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射抜け恋の弓!

作者: ミスター

初めましてor初めません。


こんにちは、ミスターです。


今回は長い短編が書きたい&小学生書きたい&文章の練習したい。


この3つが合わさってできた作品です。


恋愛わかんねー&スポーツわかんねーの私が頑張って書きました。


感想とか頂けるとありがたいです。

「ふぁあああ!寝坊した!はぁ、仕方ない。この際ゆっくり行こう…」


現在午前9時。

学校は8時半から。


つまり、遅刻は確定。


そこで今日は開き直ってのんびりと学校へ行くことに決めた。


親はもう仕事に行って、今家にいるのは俺一人。



今月で二度目の遅刻。


月に3回遅刻すると生徒指導担当の親玉から直々にみっちりしごかれる。


今月が始まって10日を数えた今日、既に後が無くなった。


「知れたこと…」


そんな現実から目を離すべく、そっと呟いてみた。


少しくらい気が紛れるかと思ったがそんなこともなかったようだ。



適当に朝飯を食べて制服に袖を通し、いざ学校へ!


説教でもなんでも来いや!

どうせ今日はまだ二回目だから担任からの注意だけで終わるのだ!




そう決心した時だった。


ピンポーン…ピンポーン…。


「はひぃ!?」


突然のことで驚いた。


それがただのインターホンの音だと頭ではわかったいた。


それでも驚いたのは、恐らく遅刻して怒られることが確定しているから。


なんでも来いや!と決心したもののやっぱり恐れてんのかねぇ…。


自分を分析しながらインターホンを押した主のもとへ。


「は~い」


こんな時間に誰だ?などという疑問は捨てて、適当に返事をして玄関を開けた。


来客を確認しなきゃ不用心?

無理言うなよ。こちらと学校行こうとしたとこを肩すかし喰らったんだぜ?


さっさと終わらせたいだろう。


どうせ宅配便とかに決まってるんだ!



しかし、玄関の前に立っていたのは宅配便ではなく…。


「おはようございます。昨日隣に引っ越してきた柏田彩那(かしわだあやなです。よろしくお願いします。あの、これ、つまらない物ですが……どうしました?急いでるなら私はこれで…」


俺、そわそわしてたかな?

遅刻が確定した今、急いでも仕方ないのはわかっていた。


「えっ?いや…何でもないよ。柏田さん…だね。よろしく。何か困ったり分からないことがあったら、いつでも来て。あ、俺は古宮。古宮幸樹(ふるみやこうき


そう言いながら彼女が差し出した粗品を受け取る。


「ありがとうございます!幸樹さん」


ぺこり。


頭を下げてから後ろを向く彩那。


俺は元気に走り去って行く彩那を見送ってから…。


「学校行かなきゃ!」


慌てて自転車にまたがった。


そういえば、何で彼女一人で引っ越しの挨拶に来たんだろう…。


保護者は?


見た目は小学生くらいだけど、妙にしっかりしてるな…。


「ええ~い!今は学校だ!かかってこい担任!」


行きがけに隣の家を見ると、確かに電気が着いているのがカーテン越しに見て取れる。


ああ。そういえば暫く空き家だったな、ここ。

この家、住んでくれる人が見つかって良かったな。

家は誰も住まないと傷むだけだからな。



って、そんなこと思っても仕方ない。


自転車飛ばして約7分。


俺の通う高校に到着。


既に時間は9時半。


誰も出歩いていない廊下。

ペタペタと上履きの音が響く。


通り過ぎる教室全てで授業中。


当たり前っちゃ当たり前か。


でも、教室の中から俺を見る目線が痛い。


授業中に誰かが廊下歩いてるとつい気になるよな。


あれはなんでだろうな?


答えが出ないまま俺は教室までたどり着いてしまった。


妙な緊張感があるのは、俺が遅刻に対して罪悪感を抱いている証拠なのだろうか。


「知れたこと…」


朝と同じことを呟いて。

そして、扉に手を掛け一気に開けた。





さて、4時間目も終わりまして只今昼休み。


「な、なぁ。元気出せって…」


「……ぅるせぇ…」


2時間目も終わりの時間に堂々と教室に入って行った俺は、担任が出張で尚且つ2時間目が生徒指導主任の授業だということを完全に忘れていたわけでありまして…。



「おい古宮。ちょっと進路相談室に来い。他の生徒は自習とする」


生徒指導主任…通称ガマ(ガマガエルに顔がそっくり)に進路相談室へ連行され。


そして4時間目はガマは担当の授業が無く…。



後は悟って欲しい。


そんなわけで後一回遅刻しても大丈夫と決め込んでいた俺の計算はまんまと砕かれた。


今俺が机に突っ伏しているのはそんな理由があったからだ。


「元気出せって!ほら!」


さっきから俺を慰めてるようだがどこか腹立つこいつは高村芳治(たかむらよしはる


特徴は短い髪の毛とアホっぽい顔。

いや、アホっぽいのは俺がこいつをアホとみなしているからかな。


クラスで一番仲が良いやつだが、今は正直まとわり付かないで欲しい。


「何でこんなに遅れたんだ?」


芳治が聞いてきた。


「お隣が…引っ越してきて…」

何故だか寝坊したとは言えず…。


意地張っても仕方ないんだけどな。


「そうか。寝坊か」


突っ伏した俺に突き刺さる一言。


もう顔上げらんないよ…。


「いや、寝坊もしたけど引っ越して来たのはホント」


「ふ~ん…。そうかい…」


興味無さそうな芳治。


まぁ興味持つ方がおかしいか。

友達のお隣さんなんて。


「そんなわけで…今は一人にしてくれ…」


ついに本音を言った。


こちらとガマの説教で精神的に参ってるんだ。


「そんなわけにはいかん。次数学じゃん。俺問題当たってるから教えてもらわなきゃならん」


あ~面倒くせぇ。


それが目的か。

教えたら放っといてくれるだろうか。


どっちでもいいや。


やつから俺にまとわり付く理由を奪ってしまえばいいのだ。


教えてやるのは別に嫌ではないのだが。


こいつの場合、教えるというよりほぼ俺がやる形になる。


飯を食う気分でもないので、時間は充分にある。


「あ~ほれ貸してみ!」


「おっ!やっと顔上げた!」


しまった!

そう思ったがもう遅いか。


そもそも、休み時間中顔上げないなんて誰も決めてないのだが。


「なんだこりゃ?上の例題見りゃ解けるじゃねーか」


例題の数字を変えただけの問題を解いて、芳治にノートを突き返した。


そしてまた机に突っ伏す。


説教が堪えたというか…。

面倒だった。


いや、いくら言っても言い訳だよな。


バッチリ堪えてるよな。


「ん。サンキュー!」


芳治は嬉しそうに返事をしてどこかに行ってしまった。


まぁこの状況で行く場所など自分の席くらいだろう。


何にせよ一人になれて良かった。





午後の授業。


数学と英語をなんとかクリアして下校。


…というわけにはいかない。


掃除…。


これでテンションだだ下がり。


「あ~もう!早くやって帰るぞ!芳治!」


「お、おう!」


俺はいつも以上に働いた。


早く帰りたいの一心で。



掃除終了。


あとは帰るだけ。


歩いて駅へ向かう芳治とは校門で別れた。


帰りもチャリを飛ばす。


帰りは10分。


うん。いつも通りだ。


午後4時。


6時くらいまで昼寝しよう。


リビングのソファーに横になり、目を閉じる。


親は8時くらいまで帰らない。


6時まで寝て、それから晩飯作って風呂沸かして…。


しかし、何故だろうな?


