かわいい会話
タッタッタッ
「お待ちください!!ミルシェさま!!!」
焦ったような声を上げたメイドは、一人の少女を駆け足で追いかける。
「ごめんなさい!急いでて…」
メイドの言葉を受け、ミルシェと呼ばれた少女は歩く速度を少し緩めた。
時刻は朝の八時を回った頃、他人の屋敷の中を我が物顔で歩く彼女の名はミルシェ・リヴェラ。
ミルシェは、古くから続く名家であるリヴェラ伯爵家の末っ子として生まれた。
穏やかな両親や歳の離れた姉兄に愛されながら育った彼女は、ふわふわとした雰囲気をまといながらも、真っ直ぐな愛らしい少女に成長した。
タッタッタッ
ミルシェは屋敷の中を軽やかに歩いていき、目当ての扉の前でぴたりと止まった。
コンコンコン
そして、重厚感のある、綺麗な装飾が施された分厚い扉をノックする。
「……………ん……?………はいーー」
部屋の中からは、ぼんやりとかすれた低い声の返事が聞こえた。
ミルシェは「よしっ」と小さく呟やき、ドアを勢いよく開け放った。
ガチャ
カーテンの隙間から日差しが差し込む室内には、豪華ながらも品の良い大きなベッドが置かれている。
先ほどノックに応じた部屋の主人は、まだそのベッドの中で眠り込んでいた。
ミルシェは男が布団を頭までかぶっていることも気にせず、芯のある声で問いかけた。
「ルーク様!まだ眠っているの?」
ルークと呼ばれた男は、布団から顔を出して眩しそうに目を細める。
そして、小さく欠伸をしながらもぞもぞと上半身を起こした。
「ん………………おはよう……ミル
…………まだ入っていいともなんとも言ってないんだけど……」
「ごめんなさい……でもね!
入らないとお話しできないじゃない?」
ワクワクを隠せないといった表情で、ミルシェはそわそわしながらルークにそう告げた。
「それはそうだけど………
まず、ここは君の家ではないからね」
ルークは眠そうに目をこすりながら掛け布団を脇に寄せて、ベッドの端に腰掛けた。
「んまぁ!それはそうですけど、少し冷たいわ!」
軽く頬を膨らませ、いかにも不満そうな話し方でミルシェは言った。
「ははは、ごめんごめん
それで、どうしたの?
デートの約束は昼過ぎではなかったかな?」
仕事に学業にと忙しくしており、なかなか予定の合わなかった二人は、今日ようやく、ふた月ぶりに出かける予定を立てていた。
「ええ、そう、そうなのだけどね!
わたくし、今日が楽しみで、昨日は夜の八時に寝てしまいましたの!!」
「おや、それは随分健康的だね」
ルークは寝起きの頭になかなか話が入ってこないのか、当たり障りのない返事をした。
「そうなの。
それでね、今朝起きたらね、なんと…………
五時だったのよ!」
ルークの適当な返事を気にも留めず、ミルシェは興奮した様子でさらに話しかける。
ルークはのそりと立ち上がり、ミルシェの目の前までゆっくりと歩いて行った。
「それはとても早起きさんだね
それだけ楽しみにしてくれたならこちらも嬉しいよ」
「あら、どうしてでしょう
わたくしの目には、全然嬉しそうに見えないわ!」
「あれ」
ルークは、「まったく心外だ」という顔をしながら眉を上げた。
そんなルークの姿を見て、ミルシェは声を上げる。
「ルーク様ったら…………!
とっても眠たそうだもの!!!」
「ん、そうだねぇ
そう感じるのは、多分、君が約束の四時間以上前に屋敷にやってきたからかなぁ」
「んーー!!」
ルークの言葉通り、二人は昼過ぎに会う約束をしていた。
しかし、その約束の四時間以上も前に屋敷に押しかけたミルシェは、「何も言い返せない」という顔でルークを見つめた。
「でも……でも………………
一秒でも早く会いたかったのよ
だから、五時からちゃーんと準備をして、急いできたの!」
「それは大変だったね
君のお家のメイドにも感謝の言葉を伝えなくては」
「あら!そうしてくれるとメイドも喜ぶと思うわ!」
ミルシェは申し訳なさそうな顔から一転して、にっこりと笑いながらそう言った。
「ふふ、そっか」
ルークはミルシェの言葉を聞き、「まあいいか」と微笑んだ。
「ええ!
わたくしはね、こちらへ来る途中でとびきりの笑顔で感謝の言葉を伝えてきたわ!」
「えらいね」
ルークはミルシェの頬を軽く撫でた。
「ふふん、もちろんよ!」
ミルシェはくすぐったそうにしながら、はにかんだ。
そして、何を話そうとしていたか思い出したミルシェは、ハッとした顔をして、その場でくるりと一周回った。
「それでね、ほら!!
