庭師とご褒美03
控室のソファにどっかりと腰を下ろす。
すぐさまメイドがお茶を淹れてくれたのに軽く礼を言って、お茶を口にすると、ようやく現実味が湧いてきた。
(私がアナスタシア様と? いいのだろうか? いや、それはご本人の希望だと言っていた。ということはそういうことなのだろう。しかし……、いや、考えてみれば喜ばしいことかもしれない。そうだ。これは喜んでいいんだ。あのようにお優しい方と共に人生を歩んで行く機会を得たことになんの不満がある? いろんな違いはあるだろうが、きっと大丈夫なんじゃなかろうか? アナスタシア様はお茶目で明るい方だ。きっと我が家にもすぐ馴染んでくれるだろう。それに、なにより、あの笑顔を守りたいと思ったことは事実だ)
そんなことを考えながらゆっくりとお茶を飲む。
また華やかな香りがして、心を落ち着けてくれた。
単純にあの愛らしい笑顔を思い浮かべ、軽く頬を緩める。
(そうか。私の幸せにはまだまだ続きがあるのだな)
そう思うと、徐々に心の奥底から喜びの感情が湧いてきた。
そこへ扉が叩かれ、見知った顔のメイドが入ってくる。
「アナスタシア様がお茶にお誘いしたいと仰せです。よろしければお付き合いください」
という丁重な誘いに、
「かしこまりました」
と答え席を立つと、私はやや緊張しながらメイドの後につき、アナスタシア様のサロンに向かっていった。
「お呼びたてして申し訳ございませんわ」
と軽くうつむき照れながら言うアナスタシア様に、こちらも照れて軽く頭を掻きながら、
「とんでもございません」
と返す。
そのひと言を交わしただけで、なんとなく会話が途切れてしまった。
「まずはおかけくださいませ」
とにこやかに言ってくれるメイドになんとなく助けられたような気持ちで席に着く。
(さて。なんと話したものか……)
と思いつつも私は、
「驚きました」
と素直に感想を伝えた。
「ご迷惑だったでしょうか?」
「いえ。とんでもございません」
「あの。私、その……」
「お気持ちは大変ありがたいと思いました。それに、正直なところを申し上げれば、私もアナスタシア様のことを好ましい方だと思っておりましたので」
「まぁ! そうだったんですの! それは嬉しいですわ」
「ありがとうございます。しかし、まさかこのようなお申し出があるとは思ってもおりませんでした」
「私もお父様に言われるまでそんなつもりはなかったのですよ。でも、お父様に『どうだい?』って聞かれた時に直感しましたの。私が一生を添い遂げるのはユーリさんしかいないって」
「そうでしたか。私も先ほど言われて考えてみました。すぐにアナスタシア様の笑顔を思い出し、このお方とならば幸せな家庭を築けるのかもしれないと思っていたところです」
「まぁ、ユーリさんったら……」
そう言ってアナスタシア様が照れたところでまた会話が途切れる。
私はなにを話したものかと思ったが、この際、自分の正直な気持ちを語ることにした。
「アナスタシア様。私はどこの馬の骨とも知れない、孤児でした。縁あって、グランフォード家に召し抱えられましたが、そこで私の人生が変わります。きっとあの家に行っていなかったら私は孤独なまま人生を送っていたことでしょう。そう思うと、カイゼルさんとハンナさんには感謝の気持ちしかありません。二人は私を実の子のように叱り、抱きしめてくれました。それがどんなに嬉しかったことか。私は、二人から幸せというものを教えてもらったんだと思います」
そこまで話し、少しお茶を飲む。
そして私は、私なりの覚悟を伝えることにした。
「私は庭師です。貴族になってもできれば庭師でいたいと思っております。私は刀をこの世界に暮らす全ての人々の日常を守るために振るうと心に誓っています。けっして誰かだけのためではなく、全ての人のための剣でありたいと思っているのです。きっとたくさん心配をかけてしまうことになるでしょう。しかし、私はこの生き方をやめるつもりはありません。それが、その信じて進んだ道の先こそが、家族の幸せを守る力になるのだと信じています。そんな不器用な生き方しかできない人間ですが、私と一緒に幸せな家庭を築いてくださいますでしょうか?」
