庭師とご褒美02
一日を詰所で事務仕事をしながら過ごした翌日。
朝から正装に着替え、カイゼルさんと共に城に上がる。
(さて、いったいなにをさせられるんだろうか?)
と思いつつ、カイゼルさんについていくと、いきなり王の執務室に通された。
「待っておったぞ、ユーリ」
いきなりそう言われ、慌てて跪く。
「ああ、よい。ここは私の私的空間だ。普通でよいぞ」
と言ってくれる王に、
「ありがとうございます」
と言って立ち上がると、王が私に、
「まずはありがとう。ユーリのおかげでこの国、いや、世界全体が救われた」
と言って頭を下げてきた。
「恐れ多いことにございます。どうぞ、頭をお上げください」
慌てて言う私に王が、
「国家の英雄に対して礼を取るのは王とて当然のこと。気にせず受け取ってくれ」
と言って少しお茶目な笑顔を見せてくる。
(もしかして、王は元来こういうお茶目な性格の持ち主なのか?)
と妙なことを考えつつも私は、
「ありがたき幸せに存じます」
と素直にその礼を受け取った。
「さっそくだが、褒章の件に移ろう。まずは庭師全体に対して金一封を下賜することになった。代表してこの書類に署名してくれ」
「はっ」
「よし。次に庭師の装備の更新についての書類だ。これも褒美の一環で行われるものだが、内容に過不足がないか代表して確認を頼む」
「かしこまりました」
そう話し、私はまず装備の内容を確認する。
一通り確認してみたが、これまでよりもずいぶん装備が充実する内容となっていた。
(これならみんな喜んでくれるだろう)
そう思って実務者の確認欄に署名し、金一封の方の書類にも署名する。
庭師全員に一人金貨十枚というけっこうな額が下賜されるという内容を見て、
(これは派手な打ち上げになるぞ)
と心の中で軽く微笑んでいると、次に王が、
「では、次はユーリ個人への褒美だ」
と言い、二、三枚の紙を渡してきた。
「褒美として下賜する食材が一覧にしてある。よく確認してくれ」
そう言われて少し驚き、王を見る。
「なに、家族で話し合った結果、ユーリには食べ物を贈るのが一番喜ばれるだろうという話になってな。各地の名産を取り寄せておいた。ハンナに存分に腕を振るってもらうとよい」
そう言って王が、また少しお茶目な表情を見せる。
私は軽く微笑みながら、
「恐悦至極に存じます」
と答えると、内容をざっと見てからさっさと署名をした。
(南部産のワインや生ハムがあったな。それはカイゼルさんが喜びそうだ。ああ、余ったらゴードンさんにおすそ分けするのもいいだろう。新米はリルが喜びそうだし、砂糖やバニラはマロンに歓迎されるだろう。おそらくハンナさんならバニラアイスにしてくれるだろうから、ノンナも喜びそうだ)
そんなことを思い、王に書類を渡すと、そこに扉を叩く音がして、宰相が入ってきた。
「お待たせいたしました。こちらが陞爵の書類。それから養子縁組の書類になります」
そう言って宰相が王にけっこうな分厚さの書類を渡す。
それを受け取った王は、重々しくうなずいたあと私の方に視線を移し、
「内容は閣議で確認済みだ。二人とも覚悟があるなら署名してくれ」
と言ってきた。
「えっと……」
と戸惑う私に、カイゼルさんが、
「この度の功績により、我が家は侯爵に陞爵することが決まった。そして、ユーリ。お前は私の子になってその家を継ぐことになる。これは私のたっての望みだ。どうか受けてくれ」
と優しく微笑みながら言ってくる。
私はしばらく事態を飲み込めなかったが、再びカイゼルさんが口を開き、
「お前は私の自慢の息子だ。それはこれまでもこれからも変わらん」
と言ってくるのを聞き、ようやく事態を理解した。
「……」
言葉にならない感動が胸に押し寄せてくる。
どうやら私は涙を流しているらしい。
そう気づいた時、私はカイゼルさんの太い腕に抱きしめられていた。
「ありがとうございます……」
万感の思いを込め、そう言ったがあとの言葉は続かない。
そんな私にカイゼルさんは優しく、
「これで正式に家族になれたな」
と言ってきた。
「ありがとうございます」
またお礼の言葉を言う私の胸に「家族」という言葉が響く。
これまでも私は家族同様に扱ってもらってきたが、それはどこか遠慮のある関係で、私はどこの馬の骨ともしれない男だという認識がずっと胸の片隅にトゲのように引っかかっていた。
そのトゲをたった今カイゼルさんが抜いてくれたのだ。
私はなんとも晴れやかな気持ちでカイゼルさんを見つめる。
「待たせて悪かったな」
