聖人の夢
「…やめた方がいいよ。矢口君。」
医者が聖人に言った。
「君のその心臓じゃ、1曲歌い終わるまでに弱ってしまう。」
「…でも…なりたいんです。歌手に…。合格もしたし…。」
聖人が下向き加減に言った。母親が隣で一緒にうなだれている。
「親にも相談せずに、どうして勝手にそんなことをするんだね。君は自分で自分の命を縮めるようなことをしようとしてるんだよ。ああいうスタジオは空気も悪いし、肺に負担をかける。肺に負担がかかると呼吸が苦しくなって、結局心臓にも負担をかけることになるんだ。」
聖人の目から涙が零れ落ちた。
子どものころからの夢だった。歌ったり踊ったりするのが元々好きで、小さい頃はお遊戯となると1番に振りを覚え、歌を歌った。
それが叶わないなんて…。
「ねぇ…聖人。夢よりも命の方が大事よ。あなたの受けたタレント事務所ってどこだったかしら…えーーっと…」
「…アイプロ…」
聖人の呟きに、医者が「ああ」と言った。
「元アイドルが作ったっていうところか。そう言えばこの前、社長と副社長が顧問に引退して、専務だった「北条圭一」が社長になったのをきっかけに名称も変えたとか…。」
「ええ。…この子はどうしてだか、小さい時から「ライトオペラ」が好きで…。最近ジュニア部ができたからって、いきなり…」
「オーディションで、歌って踊ったのか?合格したってことは、最後まで踊れたってことか?」
医者が驚いている。聖人はすがるような目をして医者に言った。
「はい。しんどかったけど、他の人も同じくらいしんどそうだったし…。」
医者が唸った。母親が聖人に向いて言った。
「でもね…聖人…。お仕事となると無理よ。逆にあちらさんに迷惑をかけてしまうかもよ。…もし、あなたが歌ってる途中で倒れたりしてごらん。プロダクションの責任にもなるの。下手したら、営業停止にもなる可能性があるわ。」
「!…そうなの…?」
聖人は母親の顔を見た。聖人はまだ中1になったばかりの13歳だ。確かにそこまではわからないとも言える。
聖人は下を向いた。
「…じゃぁ…あきらめます…。」
医者と母親がほっとした表情をした。
……
「えっ!?辞退!?」
「アイプロ」社長の北条圭一が、社長室で受話器を耳に当てたまま言った。
ソファーで「ジュニア部」の創設について打ち合わせをしていた、副社長の沢原亮と秋本 優が顔を上げた。
「矢口聖人君…ですね。…すいません。理由を教えてもらえますか?他の事務所も受けられたとか…。」
沢原と秋本が思わず立ち上がって、圭一のいる机の前に立って不安そうに圭一を見た。
「…病気?…心臓が弱い…?…ええ、確かに入団式の後に健康診断はしますが…それにひっかかってしまうというわけですか…。彼はそんなに弱いんですか?」
沢原が机から離れ、携帯を取り出した。ダンス指導をしている妻の未希に連絡を取るためだ。オーディションの時も、未希が立ち会っている。
それを見た秋本も携帯を取り出した。歌のテストでは、こちらも妻の真美が立ち会っていた。
「ペースメーカー(※心臓への電気刺激発生装置)はつけていないんですか?…ああ…本人の意思で……なるほどそうですか…。」
圭一は、ため息をついたのちに言った。
「…わかりました。とても残念です。彼が勝手にオーディションを受けられたという事ですか…。彼は私もよく覚えていて…。笑顔がとても素敵で…歌も良かったのに…。お体がそうなら仕方がないですね…。はい…はいわかりました。」
圭一は電話の相手に頭を何度も下げていたが、急に「そうだ!すいませんが!」と声を上げた。
「聖人君に代わってもらいたいんです。せめてお声を…。いいですか。ありがとうございます。」