どう?何か気がつかない?」
彼女の長い薄ピンクの髪の毛はポニーテールにまとめられており、動きに合わせてさらりと肩から流れ落ちる。
たっぷりとレースが使われた、落ち着いたピンク色のドレスはふわりと広がった。
ルークは彼女の言いたいことを汲み取り、口を開く。
「そうだね……
今日はいつもに増して可愛らしい装いだね?」
「ふふふ、わかりまして?
今日は、最近で1番おしゃれしてきたのよ!」
待ってました、というようにミルシェはいつもより早口で喋り出した。
「聞いてくださる?
まずはね、このドレス!
最近流行っている、王都で一番有名なドレス工房で作った物なの
王女様もこちらの店のドレスをお召しになっていたのよ!」
「王女様……
あぁ、こないだの夜会か」
ルークは納得したように頷いた。
「ええ、そうよ
このパンプスはね、お母さまが選んでくださったものなの」
「それはそれは、大切なものだね」
「ふふ、そうなの
そしてね、こちらは以前ルーク様にいただいた髪飾りですわ!」
ミルシェは髪の毛の結び目に飾られた髪飾りにそっと触れた。
「あぁ、それ
ミルに似合うと思ったんだ
早速つけてくれたんだね、ありがとう」
「こちらこそ、とても素敵な贈り物でした
ありがとうございます」
「よかった
ドレスから髪飾りまで、全部とても似合ってるね」
「んーー………
ルーク様?似合ってる以外に、
もっとわたくしに言うことがあるのではなくて?」
ミルシェはもじもじと恥ずかしそうにルークの顔を覗き込んだ。
ルークはにこりと笑って、ミルシェを見つめた。
「はは、いつもかわいいけど、今日は特別かわいいね
まるで妖精みたいだ」
ルークは悪戯っぽく目を細めた。
「こんな感じでどうかな?」
「ふふふ、そうこなくっちゃ
ええ!」
ミルシェは満足げに頷き、少しはにかんだ。
「早起きして可愛く準備した姿を見せにきてくれたんだ?それはどうもありがとう」
「ええ、よくてよ!」
「さて、では妖精さんは願いごとを何か叶えてくれるのかな?」
「あら、
わたくしが叶えられるお願いごとでしたら、なんでもおっしゃって?」
「よかった
残念ながら私は見ての通りさっき起きたばかりなんだ。そんな私に準備をする時間をいただけますかな?」
ルークは芝居めいた口調でそう告げた。
「そうね……
わたくしったら自分のことばかりで、ルーク様がまだ起きてないかもしれないってことを考えていなかったわ……」
ミルシェはしゅんとしながらそう口にした。
ルークは、ぶはっと吹き出して、
「ははっ、考えてなかったのか
では、中庭にお茶を用意させるからそこで待っていてくれるかい?
今はちょうど花が綺麗に咲いているんだ」
「ええ、もちろんよ!」
ミルシェの顔がぱあっと明るくなった。
そして、上目遣いで首を傾げながら問いかけた。
「ね、なるべく早く来てくださる?」
ミルシェの問いかけにルークはさらりと答えた。
「うん、善処するよ」
返答に納得がいかなかった様子のミルシェは、さらに問いかける。
「ねぇ……
何分くらいで来てくださるの?わたくし待ちくたびれちゃうかも」
「んー、
大体30分から1時間くらいかな
なるべく急ぐから、少しだけ待っていて?」
ルークは少し悩んでからそう告げた。
「わかりましたわ!早くいらしてね」
「はいはい
さ、いくよお嬢さま」
半分投げやりな返事をしたルークは、その返事とは裏腹に、ミルシェの腰に手を当てドアの方まで丁寧に誘導する。
「お待たせ」
ミルシェが中庭でお茶を一杯飲み終わり、二杯目を飲もうと砂糖を入れてくるくるかき混ぜていると、支度を終えたルークがやってきた。
「全然待っていませんわよ
ルーク様ってば、準備が早いのね」
「はは、君に早くしてと言われたから急いだんだよ」
「あら、そうだったかしら?ふふ
おかげで一人寂しくお茶を飲む時間が減りました」
「それは良かった」
ルークは微笑み、ミルシェの前の席に腰を掛けて頬杖をついた。
「それで、今日は何をしようか
観に行こうとしていた劇は昼過ぎからだし、それまで3時間以上あるね」
ルークはミルシェの髪を一房手に取り、くるくると指に巻きつけて遊びながら問いかけた。
「ふっふっふ
よーく聞いてくださいませ!