予定は予定通りには進まない。


これが世の常なのか。


不条理だ。


だって、またインターホンが鳴ったんだもん。


ピンポーン…ピンポーン…。


…面倒。

起きたくない。


もうちょっとで眠りにつけたのに。


あ~イライラする。


逆ギレと言われちゃそこで終いだけどさ。


ピンポーン…ピンポーン…。


二回目のインターホン。


…腹を立てても意味ないか…。


半ば諦めに近いため息をついてソファーから立ち上がった。



「は~い」


相変わらず適当な返事。


来たのが誰かなど確かめるまで頭は回らず。


そのまま玄関を開けた。




「おっと。柏田さん!?」


柏田彩那の姿がそこにはあった。


予想外の来客に一瞬戸惑った。


「あ…。彩那でいいです。あの、幸樹さんにお願いがあってきました」


何だろ…。

俺が帰ってくるの見てたのかな…。

そんな感じのタイミングだ。


「じゃあ俺も呼び捨てでいいよ。で、彩那ちゃん。お願いってのは?」


ちゃん付けって面と向かって言うと少し恥ずかしい。


「そんな、呼び捨ては申し訳ないです。えと…家を片付けるお手伝いをしていただけませんか?」


予想外過ぎるお願い。


「困ったり分からないことがあったらいつでも来て」の言葉が頭をよぎる。


まさか出会った初日から頼られるとは思わなかったけど…。


「いいけど…。ちょっと待ってて!着替えてくる」


俺は制服で寝ようとしてたのか…。


今更ながらちょっとだけ反省。


あ、そうだ。

朝疑問に思ったことを聞いてみよう。


着替えながらふと思った。


「お待たせー」


俺は着替えて直ぐに玄関で待っている彩那のもとへ行った。


彩那の家へ行く途中…というか隣なんだけど。


質問してみた。


「一人でこの辺の家回ったの?」


「はい。今お母さん、ギックリ腰で動けなくて」


なるほど、それで俺を呼んだってわけか。


「彩那ちゃん、今何年生?」


「小学六年です」


妙にしっかりした小学生だな。


素直に感心した。

「あれ?お父さんは?」


少し会話して、ふと浮かんだ疑問をぶつけた。


「うち、お母さんとの二人家族なんですよ」


困ったように笑いながら彩那が言った。


なんか、申し訳ないこと聞いちゃったかな。


それ以上の質問は止めた。


「あ…。そんな、責任感じないでください!全然気にしてませんから!」


彩那は明るく笑ってくれた。


そっか。

ならいいんだけど…。


強がってるのか、気を使ってくれたのか。


何故だか俺にはそう見えた。


お隣さんなので道に迷うわけもなく。


彩那の家に到着。


「おじゃまします!」


「お母さん!お兄ちゃんが来てくれたよ!」


柏田家にお邪魔するやいなや、彩那が叫んだ。


お兄ちゃんという言葉の響きに一瞬酔いしれた。


親戚からも言われたこと無いのに!



駆けていく彩那の後を追うと、ベッドの上で横になる彩那の母親がいた。


なんだろう…。

なんというか、綺麗な人だ。


年は…30代は間違い無さそうだ。


まだ若そうなのに、ギックリ腰…。


どことなくギャップを感じる。


「はじめまして。隣に住んでる古宮幸樹です。よろしくお願いします。えと…何をすれば…」


「あなたが幸樹くんね。彩那から聞いたのよ。隣のお兄ちゃんがいつでも助けてくれるって喜んじゃって…。なんか…ごめんなさい」


「いえいえ!」


笑顔で、顔の前で手を振って否定した。


実際、睡眠を妨害されたときはカチンと来たが、別に手伝うのは嫌ではない。


「さて、何を手伝いましょう?」


もう一度聞いてみた。


「重い物を運んで欲しいの!私、昨日運んでて腰やっちゃって…。彩那も力が無いから運べないし…。昨日、引っ越し業者さんに大まかはやってもらったから、そんなには無いけど…お願いできる?」


そういうことなら仕方ないよな。


今更断る余地も無いだろ。


「はい!いいですよ!」


そして仕事スタート。


色んなものを運びながら思ったことがある。


この家、こんなだったんだ。


いつも外から見るだけだったから分からなかったが、外見より広い。


重い物を持って何往復も歩く。

屋根裏は特にきつかったな。


そんなこんなで気付けば7時。


腹も減ってきた。


一通り荷物は運んだ。

かなりの量のダンボールが積まれている玄関と風呂場を繋ぐ廊下の前。

俺はふぅ、と軽く息を吐きながら額の汗を拭った。


正直、かなり疲れた。


「幸樹さん、ありがとうございました。おかげさまで片づきました!」


キラキラした目をこちらに向けて、とても嬉しそうにお礼を言った彩那。


「いいえ。どういたしまして」


疲労を見せないように笑ってみせた。


では、親も帰ってくるのでこれで。


そう言おうとした時だった。


「あ~もう7時じゃん。幸樹くん、夕飯食べていきなよ!今日のお礼させて。まぁ私は腰痛めてるから、作るのは彩那なんだけど」


料理もできるのか。

この子凄いな。


「えっと…。じゃあ、お言葉に甘えて…」


晩飯作る手間が無くなるわけだし。


親はできあいのをスーパーで買ってくるから問題無いだろう。


なら、断る理由もない。




彩那お手製オムライス。


味はかなりのもの。

いや、美味い方向でかなりのもの。


「お口に合ったみたいで…良かった!」


ニコッと笑ってみせた彩那。




ごちそうさまでした。


挨拶をして柏田家を出た。


お風呂入ってく?とも聞かれたけど、流石に悪いので遠慮した。



ふぅ。疲れた。


俺は家に帰るなり風呂を沸かしてさっさと入った。


お湯に浸かったときの安心感というか、気持ちの良さが格別だ。


しみる~…とかが正しい表現だろうか?


何がしみるんだろうな?




風呂から出ると母親が帰宅していた。


「この粗品は何?」と聞いてくる母さん。


「ん?ああ、隣の空き家、引っ越してきたみたいよ。柏田さんっていう小学生とその母親の二人家族」


最低限の情報を提供して、二回にある自室へと向かった。


階段をのぼる途中、玄関の開く音がした。


多分父さんだろう。


「ただいま~」の声がする。


ほら、父さんだった。



自室に来たはいいが、これと言ってやることがあるわけじゃない。


とりあえずベッドに潜る。


枕元にはもう何度も読んだ漫画本。


寝るにはまだ早い時間だが、やることが無い。


じっとしてるとガマの顔が浮かんで不愉快になる。


テレビ欲しいな、地デジのやつ。


そう思いながら眠りについた。


午後10時に寝たのは、久しぶりだった。



一方…。


「お兄ちゃん…!ふふっ!」


お隣では、彩那も眠りについた。


幸樹の夢を見て。




翌日。


今日は土曜日か…。


起きなきゃ…。


土曜日は、10時から弓道が入っている。


高校に上がった時、習い事は弓道残して全て止めた。


だから、唯一の習い事なのだ。


弓道場へは歩いて5分。


最初は嫌だった袴を着て歩くこの道のりも、今は何とも思わない。


向こうで着替えるのは面倒なので、最初から着ていく。


更衣室もあるが使ったのは1、2回。



そんなわけで、今俺は袴姿な訳ですよ。


弦を外され布を捲かれた弓と、鷹の羽が使われた矢が3本入って筒。


これを持って弓道場へ行く。


どう?俺的には結構お気に入りの装備なんだけど?


