↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/37

第十一話 ドラン砦町、開いた門

 十五日目。ドラン砦町。


 城門は、開いていた。


 ジンが、立っていた。


「あ! お、お帰りなさい!」


 彼は、槍を取り落としそうになりながら、駆け寄ってきた。


「身分証は」


「……いや、いいですよ、覚えてますから」


「確認しろ」


「え」


「確認するのが仕事だ」


 レインは、辞令を差し出した。


 ジンは、慌てて受け取り、読み、数えた。


「一、二、三、四、五、六、七。……七名! お通りください!」


 こつこつこつ、と石突きが鳴った。


「ジン」


「はい!」


「叩いてるぞ」


「……あっ」


 彼は、真っ赤になった。


   ◆


 その日の夕方、レインは町長と会った。


 町長は、五十がらみの、身なりのいい男だった。


 応接間に通された。この十五日で、初めて椅子に座らされた。


「北で、村がひとつ消えました」


 レインは、そう切り出した。


 そして、全部話した。


 話が終わったとき、町長は、両手を組んでいた。


「……騎士殿。それは、王都から正式な通達として来ているのですか」


「まだです。我々が第一報を持ち帰る途中です」


「では、噂ですな」


「事実です。我々が見ました」


「あなた方が見た、という事実はあるでしょう」


 町長は、指を組み直した。


「ですが、それが我が町に及ぶかどうかは、また別の話です」


 レインは、彼を見た。


「町長。逃げる準備をするだけです。何も失いません」


「失いますよ」


 町長は、静かに言った。


「この町は、街道の中継です。荷が集まり、荷が出ていく。『あの町は逃げる準備をしている』という話が回れば、荷が来なくなります」


「……」


「荷が来なくなれば、町が干上がります。魔物が来る前に、です」


 彼は、そう言った。


 言い分は、筋が通っていた。


「では、何もしないと」


「見張りは増やします。それは今日からやります」


 町長は、頷いた。


「ですが、逃げる準備は、正式な通達が来てからです」


「通達は、早くて十日後です」


「では、十日後に」


「間に合わないかもしれません」


「間に合うかもしれません」


 町長は、そう答えた。


 そして、立ち上がった。


「騎士殿。私は、この町の人間の暮らしを預かっています。あなたは、この町の人間の命を心配している。どちらも正しい」


 彼は、窓の方へ歩いた。


「ですが、私の方が、外れた時の被害が小さい」


「……外れなかった場合は」


「その時は、私が責を負います」


 町長は、そう言った。


「死んでから責を負っても遅い、とあなたは言いたいのでしょう」


「言いたいです」


「その通りです」


 彼は、窓の外を見ていた。


「その通りですが、それでも、私は今日、荷を止められません」


 レインは、しばらく座っていた。


 それから、立ち上がった。


「町長」


「なんです」


「一つだけ、お願いがあります」


「聞きましょう」


「今の会話を、記録に残してもいいですか」


 町長が、振り返った。


「……なんですと」


「あなたが何を言ったか、俺が何を言ったか、そのまま書きます」


 レインは、そう言った。


「王都に持ち帰ります」


「……脅しですか」


「違います」


 レインは、首を横に振った。


「あなたの言い分は、正しい。だから、王都の人間に読ませたい」


「……」


「通達が十日かかることを、王都は知りません。町長が十日待たなければならないことも、知りません。書いておけば、次は変わるかもしれない」


 町長は、長い間、レインを見ていた。


 見て、それから、椅子に座り直した。


「……書きなさい」


「はい」


「名前も出しなさい」


「はい」


「そして、一つ足しなさい」


 彼は、そう言った。


「『町長は、通達が来れば即日動くと言った』——これを書きなさい」


 レインは、頷いた。


「書きます」


 部屋を出たところで、フィーナが待っていた。


「駄目だった?」


「駄目だった」


「殴ってきていい?」


「やめろ」


「なんでよ! あいつ、人が死ぬかもしれないって言われて、荷の心配してたのよ!?」


「聞いていたのか」


「窓の外で聞いてた」


 フィーナは、拳を握っていた。


「間違ってるでしょ、あんなの」


「間違ってはいない」


 レインは、言った。


「あの人は、この町で三十年、外れた話に付き合わされてきたんだろう。旱魃が来る、疫病が来る、戦が来る。全部外れた。外れるたびに、荷が減った」


「……」


「今回も外れるかもしれない。その時、責任を取るのはあの人だ」


 フィーナは、口を開いた。


 開いて、閉じた。


「……あんた、なんでそっちの肩を持つの」


「持ってない」


 レインは、首を横に振った。


「理解しないと、次の説得ができない」


「次って」


「次の町だ」


 レインは、そう言った。