圭一はため息をついて、机の前に戻った沢原と秋本を見上げた。そして受話器の送信口を手で押さえ「未希ちゃんたちどうでした?」と尋ねた。沢原が先に答えた。
「未希が言うには、特に目立って苦しそうにしていたというのはないようです。ただ、とてもイキイキとして踊っていたのが印象的だったと。」
圭一がうなずいた。そして秋本を見て「真美ちゃんは?」と言った。
「真美は絶賛していましたよ。声の伸びがとてもよくて…心臓が弱いそうだって言ったら…びっくりしていました。」
「んーーー。私と同じ印象ですね…。」
秋本の言葉に、圭一は眉をしかめた。
「あっ!聖人君かい?北条です。…お母さんに内緒でオーディション受けにきたんだって?…書類がちゃんとそろっていたし…親御さんのサインはどうやったの?」
圭一は苦笑した。
「…そう…書き方を変えて…。全くわからなかったよ…。謝らなくていいけど…君はそこまでしてアイドルになりたかったんだね?…僕も残念だけど…心臓が悪いんじゃ、こちらもどうしようもないんだ。…でも、うちでやるコンサートとかは優先的に君にチケット贈るから見に来てよ。…うん…うん…?」
圭一が表情を暗くした。
「…そうだね…見てるだけじゃ嫌だよね…。…そうか…。…わかるよ…。君のことは僕も覚えてる。とてもイキイキしてたって、うちのスタッフも言ってるって…。…本当に残念だよ…。そうだ…受験書類にメルアド書いてくれた?…うん。じゃぁまたメールするよ。…うん。じゃぁね。…ありがとう。…お休みなさい。」
圭一は受話器を置いた。…そして、両手で顔を伏せた。
「…社長?」
沢原が秋本と顔を見合わせて、圭一に言った。
圭一の肩が震えている。指の間から涙が溢れ出ていた。
「社長…!どうしたんです?大丈夫ですか?」
秋本がそう言うと、圭一は両手を離し、目を指で拭った。
「…泣いてたんです聖人君…。」
「!!」
「…夢だったんだって…小さい頃から…。そう言えば…個別面接でもそんなこと言ってました…。」
圭一はまた溢れ出る涙を拭って言った。
「…才能もあって、本人の夢でもあったのに…体が弱いと言うだけで…それが叶えられないなんて…可哀相だって思って…」
沢原達は黙って下を向いた。
「でも社長…こればかりはどうしようもないですよ…。健康診断にもひっかかるような子を…無理して採用して…ステージ上で何かあったら…」
秋本が言った。圭一がうなずいた。
「…そうですね…。可哀相だけど…。どうしようもない…。」
圭一は大きくため息をつくと、また目を拭った。
……
圭一は、妻のマリエと話しながら食事をしている8歳の息子、飛鳥を眩しそうに見ていた。
飛鳥の隣では2歳の娘の麗奈が、スパゲティーと格闘している。
「パパ?どうしたの?」
飛鳥がそれに気づいて、口元まで持って行ったフォークを置いた。
「え?ああ…ごめん。」
圭一は慌てるように、スパゲティーをフォークに巻き付けた。
隣でマリエも心配そうに圭一を見た。
「パパ、元気ないわね。何かあったの?」
「元気が一番だよな。」
巻き付けたスパゲティーを食べながら圭一が言った。
マリエと飛鳥がふと顔を見合わせた。
「だからどうしたの?パパ」
飛鳥が身を乗り出して言った。
圭一は、心臓が弱いと言う理由で合格を辞退した聖人の話をした。
「まあ…」
マリエが目を細めた。
「可哀相ね、確かに…」
「どうしてダメなの?本人はいいって言ってるんでしょ?」
飛鳥は時々生意気な口を利くが、それすらも圭一にはかわいい。
「そうなんだが、未成年でいるうちは、親の管理下だからな。」
「…そっか…」
圭一の言葉に、飛鳥がフォークにスパゲティーを巻き付けながら言った。
「例えば僕が心臓弱かったら、パパ達は僕をどうする?やっぱりアイドルにはしない?」
圭一が動きを止めて、飛鳥を凝視した。もし飛鳥が心臓が弱かったら…?