いかにも弓道っぽくて。



家を出た時、声を掛けられた。


「あ、幸樹さん!おはようございます!」


元気の良い挨拶の声。


振り向くとそこには彩那がいた。


「弓道ですか?」


珍しいな。

この荷物を見て弓道の道具だとわかる小学生。


筒と、棒だぞ。


「うん。弓道。近所でやってるんだ」


「あの…ついて行っちゃダメですか?」


ふぇ?予想外な質問が飛んできた。


「私、引っ越しする前に弓道やってたんです。引っ越ししたらできなくなると思ってたんですが…。できるなら、やりたいです!」


彩那の口調に熱が入る。


新入りは大歓迎の弓道場だし、ついて来るのは構わないだろう。


小学生なら尚更だ。


「いいよ。じゃあ…」


「着替えて来ます!」


俺が着替えてくるように言う前に彩那は家の中に引っ込んだ。


そして5分後…。


見慣れた…というかどこか懐かしい体育着を着て現れた彩那。


ただ、彩那が来ているのは眩しいくらいに白い。

恐らくは新品なんだろう。


胸には「大葉谷(おおばや小」の文字と校章。


俺も通ってた小学校だ。


「袴とか道具は無いんですが…大丈夫ですか?」


心配そうに聞かれた。


「大丈夫。弓も矢も備え付けがあるから」


「7キロのありますか?」


「あるよ。大丈夫」

7キロというのは、弓の弦を引く重さ。


キロ数が増えるほど、弦はピンと張られる。


つまり、引くのに力がいる。


因みに7キロはかなり軽い。


小学生の女子なら普通なのかな?


どうでもいいけど俺の弓は12キロ。


二人で並んで歩きながら弓道場へと向かう。


「弓道の腕はどれくらいだったの?」


「一番良い時に、大会で市内2位でした」


「嘘っ!?俺ランクインしたことないよ~…」


「人数が少なかったんですよ!まぐれです」


「ほら、ここが弓道場」


「へぇ~。近いですね!私、この辺の地理まだ全然わかんなくて…」


「今日の午後にでも案内しようか?と言っても、ほとんど何も無い町だけど」


「お願いします!」



二人で話しながらだと、弓道場までの道のりがもの凄く短く感じる。


扉を開けて入ったその場所は、市民体育館の一番奥。


的の上と矢を射る場所にしか屋根がない弓道場。



弓道場に入り、先に来ていた数人に挨拶。


まぁ、ここで弓道やってるのは10人に満たないんだけど…。


「柏田彩那です。よろしくお願いします!」


俺の挨拶のあとにそう言って頭を下げる彩那。


「しっかりしてるねぇ」と周りの大人達は言う。


本当にその通りだと思う。


「彩那ちゃん、こっち来て!」


「はい、お兄ち…幸樹さん!」


家だと俺のことお兄ちゃん呼んでるんだろうな…。


正直そっちの方が何となく嬉しいんだけどな。



彩那を連れて倉庫へ入る。


「えっと…これが手にはめるやつ」


右手の親指、人差し指、中指のみの手袋とでも言うべきものを渡す。


親指の下が膨らんだ形をしていて、その膨らみが固く、溝が彫ってある。


その溝に弦を引っ掛けて引く仕組みだ。


「んで、7キロのは…あった!7キロの弓」


ここまで軽いのは数が少なかった。


「あとは矢か。矢は適当に良さそうなの3本持って行って!倉庫の入り口にあるから」


そう言いながらハッとした。


「胸当て…いるのかなぁ…」


女性は胸を保護するためのサポーターのようなものを付けるのが普通。


彩那は女子だけど…その…そんなに…。


本人に聞くのは失礼だよな…。

「胸当ている?」なんて…。


一応渡すってことで落ち着いた。


本人も違和感無く使ってるから大丈夫だろう。


しかし、体育着に胸当ては違和感があるな。


たすき掛けにした胸当ての存在感はすごい。


身長の低い彩那ならなおさら。



そんなとこばかり気にしても何にもならないよな。


よし、やるか!


「ここでは自由に弓引いていいからね。的も10はあるから、常にどっかしらは開いてるし」


説明を聞きながら、辺りをキョロキョロする彩那。


そして一言。


「あの…巻藁まきわらありますか?」


キョトンとした俺。


俺あんまり使わないんだよな、巻藁。


28メートル先の的を狙う方が楽しいじゃん。


巻藁とは、文字通り藁を巻いたもの。


第一印象は米俵。


超至近距離からこれ目掛けて射るのである。


超至近距離って言っても、2メートルくらい離れないと弓が射れないのだが。


初心者が感覚を覚えたり、準備運動代わりにやるのが普通。


何度も言うが俺はやらない。

面白くないから。


多分こういうとこに2位と称号無しの差がでるんだろうな。


俺は入賞は望まないから別に構わないんだけど。

楽しければそれでいいじゃん!

…言い訳だよな。俺、そんなに上手くないもん。


俺もやろうかな、巻藁。

一瞬そう思った。

つまらないだけで嫌いな訳じゃないし。


彩那はすでに、弦に矢をセットしている。


そして立ち位置を確認し、横に置かれた鏡を見た。


肩幅より少し広いくらいに足を開き、小さく頷き、右手で弦と矢の接触部を押さえ、弓を持つ左手の上に矢の先端を乗せた。


そしてそのまま上へ。


下ろしながら弓を持つ左手を前へ押し出す感じ、右手は弦を引く感じ。


同時に顔を巻藁へと向ける。


一瞬の静寂の後。


ダンッ!


弦の反発する音が響くのと同時に矢が放たれた。


矢は巻藁のほぼ真ん中に命中。


3分の1程が藁に埋まっていた。


それを引き抜き、また小さく頷く彩那。


なんだろ…。

やりたくない。

カラオケでめっちゃ上手い人の後に歌う感じと言えば伝わりますか?


彩那の弓を引く姿は非の打ちどころが無いくらい完成したものだった。


「幸樹さんはやらないんですか?」


不思議そうな顔をする彩那。


やらないのって…。


やる気を損なわせたのは誰でしょう。

あなたなんですよ彩那さん!


一瞬でもやろうかなとか思ったのは間違いだった。


「俺は28メートル先の的でやる」


今日も巻藁はやらなかった。


実戦で感覚を掴む!

これが巻藁をやらない言い訳。


単純につまらない巻藁をやりたくないだけ。


「そうですか…。私はもう少しやってから向こうでやります」


「わかった」


俺は弓道場の的の前に立った。


因みに、向かって一番左端の的の前。


矢を抜きに行くの楽だから。


的まで28メートル。


学校のプールより長い距離飛ばす。


靴下を脱ぎ捨て裸足になる。


そして肩幅に足を開いて矢を弦に付けた弓を構えて上にあげ。

胸を張りながら降ろすと同時に顔を的に向け、矢を射る体制に入る。


後は無心。


的をひたすら凝視して。


いざっ!


バンッ!

弦の震える音がする。


矢が的に当たったときの心地良い音はしなかった。


ほんの少し左だった。

高さは申し分無し。


続いて2本目。

足元に置かれた矢を広い弓にセットする。


そして射る。



…今度は右過ぎた。

相変わらず高さは良い。


続く3本目。


弓にセットしたとき、彩那がやってきて俺の隣の的についた。


俺を見る彩那。


何故だか緊張する。


いつも以上に丁寧に、ゆっくり矢を射る体制に入った。


そして…。


ポンッ!