アナスタシア様の目から涙がこぼれる。
しかし、アナスタシア様の顔にはいつもと変わらぬ優しい微笑みが浮かんでいた。
「私は生きるのを諦めかけたことがあります。家族に心配ばかりかけている自分を恨んだことも何度あるでしょう。でも、その人生にユーリさんが希望をくれました。スーちゃんを連れてきてくれたこともそうです。私はいつも前を向き自分にできることをただひたすらにやっているユーリさんの姿を見て憧れたんです。私もいつかそんな人になれるだろうか? みんなの幸せのために懸命になれる人になれるだろうか? そう考えると生きる勇気が湧いてきました。ですから、私はそんなユーリさんと一緒に幸せになりたい。そう思ったんです」
そう言ってアナスタシア様が恥ずかしそうに涙を拭う。
それを見て私は、
(ああ、なんと愛らしいお方だろうか……)
と心の底から感動した。
その後はぽつぽつと家族のことを話す。
きっとお互いに孤独を知る人間同士だからこそ、誰かを思いやる人たちの優しさに敏感なのだろうな、と素直に思えた。
家族の話をしている時のアナスタシア様はいつも以上に優しく微笑んでいる。
私も、どことなく穏やかな気持ちで頬を緩めつつ話した。
やがて、メイドから声を掛けられる。
どうやらお開きの時間となってしまったようだ。
「明日も同じ時間にお待ちしておりますわ」
「はい。明日はマロンとリルも連れてきましょう」
「あら。では、お庭でお茶にしませんこと? そしたらアリエスちゃんも一緒に楽しめますでしょ?」
「それはいいですね。是非そういたしましょう」
「うふふ。楽しみですわ」
「ええ。私もです」
そう言って微笑み合うと、私は名残惜しい気持ちを抱えたままアナスタシア様のサロンを辞した。
自宅に戻り、いつものように勝手口をくぐる。
「おかえりなさい。今夜はお子様ランチですよ」
「ありがとうございます。えっと……、母上」
「まぁ! うふふ。そうね。そうなったんだったわね」
「はい。これからもよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそよろしくね」
そんなどことなく照れくさい会話をして、リビングに向かう。
そこにはいつも通りにくつろぐマロンとリルの姿があった。
「今日のご飯なぁに?」
「お子様ランチらしいぞ」
「やった! あれ、好き!」
「ふっ。リルは好きなものが多いのう」
「うん! だってみんな美味しいんだもん」
「そうじゃな。ハンナの料理の中で一番を決めるのは世界樹の知恵をもってしても不可能じゃろうて」
「そうだな。それは違いない」
「で。上手くいったのか?」
「ああ。上手くいったよ」
「そうか。それはよかった」
「そうだ。明日アナスタシア様からお茶に誘われたんだった。明日は空いてるよな?」
「もちろんじゃ。ハンナにとびっきりのお菓子を用意させるがよいぞ」
「了解だ」
「僕、イチゴのショートケーキがいいな」
「うむ。あれは素晴らしいお菓子じゃ。祝いの席にもちょうどよかろう」
「明日はなにかのお祝いなの?」
「うむ。こやつの結婚が決まったお祝いじゃ」
「……けっこんってなぁに?」
「ああ、そうじゃったな。結婚というのは、お互いを大切に思い合う者どうしが家族になろうと約束することじゃ」
「そっかぁ。で、ユーリは誰と家族になるの?」
「アーニャじゃよ」
「そうなの! じゃあ、僕もアーニャと家族?」
「そうじゃな。そうなるじゃろう」
「やった! 僕、アーニャ大好き!」
「はっはっは。明日、そう伝えてみるがよい。きっとアーニャも喜んでくれるぞ」
「うん!」
リルの無邪気な笑顔を微笑ましく思い、リルをわしゃわしゃと撫でてあげる。
ふわふわの毛並みが私の手を優しく包み込み、ほんのりとした温かさを伝えてきてくれた。
その温もりを心から嬉しく思う。
(きっと、これからもこんなふうに温かい日々が続くんだろうな)
そう思うと、心の底からじんわりとしたものが込み上げてきた。
「わっふ!」
と鳴いてじゃれついてくるリルをさらに撫でる。
私はしばらくリルと戯れたあと、いつもよりも清々しい気持ちで食堂に向かっていった。