カイゼルさんがそう言うと、私の胸に再び熱いものが込み上げてきた。
「これからもよろしくお願いします」
そう言ってカイゼルさんに微笑みかける。
すると、カイゼルさんは私の頭に手を置き、ただ微笑みながら、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「はっはっは。いいものを見せてもらった。さぁ、署名してくれ」
王に促され、二人して分厚い書類の最後に署名をする。
そして、その隣に王が大きく署名して印章を押すと、王はニコッと笑い、
「おめでとう」
とひと言そう言った。
「正式な儀式は謁見の間で行うから、しばし控えていてくれ。ああ、カイゼルには追加で家禄に関する取り決めをしてもらわなければいけないから、その辺は宰相と詰めてくれ」
「もったいないお言葉にございます」
「これからも親子ともども励んでくれよ」
「「はっ」」
そう短く応えて最敬礼をし、王の執務室を後にする。
私は控室に案内されると、そこで、軽い昼食とお茶をいただいた。
(このハム美味いな。さすが王室だ。いい物を使っている。それにこの花の香りがする紅茶がよく合うじゃないか。たしか、この紅茶はアナスタシア様のお茶会でも振る舞ってもらったな。きっと王室の好きな味なんだろう)
というようなことを思いつつ、美味しく昼をいただいていると、さっそく執事がやってきて、
「謁見の準備が整いました。どうぞ」
と告げた。
(なんとも慌ただしいな)
と思いつつ、執事について行く。
そこにはすでにカイゼルさんの姿があり、玉座の前で跪いていた。
私の横に並び跪く。
するとすぐに王族が姿を見せ、その場にいた貴族一同が頭を下げた。
「カイゼル・グランフォード。そなたの日頃よりの活躍は見事である。その類まれなる献身と功績に我が国は侯爵の地位を与えることとした。しかと受け取り、今後も励むがよい」
「はっ。もったいなきお言葉にございます。このカイゼル・グランフォード。身命を賭し、国家国民のため粉骨砕身いたします」
「うむ。次にユーリ。そなたのこの度の活躍、見事であった。その武芸もさることながら、人となりも素晴らしいと聞く。よってユーリにはグランフォード家の養子となることを認める。これからもしかと励むがよい」
「ありがたき幸せに存じます。これからも国家国民の日常を守るため、この剣を持って国にお仕えいたします」
「うむ。期待しておるぞ。では、その褒美の証として勲章を下賜する。両名とも一歩前へ」
「「はっ」」
王から直接勲章を受け取ったところで、周りにいた貴族からも拍手が起こる。
私たちは再び一歩下がり跪きながらその拍手を浴びた。
「さて。ユーリ。そなた結婚はまだであったな」
と王が突然妙なことを聞いてくる。
私は頭に疑問符を浮かべながらも、
「はっ」
と短く応じた。
「うむ。ユーリも侯爵家を継ぐ身となったのだから、それなりの相手を娶らねばならん。よって、ユーリには我が娘アナスタシアとの結婚を許そうと思うがどうだ?」
そのあまりにも突然の言葉に一瞬、ぽかんとしてしまう。
(え? なにを言っている? 今、アナスタシア様がどうとかいったか?)
そう思って戸惑っていると、王がふたたび、
「アナスタシアを娶る気はないか?」
と尋ねてきた。
(なんと答えれば……)
とさらに戸惑う私に、
「ユーリよ。これはアナスタシアの希望でもあるのだ。是非、叶えてやってくれ」
と重ねて王が言葉を掛けてきた。
私は戸惑いつつも、アナスタシア様の顔を思い出す。
アナスタシア様はいつも柔らかく微笑んでいた。
その微笑みを見て心癒されていた自分に気が付く。
(可愛らしい方だと思っていたのは事実だ。それにあのクッキーの味。あれは優しさの塊のような味がしていた。まだ、よくわからないことも多いが、きっとあの方とであれば私は幸せな家庭を築けるだろう)
そんな想いが頭に浮かんできた。
「どうじゃ?」
との問いかけに対し、素直に、
「ありがたき幸せに存じます」
と答える。
すると周りにいた貴族たちから、
「おぉ……」
と小さくどよめきが起こった。
「うむ。ユーリになら安心してアナスタシアを任せられる。これからも頼んだぞ」
「はっ。この命に替えましても」
「はっはっは。娘のためにも命は大切にしてくれ」
「……かしこまりました」
最後は王の冗談に少し苦笑いで答え、無事謁見の儀式が終了する。
私はまだなんとなくふわふわしたような気持ちのまま控室に下がっていった。