矢が的を射抜くあの快音が鳴り響いた。


「おーっ!幸樹さん凄いです!」


「そ、そか?ありがとう」


あ~緊張した。


見られてると緊張するよね。


手持ちの矢が無くなったので、的に一礼して後ろに退く。


この辺が礼儀を重んじる日本ぽいと思う。


さて、彩那はといいますと。


綺麗なフォームから射られた矢は弧を描くように山なりに飛んで行き、的のだいぶ上に当たった。


7キロの弓だと山なりにせざるを得ないのだ。


パワーもスピードも無いから狙った場所に射るのは難しい。


だからと言って市内2位を否定できるわけではないが。


初心者だと運も絡んでくるわけだし。



とくにノーリアクションで2本目。


続けざまに3本目。


そして的に頭を下げてから振り返り俺の所へ。


「ん~。当たりませんでした…。腕が鈍っちゃったのかなぁ…」


少し落ち込むような仕草をする彩那。


「当たらなくてもいいじゃない!練習重ねれば腕はすぐ戻るよ」


彩那を軽く励ます。


「あの!市内2は嘘じゃないんですよ!あの…家が片付けばどこかに賞状も…!」


必死に訴えてくる。

いや、疑ってませんよ。

これっぽっちもね。


「疑ってないから大丈夫。でも、弓道場あったの?」


弓道場なんてそう多くあるわけじゃない。


「はい!前の小学校に弓道クラブがありました!的までの距離は20メートルでしたけど…」


20メートルから28メートルになったんじゃ、感覚も違うよな。


「珍しい小学校だね」


「でも、弓道クラブ以外は普通でしたよ」


和気あいあいと話していると…。


「矢を抜きますので一旦射るのを止めてください」


俺たちと離れた所で練習していた女性が叫んだ。


「はい!」


彩那以外の全員が返事をした。


そっか。

そういうとこ、何も教えてなかった。


とりあえず、矢を引き抜きに行かないと。


的場までは芝生。

普通に屋外。

律儀にサンダルが用意してあるから、大して面倒ではない。


「彩那ちゃん、行くよ!」


俺は彩那を呼んで二人で矢を抜きに行った。


自分の以外の矢も抜くのがマナー。


そんなこと言わなくても、この子は真っ先に他人の矢を抜いてきた。


「はい、抜いてきました」


そして笑顔で矢を持ち主のおじさんやおばさんの所へ届けた。


なんか…俺が教わるべきなんじゃないか?


そう思った一幕。


「偉いねぇ。キミは古宮君の妹さん?」


「いいえ。幸樹さん家の隣に越してきた、柏田彩那です」


彩那がおばさんと話している。


ここにいるのは俺らから見ればおじさんやおばさんばかり。


俺や彩那のような若者は可愛がられる。


みんな良い人達だし、俺もこの場所が好き。


10分おきくらいのペースで矢を抜く時間が入る。


3本射るには充分な時間だ。


そんなペースで今日は27本放って終了。


ちょうど12時。


帰りも彩那と一緒。


「今日のお昼も彩那ちゃんが作るの?」


「はい!今日はオムライスです!」


昨日の夕飯…。


言いかけて言葉を飲んだ。


バリエーションは少ないみたいだ。


「んで、今日の午後なんだけどさ」


「市内観光ですね!」


目を輝かせる彩那。

なんか…凄い期待してるみたい。


「観光ってほどじゃないけど…。2時に家の前で待ってるよ」


「わかりました!」


そこまで決めて別れた。


さて、どこを回ればいいんだ?


まずはシャワーを浴びて…。

相手は小学生とはいえ女の子。


そのままでは失礼だと思っての措置。


昼飯は母が作った皿うどん。


何故だか毎回ニンジンが固め。

指摘すると自分で作れと言われるのがいつものパターンだから今日は何も言わない。


「ごちそうさま」


昼飯を食べ終わって午後1時。


録画していた「全日本分水嶺一筆書き!完全版」という30分の旅番組を見てから二階の自室に籠もる。


やっぱり自分用のテレビ欲しいな。


置くスペースも無いんだけど。


30分の間に巡るスポットを考えなければ!


勉強机の前に座り、ボーっと考える。


自分の街を案内するだけなのに。

こんなに考える必要あるのかな?



やっぱりスーパーとか利用頻度の高い場所を…いや、小学生にスーパー教えても…あ、母親に聞かれたときに知ってた方が…。


オススメのケーキ屋と、カラオケ。

ちょっとしたカフェなんかもいいな。


将来彼氏が出来たときのために。


その頃には街に慣れてるか。


ん~だとすると…。


ひまわり畑とさくら並木。


縁日だけ賑わう神社。


よし、これで行こう!


小さな、地元だけで通じるような名所。


方針が決まったところでちょうど2時。


「ちょっと出掛けてくるね!」


母親にそれだけ告げて、返事を待たずに家を出た。


「おっと。お待たせ!」


「待ってませんよ!」


日差しは大して強くないのに、白い、小さなひまわりの花があしらわれた帽子を被った彩那がうちの玄関の前に立っていた。


服装は白いワンピース。


帽子は服に併せたのだろう。


眩しいくらいにオシャレにきまっている。



「さて、じゃあ行こうか!自転車取ってくるからちょっと待ってて」


そう言って彩那に背を向ける。


「あの…引っ越しの時、古い自転車捨てちゃて…無いんです」


申し訳なさそうに俯きながら話す彩那。


「ん~…。歩くと結構距離あるんだよな…それじゃあ…」


今日は歩いて行ける近場だけ回ろう。


そう提案しようとした時だった。


「じゃあ、あの、自転車の後ろに乗せてください!」


心なしか顔を赤らめて。


いつもより声を大きくして。


彩那は放つように言った。


一緒、呆気に取られた。


「え…?いいけど…。危ないよ?」


「はい…ですよね。私、変なこと言いました」


苦笑いする彩那。


「あ。でも、県道避けて、ちょっと遠回りだけど裏道使えば…。坂もないし」


「じゃあお願いします!」


「わかった。乗って!」


「はい!」


彩那は、俺のママチャリの荷台に、横向きに座った。


「え?そっち向き?」


「えと…。違います?すいません。やったことなくて…」


「荷台にまたがっていいよ」


「…わかりました!」


座り直して、俺と同じ向きで座った。


「んじゃ行くよ!」


地面を蹴って推進力を生み出す。


久しぶりの二人乗り。


出だしはちょっとフラついたものの、何とか持ち直した。


家を出て2分も走れば、周りは田んぼが多くなる。


もう暫く行くと、大きな川が出てくる。


橋の手前を川沿いに曲がり、土手の上を走る。


「これが垂瀬川(たるせがわ。水は綺麗だからもうちょっとして夏が来たらバーベキューや水遊びができるんだ」


「そうなんですか!」


さらに自転車を進める。


土手を下りて、県道を横切って真っ直ぐ行ったところにあるかなり広い畑。


「ここはひまわり畑。シーズン中は混むんだよね~。でも、見る価値はあるよ!」


「見てみたいです!」


誰もいない広大な畑に背を向けて、今来た道を引き返す。


「もう小学校行った?」


「まだです。明後日からです」


「ここ右行くと小学校ね!」


二人乗りだと片手を離しての運転が出来ないため、首だけ右に向ける。


俺は小学校とは逆の左に曲がった。


「ここはさくら並木。春はスゴいよ!今年はもう終わっちゃったから、来年見にくるといいよ!」


並木を抜けてさらに真っ直ぐ。


細い道を右に曲がったところにある、小さな神社。


「ここは矢桐神社(やぎりじんじゃ。ちっちゃい神社だけど、正月と縁日は凄い人出になるんだよ」


「そうなんですか!」


そしてまた自転車を漕ぐ。


「あ、彩那ちゃん好きな人いる?」


「!?え…ええ?い、いきなり、な、何ですか?」


凄い慌ててる彩那。


「いや、この左手の山、日の出とか夜景がキレイに見えるんだ。恋人と来ると恋が成就するとか言われてるから、機会があったら来てみれば?」


「あの…幸樹さんは…行ったことあるんですか?」


彩那が小さな声できいてきた。


「ん?あるよ。彼女とではないけどね」


苦笑いする俺。

悲しいことに俺はいつも初日の出を見に同中だった友達としか来たことない。


「か、彼女いるんですか?」


顔を真っ赤にしてきいてきた彩那。


俺、誤解を与えるような答え方したのかな?


