婚約破棄で追放されるけど、ずっと一緒だよ
王宮の一室で二人の男が深刻そうな、それでいて冗談のような話をしていた。
「陛下が見た夢で神から告げられたのは、『ナックとともにあるアリア、聖女たらん。幸福、もたらされん』、ですか」
「頭に刻み込まれたようによく覚えておる。全然忘れないのだ。宮廷魔道士長の職責にあるその方の見解としてどう思う?」
「陛下、ナックやアリアというのも心当たりがないのですな?」
「ない」
「では本当に神託かもしれませんな」
シウチール王国第七代ロドヴィック王が夢で得たこの文言は、神託ではないかと考えられた。
宮廷魔道士長ガンダルがその可能性を認めたからだ。
一方で王はこの夢の中の文言が本物であろうとそうでなかろうと、神託として扱うと決めていた。
何故ならシウチール王国は平和で安定はしているものの閉塞感がある、と感じていたから。
聖女の出現が良き変化をもたらすのではないかと期待したのだ。
『ナックとともにあるアリア』の捜索が始まり、ほどなくナックとアリアの二人は辺境ニルアス自治区の孤児院で見つかった。
捜索に当たっていた調査官がアリアを説得する。
「アリア。君は聖女なんだそうだ。王都に来てくれないか?」
「ナックと一緒なら行く」
アリアは聡い子だったので、王命なら行かざるを得ないと考えていた。
でも心細かったのは事実で、物心つかない内から一緒のナックがいれば安心だと思ったのだ。
調査官も少年ナックの扱いには困っていたところだった。
ナックもまた王の見た神託に名の出ていた者ではあったが、探していたのは聖女アリアであったから。
聖女アリアが望むならと、ナックをも王都に連れていった。
アリアとナックは王と面会する。
「王様、はじめまして。アリアです」
「おうおう、そなたが聖女アリアか。めんこいの」
王はアリアの麦畑のような金髪と陽だまりのような瞳を見て思った。
そうだ、神託を聞いた時、同じ温かさを感じた。
この少女が聖女で間違いないと。
「えへへー。あたしは何をすればいいですか?」
「まず予から聞こう。そなたは何をしたい?」
「あたしは……」
アリアは考えた。
聖女がやるべきことって何だろう?
聖女でなければできないことって何だろう?
「……学びたいです。あたしがやらなければいけないことを見つけたい」
「ふむ。天晴れな心がけではないか。ではまず学ぶがよい。教師をつけてやろう」
アリアとナックは一生懸命勉強した。
しかしいくら学んでも、アリアはやるべきことが見つからなかった。
「うーん、行き詰まった。ねえナック。あたしはどうしたらいいかな?」
「アリアは神託で聖女と決められたんでしょ?」
「らしいね」
「つまり神様の意向に沿うようなことをやればいいんじゃないの?」
「……神様の意向? 神様の考えてることって何だろう?」
「神様にもいろんな役割があるかもしれないけど、それぞれの神様が聖女を選んでたら、世の中にはもっと多くの聖女がいるはず」
「うんうん、そうだね」
「じゃあアリアを聖女と決めたのは一番偉い神様なんじゃないの? だったら世の中を発展させるとか貧困をなくすという方向性なら、神様の考えとそう違っちゃいないはず」
「おお、ナック冴えてるね」
「逆も言えるかもしれないよ」
「逆? どういうこと?」
「アリアの行動を気に入ってるから、神様は聖女に選んだのかもしれないってこと」
「……とすると、あたしはもっと積極的に行動したほうがいい?」
「いや、学んで得られる方法も多いから、神様が学ぶことを推奨しないとは思えないけどさ」
「やるべきことが見えてきた気がする。最初からナックに相談すればよかった」
「僕も色々考えてそうなのかなあって思っただけ」
ナックは頼りになるなあと、アリアは感心した。
アリアとナックは学習を続けることはそのままに、もっと様々なことに参加してみるようになった。
例えば貧民への炊き出しを手伝うことにしたが、聖女アリアが参加することで注目を浴び、寄付や食料の供出が多くなって喜ばれた。
二人はアリアが聖女であることの影響力を知った。
「あたし達も孤児院でお世話になってたでしょ?」
「うん」
「孤児院にいた時は御飯のことばかり考えていたような気がする」
「確かに」
「今から思うと時間がもったいなかったなあって。今王都では孤児の御飯の心配はなくなってきたけどさ。学ぶことが必要だよ。世の中をよくするためには、知識や技術のある人が多くなくちゃいけない」
