庭師と騎士と覚悟
陞爵と私の養子入りが決まってから数日。
私とアナスタシア様の婚約が発表され、町中が祝賀ムードに包まれる。
私はなんとなく町を歩きにくいような感覚を持ちながらも、いつも通り仕事に邁進していた。
「よっ。貴族様。哀れな庶民にお昼をお恵みくだせぇな」
「なに言ってるんですか、ラッツさん。後輩に奢るのは先輩の役目でしょ?」
「ははは。そうだな。ていうか、心配したんだぜ。お貴族様になったらユーリが辞めちまうんじゃないかってな」
「それはありませんよ。なにせ、その戦力を買われて貴族にさせられたんですから」
「まぁ、そうか。で、今日の昼はなんにするよ?」
「そうですね。ごぼ天うどんなんてどうです?」
「お。いいな。追加で肉もつけちまおうぜ。ライナ、行くか?」
「ごちそうさまです!」
そんないつも通りの会話がなんとも楽しい。
そう思いながら、私たちは立ち食いのうどん屋に行き、肉を追加したごぼ天うどんを堪能した。
昼を食い終え、ラッツさんたちと別れて市場に向かう。
足りなくなっていた食材を買い足し、詰所に戻ると、ノルドさんから呼び出しがかかった。
「結婚式はまだちょっと先だったな?」
「はい。そろそろ任務かと思ってさっき食料を買い足してきたところです」
「そうか。そいつは勘がいいな」
「で、どこですか?」
「北西の山の中腹だ。イワノシタの状況を見るついでに、いろいろ見てきてくれ」
「了解です。明日には出られますのでさっそく準備に取り掛かります」
「ああ、ちょっとまった。その前にもう一つ頼まれてくれ」
「なんでしょう?」
「ああ、近衛騎士団から訓練のお誘いだ。制圧戦の訓練をしたいんだってよ。コーエンにも頼んでおいたから二人で行ってきてくれ」
「了解しました」
「じゃあ、よろしくな」
あっさり任務を了承し、事務室に戻る。
そして、適当に書類仕事をやっつけると、私はいつも通り自宅へと戻っていった。
いつも通り迎えた夕食の時間。
「明日、訓練と聞きました」
「ああ。制圧戦の訓練に付き合ってくれ。あと、対戦を希望している者がいるから、その相手をしてやってくれると助かる」
「対戦? 誰ですか?」
「セレナだ」
「……なるほど」
「ああ、おそらくアナスタシア様付きの騎士として、お前にひと言物申したいんだろう。すまんが適当に話を聞いてやってくれ」
「かしこまりました。全力で相手をします」
「助かる」
そんな話をしてから離れに戻る。
私はきっとセレナのことだから、まっすぐにぶつかってくるんだろうな、と思い少し微笑みながら木刀に軽く拭いをかけた。
翌朝。
いつも通り裏庭で型の稽古をしてから、朝食を作る。
(こうして自分で朝食を作るのも、あと少しのことになってしまうんだろうな。それはそれで寂しい気もするが、毎朝ハンナさんの朝食が食えるとなるとそれは楽しみだ)
と思いながらベーコンエッグを焼き、リルとマロンが起きてくるのを待った。
防具を着け、騎士団の訓練場に向かう。
訓練場に着き、軽く体を動かしていると、コーエンさんとカイゼルさんが並んでやってきた。
「おはようございます」
「ああ。おはよう。調子は良さそうだな」
「ええ。完璧です」
「ではさっそく訓練に移ろう。ユーリとコーエン殿はとにかく、騎士団の陣形を崩すように動いてくれ。おそらく陣形を変えて何回かやってもらうことになるから、覚悟しておいてくれよ」
「了解です」
軽く了承し、コーエンさんと少し話をする。
「いつも通りでいいか?」
「了解です。背中は任せてください」
「おそらく盾同士でぶつかることになるから、援護は期待せんでくれ」
「わかりました。隙を見て背後に回りましょ」
「わかった。タイミングは任せる」
いつも通り簡単に作戦を立てると、私たちはさっそく訓練場の真ん中へと向かっていった。