「難しい問題ね…」
マリエが、麗奈のミートソースで汚れた口をフキンで拭いながら言った。
「好きなことはさせてやりたいとは思うわ。でも、命を縮めるようなことはさせないわね。」
「でも…ずっと寝てろ…とか言われたら嫌だなぁ…俺…」
最近、飛鳥は「僕」と「俺」がごちゃ混ぜになっている。
「じっと寝たままで長生きするより、命縮んでもやりたいことしたい。」
「それは飛鳥が元気だから言えることなんじゃないか?…自分の心臓がいつ止まるかわからない状態で、そう思うかどうか…」
圭一がそう言うと、飛鳥がフォークを置いて手を挙げ、「はい先生」と言った。
圭一が笑いながら「はい、北条君」と言った。マリエも隣で笑っている。
「でもその聖人君はオーディションを受けに来たんですよね?」
「!」
「ダンスのテストも歌のテストも受けたんですよね?」
圭一が飛鳥の目を見つめた。
「ということは、俺とおんなじ考えだと思います。」
圭一は飛鳥を見つめたまま答えない。だが圭一の心が動いているのを感じられる。
飛鳥がふと気がついたように、ミートソースで口がべたべたになっている麗奈を見ると「麗奈ブサイクー」と言ってフォークを置き、麗奈の口をフキンで拭った。
「ブサイク?」
麗奈がそう言うと、飛鳥は「もう大丈夫」と言って、麗奈に微笑んでフォークを手に取った。
マリエが慌てるように圭一に言った。
「パパ…でもだめよ。その子に何かあったら…プロダクションの存続問題にもなりかねないわ。」
圭一は、はっとしたように、妻を見た。
飛鳥が肩をすくめて、スパゲティーを食べだした。
「…そうだな…。」
圭一もフォークを動かした。
…だが、飛鳥の言葉は、次の日になっても圭一の心に居座り続けた。
……
「圭一、パパ達にその話したのかなぁ…」
電話の向こうの真由の言葉に、飛鳥はベッドに寝転びながら笑った。
「そろそろ、人の親を呼び捨てにするのはやめてくれよ。」
「癖なんだもん。今更お兄ちゃんってのも照れるし。」
真由は圭一の24歳年下の妹だ。飛鳥より3歳年上で、伯母と言うより姉のような存在だった。ただ姉と言っても、父親の圭一は養子なので、真由と飛鳥には血のつながりは無い。
「じいちゃんには言ってないと思うよ。」
「飛鳥のそれも慣れないわー…」
飛鳥が苦笑した。飛鳥にとって真由の父の明良は「祖父」となる。まだ47歳だが「祖父」は「祖父」だ。
「…でもじいちゃんに言ったところで…」
「…どうにもできないわよね…」
「浅野のとっつぁんでも無理かな…」
飛鳥と真由は、イリュージョニストとして「アイプロ」に所属している「浅野俊介」が、本当の「魔術師」だということを知っている。
「浅野兄さんでも無理よー。神様じゃないもん。」
「そっか…でも可哀相だよなぁ…」
「そうね…」
飛鳥と真由は、まだ中学生になっていないが、特別にモデルとしてアイプロに所属していた。そして本人が望めば、将来アイドルとしての道も用意されている。
何もしなくても、やりたいことをしている自分達とは違い、やりたくてもやりたいことができない聖人の事を、2人は真剣に考えている。
飛鳥が目に手を当てた。
「親父も何か考え込んでたから、このままじゃ終わらないとは思うけど…」
「何か決まったら教えてよ。」
「うん。寝るか。」
「寝よっか。」
飛鳥は携帯電話に向かって「ちゅっ」とキスをした。電話の向こうでも「ちゅっ」という音がする。飛鳥はそれを聞いてから電話を切った。…別にこれは怪しい関係ではなく、北条家の慣例だ。2人が小さい時は一緒に住んでいた。その時は寝る前や、家に帰った時に顔を合わせると、何の疑問もなく、ちゅっと唇を重ねていた。今でも会えばしている。…周りはびっくりするが…。
飛鳥は布団に潜り込むと、ベッドのライトを消した。
……
翌朝 社長室-
「聖人君を採用する?」
沢原が驚いて、前に立っている圭一に言った。
「でも社長…」
秋本が進み出て言った。
「向こうが辞退すると言うのを、こちらが採用して何かあったら…」
「わかっています…わかってはいるんですが…」
圭一は腰に手を当て、下向き加減に言った。
「聖人君はそのリスクも覚悟でアイプロを受けてくれました。他にも有名なプロダクションがあるにも拘わらずです。…他でも彼なら合格したでしょう…でも今我々が悩んでいるように…どこも採用にはしないと思います。」