「いい国を目指すという考え方だね? 孤児に僕達が教えることから始めたいの?」
「そうそう。だからあたし達ももっと勉強しないと」
アリアは宮廷魔道士に魔法を学び、ナックは近衛兵に剣術を教わるようになった。
……聖女アリアはいつも一生懸命で、それはそれでいい。
しかしナックは、周囲の特に貴族がアリアに向ける目は意外に剣呑だと気付いていた。
だからナックは、アリアを守るために剣術が必要だと考えたのだ。
アリアとナックのひたむきな態度は、市民や王宮職員の意識も変えてゆく。
勤勉と慈悲の心が王都を覆うようになった。
にも拘らず、貴族が二人を見る目には嘲りが含まれていたが。
アリアには魔法の才能が、ナックには武術の才能があった。
聖女のアリアは一般に知られているような魔法を全て習得した。
またナックはまだ身体ができ上がっていないにも拘らず、近衛兵の中でも強いくらいのレベルになった。
王は満足していた。
ちょうど年も合うので、平民人気の高いアリアを第一王子メルヴィルの婚約者と定めた。
シウチール王国の末長い繁栄を願って。
「あたしはいつかナックと結婚するのかなあ、と思ってたの」
「僕も。でもメルヴィル殿下と婚約が決まったのはよかったじゃないか。より大きな影響を及ぼせるようになるよ」
「うん、あたし頑張る」
一方メルヴィルは聖女アリアを胡散臭く思っていた。
所詮聖女なんて、父陛下が夢で見ただけの話だろう?
確かなのは平民であることだけだ、と。
ともかく第一王子メルヴィルと聖女アリアの婚約は成立した。
事態は急変する。
一ヶ月後、突然王が倒れた。
脳の血管が切れたのだ。
聖女アリアに連絡が届き、王の元に駆けつけたのは、既に侍医が臨終を宣言したあとだった。
しかしアリアは諦めなかった。
「リザレクション!」
アリアの聖女の素質をもって初めて使用可能となった伝説の聖属性魔法を唱えた!
場合によっては死者をも蘇らせることができるとされている魔法だが……。
王が目蓋を上げた。
「……メルヴィル、アリアはいるか」
「「おります!」」
「き、奇跡だ!」
王が話し始める。
侍医は生き返ったと驚いていたが、アリアは失敗を悟っていた。
王の身体に魔力の流れが戻っていなかったから。
「……いや、言い残す時間をもらっただけだ。王国を、頼む」
「陛下っ!」
王は今度こそ事切れた。
二度目のリザレクションはムダだった。
王は逝去した。
アリアは泣いた。
誰よりも泣いた。
王の死の直後から不穏な会話が交わされるようになる。
「結局聖女と言いながら何もできん、単なる平民の孤児ではないか」
「それどころか先王陛下を殺したようなものだ。重罪だ」
「平民の娘が王妃など、国の格に関わる」
「ただ運が良いだけの小娘だろう?」
アリアが聖女であることの根拠など、先王の夢だけしかなかった。
その先王が去った今、アリアは後ろ盾を失ったに等しい。
少年王メルヴィルの婚約者の座を奪わんとする守旧派貴族の総攻撃に、アリアは晒された。
「私はアリアとの婚約を破棄する!」
「はい、承りました」
王家主催のパーティーでメルヴィルが婚約破棄を宣言すると、大喝采に包まれた。
メルヴィルにしてみればこれは当然だった。
アリアを認めていなかったし、自身に貴族の支持もあったから。
アリアは先王の遺訓を守れなくて残念に思ったが、別の方法もあるかと思い返した。
「さらにアリアには、父を救えなかった罪を問う! 王都からの追放処分を科す!」
「はい」
アリアは淡々と処分を受け入れた。
特別メルヴィルに思い入れがあるわけではなかったし。
でも王都の人達には親切にしてもらったから、もっとお返ししたかったなあとは思った。
アリアをよく思っていなかった貴族から料理が投げつけられた。
しかし後ろに控えていたナックによって何事もないように払われたため、アリアは気付かなかった。
アリアに料理を投げた貴族は鍛えられたナックの技『威圧』を食らって昏倒したが、もちろんパーティー参加者はその貴族本人まで含めて何をされたかわからなかった。
「アリア、どうする?」
「ニルアスに帰ろうよ。今のあたし達だったら、ニルアスをもっとよくできると思わない?」
「そうだね」
ナックとアリアの故郷ニルアス辺境自治区は、魔物がいるため発展が妨げられていた地区だ。
しかしアリアの魔法とナックの剣術で先導すれば、栄えさせることができるのではないか?