「え?残念ながらいないよ。付き合ったこと無いもん」


「良かった…」


彩那の呟きは、自転車の音にかき消されて俺の耳には届かなかった。



「よしっ!遅くなるとまずいし、そろそろ帰るか!」


「そうですね!」



自転車を飛ばす。


彩那が俺にしがみついてきてちょっと苦しい。


「ここが俺の高校」


自転車で前を通り過ぎながら説明。


「ここが朝の弓道場」


「もう戻ってきたんですね!」


元気よく、でもどこか名残惜しそうに彩那が言った。


「ほい到着!」


キッ!


鋭いブレーキの音を短く響かせて。


彩那の家の前で自転車を停めた。


ゆっくりと荷台から降りる彩那。


「ありがとうございました!楽しかったです!」


笑顔でそう言ってくれた。


「じゃあね!また何かあったら言ってね」


「はいっ!」


笑顔で手を振って彩那と別れた。


時間は4時。


2時間も走ってたのか。

まぁ常に走ってたわけじゃないけど。


とりあえずリビングのソファーに横になる。


二人乗りは疲れるな。

妙に気を使うし。



「ふぅ…」


半ば無意識に息を吐いた。


「でも、このど田舎にも、紹介できる場所があったんだな。遊ぶ場所もろくに無いこの街にも」


ちょっとだけ嬉しく思う。


「どこ行ってたの?」


母親に聞かれた。


「ん~…。市内観光」


あながち間違いじゃないはず。


思ったより楽しかったし、俺は満足だ。


よし!寝よう!


「飯になったら起こして~」


そう母親に言って眠りについた。




その頃彩那の家。


「弓道どうだった?」


大分腰も良くなって、今はコルセット装着しながらも歩けている。


凄い回復力である。


「楽しかったよ!あんまり当たらなかったけど…」


私はわざとらしく舌を出した。


「久しぶりだからね~。幸樹君は?」


「ん?お兄ちゃんがどうしたの?」


名前を聞くだけで、ちょっとドキドキする。


「弓道上手だった?」


「うん!」


「そっか」


お母さんとそこまで話して、私は洗面所に行った。


手を洗ってうがいして。


そこまでやってまたリビングへ。


「で、市内観光はどうだった?」


「色々あったよ!ひまわり畑とか、さくら並木とか!」


「そりゃ時期が楽しみだ!良かったね、幸樹君とデートできて」


それは、あまりにも唐突だった。


多分私、顔が耳まで真っ赤になってたよ…。


だって、お母さんの言葉は私の気持ちの確信を突いてたから。


「で、で…デート…なんかじゃ…!」


「でも好きなんでしょ?幸樹君のこと」


言葉が出ない。出せない。


明らかに嘘だとわかる嘘をつくしかなかった。


「そ、そんなこと…」


「いいのよ隠さなくて。昨日から嬉しそうにお兄ちゃんお兄ちゃん言ってるあんた見てれば分かるもの!」


お母さんに、隠し事はできないな。


前にもそんなことがあったっけ。


私がこっそり拾って、飼おうと思った子犬。


結局、1日隠し通せなかった。


子犬は知り合いに引き取られちゃった。


「しかしあんたも面食いねぇ。出会ったその日に惚れ込むなんて!しかも高校生に。悪いとは言わないけど、歳の差とかちょっと心配」


「そんなんじゃないよぉ。好きになるのに、歳は関係無いじゃない!」


もう、否定はしない。

今更しても意味ないよ。


「おっ!認めたね!うん、その意気だ!」


グッと右手を突き出し親指を立てるお母さん。


全く…。


私は戸棚の上からポテチを取り出して食べた。


「あ、私にも頂戴!晩ご飯あるから食べ過ぎないようにね」


「はーい」


返事をしながらテレビのチャンネルを変えた。


一通りチャンネルを回して、面白い番組がこれと言ってやっていないことを知る。


まだ5時だもん。

夕方はニュースの時間。


私は階段を駆け上って二階へ。


3つある部屋の真ん中が、私の部屋。


お母さんとの二人暮らしで3つの部屋は持て余す。



私は部屋に入り、ベッドに寝転がる。


部屋のちょうど向かい側にある廊下の窓からはお兄ちゃんの家が見える。


毎回、部屋に行く度に意識してしまう。



…はぁ。


一人になると、つい考えて胸が苦しくなる。


「アドレス…聞けば良かったかな…」


携帯も持ってる。

なのに、聞きそびれた。


明日は会う予定もない。


何だか寂しい気がした。





「おーい!幸樹!起きろ~!」


「お?飯か?」


「飯だ!」


父親に起こされた。


なんだ?いつの間にゴルフから帰ったんだ?


寝てて気づかなかったぜ…。



「あ!」


飯を食いながら急に思い出した。


「どした?」

「どうしたの?」


両親が驚いたように聞いてきた。


「あいや、日曜日も弓道場開いてるの言ってなかった」


熱心に練習してたから、教えておきたいのだ。


「弓道?誰かと一緒にやるの?」


父親には言ってなかったな。

お隣さんのこと。


「隣に越してきた柏田さんの娘さん。今日一緒に行ったんだけど、熱心だし上手だったから」



食事中にそんな話をしたわけで、俺は今柏田家の前にいるのですよ。


ピンポーン…ピンポーン…。


小さく響くインターホン。


「はーい!あ、幸樹君?」


カメラ付きのインターホンなので、家の中から誰が来たのかすぐ分かるようだ。


「えと…。彩那ちゃんに用がありまして…」


そう言うや否や…。


「開いてるから入って入って!」


なんか…適当だな…。


「お邪魔します」


玄関入って真っ先にリビングへ。


リビングと併設しているキッチンに彩那のお母さんがいるだけだった。


「あ…。腰…」


そう言うと…。


「あ~治った治った!私、昔から怪我の治りだけは早いのよね~」


ホントに早すぎやしませんか?


昨日の今日ですよ?


ギックリ腰って本当なのかと疑いたくなるくらいだ。


「あ、彩那だよね。二階にいるから行ってみな!真ん中の部屋ね!他の部屋はまだ散らかってるから見ないでね~!あと、色々付き合ってもらったみたいで、ありがとね」


淡々と喋る彩那のお母さん。


「はい。ありがとうございます。えと…俺も楽しかったですし…全然構いませんよ!」


お礼を言ってリビングを出ようとする。


すると…。


「ふふ…。彩那をよろしくね!」


よろしく?

ん?よろしく?


何をよろしくすればいいんだ?


まぁいいや。


軽く頭を下げてリビングを出て、二階へ。


真ん中の部屋。


そこだけ明かりがついている。


閉まった扉の下の隙間から、光が漏れているのでわかる。


コンコン。


扉をノックして返事を伺う。


「ん~?お母さん?」


部屋の中から声がした。


扉を開けて、「こんばんは」と声をかけた。


「えっ!?お兄…幸樹さん?」


驚きの声をあげる彩那。


寝ていた体を素早く起こしてベッドに座った。


「な…何でしょう?」


顔を赤くしながら聞かれた。


「いや、大したことじゃないんだけどね。日曜日も弓道場開いてるから、練習したければ出来るよってだけ。ゴメンね。邪魔して…」


「いえ!幸樹さんは明日行くんですか?」


「いや、日曜日は基本的に行かないよ。あ、水曜日は休みね」


「わかりました!」


そして、俺は思い出したように続けた。


「あ、携帯ある?連絡取れた方が便利だし、できればアドレスを交換…」


「いいですよ!交換しましょう!」


俺の言葉を遮って。

待ってましたと言わんばかり。


彩那はアドレス交換の誘いに飛びついてきた。




「よしっ!アドレス交換完了!」


「ありがとうございます!」


「んで、明日行くの?」


「私も、日曜日は…。学校の準備もありますし」


「そっか」



そこまで話して、俺は柏田家を出た。


「ただいま~」


帰ったことだけは知らせて、そのまま自室へ。


ベッドに横になり、携帯電話を開くと受信メール1件。


『よろしくお願いします!』


笑顔の絵文字付き。


彩那からだった。


『うん!よろしく!』


俺も笑顔の絵文字付きで返した。




風呂に入り、お湯に浸かってしばし考え事。


7キロの弓で的を捉えるには。


やはり山なりに放つしかないのだろうか?


