第21話 小さな偵察隊は、不揃いなまま外へ出る
砦の外へ出る時、人数が少ないほど、その集まりの歪さはよく見える。
誰が前へ出たがるか。
誰が周囲を見るか。
誰が最初に口を開き、誰が黙って歩くか。
大人数では埋もれるそうした差が、少人数になると妙にはっきりする。
旧中継小屋を偵察するために編成された小隊は、まさにそういう歪さをそのまま抱えていた。
レオルド。
アイザック。
ガルグ。
アイリス。
リド。
役割で並べれば理にかなっている。
だが人間関係で見れば、まだぎこちない。
ガルグはアイリスを信用していないし、アイリスも獣人の若者へ無闇に心を開く気はない。リドは両方に気を遣い、アイザックは全体を見ながらも必要以上の会話は好まない。
そしてレオルドは、その全部の“歪み方”を見ている側だった。
出発は夜明け直後だった。
砦の門は大きくではなく、人が一列で抜けられる幅だけ開く。
南東林ではなく、西寄りの細道を使う。正面街道から行けば早いが、見られる。旧道はぬかるみが酷く、音も残る。だから崩れ沢の細道から寄る。
それがオルダの案であり、レオルドも同意した線だった。
門を抜ける前、ミレナが短く言った。
「戻ってきて」
それは“無理はするな”よりも重い言葉だった。
村にとっても、砦にとっても、この五人が今はそう簡単に失っていい人間ではないという意味だからだ。
「戻ります」
レオルドが答えると、ミレナはそれ以上は言わなかった。
ドルゼンは工具袋を肩に担いだまま、相変わらず口が悪い。
「中見て帰ってくるだけだぞ。余計な英雄ごっこはするなよ」
「言い方が悪いですね」
「お前が一番そういうのしなさそうだから言ってる」
セラは水袋を二つ持ってきて、アイリスへ片方を押しつけた。
「足が痛いなら、水だけは切らすな」
「敵兵にも優しいのね」
「敵兵が途中で倒れても背負うのはこっちだろう?」
アイリスは少しだけ笑った。
「合理的」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
ラグは門前で腕を組み、最後まで不満げな顔をしていたが、レオルドへ向かって一言だけ言った。
「見るだけで帰れよ」
「たぶん、そのつもりです」
「“たぶん”って何だよ」
「現場次第です」
「やっぱお前、嫌なやつだな」
それでも、その言葉には心配が滲んでいた。
五人が細道へ入ると、砦の声はすぐに背後へ遠のいた。
崩れ沢の道は、道と呼ぶには細すぎた。
片側は崩れた斜面、もう片側は低木と石の混じる緩い落ち込み。人が一人ずつ通るのがやっとで、荷を引くには向かない。だがそのぶん、大きな集団は使いづらい。
今回のような偵察には向いている。
先頭はガルグ。
森と地形に慣れた彼が足場を見て進む。
その少し後ろにレオルド。
中ほどにリド。
そのさらに後ろへアイリス。
最後尾をアイザックが取る。
しばらくは誰も余計なことを言わなかった。
沢を渡る水音。
濡れた枝を払う音。
踏みしめた泥の気配。
そこへ、ガルグが不意に低く言う。
「おい」
振り返らずに言うあたりが彼らしい。
「何でしょう」
レオルドが答える。
「何で、あいつを入れた」
“あいつ”がアイリスを指すのは明らかだった。
レオルドは歩幅を乱さずに答える。
「敵側の見方が分かるからです」
「敵側の見方なんて、敵だから分かるだけだろ」
「はい」
「それ信用していいのか」
「完全には」
ガルグが小さく舌打ちした。
「そういう半端な答えが一番腹立つ」
後ろから、アイリスが静かに言う。
「聞こえてるわよ」
ガルグが振り返る。
「聞かせてんだよ」
「子ども」
「何だと?」
「大声で敵だ味方だって騒ぐの、子どもっぽいって言ってるの」
ガルグの肩がぴくりと動く。
今にも言い返しそうだったが、その前にアイザックが後ろから低く言った。
「そこまでだ」
副官の声には有無を言わせない硬さがある。
「喧嘩したいなら戻ってからやれ。今ここで音を立てるな」
ガルグは喉の奥で唸るだけに留め、前を向いた。
アイリスもそれ以上は追わない。
リドだけが妙に居心地悪そうな顔で歩いている。
レオルドは振り返らずに言った。
「気にしなくていいですよ」
「え、いや、別に……」
「この二人はたぶん、もう少しぶつかる方が自然です」
アイリスが後ろから言う。
「何それ」
ガルグも前から言う。
「勝手に決めるな」
「すでに自然にぶつかってるので」
アイザックが最後尾で、かすかに吹き出した。
その程度の緩みがある方が、むしろ良かった。
