庭師とご褒美01
帰還の翌日。
まずは詰所に顔を出す。
エリカさんに帰還を報告すると、エリカさんは涙ぐんで感動しつつも書類を渡してきた。
(ブレないなぁ、この人は)
と思いつつ、事務室に入る。
事務室には新人が二人いただけで、他には誰もいなかった。
(そうだよな。みんなまだ忙しいんだろう。私もさっさと片づけてまた任務に戻らねば)
と思いつつ、さっさと書類を片付ける。
書類はさすがに量が少なかったので、午前中で処理が終わった。
昼をいつもの定食屋の生姜焼き定食ですませ、ゴードンさんの店に行く。
「ただいま」
「まぁ! ……おかえりなさい。無事だったのね」
「ええ。また術式に助けられました」
「それはよかったわ。すぐに呼んできますからね」
そう言って店のメイベルさんが店の奥に下がっていくと、すぐにドタバタという足音がしてゴードンさんが出てきてくれた。
「こいつぁまた……」
私を見るなりそう言ってくるゴードンさんに、
「すみません。また竜だったもので」
と言い訳をする。
「けっ。とりあえず無事で何よりだ。ほれ、さっそく刀を見せてみな」
そう言われて刀を差し出すと、ゴードンさんは苦笑いして、
「十日くれ。防具もだ。この間引き取ったお古は直してあるから、しばらくはそれで対応してくれ。どうせすぐ森に戻るんだろ?」
と言い私にニカッとした笑顔を見せてきた。
「ええ。そのつもりです」
「よっしゃ。すぐ準備するから待ってな。ああ、メイベル。防具を脱がせて持ってきてくれ。また大仕事だぜ」
「あいよ」
どこか嬉しそうな顔で下がっていくゴードンさんを見送り、メイベルさんに防具を預ける。
しばらくすると、ゴードンさんが修復した以前の防具を持ってきてくれたので、さっそくそれを装着した。
「具合は良さそうだな」
「ええ」
「暇ならお茶でも飲んでいけ。メイベルに竜の話でもしてやってくれや。今後の参考になるだろうからな」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「おう。ゆっくりしていきな」
ゴードンさんと入れ替わるようにやってきたメイベルさんからお茶をもらい、ゆっくりと飲む。
メイベルさんにはベヒーモスとヒュドラの戦いを中心にその様子を語って聞かせた。
「なるほど。毒ねぇ。毒の対策ってけっこう難しいのよ。なんとかして服に術式を練り込めないか研究しているんだけど、なかなか上手くいかなくてねぇ」
「そうだったんですね。であれば、繊維の段階で術式を練り込んでみるというのはどうですか? 先に術式を組み込んだ繊維で服を作れば成功しそうな気もしますが」
「あら。それは名案ね。盲点だったわ」
「必要なら、エメルシス大公国に手紙を出しましょう。共同開発が可能になるかもしれません」
「ありがとう。まずは理論を完成させてみるわ。理論ができ上ったらお願いしますね」
「わかりました。期待してます」
そう言って握手を交わし店を出る。
私はそのまま市場に行き、必要な品を買いそろえて自宅に戻っていった。
その日の夕方。
また森に向かうことを告げる。
するとカイゼルさんから、
「状況次第だが、できるだけ早く帰ってきてくれ。王がお呼びだ」
と言われた。
(たぶん、褒章とかそういう話なんだろうな。正直どうでもいいが……)
と思いつつ、
「わかりました。防具と刀の修復に十日ほどかかるということだったので、それができあがるころには帰ってきます。それで間に合いますか?」
と聞き返す。
「そうか。ならば諸手続きを先に済ませておこう」
「わがままを言って申し訳ございません」
「いや。かまわん。森が最優先だ」
「ありがとうございます」
そういう話でまとまり、その日もいつも通り美味しく夕食をいただいた。
翌朝。
さっそく支度を整えて再び森に向かう。
森の入り口の宿を尋ねると、そこにコーエンさんがいたので、守りの薄い部分を確認し、森に入っていった。
古い相棒の刀を振るい、魔獣と対峙する日々を送る。
森の様子を軽く確認してみたが、やはり薬草の群生地にある程度の影響が出ているのが確認できた。
