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ミュージカル部始動

「ミュージカル部生募集?」


食堂で一人の研究生が、プロダクションから届いたメールを見て、声を上げた。

それを聞いた周りの研究生、タレント生が、慌てて携帯を開いた。


「歌、ダンスのテストを行い、合格者は来年秋に公演予定のミュージカルに出演。歌、ダンス、どちらか1つだけ受けるのも可…」

「どっちかだけでいいなら…やってみようかな…」


一人の研究生が呟いた。隣の研究生が頷く。


「…受ける価値ありだよな。」


周囲の研究生、タレント生が同時に頷いた。

最初にメールを見た研究生が周りを見渡して言った。


「…もしかして…皆受けるの?」


全員が頷いた。


……


「全員が受験!?」


沢原が事務所から連絡を受け、声を上げた。

社長室のソファーに座っている圭一と秋本が笑った。


「まぁ…そうだよな。音楽事務所にいて、歌とダンスとどっちかだけでいいとなりゃ…」


しかし、今アイプロは総勢100名近い研究生、タレント生がいる。


「百合先生、倒れるぞ。」


沢原が笑いながら、秋本の隣に座った。


「また未希ちゃんと、真美ちゃんにご協力いただかないと…」


圭一がそう言うと、沢原も秋本も頷いた。


「喜んでやるでしょう。うちのチビ達も、留守番くらいはできますから。」


沢原家の子供は男2人に女1人だ。


「うちのも一緒に頼んでよ。」


秋本が言った。秋本家は女1人男1人である。


「大丈夫だろう。おまえん家の子大人しいし…」

「やった!」

「うちへ来てもらってもいいですよ。」


圭一が言った。


「マリエがいるし、飛鳥と麗奈も喜びます。」

「いやいや…うちの乱暴者をマリエちゃんに見てもらうのは…」

「前、お預かりした時、マリエは何も言ってなかったですよ?」

「大丈夫じゃないか?亮。…うちのはよろしくお願いします。」


秋本が圭一に頭を下げた。圭一は笑って頷いた。

沢原が申し訳なさそうに言った。


「じゃあ…お願いしようかな…。でもちゃんとマリエちゃんに聞いといて下さいよ。」

「ええ。言っておきます。」


圭一が言った。


……


「いいわよ、もちろん!楽しくなるわー。」


マリエがキッチンで、隣に立っている圭一を見上げて言った。圭一は「よかった」と言うと、マリエとちゅっとキスをした。


「沢原さんが心配してたから…」


圭一の言葉に、マリエが笑った。


「豪君とじん君ね。確かにやんちゃだけど、下の子達の面倒を見てくれるから、逆に助かるのよ。ボスタイプね。」

「へえ…。」

「で、テストはいつ?」

「まだまだ先だよ。来月。」

「そう。わかった。」

「豪達と眞子達来るのっ!?」


リビングで、麗奈の積木遊びに付き合っていた飛鳥が叫ぶように言った。沢原豪と秋本眞子は飛鳥と同い年だ。


「来月ね!」


マリエが言った。


「やった!麗奈!豪と仁とあんずと眞子と翔が来るって!」

「ごうとじんと…んとんと…」


麗奈が指で数えながら言っている。飛鳥が笑った。


「とにかく皆が来るんだよ。うれしいなー麗奈!」

「うん。うれしいなー!」


2人が手を繋いで、喜んでいるのをキッチンから見て、圭一とマリエが顔を見合わせて笑った。


……


試験内容が発表された。歌唱力のテストは自分が得意な曲ならなんでもいいとした。ダンステストは課題曲が用意されており、未希が踊っている振付のDVDが配られた。また課題以外にパフォーマンスを用意することとした。