これ以上重いのは厳しいとすると…。


やっぱり上を狙って放つしかないか。


結局結局はそこに至った。


自分でも思うくらい無意味な考え事だった。



風呂から出て、バスタオルで頭を拭きながらリビングへ。


俺はドライヤーは使わない主義。


一杯の氷水を飲んで、リビングの隣にある和室へ。


ここにはエアコンもテレビもある。


常にテレビに接続されているゲームのスイッチを入れた。


コントローラーにコードは無く、赤外線で情報のやり取りをするタイプ。


ゲームソフトのタイトルは「フォークリフトでGO!~歴代総理大臣決戦~」。


簡単に言うと、日本の歴代総理大臣がフォークリフトに乗ってタイムスリップし、他の時代の総理大臣と勝負する物語。


俺のオススメプレイヤーは何と言っても伊藤博文。


隠しキャラだけあって、フォークリフトの性能がハンパない。


速いし、相手のフォークリフトごと持ち上げられるのはこいつだけ。

初心者でも使い易い。


持ち上げて落っことすだけで相手は…。


「うわぁー!わ、わたしの…フォークリフトがぁ!フォークの部分が折れた!もう使い物にならん!これは国民が汗水流して収めた税金で買ったものなのに!」


と叫び…。


因みに、台詞は棒読みもいいところ。

スタッフロール見たら、企画と声優とプロデューサーに共通の名前があった。


ある意味万能な人間が作ったゲームだと思った。


「こうなったら素手だ!」


フォークリフトを操作しているプレイヤーに直接攻撃してくるのですよ。


しかし、この伊藤博文だけは「初代の威厳」という相手の攻撃を封じる技が使え、相手は無力になる。


その隙にフォークリフトで敵を持ち上げ、左右に振る。


すると相手は振り落とされる恐怖と車酔いの恐怖からあっさり降伏する。


ノーダメージボーナス獲得。

レベルが23になった。


「よし、16代目の山本權兵衞(やまもとごんべえを平和的に倒したぞ」


俺はそう呟いた。


最強のプレイヤー総理大臣を使っても苦戦した相手を倒した時の達成感はスゴいものがある。



…誰が考えたんだろうな?こんなゲーム…。


まぁ、このゲームの「ギャラリー」モードで、実際はどんな人だったかが紹介されているので、ちょっとだけ総理大臣に詳しくなれたのは評価できる。



気が付けば12時。


「寝るか…」


俺以外誰もいない和室でそっと呟く。


リビングの電気は消えていた。


両親は知らない間に寝たみたいだ。


俺は二階に上がり、ベッドに入るなりすぐに眠りに落ちた。





翌朝、日曜日。


眠い…。


手元の目覚まし機能付きデジタル時計は8時35分を表示している。


もっかい寝よう…。


いや、起きてフォークリフト進めるのもいいな。

昨日、山本權兵衞倒したから今日は34代近衞文麿だな!



グゥ~!っと伸びをして。



結局起きた。


時計は9時5分かを示す。


20分も無言の葛藤を繰り広げていたのか…。


ベッドから起きてカーテンを開ける。


ベランダ越しに柏田家が見える。


「片付けは終わったかな?」

自分が手伝ったことなので少しだけ気になった。


今日はずっとゲームしてよう。


たまにはこんな日曜日も悪くはないだろう。


第一、俺の友達にはそんなの山ほどいるし。


おかげ様で、ゲームの攻略に困ったことはない。


みんな俺より先に攻略してしまうため、俺は人に聞けばいい。



とりあえず下におりて家族に起きたことを報告する意味でリビングに顔を出す。


「ほら、朝ご飯できてるから」


母親はそう言うが。


何ができてるだ。

昨日の晩飯で見たものばかりじゃないか。


しかし、それを口や表情に出すと母は偉く不機嫌になる。


毎度毎度のことながら、悟られないようにするのに気を使う。


飯食うだけで気ぃ使いたくないってのに。


言いたいことを押し殺して、俺は和室へ。


あとはゲーム機の電源を入れて。



「幸樹!お隣の柏田さんが幸樹に用があるんだって!玄関にいるから早く行きなさい!」


ゲーム機の電源を切った。


「着替えるから待ってもらって!」


俺は母にそう告げ、急いで着替えて玄関に。


その間約1分。


「お待たせ彩那ちゃん」


玄関で待つ少女に声をかけた。


「あの…もうちょっとだけ片付けのお手伝いお願いできますか?どうしても二人だと人手が足りなくて…。開けてないダンボールとかの整理なんですが…」


こうも頼られると、不思議と悪い気はしないもの。


挨拶の一言でここまで近所付き合いに変化がでるものか。


「いいよ」と返事をして彩那の家へ。


「いらっしゃーい!ごめんね何度も!」


彩那のお母さんが出迎えてくれた。


「今日はダンボールの中身を整理したいの」


彩那も言ってたなそんなこと。


「了解です!」


箱を開けて中身を取り出す。


アルバムやら、古いビデオやら。


きっと思い出の品なんだろう。


「これは…アルバムはどこ持ってけばいいですか?」


彩那のお母さんに聞く。


「ん?アルバム?懐かしいね~!見たい?」


「いえ、別に…。で、どこに?」


「なんだぁ残念。お風呂入ってる彩那の写真とかあるのに…。ん~、彩那の部屋のクローゼットの上にお願い」


「それは…。わかりました…」


尚更見なくて良かった…。


「あ、入浴中の写真たって水着着て写真撮ったんだよ?」


あ~…。

何か猛烈に恥ずかしい思い込みをしてたよ…。



気を落としながら彩那の部屋へ。


「あ、お兄…幸樹さん!それは?」


もう「お兄ちゃん」でもいいんすよ?

そう言いたいけど、そんな事言ったら自意識過剰だよな…。


「ん?これはアルバム。彩那ちゃんの部屋のクローゼットに入れてくれと」


さて、彩那の写真のクローゼットは2つ。


10畳の部屋が羨ましいよ…。

俺の部屋は6畳だというのに…。


俺は左側…廊下に近い方のクローゼットに手を掛けた。


そして一気に引き…。


「そこは開けちゃダメ!」


俺の行動を止めようとして彩那は叫んだ。


しかし彩那の声に反応するほど俺の反射神経は優れていなかった。




そこにあったのは、弓道やってる人間にとってお馴染みの袴。


そして布に捲かれた弓と矢を入れる筒。


俺は昨日を思い出した。


袴持ってないから体育着。


「なんだ、袴良いのあるじゃん!」


「………」


俯いたまま黙り込んだ少女の目は、寂しさと怒りをはらんでいた。


「え?あ、いや、彩那ちゃんが嘘ついたとか、思ってないよ?」


思ってない。

ホントに。これっぽっちも。


「……そうじゃ…ないんです…」


なんか、空気が変わったと言うべきなのだろうか。


彩那の目が、言葉が、雰囲気を変えた。


「それ、私のお父さんのものなんです」


それは唐突だった。


あまりに突然で言葉を返せなかった。


「それ」とは、弓道道具のことで間違いないだろう。


それから「開けちゃダメ!」の叫び。


多分これから彩那は辛い経験を話すつもりだ。


止められる。今ならまだ。



…でも、できない。


なんとなく、聞かなきゃいけない気がした。


話してくれるからには、俺もちゃんと聞いて受け止めよう。


それが、彩那のためになるのなら。



「私、引っ越す前に弓道やってたっていうのは昨日言いましたよね。

実は、小学校でも確かにやってたんですが、休みの日にお父さんにも教えてもらってたんです。

でも、先日父が病気で…」


言葉を詰まらせた彩那。


言わなくていい。

言って欲しくない。


そんなに辛いこと、彩那に言わせたくない。


「…それが、引っ越した理由なの?」


一気に話を飛ばした。


彩那は黙って頷く。


「引っ越したら忘れようって思ってたのに…。だから、クローゼットにしまって見ないように…。そのアルバムも、本当は私の部屋に置きたくなかった…。お父さん、写ってるから…」