沢原達は、顔を上げた圭一を見つめた。
「ここは「アイプロ」です。相澤前社長の精神を継ぐとすれば、人がしないことをする唯一のプロダクションでなければなりません。…彼をまず採用します。でも彼にどこまでやらせるかは…これから考えます。」
「そうか…」
圭一の言葉に、秋本が沢原を見た。
「別に心臓に負担をかけなくていい仕事があるはずだ…」
「!なるほど…」
「でも…!」
圭一が釘を刺すように言った。
「彼の夢から外れてはなりません。あくまでアイドルの範囲で…彼の心臓が耐えられる事をさせるんです。それも万全の態勢で。」
「万全の態勢…?」
「彼には専属の医者をつけます。いつでも万が一の時に対応できるように…」
「社長…」
沢原が圭一の真前に立って言った。
「聖人君にそこまでする価値があると…?」
「あります。」
圭一は言い切った。
「彼には…弱い心臓の代わりに、歌手としての才能を授かった…。僕はそう思います。」
沢原が嬉しそうに秋本に振り返った。秋本も苦笑するような顔で沢原に頷いた。
「社長の勘に従います。」
沢原が圭一に言った。
圭一が微笑んで頷いた。
……
「よく決心したね。」
社長室で圭一が煎れたコーヒーを飲みながら、イリュージョニストの浅野俊介が言った。浅野はもう40歳になるが若々しさは20代のままだ。5歳年下の圭一の方が年上に見える程である。…しかし浅野は今、ヨーロッパツアーに出ているはずだが…。
「社長になっても、君の淹れるコーヒーはうまいねー」
浅野がそう言うと、圭一は嬉しそうに微笑んで自分もコーヒーを飲んだ。
「残念ながら、その聖人君の過去は見れるが、未来は見えないな。完全に未知数だ。」
「そうですか…でもその方がほっとします。」
「聖人君がアイプロを受けたのは、本当に突発的な事のようだよ。…ただ…元は君のファンだ。」
「僕の?」
「うん。聖人君の話を聞いた時、君がライトオペラを歌っている姿を、小さな聖人君がテレビにくっつくように見ている姿が見えた。」
「…そうなんだ…」
圭一は嬉しそうな顔をした。
「ただ、本当に体のことは注意してやれ。何かあったら…相澤社長や明良副社長の築いてきたアイプロが崩壊するぞ。」
「はい。」
圭一が意を決したように頷いた。
「でも…俺の時のような暗い波動は感じられないから、大丈夫だとは思うよ。」
浅野は以前、自分のステージで大事故があることを予感したことがあった。その時、圭一に「死ぬかもしれない」と伝えていた。
その通り、浅野は命にかかわるような大怪我をしたのだが…人間離れしている(?)浅野は無事生還した。これが自分のステージでなければ、プロダクションが大損をしてもステージを中止させていただろうと浅野は後日圭一に言った。
「ただ念には念をだ。」
「ええ。気をつけます。」
浅野の言葉に圭一がそう答えた時、ドアがノックされた。
「!!はい!」
「社長、矢口聖人様とご両親をお連れしました。」
「どうぞ!」
浅野は圭一と目配せして消えた。
「失礼します。」
矢口聖人が受付嬢に案内されるまま入ってきた。緊張した顔をしている。両親も緊張気味に聖人の後ろから入ってきた。
圭一は慌てて浅野と自分のコップを自分の机に避けた。
「どうぞ、こちらに。」
圭一が頭を下げ、ソファーを手で指し示した。
聖人達が座ったのを見ると、圭一は受話器を上げ「副社長、社長室へ」とビル内にアナウンスした。
そして、聖人達の前に座った。
「紅茶がいいかな?コーヒーは刺激が強いから…。」
「えっ…」
聖人は面食らったような顔をした。
「お父様とお母様はコーヒーで?」
「いえお気遣いなく。」
聖人の父親が顔の前で手を振った。
その時、ノックの音がした。
「どうぞ」
圭一がそう言うと、沢原と秋本が入ってきて、頭を下げた。
聖人達は目を見張っていた。それも無理はない。沢原と秋本は圭一同様つい最近まで現役の芸能人だったのだ。圭一が社長になり自分たちが副社長になると共に、圭一と共に現役を引退したばかりである。
聖人達が立ち上がろうとするのを、沢原が止めた。
「どうぞそのままで。」
聖人達が、恐縮するように座ったまま頭を下げた。沢原がソファーに座り、秋本がそばにあるパイプ椅子に座った。…プロダクションでは秋本の方が先輩なのだが、沢原が厚かましいのか秋本が控えめなのか、2人はいつもこうだ。
