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『魔王軍に追放された軍配者、外れスキル〈戦場俯瞰〉で辺境から異世界統一を始める』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第54話 夜の張り込みは、待つ者の性格をよく暴く

待つだけの時間ほど、人の地が出るものはない。


戦場で斬り合う時は、勢いで誤魔化せる。

荷を運ぶ時は、手を動かしていれば余計なことを考えずに済む。

だが、息を潜めてただ“来るかもしれない何か”を待つ時間は違う。


焦れる者。

無駄に喋る者。

黙りすぎて逆に気配を荒くする者。

目を切ってしまう者。

それぞれの癖が、夜気の中ではひどくはっきり出る。


第五十四日の夕刻、フロストゲートから南へ出た二組は、旧中継小屋を越えた先で静かに分かれた。


北側の高みを見る組――

アイザックとリド。


西寄りの細道と抜け道を見る組――

レオルド、ガルグ、アイリス。


空は曇っていて、星は見えにくい。

風は弱く、音が遠くまで抜ける夜だ。

こういう夜は、張る側にも通る側にも厄介だった。


旧中継小屋までは、もう“こちらの線”の匂いがある。

だがその先へ入ると、空気はまた細くなる。


人が完全に絶えたわけではない。

けれど、誰が使っているか定まらない、あの独特の曖昧さ。

道とも獣道ともつかない線が、草と泥の間にうっすら残っている。


「止まれ」


レオルドが低く言うと、三人が同時に身を沈めた。


西組の伏せ場は、前回と同じではない。

同じ場所を続けて使えば、相手に逆に読まれる。

だから今回は、無名の見張り所跡の西側へ抜ける細い線を、斜めから見られる位置へ入った。


低い岩。

その向こうに細い灌木。

さらに先に、道とも言えない土の擦れ。

人が一人、気をつけて通れば音を殺せる程度の幅だ。


「見えるか」


ガルグが小さく訊く。


「十分です」


レオルドが答える。


「ただし、見る対象は狭い」


アイリスがすぐに補足した。


「だからこそいい。

広く見ようとすると、どこかが雑になる」


その言い方に、ガルグが少しだけ鼻を鳴らす。


「お前、こういう時は妙に真面目だな」


「こういう時“しか”真面目じゃないみたいな言い方ね」


「そういう意味じゃねえよ」


「でも半分はそう思ってるでしょう?」


ガルグは返事をせず、前を向いた。

図星なのだろう。


レオルドはそのやり取りを聞きながら、少しだけ安心していた。

この二人はまだ刺し合うような相性の悪さを残している。

だが今は、その刺が“集中を切る種類”ではなく、“互いを起こしておく種類”に変わりつつある。


それは大きい。


一方、北側の高みでは、アイザックとリドが斜面の陰に伏せていた。


リドは弓を横へ置き、目だけを南へ向けている。

矢を撃つためではない。

今回は“長く見て崩れない”方が先だと、自分でも理解している顔だった。


「肩の力を抜け」


アイザックが低く言う。


「入ってましたか」


「見りゃ分かる」


リドは少しだけ息を吐いた。


「……待つ方が苦手です」


「そうだろうな」


「何か来た時より、来るまでの方が嫌です」


副官は一瞬だけ黙り、それから答えた。


「まともだ」


「え」


「来た時しか気を張れないやつより、来るまでが嫌なやつの方が見張りには向いてる」


リドは少しだけ目を瞬かせ、それから視線を戻した。


「それ、褒めてますか」


「少しな」


それで十分だった。


夜は、最初のうちは本当に何も起きない。


風が草を撫でる。

遠くで木が鳴る。

湿った土の匂いが少しずつ冷えていく。

その“何も起きなさ”が続くほど、人間の集中は削れる。


西組では、ガルグが三度目の小さな舌打ちをしたところで、レオルドが囁いた。


「落ち着かないですか」


「落ち着くわけねえだろ」


「その音で分かります」


「分かるなら聞くな」


アイリスがすぐ横で言う。


「待てないの?」


「待てる」


「待ててない」


「お前な」


レオルドは前を見たまま続けた。


「待つのが苦手なら、数えるといいですよ」


「は?」


「風の向きでも、音の間でも。

何か一つ、同じものを数える。

そうすると“まだか”に頭を持っていかれにくい」


ガルグが眉をひそめる気配がする。


「お前、それ、いつもやってんのか」


「必要な時は」


「……気持ち悪いな」


「褒め言葉として」


「違う」


だがそのあと、ガルグの気配は少し静かになった。

おそらく本当に、何かを数え始めたのだろう。


しばらくして、アイリスが小さく言う。


「来る」


その声は、風より少しだけ低かった。


レオルドも同時に気づく。


西寄りの細い線、そのさらに向こう。

草の倒れ方が一つ、自然と違う。

獣ではない。

人の足だ。

しかも急がない。

急がないが、慣れている。


「一人」


ガルグが囁く。


「たぶん」


レオルドは答える。


人影はゆっくり現れた。


背は高くない。

荷は大きくない。

外套は地味で、ぱっと見はただの流れ者か荷運びに見える。

だが足の置き方が違う。

草を踏む位置、枝を避ける間、視線の流し方。

“何度もここを通っている者”の歩き方だ。


「昨日のとは違う」


アイリスが言う。


「ええ」


「でも同じ側」


つまり、西側の抜け道を使う側の人間だ。


その者は、見張り所跡の陰へ向かわず、手前の低い石の近くで一度しゃがんだ。