「…矢口は何歌うんだ?」


食堂で、同期生の斎藤智也が聖人に尋ねてきた。同期生と言っても、斉藤は高校1年生のハイクラス部である。

聖人が答えた。


「…ウエストサイドストーリーの「トゥナイト」」

「おお…なるほど。お前に合ってるよな…。そのまんまトニーって感じ。」

「そう?」


聖人が恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「斎藤君は?」

「僕は歌唱力は受けないんだ。ダンスで勝負したい。」


聖人は羨ましそうな表情をした。DVDを見たが、かなり振付が激しかったので聖人は受けないことにしたからだ。


「問題はパフォーマンスなんだよな…。俺特に特技ないしさぁ…」


斎藤はスパゲティーをフォークに巻きつけながら言った。


「そうだね…。僕もどうしようかって…。」


聖人が言った。斎藤がスパゲティーをかき混ぜながら呟いた。


「皆、どうするんだろうな…。」

「何人採用されるの?」

「20人だそうだよ。」

「100人中20人…」


聖人がフォークを持ったまま黙り込んだ。斎藤がため息をつきながら言った。


「5人に1人だな…。難関と言えば難関だ。」

「うん…」

「矢口は大丈夫だよ。お前の歌…すごいもんな。オーディションで俺、横にいたの知ってた?」

「え?」

「俺が隣だったんだよ。お前が俺の前に歌ったのを聞いて、こりゃ参ったと思った。…オペラ歌手みたいだったからよく覚えてる。」

「僕…圭一社長のファンだったから…」

「へえー!そうなんだ!夢叶ったじゃーん!」


聖人は斎藤に背中を叩かれた。聖人は照れ臭そうに笑った。


「今度はミュージカルスターとしての夢だよな。お互い頑張ろうぜ。お前の後ろで踊れる日を楽しみにしてるよ。」

「…僕の後ろなんて…」

「ダンサーってそんなもんさ。じゃ、先行くよ。」

「うん!レッスン室でね。」

「うん。」


斎藤が盆を持って歩いて行くのを、聖人は見送り、自分も急いでスパゲティーを食べ始めた。


……


オーディション1週間前-


「おい!やめろ!」


廊下で2人の男子が殴り合っているのを見て、たまたま通りかかった圭一と秋本が走り寄った。


上に乗りかかっている男子を秋本は引き離すように両腕を掴み上げた。


「斎藤!やめろ!」


圭一は、それでも秋本を振り払おうとする斎藤の前に立ち、斎藤を押さえて言った。


「いったいどうしたんだ!?」


殴られていたのは、斎藤と同じハイクラス部で、1期上のタレント生、川本和史だった。


「こいつ…いきなり…飛び掛かってきて…」


川本の口元にあざができていた。しばらく仕事を休ませなければならないと秋本は思った。

斎藤は息を弾ませながら、川本を睨みつけていた。


「理由もなく殴ったのか?斎藤君。」


圭一が斎藤に言った。斎藤は下を向いて答えない。


「川本先輩…矢口君の悪口…言ってた…」


回りにいた研究生の独りが言った。女子だ。


「!?」


圭一と秋本が目を見開いて、川本を見た。

川本がぎくりとした顔をした。隣にいるタレント生が俯いた。

圭一は斎藤に言った。


「先輩に謝れ。」

「!!」


回りの研究生が驚いて圭一を見た。


「「手を出して申し訳ありませんでした」と謝れ。」


斎藤は黙っていたが、圭一のいう通りに「手を出して申し訳ありませんでした。」と言い、頭を下げた。


「君は3日間、自宅謹慎だ。」


圭一が斎藤に言った。斎藤は目を見開いて圭一を見た。


「すぐに帰る用意をして社長室に来なさい。…それから、川本君」


何か、にやっとした川本に圭一が言った。


「君は医務室だ。来なさい。」


川本は「はい」と言って、圭一と秋本について歩いた。

その場にいた研究生、タレント生は気の毒そうな目で斎藤を見た。


……


エレベーターを降りたところで、圭一は秋本に「川本君の事お願いします。」と言った。


「私は斎藤君を待ちますので。」

「わかりました。」


圭一が社長室に足を向けると秋本が「社長」と呼びとめた。


「?はい?」

「川本も…ですよね?」


圭一は秋本にうなずいた。


「わかりました。」


秋本は不思議そうな表情をする川本の腕を取り、医務室に向かって言った。

圭一は社長室に向かった。


……


医務室では、聖人が医者に脈を取られていた。


「最近、無理をしすぎだよ。聖人君。」

「…はい」

「ニトロ剤はまだあるかい?」

「錠剤はもう…」

「スプレーは?」

「あります。」

「わかった。明日錠剤を持ってくるから。」

「はい。ありがとうございます。」


聖人がそう言った時、秋本が川本を従えて入ってきた。


「!!おはようございます!」


聖人が、秋本と川本に言った。

秋本が驚いて言った。


「聖人君、倒れたのか!?」

「…倒れてはないです…」