少なくとも魔物を狩りまくれば経済的に潤うと踏んだ。
辺境とは言ってもシウチール王国の一部には違いなかったから、亡き王の遺志にも適うだろうと。
ナックとアリアがニルアスに旅立とうとしていた時、宮廷魔道士長ガンダルは荷造りをしていた。
「ガンダルさん何してるんです?」
「決まっとるじゃろ。アリアを追うのじゃ」
「えっ?」
「もう辞表は出してきたからの」
「何故急に?」
「お主、アリアをどう思う?」
「アリアちゃんですか? 正直聖女かどうかはわかりませんけれど、大変な魔道の才能の持ち主ですよね。いい子ですし」
「その大変な魔道の才能の持ち主をあっさり追放したシウチール王家に対しては?」
「あ……」
王が若くして亡くなり、跡を継いだのは知恵の足りない少年王。
牽制し合う貴族どもの思惑が渦巻く。
にも拘らず、アリアやナックのような有能な人材をみすみす手放す。
宮廷魔道士長ガンダルは、シウチール王国はもつまいと見ていた。
「リザレクションを使える魔道士なぞ、世界中でアリア一人じゃ。しかもまだ伸び代がある。先王ロドヴィック陛下が後事を託したのはメルヴィル陛下とアリアの二人。わしはアリアに懸ける」
「し、しかし……」
「摂政殿は心が狭い」
先王妃の兄カスパー・ソールズベリー侯爵が、新王メルヴィルの摂政を務めていた。
しかしカスパーは頭脳こそ優れていたものの、他人をバカにする傾向があったため人望が全くなかった。
「うまくやっていけるとは思えんの。メルヴィル殿下……陛下の婚約者が誰になるかは知らんが、その実家はすぐ摂政殿と衝突しそうだと思わんか?」
「思います」
「摂政殿は物事がうまく運ばんと、すぐ他人のせいにするぞ? 責任を押しつけられぬ内に逃げ出すことを考えるのじゃ。死にたくなければな。わしはこの皺首にまだ未練があるゆえ、アリアについて行く」
「は、はい」
宮廷魔道士長ガンダルはナック及びアリアに合流した。
「あれっ? じっちゃんどうしたの?」
「わしも連れていけ。アリア達はどこへ行くつもりなのじゃ?」
「故郷のニルアス辺境自治区に帰るつもりだったの。ニルアスは広いし地理的にいい場所だし、魔物さえどうにかできればものすごく発展すると思うんだ」
「なるほどの。どうせ飛行魔法で飛んでいくつもりだったのじゃろ? 出立は少々待て」
「どうして?」
「お主達がニルアスへ帰ることをなるべく広めてくるのじゃ。きっとシウチール王家を見限ってニルアスを目指す者が一定数いる」
「「えっ?」」
「わしは魔物除けの材料をありったけかき集めてくるからの」
ガンダルはアリアとナックの構想を面白いと思った。
ニルアスは行政上シウチール王国の一部ではあったが、放置されているエリアだ。
逆に好き勝手することが許されているとも言える。
アリアとナックがいればあるいは……。
ニルアスはすぐに変わった。
アリアとナックの魔物退治は耕作可能面積を増大させ、豊富な魔物素材のために交易商人が訪れるようになった。
またガンダルによる魔道教育は、魔法使用者を着実に増やしていった。
ガンダルの予言通りニルアスへの移住者が多くなると、魔物狩り要員も充実した。
ニルアスの開発はどんどん進む。
一方シウチール本国と王家は混乱の極みにあった。
当然だった。
神に愛されし聖女がいなくなったのだから。
聖女を信じなかった国は滅びる運命にあると、誰もがアリアの去ったあとに気付いたのだった。
三年後、ニルアスの人口は倍にまで膨れ上がっていた。
シウチール本国よりもむしろ隣国との交易が多く、いい関係を維持していた。
ニルアスの発展を実感していたアリアとナックが話している。
「あたしは欲しいものを何でも手に入れられる気がするの」
「セリフが聖女っぽいね。先王陛下の命は取り戻せなかったじゃないか」
「王様の運命は王様のものだからね。あたしのものじゃないよ」
「なるほど?」
「新王メルヴィル陛下に婚約破棄された時、本当は少し嬉しかったんだ」
「その先は僕が言っていい?」
「……じゃあ任せた」
「僕と結婚してください」
「喜んで!」
笑い合う二人。
回り道をした二人。
ようやく結ばれた二人。
まだまだこれからの二人。
まだまだこれからのニルアス。
アリアが内乱に陥ったシウチールを再統一し、先王ロドヴィックの遺命に応えたのはずっとあとの話。
奇しくも『ナックとともにあるアリア、聖女たらん。幸福、もたらされん』、先王が夢で得た神託の通りになる。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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