全員が過剰に緊張していれば、視野が狭くなる。今必要なのは険悪さの解消より、役割の維持だ。
半刻ほど進むと、崩れ沢の出口が見えた。
そこから先は、古い街道の痕跡に繋がる。
かつては荷車が通ったのだろう。だが今は草と泥に食われ、道幅も曖昧だ。人が歩けるから道に見えるだけで、手を離せばすぐ森へ還っていきそうな細さだった。
オルダが言っていた通りだ。
「本当に死にかけてる道ですね」
レオルドが呟くと、アイザックが後ろから答える。
「砦と似てるな」
「ええ」
ガルグが先頭でしゃがみ込んだ。
「ここから先は、足跡が混じる」
レオルドも近づく。
たしかに、地面は複数の靴に踏まれている。
古いもの、新しいもの。
一定の方向だけではない。小屋の方へ向かう線と、戻る線。
兵だけでなく、荷を引きずったような跡もある。
リドが小さく言う。
「多いですね」
「多い」
アイリスが足元を見ながら続ける。
「ただ、正規兵の足だけじゃない。歩幅がばらついてる」
レオルドは頷く。
「流れ者も混じっていますね」
ガルグが不満そうに鼻を鳴らす。
「面倒くせえな」
「面倒ですね」
「お前、こういう時だけ素直だな」
「面倒なのは事実なので」
さらに進むと、旧中継小屋が見えた。
想像以上に、まだ形を保っていた。
石積みの基礎に木壁。
屋根は一部落ちているが、全部ではない。
広場だったらしい平地も残っている。
荷を置くには十分ではないが、人が寄るには足りる。
そして何より、周囲の見通しが良い。南側と西側の道を見渡せる位置だ。
「……これは」
アイザックが低く言う。
「敵が使う」
レオルドも同意した。
「ええ。使わない理由がない」
五人はすぐに近づかず、少し離れた斜面の陰から様子を窺った。
人影がある。
兵だ。
だが数は少ない。三人。いや、建物の陰にもあと二人いるかもしれない。
それに加えて、武装の雑な男が二名。火のそばに座り込んでいる。
さらに、荷を持たない女が一人、入口脇にいる。
「兵だけじゃない」
リドが囁く。
「はい」
レオルドは息を潜めたまま答えた。
「想定通り、“溜まり場”になっています」
アイリスが目を細めた。
「兵の装備、揃ってない。でも二人は王国寄り」
「分かるんですか」
「革留めの位置と、短剣の下げ方」
ガルグが小さく唸る。
「本当に敵側の目ってやつだな」
アイリスは返さなかった。
だが否定もしない。
レオルドはさらに周囲を見た。
小屋の裏手。
薪の積み。
崩れた柵。
水桶。
足跡の重なり。
そして、広場の端に置かれた荷袋の数。
「思ったより、完全な敵拠点ではありませんね」
アイザックが低く言う。
「取るとしても、単純に潰せば済む話じゃない」
「はい」
そこが一番面倒で、一番重要なところだった。
ただの敵拠点なら叩けばいい。
だがここには、敵兵だけでなく、流れ者や半端な勢力が混じっている。叩けば敵になる者と、形によっては敵にならずに済む者がいる。
レオルドはその構図を見た瞬間、確信した。
ここは“取れる”。
だがそのためには、真正面から斬るより先に、顔ぶれを読む必要がある。
「今日は見るだけにしますか」
リドが囁く。
その問いに、全員が小さくレオルドを見た。
ガルグは前へ出たがっている。
アイリスは状況次第で動ける構えだ。
アイザックは、今の人数で踏み込む危険を理解している。
そしてリドは、出過ぎない方がいいと感じている。
レオルドは短く答えた。
「今日は、まだです」
ガルグが不満そうに顔をしかめる。
「ここまで来てか」
「ここまで来たからです」
「……」
「人数、顔ぶれ、出入りの向き。全部見てからでないと、次で間違えます」
アイザックがその答えに小さく頷く。
「妥当だ」
ガルグは舌打ちしたが、それ以上は言わなかった。
レオルドは視線を小屋へ戻す。
「次は、敵の手癖を読みます」
その言葉を聞きながら、アイリスがかすかに笑った気がした。
「やっぱり変な軍配者」
「よく言われます」
「それ、便利ね」
「かなり」
その日の偵察は、そこまでだった。
引き返す途中、リドがぽつりと呟いた。
「思ってたより、“外”って複雑ですね」
レオルドは頷く。
「ええ。砦の中の方が、まだ分かりやすい」
「敵がいて、守る場所があって、って感じじゃなくて」
「はい。途中に、人と利害が混ざる」
ガルグが前を向いたまま言う。
「だから面倒なんだよ」
アイリスが後ろから返す。
「でも、そこを取れれば大きい」
レオルドはその会話を聞きながら、この不揃いな偵察隊が、少しずつ“同じものを見始めている”のを感じた。
それだけでも、今日の外出には意味があった。




