最終話
目を開けた瞬間、白い天井が滲んで見えた。
——生きてる。
その事実が、まず胸に落ちてきた。
機械音が一定のリズムで鳴っていて、消毒液の匂いがする。
「……あ」
声を出そうとして、喉が少し痛んだ。
「よかった」
横を見ると、母が椅子に座っていた。目が赤い。
「……心配かけて、ごめん」
そう言うと、母は笑って、泣いた。
それから医師や看護師が来て、状況を説明してくれた。
階段から落ちて、軽い脳震盪。意識が戻らなかったこと。
命に別状はなかったこと。
私は、全部を静かに聞いていた。
——夢だった。
そう、言われなくても分かっていた。
私は、うなずいた。
分かっている。
全部、夢だった。
ああああああああ(絶望)
かあああああああ(思い出せて幸せ)
まあまあまあまあ(実際に少し自己肯定感上がったなと思う気持ち)
ええええええええ(そんな自分のチョロさへの驚き)
はあああああああ(夢ならもっと思い切ってキスとかしとけばよかったというゲスい後悔)
はあああああ……あれ?
ベッドの横の椅子に、見覚えのない紙袋が置いてあった。
「……これ、なに?」
私が聞くと、母は首をかしげた。
「あなたが運ばれてきたときから、そこにあったわよ。
中身は見てないけど……大事そうだから、そのままにしてた」
心臓が、嫌な音を立てる。
私は、ゆっくり手を伸ばした。
紙袋の中には——
イルカのぬいぐるみが入っていた。
あの、水族館で。
「今日の記念」って、ウニがくれた。
「……そんなはず……」
夢の中の物が、現実にあるはずがない。
混乱する頭で、ぬいぐるみを抱きしめた瞬間。
ぽとり、と何かが落ちた。
——赤いマフラー。
そして、その端に縫い付けられた、小さな刺繍。
ほくろみたいな、小さな丸。
私は、息を呑んだ。
そのとき、医師がカルテを見ながら言った。
「そうそう、不思議なことが一つあってね」
顔を上げる。
「君が運ばれたとき、階段の下に君を抱きかかえていた人物がいたらしいんだ」
「……え?」
「年齢は君と同じくらいの男の子。黒いコートに、赤いマフラー」
「ただね」
医師は首をかしげる。
「その子、病院の入口で忽然といなくなってる。
名前も身元も、一切分からない。君の友達かい?」
母も、看護師も、不思議そうな顔をしている。
——私だけが、分かっていた。
胸の奥が、じんと熱くなる。
私は、ぬいぐるみをぎゅっと抱いた。
「いいえ、かれっ…元カレです」
小さく、でも確かに言った。
周囲の大人達が驚いて一瞬静かになった。
夢じゃなかった。
全部が。
彼は、ちゃんと私を守って、送り届けて、消えたんだ。
そのとき、病室のドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、白衣の男性——ではなかった。
真っ赤なコートの若い男性。
見覚えがある。
背の高さ。
落ち着いた目。
——違うとはっきりとわかる。
でも、似ている。
「どなたですか?」
彼は、少し困ったように笑った。
「僕は、君の担当じゃない」
そう言って男性は封筒を差し出した
赤い枠。
子ども向けの、あのデザイン。
——サンタさんへのお手紙用紙。
震える指で、封を切る。
中には、私が書いた文字にこう書き加えられていた。
『君は、きっと僕が何を言ったって目覚めた時には絶望してしまって、せっかくの僕からのプレゼントを失くしてしまいそうだから。僕は会えないから、その代わりこのぬいぐるみとマフラーをあげるよ。』
「本物だったよ」
彼は、きっぱり言った。
「君は、あの時間で初めて自分の本当の気持ちを誰かに伝えた」
胸が、熱くなる。
「メリークリスマス」
その声が、少しだけ——
ウニに似ていた。
ドアが閉まる。
私は、泣きながら笑った。
自分を大切にしていいって、初めて信じられたこと。
それが、サンタの贈り物
窓の外では、冬の光が差し込んでいた。
私は、そっと呟く。
「……ありがとウニ」
その瞬間。
ベッドに置いたイルカのぬいぐるみが、
少しだけ、傾いた。
まるで、
「どういたしまして」と言うみたいに
*
それからしばらくして
始業式があり、三学期が始まった。
私は、彼と別れた後も相変わらず明るくて、さっぱりしている。
でも、前よりも「無理」をしなくなった。
彼のことは私以外覚えていない。それでも私は一生涯あの三日間の出来事を忘れない。
*
ある日。
放課後の廊下で、隣の席の男の子に話しかけられた。
「あのさ」
心臓が、少し跳ねる。
「よかったら、今度一緒に帰らない?」
一瞬、怖くなる。
でも、私は思い出す。
あの冬。
誰かに選ばれたこと。
そして、自分で選べるようになったこと。
『次は、自分で掴め』
あの言葉が、胸に残っている。私は、ゆっくり笑った。
大丈夫。
だって私はもう、自分を選んでくれた人の存在を、知っているから。
私は、笑って答えた。
「うん、いいよ」
空のどこかで、
きっと誰かが満足そうに笑っている気がした。
サンタさんは、もう来ない。
でも。
私の恋は、ここから始まる。
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
余談ですがこれは私が初恋の人に告白して成功する夢を見たから作りました。主人公の名前は最後まで明かしませんでしたが自由に考えてください。いくらちゃんとかでいいです。
評価、ブックマーク、感想なんかしらの反応があれば私の承認欲求が満たされます。皆さんのボランティア精神に期待してます。




