庭師と氾濫05
わんさか出てくる魔獣の群れを確実に倒しつつ、さらに奥に進んで行くこと三日。
やはりアリエスの足は驚異的で、普通なら十日はゆうにかかる道のりをたった三日で踏破してくれた。
おかげで連戦が続きけっこうな体力を消耗する。
それを見かねたマロンが、
「今日は早めに休め。見張りはやってやろう。ここからが本番じゃからな。ゆっくり状態を整えろよ」
と言ってくれた。
ありがたく言葉に甘え、ゆっくり休ませてもらう。
干し肉を使ったピラフとスープで満たされた腹を抱え、リルに背を預けると私はすんなり眠りに落ちていった。
翌日。
「虎が一匹迷い込んできたが、それだけじゃったぞ」
というマロンの報告に少し肝を冷やしつつも、
「ありがとう。おかげですっかり回復したよ」
と礼を述べ、頭を軽く撫でてやる。
いつもの調子でさっさと朝食を済ませ、アリエスに跨ると、いよいよ地図のない地域に踏み込んでいった。
慎重に地形を読みつつ、アリエスに方向を指示する。
この地域から溢れる魔獣をいかに抑え、みんなの負担を減らすか、それを考え行動を決めていった。
やがて小高い丘に出たところでまた周囲の地形を確認する。
すると少し離れた窪地で何かの影がうごめいているのが見えた。
「リル。あれがなにかわかるか?」
「うーん。知らない匂いかな……」
「なるほど。ということは、未知の敵ということか」
そう言いつつ、少し落ち込んでいるリルを優しく撫でてやる。
そしてさっとアリエスに跨ると、
「頼む」
と言った。
アリエスがけっこうな速さで丘を駆け下っていく。
平地に下りてもその速さはあまり変わらなかったから、きっとアリエスが少し本気を出したのだろう。
(それだけ、放置できない危機ということか)
そんなことを思っていると、徐々に謎の影の正体が見えてきた。
見たこともない敵影に驚く。
その敵は体長十五メートルほどの二足歩行で牛をさらに凶悪にしたような顔と大きな角を備えていた。
剥き出しの牙がいかにも恐ろしい。
私は思わず、
「なんだ、あれは?」
と横にいるマロンに聞いた。
「ベヒーモスじゃな。竜種のひとつじゃぞ」
さらっと怖いことを言うマロンは続けて、
「攻撃に対する耐性が強い。なかなか硬いでのう。強敵じゃぞ」
と付け加えてきた。
見たことも聞いたこともない敵に戸惑いつつ、アリエスから降りる。
ふと「これが元凶だろうか?」と思ってアリエスを見るが、アリエスは、それを察したかのように首を軽く横に振った。
「違うのか……」
そんな驚きに満ちた言葉をつぶやきつつもある程度覚悟を決める。
(どうせ、これからもっと未知の敵とぶつかるんだ。練習だと思って臨むより他ないだろう)
そう思って私はゆっくりと刀を抜いた。
私など意に介さないと言った感じで堂々と佇んでいるベヒーモスにゆっくりと近付いていく。
そして、私の間合いに入ったところで思いっきり駆け、その巨体を支える足に一撃を加えた。
どうにか薄皮一枚くらいは斬れたようだが、まるで手応えを感じないままその場を走り抜ける。
その攻撃でようやくベヒーモスが私に視線を向けてきた。
(さて。ここから戦闘開始だ)
そう思って身構える。
ベヒーモスはなんとも面倒くさそうにその凶悪な拳を振り下ろしてきた。
ギリギリでかわすがものすごい風圧に体がよろめく。
そこにさらに追撃がきた。
慌てて転がるように避けるがまた追撃がくる。
私はとにかくその拳を避けるのが精一杯という感じでなんとか逃げ続けた。
そしてようやく体勢を立て直したところで振り下ろされた拳に風魔法を叩きつける。
ベヒーモスの手の甲にざっくりと切れ目が入った。
ベヒーモスがさっと拳を引き、傷口を押さえるような仕草をする。
(効いた!)
