庭師とヒュドラ
ベヒーモス戦から一夜明け、さっそくヒュドラとやらのもとに向かう。
進むにつれて濃くなっていく気配を感じ私はひとつ深呼吸をした。
アリエスに身を委ね、静かに目を閉じる。
家族の顔が浮かんできた。
妙な緊張と不安がほんの少し和らぐ。
私は、
「ふっ」
と少し頬を緩めると、全身に魔力を循環させていった。
予想以上に静かな森の中を進み、やがて平原に出る。
そこは周囲を小高い丘に囲まれた盆地のようになっていた。
(戦いにはうってつけじゃないか)
そう思いアリエスから降りる。
平原の中央には見たこともないくらい巨大な魔獣が鎮座していた。
三本の首を持つ竜が、強烈な殺気を放ちながらこちらを見ている。
私はゆっくり刀を抜くと、また一つ深呼吸をして、スッと八相に刀を構えた。
そのまま駆け出す。
その瞬間強烈な魔法の気配が襲ってきた。
「ふんっ!」
と気合一閃、刀を振る。
私の放った魔力がヒュドラの魔法とぶつかり、強烈な爆風が押し寄せてきた。
「くっ!」
思わず声を漏らしつつその爆風に耐える。
そして、まだ土埃が舞う中私は再びヒュドラに突進していった。
次々襲い掛かってくる魔法攻撃になすすべなく足止めされる。
避け、斬り、飛んで逃げつつ、私は接近の機会をうかがった。
遠くからヒュドラの様子を観察する。
どうやらヒュドラの三つの首はそれぞれ独立して魔法を放ってきているようだ。
右の首が風魔法を放つのと同時に真ん中の首が火魔法を放ってきた。
風魔法で加速された火魔法が私のすぐ右わきを通り抜けていく。
くるりと身を翻しかわしたが、防具の防御術式が反応した。
(避けきれなかったか……)
少し悔しい思いをしつつ、懐に飛び込もうとする。
しかしすかさず左の首が土魔法で岩を飛ばしてきた。
無様に転がり、なんとか避ける。
また防護術式が反応したから全ては避けきれなかったのだろう。
また悔しい思いをしつつも、すぐに気持ちを切り替え、またヒュドラに立ち向かっていった。
次々と飛んでくる魔法に苦戦しつつも徐々に距離を詰めていく。
防具の術式が無ければ何度も殺されていたことだろう。
そんな恐怖を感じつつも、私は必死に食い下がった。
やがて、私の風魔法が届くかという距離まで近づくことに成功する。
(よし!)
そう思った時、左の首がなにやら黒い液体を吐いてきた。
(しまった!)
そう思うがもう遅い。
私が観念した瞬間、私の目の前に防御魔法が展開された。
「ぼさっとするでないぞ!」
マロンの声にハッとする。
どうやらマロンが助けてくれたらしい。
「ありがとう」
私はそう言うと気持ちを立て直し、ヒュドラに接近していった。
「わおーん!」
リルの声と共に私に向かってきていた火の玉が風魔法で相殺される。
私はまた助けられたことをさとり、心の中で感謝しつつ、ついにヒュドラの足下に到着した。
渾身の力を込めた一刀を叩き込む。
しかし、その一刀はあえなくはじき返された。
「なっ!?」
思わず声を上げる私の上からまた黒い液体が降ってくる。
私はまた無残に転げるようにしてその攻撃を避けた。
防御術式に助けられなんとか一命を取り留める。
しかし、私の頭は混乱の極みに達していた。
(どうすれば……)
絶望という文字が浮かんでくる。
私はその恐怖に支配されそうになりながらもなんとか体を動かし続けた。
やがて息が上がり始める。
(いかん。このままでは……)
そう思った時、
「ヒヒーンッ!」
と馬の嘶く声がして、ヒュドラの真ん中の首に雷が落ちた。
「しっかりしなさい!」
そう言われてハッとし、またヒュドラに向かう。
もう私は何も考えられなくなっていた。
考えるよりも先に手足が動く。
目の前にあるのは壁のような巨体。
しかし、私は必死でそれに斬りつけた。
何度弾かれても諦めず刀を振るう。
その間も防御術式が反応していたから、きっと魔法を食らったのだろう。
それにも関わらず私はただひたすらに刀を振り続けた。
(集中しろ)
ただそれだけを念じ、襲い掛かってくる魔法の気配を感じては避け、再びヒュドラに向かっては斬りつけるという行為を繰り返す。
そのうち段々と視界がぼやけてきた。
目の前の巨大な足だけが見える。
私はただそれに向かって刀を振っていると、不意に刀がヒュドラの鱗の隙間に吸い込まれていった。
わずかな手応えを感じる。
(ここだ!)
そう思ってそのわずかな隙間に刀を差し込んだ。
渾身の魔力を込めた風魔法を放つ。
その魔法は確実にヒュドラの内部で爆ぜ、ヒュドラの足を内側から壊してくれた。
(いける!)
