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第三話『恋を有利に進めるならば、世界のルールは守りましょう』

 厄介にも、奇縁は続く――というよりも、私は強引にフィリア嬢から縁を押し付けられていた。


「今日こそ、名前を教えていただきますからね!」


 仕事終わり、職場前、目の前にいるフィリア嬢。


 この邂逅も既に、契約に関わる場を除けば三度目になる。そりゃ、私の名前を知らずとも、私の外見を知っているのだから、職場を探せば私には会える。だが、乗り込むことをしないあたりは彼女らしい。

 悪役令嬢の一件が終わってから一週間、季節も冬に差し掛かろうというのに、彼女は私の職場の前で私を待つことが増えた。


 寒そうに待っている彼女の姿と、私を見つけたときの嬉しそうな顔を見ると、妙な気持ちが湧き上がってくることは確かだ。私に手を振る為に、コートのポケットから出した手の指先は、少し赤くなっている。


 しかし、こうまでされても、私は彼女に名前は教えることが出来ない。


――というよりも、私には名前が無い。

 

 契約執行官になるという時に行われる、名を捨て正式に公僕になるという契約。それを明かすことは契約違反、つまり罰せられるということになる。

 だからこそ、私はフィリア嬢の願いに毎度困り、同じ言葉を繰り返すしかなくなっていた。


「……ルールですので」

「それが大事だってことは、確かにわかりますよ?! ですが個人的な感謝として、いい加減お食事にくらい付き合ってくださってもいいのでは?!」


 こういったことは、私としても初めての経験なので、戸惑いを隠せない。

 はたして、フィリア嬢は食事を取れば満足して、私の職場からの出待ちをやめてくれるのだろうか。私が周りにとやかく言われるのはいいにせよ。彼女に気の毒だ。だから私は、彼女の提案を受けることにした。


「食事……ですか」

「ええ、食事です。貴方には……ええっと、そう! 恩がありますからね!」


 私が彼女に仕事として付き合った時にしたことは、仕事をこなしただけであり、恩を感じられるようなことは一切していない。しかし、彼女が恩義を感じるという気持ちが分からないほど、朴念仁でもない。


「ふむ、であればフィリア嬢。恩とやらはやめましょう――貴方は私の友人です」

「え?! んん?? はい! 友人……です?」


 彼女は困り顔で私を見つめているが、私は彼女の方に歩を進め、同じことを繰り返す。


「食事に行くのでしょう? ならば貴方は、私の友人です」

「友人……友人ですか。まぁ……はい。分かりました、分かりましたよっ!」

 

 彼女は少々顔を膨らませているが、私としてはこれで、私的な友人と食事に行くという、仕事のルールに抵触しない理由を手に入れた。これは、私だけが分かっていればいいことだ。

 そうして、彼女の目的は私との食事。何の問題もないだろう。


「では、行きましょうか。行きつけがありますので」

「急に乗り気ですね?! まぁ良いですけども! 通った甲斐がありましたけども!」


 その妙に勢いづいた言葉を聞いて、婚約破棄の現場で涙を落としていた彼女や、悪役令嬢との対峙で震えていた彼女を思い出し、小さく笑ってしまった。


「あ、笑いましたか?! 寒い中待ってたんですよ?! でも、執行官さんも笑うんですね!」

 

 機嫌が良さそうな彼女の言葉を受けて、私も少々軽い気持ちで、答える。


「そりゃあ、私だって人ですから。友人相手には笑顔を見せますし、食事にだって行きますよ」


 仕事とプライベートは、別だ。

 仕事が辛い分、私だって酒を嗜む日もあれば、良い食事を取る日もある。それに理解のある友人や同僚と笑い合う日がないわけではない。


――こんな令嬢殿の友人は、少なくとも一人もいないが、それは目を瞑ろう。


「どんな心変わりなんですか? って、執行官さんは話せないことが多いんでしたね」


 フィリア嬢が察しの良いことは、前々から理解していた。だからこそ私としても付き合いやすさを感じて、食事することを受け入れたのかもしれない。


「そうですね。見張られているわけではないとはいえ、ルールは多い……とだけ」

「なら、執行官さんがお話してください!」

 

 頼まれたままする、私の他愛のない話が、言葉が温度を帯びて、白い息に変わる。


 執行官になるための努力や、言える程度の契約執行の思い出。

 私の行きつけのダイナーまではそう遠くなかったので、大した会話もしないままだが、彼女はそれを嬉しそうに聞いていた。


 ダイナーに着くと、彼女は珍しそうに店内を見渡す。


「あぁ……フィリア嬢はこういう場に来ることはありませんよね」

「えあ! まぁでも! 平気ですよ?! 私好き嫌いありませんし!」

 

 そういうことを言っているわけでもないのだが……この令嬢殿はどうにも読めない。


 私達は共にテーブルにつき、長く見知った顔の年配のマスターが注文を取りに来る。


「珍しいな。女でも出来たか?」


 マスターの軽口に紛れて、ひゅっと息を吸い込む音が聞こえたが、気に留めることではないだろう。


「いえ、友人です」


 私の言葉に紛れて、はぁ……と息を吐き出す音が聞こえたが、それも気に留めるには――なんともいえない。私は挙動不審なフィリア嬢を落ち着けるように、少し優しく問いかける。