「王都にも町長がいる。王にも、大臣にもいる。あの人と同じことを言う人間が、この先に何人もいる」


 彼は、廊下を歩き出した。


「今日、俺は負けた。だから、次のために覚える」


   ◆


 同じ頃、町の広場では、ユートが苦戦していた。


 カルネ村では、四十人が集まった。


 ドラン砦町では、七人しか集まらなかった。


「——だから、その、北で村が一つ、消えてまして」


「兄ちゃん、何屋だ?」


「騎士団の記録係です」


「記録係ぃ?」


 初老の男が、鼻で笑った。


「騎士様は?」


「町長のところです」


「じゃあ町長が決めるだろ」


「いや、そうなんですけど」


「だったら町長が決めてから聞くわ」


 男は、そう言って、行ってしまった。


 残ったのは、四人になった。


 ユートは、板を握ったまま、立っていた。


 半刻ほど、そうしていた。


 誰も、増えなかった。


「……あの」


 声がした。


 振り返ると、ジンが立っていた。


 非番らしく、槍を持っていなかった。


「ジン、だっけ」


「はい」


「悪いな、こんなとこで喚いて」


「いえ」


 ジンは、そう言って、それから、少し口ごもった。


「あの、僕、聞いてました」


「え」


「さっきから。ずっと」


「……見てたのかよ。恥ずかしいな」


「いえ」


 ジンは、首を横に振った。


「あの、質問していいですか」


「なんでも」


「本当なんですか」


 ユートは、板を持ち直した。


「本当です」


「その、村が一つ」


「なくなりました」


「人が」


「百二十七人、広場に積んでありました」


 ジンの顔から、色が抜けた。


「……積んで」


「積んでました」


「なんで、積むんですか」


「わかりません」


 ユートは、正直に答えた。


「誰にもわかってません。それが一番怖いです」


 ジンは、しばらく黙っていた。


 黙って、広場の石畳を見ていた。


「……あの」


「なに」


「僕、信じます」


「え」


「信じます」


 彼は、顔を上げた。


「行きの時、アルディスさんが、僕に確認しろって言ったんです」


「……確認?」


「身分証です。僕、新入りだから、みんな『いいから通せ』って言うんです。でもアルディスさんは、人数を数えろって言った」


 ジンは、そう言った。


「帰りも、確認しろって言いました」


「……ああ」


「そういう人が言うことは、たぶん本当だと思って」


 ユートは、その言葉を、しばらく飲み込んでいた。


「……なあ、ジン」


「はい」


「あんた、俺の話は信じた?」


「……え?」


「今、アルディスがって言っただろ。俺の話じゃなくて」


 ジンは、目を丸くした。


 丸くして、それから、慌てた。


「あ、いえ、そういう意味では」


「いいんだよ」


 ユートは、笑った。


「俺、そういう位置なんだよ。昔から」


「……」


「でも、それでいいんだ」


 彼は、板を叩いた。


「話が伝わりゃいい。誰が言ったかは、どうでもいい」


 ジンは、しばらくユートを見ていた。


「……あの」


「なに」


「カルヴァンさん、でしたよね」


「ユートでいいよ」


「ユートさん」


「はい」


「僕、その話、町の人に伝えます」


 ユートが、顔を上げた。


「……いいの?」


「はい」


「町長、動いてないんだろ」


「動いてません」


 ジンは、そう答えた。


「でも、僕は町長じゃないので」


「……」


「僕、この町の生まれなんです」


 彼は、そう言った。


「幼馴染とか、近所の人とか、たくさんいます。そういう人たちに話すのは、規則違反じゃないと思うんです」


 ユートは、板を差し出した。


「これ」


「え」


「写し。持ってけ」


「……いいんですか」


「三部作った」


 ユートは、そう言った。


「一つは宿の主人、一つは行商のおっさん、一つは俺。俺の分をやる」


「でも、記録は」


「もう頭に入ってる」


 彼は、自分のこめかみを叩いた。


「二週間、書き続けたからな。全部覚えてる」


 ジンは、両手でそれを受け取った。


 受け取って、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


「あと、ジン」


「はい」


「非番の日、散歩しろ」


「散歩?」


「町の外の道を歩け」


 ユートは、そう言った。


「どこに逃げられるか、自分で確かめとけ。それを人に話せ。町長じゃなくて、町の人にな」


「……それ、規則違反になりませんか」


「散歩は、規則で禁止されてないだろ」


 ジンは、しばらく黙っていた。


 黙って、それから、笑った。


 初めて、まともに笑った顔だった。


「……散歩」


「散歩だ」


「わかりました」


 彼は、槍を持っていない手で、地面を三度、爪先で叩いた。


 叩いてから、自分で気づいて、赤くなった。


「あ」


「なんだそれ」


「癖です」


「面白い癖だな」


「よく言われます」


   ◆


 その夜、宿の部屋で、レインとユートは記録を突き合わせた。