結果、午前中だけで五回も戦い、昼になる。
「あの盾を突破するには、やはり前衛を増やすしかないだろうか?」
「いや。そうすると相手の後衛に動き回られることになります」
「ということは遊撃隊の動きに工夫が必要だな」
「ええ。思い切って魔法使いを遊撃に回すともっと面白くなるでしょう」
などと話しながらみんなで楽しくミートボール入りの山盛りパスタを頬張る。
そして、午後。
いよいよ、個人戦の練習が始まった。
コーエンさんも何人か相手にするようで、お互い訓練場の東西に分かれる。
私はまず若手の挑戦を受け、それを難なく退けると、次の対戦相手を待った。
「お願いします!」
気合のこもった声を出し、セレナが名乗りを上げてくる。
私は重々しくうなずき、木刀を正眼に構えた。
(どんどん打ち込んでこい。いくらでも受け止めてやろう)
そういう気概で全身に魔力を巡らせていく。
するとセレナも同じように魔力を循環させ始めた。
(ほう。身体強化を覚えたか。ずいぶん苦労したんだろうな)
と思いつつ、相手の出方を見る。
セレナは最初じりじりと距離を詰めてきていたが、私が動かないのを見ると、
「たぁっ!」
と気合の声を上げ、真っ直ぐ打ち込んできた。
袈裟懸けの一刀を正面で受け、木刀を軽く捻る。
するとセレナが勢いよく転がった。
驚いたような顔のセレナに視線を送り、また正眼に構える。
「……くっ!」
セレナの顔に悔しさが滲んだ。
「たぁっ!」
またセレナが正面から突っ込んでくる。
今度は袈裟懸けではなく、私の足元をすくいにきた。
すっと下段に木刀を下げ、その一撃を受け止める。
そのままくるっと体を回し、軽く踏み込んで木刀を振ると、木刀はきっちりセレナの首筋を捉えた。
また悔しそうな顔をしながらセレナが立ち上がる。
私は少し距離を取り、また木刀を正眼に構えた。
そこからは本格的な打ち合いになる。
セレナは十分に身体強化を使い、私の隙を突こうと攻めてきたが、私はその剣をことごとく打ち払った。
「まだだ!」
そう叫んでセレナが攻めてくる。
私はそれを落ち着いて受け、すっと力を引き、セレナがつんのめったところでまた首筋に木刀を突きつけた。
「それで終わりか?」
あえて挑発的な言葉を掛ける。
セレナが怒りの形相で立ち上がり、
「ぬおぉっ!」
と叫びながら激しく木剣を打ち込んできた。
(そうだ。そうやって全て吐き出せばいい。これからは家族同様の付き合いになるんだ。お互いわだかまりを残しておいてはいけない。全部だ。全部を出し切って攻めてきてみろ)
そう思いながら、セレナの剣を受け止める。
そして、二十分もすると、セレナが膝をついた。
ぜぇぜぇと肩で息をするセレナに近寄り、
「覚悟は伝わったぞ」
と声を掛ける。
するとセレナはキッと私を睨みつけ、
「ユーリ殿にお覚悟はあるのか?」
と問うてきた。
「これから全力で愛を育んで見せよう。きっと幸せな家庭を築いてみせる」
自分の想いを正直に告げる。
するとセレナは私を見上げ、
「その覚悟、そばでじっくり見させてもらおう」
と言い、一筋の涙を流した。
そんなセレナに手を伸ばす。
するとセレナは「ふっ」と笑い、さっと私の胴に木剣を突きつけてきた。
「……ははは。ついに一本とったぞ、ユーリ殿」
そう言ってニカッと笑うセレナに、
「ああ。その覚悟受け取った」
と答える。
セレナは、また「ふっ」と笑って立ち上がると、
「その言葉、決して忘れないでくれ。私の剣は常にアナスタシア様のためにある。そのことをしっかり心に刻みつけておいてくれ」
と言い右手を差し出してきた。
硬い握手を交わし、試合が終わる。
私はボロボロになったセレナの後ろ姿を見送りながら、
(幸せになってみせよう)
と心の中でつぶやいた。




