがっかりしていた。
「今の行為の一番の目的は、あんたが人間かどうかを確認することじゃない。目的はもっと別にある」
「ほう?」
エクシアが興味深げに声を漏らした。
「眠り姫って知ってるか? 王子のキスで姫が眠りから目覚める童話だ」
「お前のキスによって私の中に人間の心が目覚めるとでもいいたいのか?」
「いいや違う。目覚めたのは〝俺達〟の方なんだよ」
そう言って錬は、クラスメイト達に視線を向ける。エクシアもそれに習って視線を追った。
怒りを露わにする者。恥ずかしく顔を赤くする者。笑っている者。ヤジを飛ばす者。反応は様々だ。先程まで、訳が分からず茫然自失だった生徒達は、いつもどうりの感情を取り戻していた。
錬の荒唐無稽なキスによって、生徒達の緊張が緩和されたのだ。緊張が緩和されたことにより、この後行われる戦闘への移行がスムーズになることは明かだった。
「なるほど、お前はみんなの為に、自ら率先して道化を演じたというわけか。お前は本当に良いリーダーだな」
エクシアはうんうんと嬉しそうに感心していた。
「……実はそれも、一番の目的じゃないんだ」
錬は少し照れくさそうにエクシアから少し視線を外した。
「ほう、まだ理由があるのか?」
エクシアは驚いている。今言った理由よりも重要な目的が隠されていたことに衝撃を受けていた。
「一番の目的は……。俺がエクシア、あんたのことを好きだからなんだ」
錬は顔を真っ赤にして伝える。エクシアは目を丸くした後、大笑いをした。
「期待させておいて、それか。良いギャグだ十七夜。ふははははっ」
「俺はエクシアが好きだ。俺にはあんたを破壊することなんてできない」
錬は真剣だ。笑っていたエクシアは笑いを止めて錬の話を真剣に訊く姿勢を取った。
「俺自身の覚悟を決める為……。好きな奴とキスしたいし、胸も触りたい、パンツもみたい。破壊した後じゃそんなの出来ないから。だから戦闘の前に三つを済ませた。これで俺はもう思い残すことはない。全力でエクシアを破壊出来る」
「……そうか、お前も男の子だったんだな。あの行為で、ちゃんと覚悟が決まったなら、それで良い。……そろそろ時間になる。ゆっくり話すのも終わりだ。何か言い残すことはあるか?」
「俺がエクシアを破壊する。他の誰でもない俺の手で、最後の止めを刺す。覚悟しておけ」
錬の言葉には迷いが無かった。
「誰が私を破壊しようとお前達の勝利は勝利だ。妙な拘りを持つと足下をすくわれるぞ?」
「それでも構わない。だって、俺、今日日直だし」
錬はにししと笑うとアンカーワイヤーを射出して、ASの上から去って行った。
「……まさか十七夜の奴、真相に気付いているのか? たとえ気付いていたとしても、先程の会話から察するに本気でやってくれるだろう。こちらとしても本気でやってくれなければ、意味が薄れるのでその点では助かる。それにしても十七夜の察しの良さは抜群だな。奴をみくびって少しヒントを出し過ぎたかもしれないな。……時間だ、戦闘を開始する」
エクシアはワイヤーを使って離れていく錬の姿を見ながら、ため息をつき、そして戦闘モードへと移行した。
エクシアの髪は青から、赤へと変色した。