いつしか、彩那は頬を濡らしていた。


父親の死。


小学生には辛すぎる現実。

受け入れ難い、受け入れたくない。


彩那の気持ちが痛いほど分かる…訳ないよな。


でも、もし自分の親が…って考えると…いや、無理だ。


何だかんだ言いつつ、頼りきってんだ。


失ったら……想像できっこない。


「…忘れて、良いわけがないだろう…。忘れちゃダメなんだ!」


「ふぇ…?お、お兄ちゃん…泣いてるの…?」


はっ!

なんで?なんで涙出てくんの?


不覚にも彩那に指摘されるまで気付かなかった。

「…私は、お父さんが居なくなったら、弓道止めるつもりだったんです」


一旦敬語を止めた彩那が、また丁寧な口調で話し出した。


その目にはまだ潤んでいたものの、笑顔が戻り始めていた。


「でも、お父さん、病院で最期に…『好きな事を俺のために止めるなよ』って…」


そうか…。


心から弓道が好きなんだ。


「だから…お兄ちゃんが弓道やってるって…ここでもできるって知ったときには嬉しくて…」


そして一呼吸置いて続けた。


「私のために、泣いてくれて…ありがとうございます」


カーッと顔が赤くなっていくのがわかった。


泣いてくれてありがとう。

初めて言われた言葉だ。


ただ、何となくわかる。


彩那が話してくれた理由は、多分そこにあるんだろう。


そして、やたらと彩那が俺を頼ってくる理由も。


心の底で、父親の代わりを探していたのではないだろうか?



それが一番しっくりする考え方。



しかし、それは違ったようだ。


だって…。


「私、私のために泣いてくれたお兄ちゃんが好きです!大好きです!」


なんて、笑顔で言われたから…。


「好かれてるから良かったよ」


そう返したのだけど…。


「えと…。その…私と…付き合ってください!」


16年生きてきて初めて言われた言葉。


今日は初めてだらけだな。


じゃなくて…。


「えっと…。え…?あの…」


そんな目で彩那を見たことなかった。


そんな事言われると妙に意識してしまうのは何でだろう。


「お答えは今すぐにとは言いません。待ってますから!アルバムはこっちのクローゼットにお願いします!」


そう言って足早に出て行った。



しばらくポカンと突っ立っていることしかできなかった。


彩那が小6、俺は高2。


歳の差、5。


いや、問題はそこじゃないんだ。


相手が小学生であることなんだ。


確かに彩那は可愛いし、その…彼女ならいいなと思わないわけじゃない。


ただ…。

どうしても…。

社会的に…。

気になる…。


とりあえずアルバムをしまい、リビングへ。


別に彩那を追いかけたわけじゃなくて普通に仕事終えたからだよ?


「結構かかったわね。場所わかんなかった?」


どこかニヤツキながら聞いてくる彩那母。


「え…。いえ、あ…えと、はい」


否定したら「何してたの?」の質問が来ることは必然。


慌てて軌道修正したら変な答えになっちゃったけど…。


「…?あ、彩那!台所用洗剤買ってきてきれる?」


「はーい!お金は?」


「財布から500円持ってって」



彩那が家を出て行った。


「ところで幸樹君?」


「はい?」


突然呼ばれてドキッとした。


彩那のお母さんの方に顔を向ける。


その顔は、いつもの笑顔ではなく、いつになく真剣な眼差しだった。


「彩那から聞いた?」


それが第一声。


何となく、父親のことだろうというのは察しがついた。


「…はい」


「そう…。そういうことだから、あの子にとって幸樹君は心の支えなのよ。だから、何かあったとしても…大切にしてあげてね」


「…はい!大切にします!必ず!絶対に!」


…言い切ってしまった。


「そう…なら、彩那からの質問の答えも自ずと…ね!」


いつもの笑顔に戻っていた彩那のお母さん。


うっ!

吹き出しそうになった。


「……聞いてました…?」


「さて、どうでしょう?まぁ、そればっかりは幸樹君の気持ちだから!強制はしないけど?お兄ちゃん!」


絶対聞いてたよ。


そういえば、いつの間にか俺を「お兄ちゃん」って呼ぶようになってたな。


「あ、私は別に歳の差は気にしてないからね~」


人が一番気にしていたことを…。


あっさりと砕かれた。


しばらくすると、彩那が買い物から帰ってきた。


それから少し荷物運びを手伝って、その後帰宅。


「お兄ちゃん!答え、いつ教えてくれますか?」


玄関先まで見送ってくれた彩那が聞いてきた。


「…ゴメン!来週の土曜日!弓道の日まで待って!」


「はい!待ってます!」


帰ると12時過ぎ。


昼飯食っていつものようにフォークリフトに乗った総理大臣を操った。






「へぇ~、やるねぇ!告白したんだ!」


「……っ!?」


私はお母さんのその言葉にむせかえった。


「な、な…?え?あう…」


言葉が出ないよ…。


「もしかして…」


「ごさっしの通り、聞いてた!」


バレてた…。


クローゼット開けられて、冷静でなかったから…。


「でも、幸樹君のおかげで吹っ切れたっしょ。良かったじゃん」


何も、言えなかった。


今まで、誰にも言えなかった「弓道を止めよう」と思った時期の存在。


それ程までに、お父さんの死は私の中で大きくて…。


初めて傷口をさらけ出した。


相手がお兄ちゃんだったからこそできた。


嬉しかった…!


だから、思いを伝えた。


返事は、良いに越したことはないけど、私は、満足。


「ダメだよ。それじゃ」


お母さんの声。


「好きなら、そこで満足しちゃダメ!」


いつもそうだ。


お母さんには、いつも心を読まれてる。


「土曜日!頑張ってきな!」


それだけ言って、部屋の掃除を始めた。


土曜日…。

私の話し声、家の中に聞こえてたのかな…。







翌月曜日。


学校だ…。


何て嫌な響き。


小学生の時、学校が楽しみだ!とか言ってた自分にこの現実を教えてやりたい。


時計を見る。


よし、寝坊してない!


朝飯食べて着替えて。


朝7時半。

自転車を漕ぎ出し家を出た。


柏田家を過ぎ、大通りに出て進む。


7分で高校到着。


いつも通りだ。



教室に入り、既に登校していた芳治が俺の席に来て、話しこむ。


「なぁ…。小学生との恋愛ってどう思う?やましい気持ち無しで、偶然恋した人間が小学生だったら…」


突然そんなこと聞かれたせいか、ちょっとたじろぐ芳治。


「はっ?大丈夫かお前?そっち方向に目覚めたか?」


「…いやそうじゃなくて!やましい気持ち無しで!」


少し考えこむ仕草をして数秒。


結論を出した。


「好きならそれでいいんじゃね?やましい気持ち無しならね!」


こいつ…。


誰も俺のこととは言ってないってのに、気を使ったのか?