医者が秋本に言った。


「息ぐるしさを感じたそうです。」

「大丈夫ですか?」

「不整脈がありましたが、今落ち着きました。」

「そうですか…よかった」


秋本がほっとした表情をした。


「…先輩…口…怪我されたんですか?」


聖人が言った。川本は背を向けた。

秋本が答えた。


「斎藤君に殴られてね。」

「!?斎藤君って…智也君ですか?」

「うん。看護師さん、治療をお願いします。」

「はい。」

「斎藤君がどうして…」


聖人が言ったが、秋本は黙って川本が治療されているのを見ている。

…治療が終わってから、秋本が川本に言った。


「どうしてかな?川本。」


秋本に言われて、川本がぎくりとした表情で秋本を見た。


「斎藤にいきなり殴られたんだっけか?」

「……」


川本は黙っている。聖人が言った。


「そんな…斎藤君…どうして…」

「川本。どうして殴られたんだ?」


秋本が言った。川本の肩が震えている。


「いい加減にしろ!川本!」


秋本に急に怒鳴られ、川本はびくっと体を震わせた。


「矢口の…病気はうそだって…」

「!!」

「なんで矢口だけ…特別扱いされるんだって…」

「…それで、斎藤に殴られたんだな。」

「はい」

「今、矢口に謝れ。」

「!!」

「斎藤はお前にちゃんと謝っただろう。」

「…そんな…」


聖人が声を震わせた。

川本は聖人に頭を下げて言った。


「…悪口を言って…ごめんなさい。」


秋本は「よし」と言った。


「お前も3日間、自宅謹慎だ。」

「!!」

「すぐに荷物を持って、社長室に来い。…悪いけど、聖人君も落ち着いたら来てくれるかな?」

「…はい。」


秋本は聖人に微笑んでドアを開き、出て行った。川本は気まずそうに、自分も出た。

唇を震わせている聖人を、医者と看護師が心配そうに見つめた。


……


聖人は社長室のドアをノックした。


「はい」


圭一の声がした。


「矢口です。」

「どうぞ」


聖人が入って「失礼します」と言った。


ソファーには、斎藤と川本が隣同士に座らされており、向かいのソファーには、圭一と秋本が座っていた。


「聖人君はこっちにおいで。」


秋本がそう言って、圭一と自分の間を指した。

聖人は緊張した様子で、言われるまま、圭一と秋本の間に座った。

聖人が斎藤と川本と向かい合わせになって、気まずい雰囲気が漂う。


「斎藤君…ごめんね…僕のせいで…」

「…別に…お前のためじゃない。…俺も先輩と同じことを思ってたし。」

「!?」


斎藤が言った。川本が驚いて斎藤を見た。


「ただ…口に出すことじゃないから…」

「……」


聖人はショックを受けたようにうつむいた。

圭一は何も言わず、聖人を見ている。秋本はため息をついて腕を組み、斎藤を見た。

アイプロでは、こういう時は当事者に話し合わせ、役員はその場に立ちあう事はしても口を出さない。圭一が斎藤と川本を謹慎処分としながらも、社長室に来させたのはそのためだ。喧嘩したまま放り出さずに、まず話し合わせる。

相澤と明良がそうしていたことを、ちゃんと圭一達役員は引き継いでいた。


斎藤がうつむき加減に言った。


「心臓が弱くなかったら…こんな風に社長達に目をつけられなかったんじゃないかって…正直…思っていました。」

「……」


聖人が涙をこぼした。圭一は一瞬そんな聖人を見たが、斎藤の方を見た。


「…でも…もっと腹が立つのは…こいつが天才だってこと…」

「!!」


聖人が濡れた目を上げて斎藤を見た。圭一も秋本も川本も目を見開いて、斎藤を見ている。


「…俺…踊ることは好きですが、ダンサーになることを親に反対されて、教室に通うお金とか一切出してもらえなかった。…でも、橋の下とか…人の目につかないところで、独りで毎日踊って…やっと、アイプロに採用してもらったんです。…でも矢口は…」


斎藤は聖人を見た。


「入団オーディションの時、矢口の歌をすぐそばで聞いて…鳥肌が立ちました。…こいつ…天才なんだって思ったんです。…後で心臓が弱いことを聞いて…。…社長達が腫れものに触るみたいに矢口を大事にしているのを見て…。…腹が立った。…川本先輩も同じ気持ちだったんだと思います。」

「……」


圭一と秋本はまだ何も言わない。とにかく斎藤の言う事を最後まで聞こうとしていた。


「でも…それは実力で返せばいいと思ってたんです。…努力で天才を超えられたら、矢口を超えられたら…認めてもらえると思って、わざと矢口に優しい言葉かけて…自分の気持ち押さえていました。」


聖人が下を向いた。斎藤は続けた。


「…でも…俺…川本先輩が同期の人に僕が思っていることをそのまま言っているのを聞いて…。急に頭に血が上ったんです。気がついたら先輩に殴りかかってた…。矢口の事…悪く思っているのは俺もそうなのに、矢口の事何もわかってないくせにって…頭に血が上って…。」