「町長は動かない」


「だろうな」


「お前の方は」


「七人集まって、三人帰った」


 ユートは、そう答えた。


「最終的に四人」


「……少ないな」


「少ない」


 彼は、板を閉じた。


「でも、門番の子が写しを持ってった。あの子、町の生まれだって」


「ジンか」


「知ってんの?」


「行きに会った」


「あの子、たぶん、四人より多く回すぞ」


 レインは、頷いた。


「ユート」


「なんだよ」


「今日、負けたな」


「負けた」


「俺もだ」


「知ってる。窓の外で聞いてた」


「お前もか」


「フィーナちゃんの隣で」


 二人は、しばらく黙っていた。


 窓の外で、犬が吠えていた。


「……なあ、レイン」


「なんだ」


「勝ち方って、あんの、これ」


 レインは、答えなかった。


 答えられなかった。


「……わからない」


「わかんないのかよ」


「わからない」


「じゃあ、どうすんだよ」


「同じことを、次の町でも言う」


 レインは、そう答えた。


「王都でも言う。何度でも言う」


「……それ、勝ち方じゃなくない?」


「勝ち方じゃない」


 レインは、認めた。


「だが、やめ方でもない」


   ◆


 翌朝、パン屋の前を通った。


 セラが、店先に立っていた。


 鼻歌を歌っていた。


 窯の前で、焼き上がりを待っている時の癖らしかった。


 節のない、ゆるい歌だった。


「あ、騎士団の方」


 彼女は、顔を上げた。


「お帰りですか」


「ああ」


「七つ、包みますね」


「……頼む」


 セラが奥に入った後、フィーナが横に並んだ。


「ねえ」


「なんだ」


「あの子、歌ってるわね」


「歌ってる」


「……なんで歌えるのかしら」


 彼女は、そう言った。


 責める調子ではなかった。


 本当に、わからないという声だった。


「知らないからだ」


「知らないって」


「北のことを、知らない」


 レインは、そう答えた。


「知らないから、歌える」


「……」


「俺たちが北で見たものは、この町にはまだ来ていない。だから、この町ではまだ、朝はパンを焼く時間だ」


 フィーナは、しばらく黙っていた。


「……それ、いいことなの? 悪いことなの?」


「いいことだ」


 レインは、即答した。


「守るべきものだ」


 その時、ユートが店の前に来た。


「うわ、うまそうな匂い」


「あんた、寝坊したくせによく来るわね」


「間に合っただろ」


「間に合ってない。もう出発よ」


「え!?」


 フィーナは、そう言って、それから、財布を出した。


 出して、しばらく手の中で握っていた。


「……あんた」


「なんだよ」


「パン、いくつ食べる」


 ユートが、動きを止めた。


「……え?」


「いくつ食べるかって訊いてるの」


「いや、あの、フィーナちゃん」


「二つでいい?」


「え、いや、なんで」


「訊いてるの!」


「……に、二つ」


「二つね」


 フィーナは、店の奥に向かって言った。


「すみません、九つでお願いします」


「九つですね」


「……いや、七つでいいんじゃないの?」


 ユートが、おそるおそる言った。


「うるさい」


「うるさい!?」


「九つよ」


 フィーナは、そう言って、そっぽを向いた。


「余ったら、私が食べるから」


 ユートは、口を開けたまま、レインを見た。


 レインは、目を逸らした。


「……レイン。今の、なに」


「知らん」


「知ってるだろ」


「知らん」


「なあ!」


 セラが、包みを持って戻ってきた。


「九つです」


「ありがとう」


 フィーナが、代金を払った。


 払って、包みを受け取った。


 受け取って、それを——ユートに押しつけた。


「持ちなさい」


「え、俺!?」


「あんたが食べるんでしょ」


「二つだけだろ!?」


「持ちなさい!」


 セラが、その様子を見て、くすりと笑った。


 笑って、それから、店の奥に引っ込んだ。


 一行が町を出るとき、城門にジンが立っていた。


 非番のはずだった。


 それでも、立っていた。


「アルディスさん!」


「ジン」


「あの」


 彼は、槍を持っていなかった。


 代わりに、板の写しを持っていた。


「僕、散歩します」


「……そうか」


「毎日します」


「非番の日だけでいい」


「毎日します」


 彼は、そう言った。


「非番の日は、遠くまで行きます」


 レインは、少し笑った。


「ジン」


「はい」


「一つだけ、言っておく」


「はい」


「もし、何か来たら、戦うな」


「……はい」


「門を閉めて、人を逃がして、それからお前も逃げろ」


 レインは、そう言った。


「お前の仕事は、数えることだ。戦うことじゃない」


 ジンは、しばらく黙っていた。


 それから、頷いた。


「……はい」


 彼は、そう答えた。


 答えて、地面を三度、爪先で叩いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。