「そうか…」


「何その質問?どういう意味が?」


「なんでもねぇよ」



決まった。


もう、周りの目は恐れない。

素直に進んでやろう!


真剣なときに、頼れる。


それが高村芳治という男なのか。


だったら、なんか嫌だ。


あいつアホだから(笑)。





何事もなく授業をこなして放課後。


掃除も先週で当番終了。


帰るだけ。


部活はやってない。


弓道部無いなら、入りたくない。


そんな訳で帰宅部なのですよ。


3時半。


小学生が下校する列の中に、彩那を見つけた。


ゆっくりと自転車を止めて。


「彩那ちゃん!」


声をかけた。


「お兄ちゃん!?」


驚きの声をあげた彩那。


「何?彩那のお兄さん?」


転校初日から友達を作ったと思われ、彩那と一緒に下校していた女子小学生が俺に話しかけた。


「いや、お隣さん」


「なんだぁ」


なぜガッカリされた?


小学生ってやつはわからん…。


交差点まで歩いたところで、「私はこっちだから」と、手を振って走って行った彩那の友達。


ここからは彩那と二人。


俺は自転車を転がして歩く。


「答え…出ました?」


不意に聞かれた。


聞かれるとは思っていたが、全く考えていなかった。


「いや、まだ…」


本当は、芳治と話した時点で答えなど出ていた。


あいつは知らないだろうが、それなりに後押ししてくれたんだぜ。


感謝する。


「そうですよね…。土曜日、待ってますから!」


緊張しながらも笑顔を作った彩那。


そんな緊張いらないさ。


答えは、もう決まってるんだから…!






土曜日。


一週間などあっという間だと感じたのはいつ以来だろう。


あれから彩那には会わなかった。


メールも、『明日9時半に家の前ね』と送って、『了解です』の文章とピースサインの絵文字が付いたメールを受信しただけ。


9時半。


俺は袴を来て弓と矢を持ち、玄関を開けた。



今日は俺の方が先だった。


彩那はまだ来ていないようだ。


5分ほど待つと、彩那が出てきた。


相変わらずの体育着姿。


だが、手には弓と矢筒と紙袋。


日曜日に見た、あの弓道道具で間違いなさそうだ。


「お待たせしました!向こう、更衣室ありましたよね?」


「あるよ」


そう返事しながら覗いた紙袋の中。


袴が一つ。


やる気だな~。



さて、質問の答え…どうしよう。


いや、答えは決まっている。


そこじゃなくて、こう…演出?的な。


歩きながら考えたが、残念ながら答えは出ず。


弓道場に到着。


するとすぐに…。


「更衣室どこですか?」


聞かれた。


弓道場から出て右に行った左手。

奥が女子。


彩那はそこに入って行った。


「先に練習してるよー!」


更衣室の中に一応呼びかけ。


俺は弓道場へと戻り、的の前に立つ。


矢を二本持ち、一本は足元に置く。


手に持った一本を弓の弦にセットする。

もう一本は右手で先を持ったまま。


そして、弓を上にあげ、下ろす際に的を見ながら弦を引く。


あとは放す。


この時、放した右手を後ろに伸ばすとカッコイいとは、俺が習い始めたころに教わったこと。


因みに、今放った矢は、的から少し右下にズレた所を射抜いた。



もう一本を拾い上げ、同じように射る。


おしいな、今度は右上だ。


三本目は良い音をさせた。

しかし、隣の的だった。


あ~恥ずかしい…。



全ての矢を放ったので、俺は的に一礼。


振り返るとクスクス笑う彩那がいた。


袴姿の。


「…見てた?」


「はい」


見られた。

恥ずかし過ぎる…。


結局、一本も当たらなかったわけだし…。


「あの、お兄ちゃん!もし私がこれで的に当たったら…答え、聞かせてください!」


突然のことで困ったけれど…。


「…わかった!」


断れないよな。

あんな、真剣な目をされちゃ。


彩那は黙って立ち上がり、大きめの袴の裾を整えた。






これで当てれば、お兄ちゃんの気持ちを聞ける!


どんな答えでも構わない。

覚悟は出来てる。


動揺はしてない。

緊張もしてない。


お父さんの矢が、弓が、袴が。

私を応援してくれる!


あとは、私が信じて放つだけ!



一本目。


高く弓を上げ、構えた先にある小さな的。


一点を見て、ただ集中。


この3本の矢に、私の全てを注いで!


私が放った矢は、風に煽られて少し逸れた。


そしてちょっと的の左。


ザクッと盛り土に刺さった。


大丈夫。

二本ある。


今のは、風が無ければ確実に真ん中を射抜いていた。


なら、次こそ!


私は二本目も弓にセットして構えた。


力いっぱい弦を引き。


射る。


今度は風を考えて少し右。


しかし、右過ぎた。


的の右に刺さる矢。



もう分かった。


大丈夫!お兄ちゃんの気持ちを聞くため!


何よりも私のために!



力を貸して!お父さん!



力を込めて弓を引く。


的だけを仰視。

風が止む瞬間を私は見逃さなかった。


バンッ!


弦の弾かれた音が響く。


いつもより大きく聞こえたのは何故だろう。


私は、放った矢の行方を見守ることしかできなかった。


でも、それで充分だった。


パンッ!


清々しい軽い音が鳴り響く。


矢は、的を射抜いていた。



ありがとう、お父さん!


心からそう思えた。

同時に…。

忘れようなんて、二度と思わない!


心に誓った。






弓道は礼を重んじるもの。


しかし、その瞬間、俺の頭からそんなことは綺麗サッパリ消え飛んだ。


彩那が的を射抜いた瞬間。


「よっしゃ!当たった!」


叫んだ自分がいた。


彩那からあの条件を持ち出されたとき、心から当てて欲しいと思った。



一礼して的に背を向けこちらに歩いてくる彩那。


満足そうな表情だった。


「う~、やっぱりこれ肩が…」


俺の横に正座して、肩をほぐすように回す彩那。


「これ、何キロ?」


彩那の持つ弓を指差して聞いた。


「私のじゃないからよく分からないんですが…12キロは超えてるかと…」


ビックリした。俺のより重い。


そんなの、こんな少女が引いたのか…。


だから、今日の矢は山なりではなく真っ直ぐ飛んでいったのか。


この勝負に掛ける彩那の意気込みがヒシヒシと伝わってくる。


「無理しないでよね…」


それしか声は掛けられなかった。





二人並んで歩く帰り道。


「そろそろ答えを…教えてください!」


もう、引き延ばすことは出来なさそうだ。


「心の準備はいい?」


「は、はい!」


不安半分、期待半分といった目をこちらに向ける彩那。


「じゃあ、俺の答えは…」


一回深呼吸。


「俺も…その……彩那が好き!」


それだけ叫んで走り出す。


照れ隠し。


「待ってよお兄ちゃん!」


俺に続く彩那。


「もう、敬語使わなくていいですか?」


「最初から望んでないよ」


「もう、お兄ちゃんって呼んでいいですか?」


「ずっと呼んでるじゃん!」


「意地悪~!」


「あはは!」



そのまま彩那の家の前。


「ん、じゃあまたね!」


「また、自転車の後ろ乗ってもいい?」


おっと、別れ際に言ってくれるね。


「いいよ。今日の午後?」


「うん!」


「じゃあ2時にここ!」


「了解しました!」



午後から二度目の市内観光に出掛けることになった。



今度はお隣さんではなく、恋人として…。

今回のは良い文章書く練習の意味も含めました。



そして、お疲れ様でした。

最後まで読んでいただき、有難うございます。


長い小説ですよね。


書いてて長いって自分で思いましたもの。



弓道は私の体験を踏まえて書いてます。


二位は私の過去の栄光…。


小学生は…うん。

深追いしないように!


そんなわけで、お疲れ様でした!

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