そこで何かを置いたのか、取ったのか。

暗さでそこまでは分からない。

ただ、動きが短すぎる。

長い作業ではない。

完全に“決められた場所で、決められた何かをする”手つきだ。


「そこか……」


レオルドが心の中でだけ呟く。


見張り所跡そのものではなかった。

本体は、その少し手前にある低い石の陰。

つまり、見張り所跡は“目印”で、実際の受け渡しはその手前で済ませている可能性がある。


人影はすぐに立ち上がり、西へ抜けようとした。


その瞬間、レオルドは決めた。


「今です」


小声。

だが、十分だった。


ガルグが地を蹴る。

速い。

斧を振るのではなく、真横から相手の逃げ足だけを切るような踏み込みだ。


人影が反応する。

ただの流れ者ではない。

振り返りざまに短い刃を抜く。

だが遅い。


アイリスがその外側へ半歩先に回っていた。


「止まりなさい」


その声と同時に、相手の手首へ短く打ち込む。

刃が鈍く落ちる。

ガルグがそのまま肩口を押し、地へ伏せさせた。


「暴れるな」


レオルドはすぐに低く言う。


「殺しません。

でも騒げば骨は折れます」


相手は若い男だった。

二十代の終わりか、三十前か。

目は細く、顔立ちは平凡で、道に紛れるにはちょうどいい。

だが、その手の甲には古い擦れ傷が多い。

荷運びか、縄か、あるいは日常的に石や木へ触れる仕事。

片方の耳には小さな切れ目もある。


「誰の手だ」


ガルグが唸る。


男は答えない。

口を固く閉ざし、目だけで三人を測る。


アイリスが低く言う。


「兵じゃない。

でも慣れてる」


「ええ」


レオルドは頷いた。


その時、北組から小さな鳥の声に似た合図が返った。


二度。

短く。

アイザックとリドも動きを見ていたのだ。


「時間がないですね」


レオルドが言うと、男の目がほんのわずかに動いた。

“何の時間だ”と測る目だ。


「あなたが来た。

そして誰かは、あなたが戻る前提で次を見る」


レオルドはわざと短く切る。


「つまり、今あなたが戻らなければ、向こうも止まる。

それはあなたにとって痛いですか」


男は答えない。

だがその沈黙そのものが、半分答えだった。


痛いのだ。


ガルグがさらに肩を押さえ込む。


「何運んでんだ」


「……」


「喋れよ」


「待ってください」


レオルドは男のいた場所へ近づき、石の陰を探った。


小さな布包みがあった。


湿りを避けるように薄油紙で巻かれている。

中身は固くない。

振っても音がしない。

重さは、文数枚か、薄い札数枚程度。


「見つけた」


アイリスが囁く。


レオルドは慎重に包みを開いた。


中に入っていたのは、紙だった。


細く折られた、簡素な書付。

符号が多い。

だが完全な暗号ではない。

人名らしき略字、数字、方角を示す傷、そして旧中継小屋を指すと思われる簡易記号。


「……当たりですね」


レオルドが低く言う。


ただの荷ではない。

ただの塩や布でもない。

これは、流れそのものを扱う人間だ。


ガルグが男を睨む。


「お前、何もんだ」


男はようやく口を開いた。


「……運ぶだけだ」


「何を」


「言葉を」


その一言で、夜気が少しだけ変わった。


やはりそうだ。


塩や布より厄介なもの。

情報。

しかも、辺境の小さな流れをつなぐための、生きた言葉。


レオルドは紙を見つめながら思った。


これでようやく、無名の見張り所跡の本体に手がかかった。


あそこは兵站の拠点ではない。

あそこは、“言葉の継ぎ目”だ。


だからこそ、ただ場所を押さえるだけでは足りない。

その継ぎ方ごと奪わなければ意味がない。


北組と合流したあと、アイザックは拘束した男と紙を見て、すぐに言った。


「でかいな」


「はい」


レオルドは答える。


「思ったより」


リドはまだ少し呼吸が速かった。

だが目はしっかり紙を見ている。


「これ……敵の命令ですか」


アイリスが首を横に振る。


「命令っていうほど整ってない。

でも、“誰がどこへ何を回すか”は書いてある」


「流れの管理だな」


アイザックが低く言う。


「ええ」


レオルドは男を見た。


「あなたは、ただ運ぶだけだと言った。

でも運ぶだけの人間にしては、ずいぶんと大事なものを持たされていますね」


男は視線を逸らさない。


「言葉がなきゃ、流れは死ぬ」


その返答に、レオルドはほんの少しだけ感心した。


この男は下っ端かもしれない。

だが、自分の運んでいるものの価値を分かっている。


それなら話は早い。


帰路、夜風は冷たかった。

だが四人――いや、今は五人か――の足取りは、来た時よりずっと重く、同時に確かだった。


見つけたのは、ただの受け渡しではない。

道の途中に埋まった、小さな“言葉の中継”だ。

そしてそれは、この辺境が思っていた以上に細かく、誰かの手で組まれていることを意味している。


その夜、レオルドは記録帳へ静かに書いた。


【第五十四日 所見】

・ 西側の細道にて運び役一名を拘束

・ 見張り所跡そのものではなく、手前の石陰が実際の受け渡し位置

・ 布と石の印は“言葉の受け渡し”のために読まれていた

・ 無名の見張り所跡は、非正規の情報継ぎ場として機能している可能性高い


最後に、一文を加える。


【所感】

夜の張り込みは、待つ者の性格を暴くだけではない。

通る者が何を大事だと思っているかまで、静かに炙り出す。

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