庭師と家族
ヒュドラ戦から半年ほどが経つ。
私は結婚の準備に追われる日々を嬉しく思いながらも、少し息抜きをしようと思って森に入っていった。
深い緑に包まれていると妙な安心感が湧いてくる。
(ああ、やはり私はどこまでいっても庭師なんだな……)
と感慨深く思っていると、お決まりのゴブリンが現れた。
その醜悪な顔を見て、「ふっ」と笑みをこぼす。
思えば最初に相手にした魔獣がゴブリンだった。
(あの時は、ただ必死でもらったばかりの刀を振っていたんだっけか)
と思いながらゆっくり刀を抜く。
私は基本に立ち返り、一刀一刀丁寧に振ると、いつもより時間をかけ、ゴブリンの群れの相手をした。
最後の一匹を斬り終え、軽く「ふぅ……」と息を吐く。
そんな私にマロンが、
「なにをしておるんじゃ?」
と少し呆れたような声を掛けてきた。
「たまには基本に忠実になろうかと思ってな」
そんなことを言って苦笑いを浮かべて見せる。
「なんでもよいが、さっさと飯にせい」
そう言ってさっさとゴブリンの後始末を始めてくれるマロン、
「あいよ」
と答えて昼の準備に取り掛かった。
ハンナさん特製の鳥ハムを使ってシチューを作る。
(そういえば、前世の世界ではシチューはご飯のお供か否か論争があったんだったな。うちではご飯にかけることはないから、きっとハンナさんは反対派なんだろう。リルはどちらかというと賛成派のような気がするから、今度聞いてみてもいいかもしれんな)
と思いふと笑みをこぼしていると、リルが私の側に寄ってきて座り、
「くぅん……」
と甘えるような声を出した。
「ああ、もうすぐだから待っててな」
そう言ってリルを撫でてやる。
リルは気持ちよさそうに目を細め、
「わっふ」
と鳴いた。
やがてマロンも戻ってきてリルの上で丸くなる。
私はコトコトといい音を立てて煮込まれていくシチューをみながら、軽く「ふっ」と微笑んだ。
食事がすむとまた森の中を歩く。
そんな日々の中で私はこれからのことを思った。
(帰ったらすぐに結婚式か。王が本気で盛大にしようと考えているから、きっとすごいことになるんだろうな。町を馬車で一周するとか計画書に書いてあったが、本当にやるんだろうか? もう、こうなった以上私はまた板の上の鯉だから言われた通りに動くしかないんだが、なんとも不安だ。果たして私にそんな大役が務まるだろうか? いや、務めなければいけないんだったな。よし。覚悟を決めろ。もう、どこにも逃げられないぞ)
そんなことを思いまた笑みを漏らす。
そして、やってきたオークの群れをまたじっくり相手にすると、その日はそこで野営にすることにした。
(綺麗なドレスが着られると楽しそうに話していたアナスタシア様は本当にただの女の子だったな。あの純真な姫とこれからも一緒に過ごせると思うと、楽しみでならない。しかし、本当に私に貴族としての振る舞いができるだろうか? 一応礼法の講義は受けたが、どうにもしっくりこないところがある。カイゼルさんは慣れだと言っていたから、きっとそのうち慣れるのだろうが、不安は残るな。アナスタシア様に恥をかかせなければいいのだが……。いや、あの方なら多少失敗しても面白がってくれて終わりだろう。そう思うと、アナスタシア様はずいぶん懐の深い人だな)
そんなことを思いながら、マロンが焼いてくれたピザを頬張る。
「どうじゃ? 上手くなったもんじゃろう」
「ああ。いい焼き加減だ」
「うむ。適度に高温の火力を一定に保ちなおかつ循環させるように動かすのがミソなんじゃ。けっこう苦労して身につけたんじゃからありがたくいただけよ?」
「ああ。感謝してるよ。ありがとう」
そんな会話がなんとも心地いい。
私は軽くマロンの頭を撫でてやると、またピザを一切れ口に運んだ。
そんな森での仕事を満喫し、家路に就く。
王都に戻るとさっそく王城からお呼びがかかり、私は結婚式の最終準備に奔走させられた。
無事結婚式を挙げた日から、一か月。
詰所での事務仕事を終え新しく建てられた新居の門をくぐる。
新居は旧伯爵家の隣に増築されるような形で建てられたので、感覚的にはただ単に今まで住んでいた家が広くなったというようなものだった。
さっそくアーニャのサロンに向かい、
「ただいま。アーニャ」
と告げる。
「おかえりなさいまし、ユーリさん」
そんな可愛らしい出迎えにももうずいぶんと慣れてきた。
「ちょっと台所にいってハンナさんにスープの素を頼んでくるよ」
「あら。また森にご出勤ですの?」
「いや。すぐじゃないさ。五日くらいは余裕がある」
「そうなんですのね。でも、また寂しくなりますわ」
「すまん。私はこういう生き方しかできないんだ」
「うふふ。わかっております。そんなユーリさんだからこそ、私は好きになったのですから」
「ありがとう。愛してるよ、アーニャ」
軽く口づけを交わし、台所に向かう。