(これは数年かかるだろうな……)
これまで頑張って管理してきたものが、踏みにじられた悔しさを感じつつも、
(この程度ですんだことを喜ぶべきなんだろう)
とも思う。
そして、三十ほどのオークの群れを退けたのをきっかけに、翌朝帰路に就くことを決めた。
(褒美か……。隊全体で使えるものにしてくれればいいが、果たして何をくれるんだろうか? おそらく爵位も与えられるんだろうな。まぁ、自分で言うのもなんが、私は立派な戦力として数えられるような存在になってしまったんだ。私が国家の運営をする立場だったら、国に縛り付けておきたいと思うのは当然だろう。名誉男爵か、騎士爵か……。まぁ、その辺りだろうが、果たしてどうなることやら)
そんなことを思いながら飯を作る。
たっぷりのベーコンと茸で作るリゾットが徐々に美味しそうになっていくのを見ながら、私はなんとも言えない表情で、「ふっ」と笑みを漏らした。
熱々のリゾットをふーふー言いながら食べ、食後のお茶にする。
相変わらず星以外なにもない空を見上げていると、
(守ったんだな……)
という実感が湧いてきた。
ふと世界樹に見せられた過去の自分の記憶を思い出す。
ただ、孤独に耐え、必死に生きようとしたが、上手く社会を渡っていけなかった男の悲しい姿にまた胸を痛めた。
(安心しろ。お前は報われたぞ。こっちでこんなにも素晴らしい家族を得たんだ。仲間もいる。町に出れば顔見知りのおっちゃんやおばちゃんが明るく声を掛けてきてくれるし、美味しいものもたくさん食べられているんだ。きっとそんな温かい世界を望んでいたんだろ? その夢、叶ったぞ)
そう思うと自然と涙が頬を伝った。
「ふぅ……」
軽く深呼吸をして気持ちを整える。
私はもう一度、
(安心しろ。私は今幸せだ)
と心の中でつぶやくと軽く目を細め、満天の星を見つめた。
おおよそ五日後。
森を出て王都に戻る。
(少しのんびりし過ぎたな)
と反省しつつゴードンさんの店に顔を出すと、ゴードンさんがさっそく修理したての防具を刀を持ってきてくれた。
「立派に直しといたぜ、ついでに術式も強化しといたらしいから、また竜が出ても安心して向かっていけ」
「もう勘弁してほしいな」
「へっ。楽隠居するにはまだ若すぎるだろ。それともなにか? 庭師を辞めたくなったか?」
「いや。私は一生庭師として生きるつもりだ。その想いは何があっても崩さん」
「ほう。それは頼もしいこった。これからも、この国を頼むぜ、英雄さん」
「ああ。また刀がダメになったら持ってくるよ」
「そいつも勘弁してくれ」
そんな冗談を言い合い笑顔で店を出る。
そして詰所に戻るとまたエリカさんから書類を受け取り、夕方まで事務室で大人しく仕事をした。
事務室に西日が差し込んできたのを合図に仕事を切り上げる。
そして自宅に戻ると、カイゼルさんから、
「謁見は明後日の午後で調整しよう。午前中もいろいろ手続きがあるから一日空けておいてくれ」
と告げられた。
「かしこまりました」
と素直に答えるも、
(面倒なものだな)
と密かに思いながら、夕飯の席に着く。
そして私は、
「今日、学校でいきなり数学の試験があったのよ? 不意打ちなんてひどくない?」
「あら。普段からしっかり勉強していればなんてことないでしょ?」
「嫌なものは嫌なのよ」
「はっはっは。ノンナは相変わらず数学が苦手か?」
「うん。とくに図形の問題とか最悪ね」
「そうか。あの辺りは得意だから、今度コツを教えてやろう」
「えー。いいよ。だって、ユーリの授業って容赦ないんだもん」
「そうか? けっこう実践的な問題を作る自信があるんだが」
「あのね。私庭師になるつもりなんかないのよ? だから山の斜面の角度を見てどのくらいで踏破できるか考えろなんて問題出されても意味ないんだからね?」
「そうか。それは残念だ。しかし、図形の問題は物事を俯瞰してみるいい訓練になる。腐らず取り組むことだな」
「はぁ……。ユーリってば先生と同じこと言うのね」
というようないつもの会話をなんとも心地よく思いながら、大盛りのオムライスをみんなと楽しく食べた。