なんとわたくし、今日はデートプランなるものを練ってきたのよ!」
ミルシェは自信ありげに胸に手を当てそう言った。
「考えてきてくれたんだ?どうもありがとう」
「ええ、この前学園で友人におすすめの場所を聞いてきましたの」
「そうなんだ、
可愛い君が行きたいところなら、どこへでもお供しますよ」
ルークは指に巻きつけて遊んでいた髪の毛に唇を落とし、甘いセリフをサラッと口にした。
ミルシェは少し照れながら、
「ほら、ついてきてくださいませ!行きますわよ!」
ミルシェは立ち上がりルークの袖をぐいっと引っ張った。
そんなミルシェをからかうようにルークが畳み掛ける。
「君は照れていてもかわいいね
早起きは三文の徳という言葉を今まで疑っていたが、やっぱり正しかったみたいだ。
ようやく気がついたよ
気づかせてくれてどうもありがとう」
「もう、何をおっしゃってるの?
ふざけたことおっしゃらないで!」
呆れているミルシェを、ルークは愛おしそうに見つめる。
「ほら、ついてきてください!」
ミルシェに引っ張られながらルークは馬車へと向かった。
馬車に乗り込んだ二人は、しばらく外の風景を楽しむ。
「普段はルーク様がわたくしのお屋敷に迎えにきてくださるから、こちらからの風景を見るのは珍しいですわね」
「そういえばそうだね、
意外といいところだろう?」
「ふふ、意外とじゃなくて、ちゃんといいところです」
「そっか、そうだね
いつかはここも君の場所になるんだ
今から楽しみだね、お嫁さん?」
「およっ!?
ルーク様ったら、気が早いわ!!」
「はははっ
でも、楽しみにしてるんだよ?
ミルが俺のところに来てくれるのを」
ルークはミルシェを見つめながらそう言った。
「もう!ルーク様ったら、
私が何も言えないのをわかって言ってらっしゃるわよね
今日はいつにも増して意地悪!!」
「ごめんごめん
ついね、本心だから」
ルークは軽く笑いながら謝罪の言葉を述べた。
「まったくもう………怒っていませんわ
わたくしだって、楽しみですから」
ミルシェは窓の外を眺めながら、消え入りそうな小さな声でそう口にした。
「そっか、嬉しいな」
ルークはミルシェの言葉を聞き、口元を緩めた。
しばらく馬車に揺られてから、ミルシェがそう言えばと、口を開いた。
「久しぶりのお休みですのに、わたくしと会ってくださりありがとうございます」
「いや?
君と会うと癒されるからね」
「あら、わたくしったらルーク様の癒しの存在だったのね」
ミルシェは頬に両手を当てて目を細めて喜んだ。
そんなミルシェの姿を見たルークは微笑みながら口にした。
「懐いてるウサギみたいでかわいいよね」
「……うさぎ…………?」
ミルシェはぽかんとした顔で問いかける。
「ルーク様はウサギがお好きなの?」
「うん、かわいいよね」
「あらあら、あらあら?」
「昔飼ってたんだよね〜
ふわふわで、こっちを見つめるつぶらな瞳が、かわいいんだよね〜」
「ルーク様がウサギを飼ってらっしゃったなんて、初めて聞いたわ………」
「あれ、言ってなかったっけ?
あれは俺がまだ五つか、六つくらいの頃だったかなぁ」
「あら、そうだったのね」
「ミルにも会わせてあげたかったなぁ
ツンツンしてたのに、少し経ったらちょこちょこ後ろをついてきてくれるの
かわいかったんだよね」
ルークは昔を思い出しながらそう言った。
「あら、じゃあ………
ルーク様はわたくしのこと、
ウサギみたいでかわいいって思ってるってことですの?」
「そうだね?ミルはかわいいよね」
「んー?うーーん………」
ウサギに似ている、という褒められているのかそうでないのかよくわからない言葉を受けたミルシェは、さらに問いかけた。
「じゃあじゃあ、
わたくしのことも、好きってことですの?」
「ははは、これはまた急に飛んだね
そうだね、
好きだよ」
ミルシェの顔が途端に赤くなる。
「っ………」
「ははっ、
自分で言わせたのに赤くなるなんて、やっぱりミルはかわいいよね」
「わ…くしも……」
「ん?」
「わ、わたくしも、ルーク様のこと………
好きですのよ………」
「ふふ、ありがとう、嬉しいよ」
「違うわ、
わたくしはルーク様のこと、大好きですのよ」
「そうだわ!
わたくし、ウサギには絶対負けませんからね…!」
「うーん?そうだね」
「ウサギと同率ではなく、圧倒的一位になってみせるわ!」
真剣な顔でにぎり拳を作りながらそう述べたミルシェに、ルークは少し戸惑いながらも応援の言葉を口にした。
「そっか、
頑張って、かな?」
「ええ!」
元気いっぱいな返事をしたミルシェを見て、ルークがクスッと笑った。
ちょっとズレてるなーと思いつつ、まあかわいいからいっかで済ませてしまうルーク