川本は目を見開いたまま斎藤を見ている。斎藤が川本に向いて言った。


「…矢口の歌を聞いたら…先輩もわかると思います。…こいつ…天才なんです。…人に悪口を言いふらしたところで、こいつの才能は揺るがない。社長達が、矢口の体が弱いのにどうして採用したのか…きっとわかると思います。」


川本は目を反らせて、聖人を見た。聖人は涙をぼろぼろこぼして泣いている。


「…本当に悪口を言ってすまなかった…」


川本が聖人に言った。聖人は驚いた目で川本を見た。


「お前の歌…そう言えば、俺、聞いたことなかった。…心臓が悪いというだけで、特別扱いされているんだと思ったんだ。今度のオーディションの時…聞かせてもらうよ。」

「…僕…天才なんかじゃありません…。」


聖人が泣きながら言った。全員が聖人を見た。


「僕も…歌の稽古とか…踊りの稽古とかさせてもらえなかったけど…。」


斎藤と川本は黙って聖人を見ている。


「ずっと…テレビで圭一社長がライトオペラ歌うのを見て…僕も歌いたいって思った…。それでCDを毎日聞いて、モノマネするみたいに自分の部屋で毎日歌っていました。それだけなんです。…天才なんかじゃない。…圭一社長みたいになりたいだけだった…。」


圭一は目に涙を滲ませて、聖人を見ている。…しばらく、誰も何も言わなかった。

沈黙を破ったのは、秋本だった。


「…天才なんていないんだよ。…斎藤。」


斎藤は聖人に向けていた驚きの目を、秋本に移した。


「そうか…斎藤の踊り、独学なんだ。…それこそ、僕は君が天才だと思っていたんだけどね。」


秋本のその言葉に、斎藤は目を反らしてうつむいた。


「川本だって天才だと思ったよ。」


秋本にそう言われ、川本は驚いた目で秋本を見た。


「君はオーディションの時、確かパフォーマンスで、アクロバットダンスを見せてくれたよね。」

「!…はい。」

「「First」の雄一君、思い出した。ねっ社長。」


秋本がそう言うと、圭一が微笑んでうなずいた。


「ええ。雄一のアクロバットダンスを初めて見た時の感動を思い出しましたね。」

「川本は、どこかに通ってたの?」


秋本が川本に尋ねた。


「いえ…それこそ…自己流です…。俺も…親に反対されたから…」

「ほら…斎藤、天才なんていないんだって!」


秋本の言葉に、うつむいていた斎藤が聖人に言った。


「…ごめん…天才だなんて言って…。俺、矢口は何もしていないのに歌がうまいんだって思ったから…。」


聖人が首を振った。


「僕は…ダンスが踊れる斎藤君と川本先輩の方がうらやましいです…。僕も…踊りたい…。」

「!…」

「学校でも…心臓が弱いからって…休憩時間に皆と遊ばせてももらえなかった。体育の時間もドッヂボール僕もしたいのに…させてもらえなかった…。僕も本当は…何も考えないで思いっきり体を動かしてみたい…」

「…聖人君…」


圭一が、また泣きだした聖人の背を撫でた。斎藤と川本がふと顔を見合わせて、申し訳なさそうに下を向いた。


「でも…僕が倒れたらみんなに迷惑をかけるし…もう…踊ることはあきらめました。…ただ歌だけは…あきらめたくないから…それを一生懸命やっているだけです。」

「ごめんな、矢口。」

「ごめん、矢口。」


斎藤と川本が言った。圭一と秋本が、やっとほっとしたように顔を見合わせて微笑んだ。


「わかりあえたら、それでよし!」


秋本が言った。


「ただ、謹慎は謹慎だぞ。」


圭一の言葉に、斎藤と川本はぎくりとした表情をした。


「まず斎藤君に言うが、どんなに正しい事でも暴力はいけない。正義は暴力では貫けないんだよ。」

「…それ、相澤社長の名言の1つですよね。」


秋本が思い出したように言い、圭一が笑いながらうなずいた。

斎藤達は驚いた表情で圭一を見る。圭一が言った。


「…特別扱いと言えば…親に勘当された私も、明良副社長に養子にしてもらった時から、タレント生や研究生達にいろいろ言われたことがあってね。」

「!…」

「普通の家庭の子だったら、オペラすら歌わせてもらえなかっただろう…って、よく陰で言われたんだ。」

「…社長が…?」


聖人が圭一を見て言った。


「うん。…それをずっとかばってくれたのが雄一だった。」


圭一は思い出すように、1点を見つめて言った。


「…私は聞かないふりをしていたが、雄一は耳にするたびに「じゃぁ、圭一を超えてみろ」ってよく相手にどなりつけてた。私はそんな雄一に感謝しながらも、必死に止めてたんだけど…ある時、雄一が思わず…さっきの斎藤君みたいに、先輩に手を上げてね。」

