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第一話『婚約破棄をしたいのならば、世界のルールは守りましょう』

 婚約破棄の現場というものは、いつ見ても溜息が出そうになる。


 たった今、とある公爵の息子殿が、周りの冷笑も知らずに、相手方の令嬢に婚約破棄を声高に宣言していた。

 その口は減らず、婚約破棄を宣言された令嬢殿は小さく震えている。その瞼に滲む涙は悔しさからか、唇を噛み締めているのが見えた。

 

 とはいえ、私がそこに感情を入れる必要はない。

 この婚約という契約の執行に立ち会う為だけに、契約執行官の私がいるのだから。


 私は襟付きのシャツの首元を少し緩めて、寝る間を惜しみ、書いた契約書類に目を落とす。


――高飛車貴族の嫌がらせ、か。


 未だに、息子殿の戯言は止まらない。


「執行官? だの、若い男を呼ぶあたりも……」


 などという声が耳に届き、我慢していた溜息が小さく漏れた。


「……ルールですので」


 私としてはそう返すしかない。

 契約を取り決めた後は、契約執行官の判断が必要なのだから仕方がない。


 こういう状況にも慣れているが、人はどうしてこうまで契約を蔑ろにするのだろうか。

 言葉で交わされるとはいえ、契約とは対価を持ち寄り共に誓いを立てる魔術。そこには厳密なルールがあるというのに、人はそれを軽んじることが多い。

 国家間も個人間も、同列に扱われるにも関わらず、だ。


 しかし実情はこうだ。

 息子殿の口からは、令嬢殿に向けて口汚い言葉が投げられ続けている。

 貧相、立場、それに別の女性の名前まで聞こえた。

 私は書類に目を落とす。そうして息子殿の言葉を書き記していく。


 令嬢の涙が目の端に溜まると、息子殿は更に火が付いたようだ。


「泣くだけで何も言えないのかッ!」

 

 彼の言葉が、周りの人間の失笑を買う。

 

「私は、貴方の為になれると思い……」


 そうして、令嬢殿の言葉もまた失笑を買っていた。

 私の解釈は、この場の皆と一致しているらしい。


 令嬢殿は、貴族に(たぶら)かされたのだ。

 私は書類から顔をあげ、不快な大声を遮るように執行を下した。


「では、契約は不履行となります」


 令嬢は口を抑え、息子殿はしたり顔をしている。

 この二人は言葉の意図があまり理解出来ていないようだ。

 私は、書類に不履行の印を押して、息子殿に渡す。


「当たり前だ、誰がこんな女と……」


――勘違いも、此処まで来ると面白い。


「いえ。この場合、婚約破棄されたのは、貴方の方です」


 私は、息子殿に向かって、淡々と事実を告げる。


「婚約契約の条件――誠実な感情を差し出せなかったのは、そちらです。つまり、貴方は契約不適格者となります――しばらくは貴族間での契約に立ち会う事は出来ません」

 彼は何かを言いながら私に掴みかかろうとした所で、従者に強く止められる。


 立場上、私は公的な人間だ。地位ではかれる位置にはいない。


「――期間は、追って通告致します」

 

 このやり取りを聞いて、令嬢殿もやっと状況が理解出来たのか。涙を拭い、私に頭を下げた。

「……ありがとうございました」

「いえ、ルールですので」


 契約の履行理由は契約執行官しか知らず、知った人間についても、法により口外を禁じられている。

 彼は気付けず、彼女は気付けた。その事実が、強い判断材料になる。


 私は会釈をしてその場を後にする。

 パタパタと、私を追いかける足音が聞こえたのは、それからすぐの事だ。


 令嬢殿が、私を見て何か言いかけ、顔を赤くしてもう一度私に頭を下げる。


「執行官……さん! えっと、この度は本当に……! あ、ありがとうございます!」

「いえ、貴方が間違っていなかっただけの事です」


 令嬢殿の目に先程までと違う意味の涙を見た私は、もう必要の無い彼女の書類に目を落とす。

 

「それでも、私を救ってくださいました……っ!」

「それは、どういった意味でしょう? 婚約は、貴方も同意していたのでは?」


 思わず、釘を刺してしまった。救ったつもりは、毛頭ない――しかし、彼女が同じ事を繰り返す道理もない。

 

 私が書類から顔を上げると、いつのまにか彼女は私の眼前まで迫っていたようで、私が持っている書類を少しだけ覗く。


「……失礼、こちらは公的書類ですので」


 当事者であっても、書類を見られるわけにはいかない。

 ただ、ルールとはいえど、この場は二人ということで、私はやんわりと言葉を濁して書類を畳む。

 彼女は首をブンブンと縦に振ってから、既に畳まれた書類から焦ったように顔を背けた。

 ルールに反したと気付いたのなら、飲み込みは早いようだ。


「ルール、ですか……もし私達がそれに則っていたならば、契約は履行されたのですか?」


 少し難しそうな顔をして、彼女はこちらに目を向ける。


「……お答えしかねます」

 今日起こった事は、判断を確定させる為の要素に過ぎない。


「そう、ですよね。だけど、一つだけ。契約は、大事な人とするべき……なんですよね? きっと」

「申し訳ありませんが、私からは何も……貴方の思うままにすべきかと」


――少々、口が滑った。自由意志の提示は、肯定にとられかねない。


「なら、私に名前を教えて頂けますか? 執行官さん?」


 だから、このような事を言われてしまった。

 これは明確に、彼女の自由意志だ。彼女の目からは、説明がつかない色が見える。

 私は少し目を瞑って、考える。


「さて、困ったな」


 彼女は、決してルールを破っては、いないのだが。

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