私は少し喜び勇んでベヒーモスの足下に踏み込んでいった。
また魔法を叩き込もうとするがベヒーモスが足を上げる。
そして先ほどの拳よりもはるかに速い速度で足を振り下ろしてきた。
危うく踏み潰されそうになるのをまたなんとか避ける。
そこからは先ほど同様、転がるようにしてなんとか攻撃をかわし続けるという展開になった。
それでもまたなんとか体勢を立て直し、足首の辺りに風魔法を叩き込む。
すると今度はアキレス腱の辺りがざっくりと切れた。
「グオォォッ!」
初めてベヒーモスが悲鳴を上げる。
私は一定の手応えを感じ、さらに踏み込んでいった。
足首を押さえ痛がっているベヒーモスの真上に飛び上がり、落下の勢いを借りた一刀を背中に叩き込む。
しかし、背中の皮膚は硬いのか、先ほどよりも全然刃が通らないという印象を持った。
「ちっ!」
思わず舌打ちしつつ着地する。
そこにベヒーモスの拳が突き付けられた。
なんとか避けるが肩の辺りを拳がかすっていく。
防具に込められた防御術式が反応していなかったら私の腕はどこかへ飛んでいってしまっていただろう。
私はぞっとして肝を冷やし、慌ててベヒーモスから距離を取った。
怒り狂って向かってくるベヒーモスの拳をギリギリでかわしまた足下に入る。
先程傷つけたアキレス腱の辺りに狙いを絞り、風魔法を放った。
またざっくり傷がつく。
どうやらここが弱点らしい。
そう思って追撃しようとしたが、今度は強烈な蹴りが飛んできた。
這いつくばってかわし、転がるように逃げる。
そこからはまた次から次に襲い掛かってくるベヒーモスの拳の攻撃に何度もさらされることになってしまった。
時折反応する防御術式のおかげでなんとか難なきを得る。
私はそこである程度覚悟を決め、じっくり攻めていくことにした。
何度か攻撃をかわしては足首を狙った一撃を放つという攻撃を繰り返す。
それが何度続いただろうか。
そろそろ息が上がり始めたというところで、放った一刀が今までにない深さでベヒーモスの足をえぐった。
「グオォォッ!」
今度こそ本当に悲鳴を上げ、ベヒーモスがうずくまる。
私は、「ここだ!」と思わず叫びつつ、ベヒーモスの背に飛び乗った。
硬い背中の皮膚を無視し、一気に首元に駆けていく。
そしてベヒーモスの肩甲骨辺りで思いっきり飛ぶと、空中でひらりと身を捻り、渾身の一刀をベヒーモスの首筋に叩き込んだ。
ごつく太い首がパッと切り裂かれる。
うずくまっていたベヒーモスが首筋を押さえた。
さらに追撃に出る。
私はまた足への攻撃を再開すると、ベヒーモスが完全に膝を着くまで徹底的に足を斬りつけていった。
「グオォォッ!」
ものすごい叫び声を上げて、ベヒーモスが両膝をつく。
私はさらに追い打ちをかけるべくまたしてもベヒーモスの背に飛び乗った。
背骨沿いに走り、今度は首元で飛び上がる。
そしてまた空中で軽く身を捻ると、ベヒーモスの眉間を狙い、渾身の一刀を振り下ろした。
かなりの手応えを得て着地する。
ついにベヒーモスが仰向けになって倒れた。
ジタバタとするベヒーモスの上に立ち、胸の中央にあった逆鱗と思われるものに刀を突きさす。
するとその逆鱗と思われるものがパリンと割れ、ベヒーモスの動きが止まった。
ほっとしてその場を離れる。
「やったね、ユーリ!」
そう言って嬉しそうに駆け寄ってくるリルを抱きとめ、ワシャワシャと撫でてやる。
「さて。こやつからは何が取れるんじゃったかのう」
呑気に言ってベヒーモスに火をつけるマロンを苦笑いで見送ると、私はとりあえずお茶を淹れ始めた。
しばらくしてひと息吐き、灰になったベヒーモスの様子を見てみる。
すると大きな魔石と皮、それに逆鱗と巨大な角がその場に残されていた。
「魔石はともかく、この角はここに置いて行くしかないな。いくらなんでも入りきらん。後日、みんなで回収に来ることにしよう」
一人でそうつぶやいているところにアリエスが寄ってくる。
なんだろうか? と思って視線を送ると、アリエスは真剣な表情で、
「出たわよ」
と言ってきた。
「場所は?」
「ここから北西。距離は半日といったところね」
「ちなみに、どんなやつが相手かわかっているのか?」
「ええ。きっとヒュドラよ」
「……?」
「人間の世界にヒュドラの記録はないかしら?」
「少なくとも私は聞いたことがないな」
「簡単に言うと三つの首を持った竜よ。魔法攻撃もしてくるし、たしか毒も使ってくるんじゃなかったかしら」
「……。さすがに手伝ってもらえるよな?」
「そうね。毒くらいは防いであげるわ」
そう言われてマロンの方に視線を向ける。
マロンはいかにも仕方ないという感じの表情で、
「ほんの少しだけじゃぞ?」
と言ってきた。
私はなんとも言えない表情で、
「命の保障をしてくれるだけありがたいと思わなければならないんだろうな」
とつぶやく。
「うむ。人間の底力、とくと見せてみよ」
「僕、頑張って応援するよ!」
と言ってくれる二人を軽く撫でると、私は、
「今日はここで野営にしよう。カレーでいいか?」
と尋ねた。