「!!」

「それこそ殴り合いになった。その時、先生も事務員の人もいなかったから、僕も皆も止めるに止められなくて、殴り合うのをただ黙って見てたんだ。…そしたら、やっと警備員の人が来てくれて…。」


聖人達は驚いた目で黙って圭一を見ている。


「後で、雄一と先輩は医務室に連れて行かれて、僕も一緒に行った。しばらくして、相澤社長と明良副社長が医務室に飛んできてくれて…。その頃は医者を常駐させていなかったから、治療は社長と副社長がしてくれたんだ。」

「!!」

「雄一を社長が、先輩を副社長が消毒液とかつけて…。その間…説教もせず、黙々と雄一と先輩の顔をただ真剣に見つめて治療してたんだけど…。」


圭一が急に吹き出した。


「雄一が顔を避けるものだから、社長が「逃げるなっ!」って怒ったんだよ。そしたら雄一が「キスされそう」って言って、思わず全員で大笑いして。」


秋本と斎藤達も思わず吹き出した。


「それで社長が「バカ者っ!」っていつもの調子で怒鳴って、なんとなくその場がなごんで…。それで社長が「どっちが先に手を出したんだ」と…。雄一が「自分です。」って正直に言ったら、どうしてそうなったのか…って話になって…。それですべてを聞き終わった社長がその時に言ったんだ。「暴力では正義は貫けないんだぞ。」って。」


斎藤が下を向いた。川本もうつむいている。


「先輩が僕に謝ってくれたけど、その時も2人とも3日間謹慎処分を出されたんだ。」


圭一はそう言って、斎藤と川本の顔を見た。


「…ということだ。…川本君はどっちにしてもその顔じゃテレビに出られないからね。」

「…先輩…すいません。」


斎藤が言った。


「…俺の方こそ。」


川本が手を差し出した。斎藤が握った。


「矢口も本当にごめん。」


川本は聖人にも手を差し出した。聖人もうれしそうに、その川本の手を握った。


「俺も…悪かった。」


斎藤も聖人に手を差し出した。聖人は、はにかむようにして斎藤の手を握った。


「これにて、一件落着。」


秋本が言った。全員が笑った。


……


1週間後-


オーディションが行われた。


しかし、そのオーディションの方法が今までのオーディションとは違った。

全員が7階の講堂に集められ、テストは審査員と受験生全員の前でステージの上に1人1人立たされ行われた。

但し「上手い」か「下手」かで決めるのではなく、ミュージカル部というジャンルに合うかどうかという視点で採点された。

また採点は審査員だけでなく、受験生も匿名で1人ごとに1点をつけることができた。そしてその場で集計し、その順位も上から20位までがその場で発表された。


実際にオーディションが始まると、テレビとは違い多くの目に晒されたことで実力がでない受験生もいた。もちろんそれも減点対象となった。実際の舞台で実力を出せなければ意味がない。

その中で聖人は「ウエストサイドストーリー」の「トゥナイト」を声も振るえず堂々と歌った。結果、誰もが認める最高点を取り1位で審査を通過した。

また、斎藤智也はダンス部門でキレのある踊りを見せ、パフォーマンスでアクロバットを見せた川本と接戦となったが、結局斎藤が1位となった。

こうした全員が目に見える形でのオーディションは、誰も結果に文句をつけることがない。

これで、今後聖人が陰口を叩かれることは無いだろう…と、圭一はほっとしていた。


……


「おはようごございます。」


圭一が、ミュージカル部の初めての稽古日に、選ばれた20名のミュージカル部生の前に立って言った。

全員が「おはようございます。」と頭を下げた。


「今日からミュージカル部としての稽古が始まります。期待しています。頑張って下さい。」


圭一がそう言って去ろうとすると、圭一の斜め後ろにいた沢原と秋本が「いやいやいや…」と圭一を引きとめた。反対側に座っていた、ミュージカル部の責任者になった相澤百合も笑っている。


「社長、終わらないで下さいよ。…短すぎますって。」

「…だって、私からこれ以上言う事ないですから…」

「もうちょっと、何か言いましょうよ。」

「無理ですって。」


緊張していたミュージカル部生達が笑いだした。先頭に並んで立っている聖人、斎藤、川本も顔を見合わせて笑っていた。

…結局、圭一からはそれ以上の挨拶は無く、責任者の百合がミュージカル部の今後の稽古の流れなどを説明した。


聖人を採用したことから発案されたミュージカル部が始動した。…だが…まだ脚本ができていないことが不安だが…。


(続く)

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