台所では相変わらずハンナさんが楽しそうに料理をしていた。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい。もうすぐですよ」
「今日はなんですか?」
「エビチリにしようかと思っているのよ。南部から生きたままのエビが送られてきましたからね」
「それはいいですね。ああ、そうだ。またスープの素をお願いします。五日くらい後の出発なので、時間には余裕がありますが」
「あら。そうなのね。じゃあ明日からさっそく準備に取りかかるわ」
「ありがとうございます。ついでに何か手伝うことはありますか?」
「あら。珍しいわね。じゃあ、そっちのジャガイモを剥いて潰してくれない? ポテトサラダにしようと思うの」
「了解です。粗めに潰すんでしたね」
「ええ。そうよ。ゴロゴロした食感があった方が好みなの」
「私もそうです」
「うふふ。それが我が家の味ですものね」
「ええ。ああ、そうだ。ジャガイモで思い出したんですが、今度新しい料理を作ってもらえませんか?」
「あら。本当に珍しいわね。なにかいい案を思いついたの?」
「ええ。ポテトチップスが食べたいです」
「……」
「世界樹に会った時、この世界とは違う世界にいた自分の記憶を思い出したんです。ハンナさんもそうなのでしょ?」
「うふふ。バレちゃったわね」
「いろいろあって言うのが遅くなってしまいました」
「そうね。あの時はいろいろバタバタしていたものね」
「はい。今となっては懐かしい思い出です」
「うふふ。時間が過ぎるのってあっという間ね」
「はい。きっと楽しかったからなんだろうと思います」
「そうね。ああ、そうだ。ポテトチップスを作るならいろんな味があった方がいいわよね? なに味がいい?」
「そうですね。基本は塩とコンソメだと思いますが、醤油やサワークリームオニオンもあると嬉しいですね。あと、願わくばコーラも」
「うーん。コーラは一度挑戦したことがあるのよ。あれに近い味は再現できたんだけど、炭酸がどうやっても再現できなくて諦めたの」
「それなら任せてください。風魔法の応用で二酸化炭素を溶かしこめます」
「まぁ! そうなの? それはすごいわ、ユーリ」
「ええ。密かに練習していたんですが、つい最近ようやくできるようになったんですよ。魔力の流れを読めば術式化もできるでしょうから、いつか時間を見て、メイベルさんに依頼に行こうと思っていたところです」
「それが実現すればこの世界に革命が起きるわね」
「ええ。ファストフードの店ができるかもしれません」
「うふふ。楽しみだわ」
そんな話をしながら夕食の準備をする。
久しぶりに台所で過ごすハンナさんとの時間は私をなんとも懐かしい気持ちにさせてくれた。
やがて、夕食が出来上がり、家族の食堂にみんなが集まる。
「いただきます」の声を揃えると、昔よりも少しだけにぎやかな夕食が始まった。
「わっふ! これ好き! なに? 美味しい!」
「ええ。ちょっと辛いのがたまりませんわね」
「お母さんのエビチリって甘辛で美味しいのよねぇ」
「うむ。これはご飯が進む味じゃ」
「あらあら。お替わりはたっぷりありますから、ゆっくり食べてくださいね」
「ははは。やっぱりハンナと結婚してよかったよ」
「まぁ、あなたったら」
そんな家族の会話を聞き、食卓にこぼれる笑顔を見て、心からの幸せを感じる。
(きっとこの家族はずっとこのまま変わらないんだろうな)
そう思うと、胸がじんわりと温かくなった。
「ご飯、お代わり!」
リルがそう言ったのに負けじと、
「こっちもお願いします」
と言って茶碗を差し出す。
「あらあら、まぁまぁ」
そう言って笑うハンナさんの笑顔はこの家の幸せを象徴しているように思えた。
食後、自室に戻り、軽く日記をつける。
結婚してから寝る前に日記をつけるという習慣ができた。
きっとこの幸せな日々を記録しておきたいと願う心がそうさせているのだろう。
いつか、この日記を私たちの子供たちが見て微笑んでくれればそれでいい。
そう思ってつける日記にはいつも食事のことばかりが綴られている。
(きっと後世の人が見ることがあったら、相当な食道楽だと思われるんだろうな)
と思いながらエビチリの感想を書き、日記帳を閉じた。
そして、夫婦の寝室に向かう。
「今日も一日、お疲れ様でした」
「ああ。今日も一日楽しかったよ」
「あら。私もですわ」
そう言って微笑み合い、ゆったりとした気持ちで床に就く。
隣から伝わってくる幸せな熱を感じ、私は微笑んで目を閉じた。
(きっとこれからも)
そう思って軽く息を整えると、ゆっくりと眠気が下りてきた。
「おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
そう言って肩を寄せ合い幸せな眠りの世界に旅立っていく。
私はこの世界に生まれたことに感謝し、そっとアーニャの手を握った。
完結