その間に圭一は内線で、食堂に飲み物を頼んでいた。
「聖人君…今は大丈夫?」
沢原が自分の胸を突く仕草をして言った。
「はい。」
聖人がそう答えて頭を下げた時、圭一が沢原の横に座った。
「この度の事は、驚かれたと思います。」
圭一が聖人の両端に座る両親を交互に見て切り出した。
両親が俯き加減に頷いた。
「私は聖人君の才能をどうしても生かしたい。そのためにプロダクションで、できる限りのフォローをしたいと思っています。まず…」
圭一は一枚の紙を聖人の前に置いた。
「聖人君には、この書類に書かれています心臓内科医と看護師が組んで、交代でつきます。もちろんその費用は当プロダクションが負担いたします。」
両親が目を見張った。
その時飲み物が運ばれた。秋本が受け取りテーブルに置いた。
「最初からいきなりデビューはないですが、レッスン中にもプロダクションに常駐させます。」
「北条社長…」
父親が戸惑ったように言った。
「聖人にそこまでしていただけるのはどうしてですか?」
「彼の才能です。」
圭一が聖人を真っすぐ見て言った。
「オーディションの時の聖人君の生き生きとした姿を、ご両親にも見て欲しかったくらいです。私を始め、オーディションに立ち会った全員が一致して聖人君の採用を決めた。…こんなことはプロダクション始まって以来です。」
「え…圭一社長は…」
聖人の言葉に、圭一が微笑んで言った。
「私は相澤社長が反対でした。」
これには、聖人も両親も沢原達も驚いた。
「え?社長…まじ?」
秋本がコーヒーを一口飲んでから言った。
「まじ…です。」
圭一がおかしそうに秋本に言った。
沢原がへえーっと言った。
少しその場の雰囲気が和んだ。
「聖人君には、心臓にあまり負担がかからない程度のレッスンと仕事をしてもらうつもりです。それがどんな程度の事なのかは、今心臓内科医と相談中です。」
「そんな仕事…あるんでしょうか?」
父親が言った。
「見つけます。必ず。聖人君の夢を決して消させない。」
圭一がそう言って、再び聖人を見た。
聖人の目に涙が溢れた。
……
「…とは言ったものの…」
聖人達が帰って行った後、ソファーに座ったままの沢原が天井を仰ぎながら言った。
「…心臓に負担をかけない程度のアイドルの仕事ってなんだよ。…聖人君は、歌う事と踊る事が好きなんですよね。」
社長席に座って考え込んでいた圭一が、その沢原の言葉にうなずいた。
「そうです。」
「俺、彼にバイオリン弾かせたいなぁ…。でも、バイオリン弾いて、歌って踊るのは無理か。」
秋本の言葉に、圭一と沢原が笑った。圭一が言った。
「踊りは…クラシックくらいなら大丈夫だと思うんです。」
「クラシック踊りながら、歌うんですか?…うーん…画が浮かばない…。」
沢原が額に指を当てて言った。
「…浮かばないね…確かに。」
秋本が苦笑していたが、急に一点を見つめて「うん?」と言った。
圭一と沢原が不思議そうな表情で秋本を見た。
「…意外性は無いけどさ…オペラでいいんじゃないか?」
「オペラ?」
「ミュージカルでもいい。…芝居もさせて歌って踊らせるんだ。例えばだよ…「ウエストサイドストーリー」のマリアの相手…って…えーと誰だっけ??」
「トニーか?…そうか!」
沢原が両膝を叩いて体を起こした。圭一も思わず立ち上がっている。
「…さすがにベルナルドは無理だけど…トニーなら…そんなに激しく踊ることはない…。そういう役を聖人君にやらせるわけだ。」
「…つまり…うちにミュージカル部を作るという事ですか。そして聖人君をトップスターにする…。」
「あ、社長、それいい!」
秋本がそう言うと、圭一が笑った。
「秋本さん、そのつもりじゃなかったんですか。」
「そこまで考えてなかったけど…そう!それいいんじゃないですか?百合先生にもご協力いただいてさ。」
前社長の姉「相澤百合」は元タカラジェンヌである。…だが、もう60歳を超えているが…。
「アイドルとしての活動もできますよ。歌番組でミュージカルの歌を歌うだけなら大丈夫でしょう。」
沢原の言葉に圭一は再び椅子に座り、下向き加減に小さく何度も頷いている。
「だんだん…画が見えてきた…。」
圭一が言った。
(続く)