「フィリア嬢、好きな果実は?」

「果実、ですか? 強いていうなら林檎、ですかね。酸味があるものが好みです」

「では、彼女には林檎酢を……薄く割ったものを。せっかくだ、私も今日は林檎酒を頂こう」


 このダイナーの林檎は良いものを使っている。それに自家製の林檎酢は人気の一品だ。


 彼女がマスターから手渡されたメニューを見て何を頼むか迷っていると、マスターは飲み物を作りに厨房に戻ろうとする。


「お前はいつものでいいのか?」

「はい、それで」

 それを聞いたフィリア嬢は、焦った顔で、メニューのページをパラパラめくる。

「即答ですかっ?! ちょっと待ってください! じゃあ私もそれで!」

 そうして、諦めたように私と同じものを注文した。私と同じものを頼んだとしても、私の記憶が確かなら、嫌いなものは入っていないはずだ。


 マスターは、ククと笑いながら、厨房に姿を消す。


「……慣れてるんですね」

「ええ、そりゃまぁ、行きつけですので」


 私が慣れているというよりも、向こうが私に慣れているという方が正解なのだが、彼女は少しだけむくれたように言葉を続けた。


「じゃあなくて! 女性のエスコートですよ! メニューで見ましたよ? このお店は林檎が人気だって」


 そう、林檎が人気なのだ。そうして彼女は酸味のある林檎が好きなのだから。勧めるのは決して悪いことではないはずだが、エスコートの話はどこから出てきたのだろうか。


「エスコート、ですか。フィリア嬢を、私のいきつけとはダイナーに連れてきた時点で、私は女性を正しくエスコートできたとは思っていませんが……」

 

 彼女の言うエスコートの能力から考えたなら、私に経験はない。


「差し出がましかったですか? いつも飲み物だけ先に頼むもので」

「そういうことじゃなくて! もう! いいですけどね!」


 彼女が何に怒っているのかはあまりピンと来なかったが、しかし人間の感情というのは契約に関するルールより余程複雑で、時々困ってしまう。


「ところで、友人なら改めてお名前をー……」

「だめです」


 友人とはいえ、線引きは必要だ。それは変わらない事実。

 それに答えられる名前も、今はもうない。


「即答ですかっ?! まー……分かりましたよ。ルール、なんですよね?」

「そう、なりますね」

 これだけ懇願されたなら、普通は答えるべきだ。私だって、できるならばそうしたい。

 それができないことがはがゆくて、私は料理よりも先に届いた林檎酒を、クッと口に含んだ。


 その後は、届いた料理を食べつつ、主にフィリア嬢の語る日々の話を聞いて、頷いていた。

 絶品の林檎酒を飲みながら聞くには、心地良い話だ。


「それにしても、本当にこの林檎酢の水割り、美味しいですね」

「お口にあって良かった。フィリア嬢はお酒を嗜める年齢ではないので、どうするか迷っていたところでした」


 私がそう伝えると、彼女は少しハッとした顔で、私のグラスと、自身のグラスを見る。


「私の年齢って、教えました?」

「いえ? 貴方の口からは聞いていませんが、契約の書類作りの時に調べたので……口外するつもりはないのでご心配なく」

 

 どうやら彼女にとって、それは中々にショックだったようで、顔を赤くして、手で覆う。

 その仕草はいつか見たような気もするが、状況として、恥ずかしいのだろう。だが事実は事実なのだから仕方がない。都合よくなにもかも忘れられるほど私は器用ではないのだ。


「ズルい! ズルいですよ! 執行官さんはお名前も教えてくれないのに!」

 

 顔を赤くして言う彼女を見て、間違えて酒でも入っていたのではないかといぶかったが、このダイナーは気安い店だが、そういうミスをする場所ではない。だからこそ私も行きつけにしているのだ。


「友人なら、名前で呼び合ってもいいのでは……っ!」


 そう思うのも、納得は出来る。しかし名前がないということを明かすことも、私には禁じられている。


「通常ならそうでしょうが、私は立場がありますので……申し訳ありません」

「で、あればですよ? 私が呼べなくても、貴方は呼べるんですよね?!」


 それは確かに、問題がない。彼女をどう呼ぶかについては、私の自由意志だ。


「ですから、フィリア嬢と……」

「リミル!」


 それは知っている。

 だが、そういう意味で言ったわけじゃないことくらいは、私でも分かる。


「分かりました。これでいいですか? リミル嬢」

「リ・ミ・ル!」


 どうやら、彼女は私との交流によって『行動』というものを覚えてしまったようだ。


「あぁ、もう! 分かりましたよリミル。それでいいのでしょう?!」

「えぇ! それで構いません!」


 ルールの外から、詰め寄られている。


 それを分かっているからこそ、私は彼女の引き際を無視して行動している強者っぷりに、圧倒されてしまっていた。

 私がそこを突かれたら弱いということを、彼女はもう察し始めているのかもしれない。

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