失いたくない夏夜
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回は少しだけ、穏やかな夏祭りの回です。
戦いも、葛藤もありません。
ただ――
大切な人と過ごす、ひとつの夜のお話。
失ったものを数えるより、
今、手の中にある温もりを。
そんな気持ちで書きました。
どうぞ、ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。
昼間の熱気がまだ残る夕暮れの空を見上げながら、ミニエルは落ち着きなくそわそわしていた。
「まだ?」
「まだ」
「あと何分?」
「10分」
「長いー」
「10分が長いなら祭りは無理だなー」
今日は近所の神社の夏祭り。
“人がいっぱいいて、おいしそうな匂いがして、お祭りみたいなところ”
ミニエルの中ではずっと絵本の中の存在だったそれが、ついに本物になる。
浴衣姿の人たちとすれ違うたびに、エルのテンションは目に見えて上がっていく。
「なおき、あれ見て。ひらひらしてる」
「浴衣ね」
「わたしも着れる?」
「転ばなければね」
「転ばない」
五秒後、段差でつまずいた。
「ほらね!」
「これは地面が悪い」
即座の責任転嫁。反省の色はない。
⸻
自動販売機の影で三人、即席作戦会議。
「なおき、私何色がいいのよ」
「なおきー、浴衣きたいー」
やけに頼りにしてくる二人
なおきはさりげなくスマホを開き、二人に似合いそうな浴衣を素早く探す。
ただの即席リサーチだ。
「エルは紺に紫陽花。落ち着いてるけど、ちゃんと華やかなやつ。」
「ミニエルは薄い水色に朝顔かな」
「それ!それいい!!」
次の瞬間、ふわりと光が弾けた。
二人は浴衣姿に変わっていた。髪もきちんとまとめられ、うなじが涼しげにのぞく。
……反則だろ。
言葉が出ない。
似合いすぎていて、可愛すぎて、気づいたら二人のほっぺをわしゃわしゃしていた。
「なにするのよ!」
「やめてー、崩れるー!」
初めての浴衣に、二人とも足元がおぼつかない。
それでも嬉しくて、わざと草履をすりすり鳴らしながら歩いている。
その音すら楽しそうだった。
⸻
神社の入り口に近づくと、提灯の灯りが夜をやわらかく染めていた。
太鼓の音。
香ばしい焼きそばの匂い。
甘い綿あめの香り。
ミニエルが立ち止まる。
「……ほんものだ」
小さく、震える声。
そして次の瞬間。
「全部まわる」
宣言!!
⸻
他の人には見えないって事もあって、
金魚すくいでは、僕が手を添えているのにエルが本気を出しかけ、腕がもげそうになる。
「能力は使うの禁止ね」
「使わないわよ!」
射的ではなぜか弾がエルの頭に命中。
「見た!?わたし才能ある!」
「あなた、さすがに私も怒るわよ」
誰にも見えていないから大惨事にはならない。
りんご飴をライトにかざして、宝石みたいだと真剣な顔で見つめる二人。
初めてかじる甘さに目を丸くして、無言でこちらを見る。
「……美味しい?」
こく、こく、こく。
分かりやすすぎる。
焼きそばも、たこ焼きも、分け合いながら食べる。
「みんなで分けっこ最高」
「ほとんどミニエルが食べてるけどね」
「それは言わない約束だろー!」
笑い声が、夜に溶けていった。
エルはふと、胸の奥を押さえる。
人間の祭り。
こんなふうに、誰かと笑いながら歩く夜があるなんてね…
堕天してから失ったものばかりだと思っていたけれど——
今は、手の中に温もりがある。
⸻
空がすっかり夜に染まったころ、境内の脇の階段を上る。
「なんで暗いほうに来たの?」
「内緒!」
「少し長いけど頑張って!」
途中、エルの足取りが少しだけ鈍る。
「足痛いの?」
スマホのライトで照らすと、親指と人差し指の間が擦れて、赤く滲んでいた。
「……だいじょうぶ」
強がる声。
「辛かったら言わないとダメだよ。はい、乗って」
「え?いいよ」
モジモジ照れてるエル
「あ!じゃ、私乗るー」とミニエル
「それはダメ」即答。
「いいの?」
「当たり前じゃん」
そっと背中に乗る。
エルはおんぶが初めてで、「重くない?」「ほんとに?」と何度も聞く。
驚くほど軽い。
その軽さが、守りたいものの重さに変わる。
「お姉ちゃん、よかったね」
「……うん」
「よかったならよかった」
階段を上りきった瞬間。
三人同時に声が漏れた。
「わぁ……」
小さく開けた場所。
そこから見下ろす街は、まるで宝石箱をひっくり返したみたいだった。
無数の光が、静かに瞬いている。
白、橙、青、赤。
ひとつひとつが、誰かの帰る場所の灯り。
夜風がそっと浴衣を揺らす。
失いたくない、と三人ともが思った。
この景色も。
この匂いも。
この時間も。
隣でミニエルが無邪気に言う。
「また来ようね!」
その言葉が、夜空に溶ける‥
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
お祭りの夜って、
少しだけ世界が優しく見える気がしませんか?
笑い合える時間。
何気ない会話。
隣に誰かがいること。
それだけで、
失いたくないと思えるものが増えていく。
もしこの物語の中に、
ほんの少しでも温かさを感じてもらえたなら嬉しいです。
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次のお話もお祭りクライマックスです!お楽しみに