そう思った瞬間、ヒュドラの足がふわっと浮いた。
(させるかっ!)
心の中でそう叫び、渾身の魔法を放つ。
その魔法はヒュドラの足に当たり、どす黒い血がパッと飛び散った。
またしても目の前に防御魔法が展開される。
おそらくマロンが毒を防いでくれたのだろう。
私はそのまま飛び上がり、渾身の力を込め、ヒュドラの足に刀を突き立てた。
上手い具合に刀が鱗の隙間に吸い込まれていく。
私はまた風魔法を送り込んだ。
パッと弾けるようにヒュドラの肉が飛び、血が噴き出す。
私は素早く刀を抜くと、咄嗟にヒュドラの鱗を掴み、その足に縋りついた。
また刀を刺す。
どうやらその攻撃は効いたらしく、ヒュドラが痛そうに足を振った。
その勢いで飛ばされてしまう。
しかし、私はなんとか空中で体を捻り、無事着地した。
しっかりと腰を落とし、力を込めて飛び上がる。
すると目の前にヒュドラの腹が見えた。
(いける!)
そう判断してまたしてもヒュドラの体に刀を突き刺した。
「ぬおぉぉっ!」
気合と共に風魔法を放ち、一気に刀を引く。
刀はヒュドラの肉を切り裂き、またもやどす黒い血を吐き出させた。
左の二の腕辺りに強烈な痛みが走る。
おそらく毒の一部を防げなかったのだろう。
私はわずかに顔をしかめつつもなんとか着地し、さっと刀を構えなおした。
下段に下げた刀を思いっきり振り上げ、風魔法を放つ。
先程つけた小さな傷を狙って放った一撃は見事に当たり、ヒュドラに悲鳴を上げさせた。
「ギャオォォォッ!」
身の毛もよだつような咆哮に体の芯が震える。
それに負けじと私も、
「うおぉぉっ!」
と声を張り上げた。
視界がさらに狭くなる。
私はただ、一点、ヒュドラの腹につけた傷を目指して飛び上がった。
目の前にある傷にまた刀を突き立てる。
ズブリという感覚があったのを確かめてから私はまた風魔法を放った。
ヒュドラが暴れ、振り落とされる。
どこをどう打ったのかもわからないほど強く地面に打ち付けられてしまった。
それでも気合で立ち上がる。
不思議と痛みは無かった。
おそらく私の集中力が極限に達したのだろう。
ぼやける視界の先にいるヒュドラが大きく口を開けたが、音は何も聞こえなかった。
飛んでくる魔法がゆっくりと見える。
私はそれをギリギリでかわし、またしてもヒュドラに肉薄した。
力を込めて飛び、ヒュドラの腹を一閃する。
そしてそのまま着地すると今度はヒュドラの下に潜り込み、足に強烈な風魔法を叩き込んだ。
先程傷つけておいた場所に届いた風魔法がヒュドラの足を両断する。
するとヒュドラが落ちてきた。
素早く避け、ヒュドラの後方に回る。
そして私は飛び上がり、ヒュドラの背に取りついた。
恐ろしいほど硬い鱗を蹴り、背中から生えた翼の付け根に刀を叩き込む。
またしてもズブリという感触があり、ヒュドラの翼がだらっと折れた。
そのまま背中を駆け上がる。
私は迷わず真ん中の首を上ると、思いっきり飛び、ヒュドラの顔の正面に出た。
世にも恐ろしい物を間近で見る。
しかし、不思議と恐怖は無かった。
私は落ち着いて眉間の逆鱗に刀を突きさした。
首を振ったヒュドラに吹っ飛ばされてしまう。
またどこをどう打ったかもわからないほどしたたかに地面に打ち付けられてしまった。
「わおーん!」
リルの声でハッとする。
きっと何かをしてくれたのだろう。
私は飛び起きるように身を起こすと再びヒュドラに立ち向かっていった。
ぐったりとくずおれた真ん中の首を足掛かりにしてまたヒュドラの背に取りつく。
おそらくボロボロになっているだろう体に鞭打って、再び飛び上がった。
太い首を上りまたしても顔面に取りつく。
首を振って暴れるヒュドラに振り落とされそうになりながらも、必死で鱗を掴み、刀を頭に突き立てた。
一瞬ヒュドラの動きが止まる。
私はその隙に逆鱗を狙った。
ヒュドラの頭に仁王立ちして気合と共に逆鱗を突く。
次の瞬間ヒュドラの頭が力なく地面に叩きつけられた。
素早く飛び退く私の目の前を風魔法が飛んでいく。
私は再び力を込め、ヒュドラの背中に三度取りついた。
そして、思いっきり駆け抜け、飛び、ヒュドラの顔を正面に捉える。
「ぬおぉぉっ!」
そんな気合の声と共に刀を振り下ろすと、そこで勝負が決した。
すっと着地したつもりがドサッとその場に倒れる。
おそらく体が限界を迎えていたのだろう。
私はなんとか右手を上げると、
「ふっ」
と短く笑い、そのまま意識を失ってしまった。




