庭師と氾濫04
「なにがいるかわかるか?」
とリルに聞くが、
「知らない匂い……」
という答えが返ってくる。
(はて。なんだろうな?)
と思いつつアリエスに頼んで開けた場所に出ると、私はそこで相手の出方をうかがうことにした。
「どうやら囲まれておるようじゃのう。この気配、狼かもしれんぞ」
「狼?」
「うむ。上手いこと気配を隠して近づいてくるやり方が似ておる」
「となると、厄介だな。戦術的に攻めてくる」
「経験は?」
「昔十匹ほどの群れを相手にしたことはあるが……」
「その比じゃないじゃろう。気を引き締めろよ」
「了解だ」
マロンと軽く話し、覚悟を決める。
私はスラリと刀を抜き、全身に魔力を巡らせ始めた。
やがて、「ワオーン!」という遠吠えが響く。
どうやら本当に狼だったらしい。
その声を合図に、私たちの周りで一気に殺気が膨れ上がった。
「来るぞ」
「おう!」
マロンのひと言に改めて気合を入れる。
すると周りの藪からぞろぞろと狼たちが姿を現した。
(ぱっと見ただけで二十はくだらないか。ということは奥にもまだまだいるんだろうな)
そう感じて集中力を高めていると、もう一度、「ワオーン!」という鳴き声がして狼たちが一斉にこちらに攻めてきた。
私も駆け出し、包囲網を破ろうと一点集中の攻撃に打って出る。
しかし、狼の群れはさっと分かれ、私の横と後ろから攻めてくる陣形をとった。
「ちっ!」
厄介な行動に思わず舌打ちをする。
私はそこで追うのをいったん諦め、相手が攻めてくるのを待つことにした。
じりじりと間合いを詰め、また私を包囲するように狼たちが近づいてくる。
どの狼たちもけっこう立派な体格をしていて、リルほどではないが、犬と比べるとかなり大きいという印象をもった。
(ギリギリまで引き付けろ)
そう思いつつじっと我慢していると、先にしびれを切らしたのは狼の方だった。
(かかった!)
そう思って一斉に飛びかかってくる狼に風魔法をぶつける。
私を中心とし、同心円状に広がっていく魔法の波が、狼たちをことごとく両断していった。
後方にいた狼たちがパッと退く。
そしてその中の一頭が「ワオーン!」と鳴くと、また周辺の藪からぞろぞろと狼たちが顔を出してきた。
その中にかなり大きな個体がいる。
おそらくそいつがこの群れのボスだろう。
そう思っているとその大きな個体が、「ワオーン!」と大きな声で鳴いた。
まるで全軍を鼓舞するような声に反応して群れ全体が動く。
狼たちがゆっくり動きながら私の周りを取り囲み始めた。
(出て行ったところでまた逃げられるだけだろうが……)
そう思ったが、同時に、
(相手を上回る速度で動けば勝機はあるか?)
とも考える。
そして私は決断を下すと、より集中力を増し、全身に魔力を巡らせ始めた。
一匹の狼がしびれを切らして突っ込んできたのを合図に私も動く。
狼たちは当然避けようとしたが、私はそれを速度で上回った。
逃げる狼たちを追う恰好になる。
私はひたすら速度を上げ、狼たちを後ろから斬っていった。
やがて統率を乱された狼の群れがバラバラに攻撃してくるような状態になる。
そうなると後はただの乱戦で私はいつも通り、縦横無尽に動き回って狼たちを仕留めていった。
ただ集中して襲ってくる影に刀を合わせる。
それだけで、一匹、また一匹と狼たちが倒れていった。
「ワオーン!」
またボスの遠吠えが響き、残り少なくなった狼たちが一か所に集まろうとするが、私がそれを許さない。
陣形を整えようとする狼に猛然と突っ込んでいき、片っ端から斬っていく。
最後には破れかぶれで襲ってくるボスを仕留めて戦いが終わる。
気が付けば辺りには五十を軽く超えるほどの狼が横たわっていた。
軽く息を吐き、刀を納める。
風魔法を使い狼の死骸を集めると、さっさと火をつけ、後始末に取り掛かった。
狼が燃える間、少し休憩する。
お茶を淹れ、ゆっくりすすると、ようやくそこで肩の力が抜けてくれた。
「なんでこんなところに。というか、なんなんだこの数は?」
「これが氾濫の一端じゃて」
「この状態が奥の親玉まで続いているのか」
「おそらくそうじゃろうな」
「みんな無事だといいが……」
「そこは信じて動くより仕方なかろう」
「そうだな。出来るだけ掃除をしながらさっさと親玉のもとに向かおう」
「ふっ。覚悟は定まったようじゃな」
「ああ。これ以上、魔獣の好き勝手にはさせんさ」
そんな話をしているうちに狼が灰になった。
都合、七十三個の魔石を拾い、その場で野営の準備を始める。
具だくさんのみそ汁にハムエッグというどこか朝食っぽい夕食を取り、食後のお茶を飲んでいると、アリエスが、
「次の目的地はどこだったからしら?」
と聞いてきた。
「北東に進んだ湿地帯だ」
「湿地帯ねぇ」
「なにかあるのか?」
「いえ。足が汚れるからちょっと嫌なだけよ」
「ははは。終わったら拭いてやるから心配するな」
「ええ。丁寧に拭きなさい。それより、おそらくトカゲかカエルだけど、どう戦うつもり?」
「そこは魔法を上手く使わせてもらうよ。足場が悪いと剣士には不利だからな」
「そう。せいぜいがんばりなさい」
「ああ。了解だ」
そんな軽く冗談交じりの言葉を交わし、その日は体を休める。
普段ならそこまで緊張しなくていい場所のはずだが、なにがあるかわからないと思い、少し緊張しながら夜を過ごした。
翌朝。
さっそく湿地帯に向け出発する。
普通なら半日ほど歩かなければいけないが、アリエスはそこを一時間ほどで踏破してくれた。
「わっふ! トカゲがいっぱいいるよ! あと知らない匂いもする」
「うむ。この気配がグレートリザードで間違いないな。おそらくカエルの群れを襲いに来たのじゃろう」
「なるほど。やはり魔獣が魔獣を襲うほど、森の中が混雑しているってことなんだろうな」
「ああ。そうみて間違いなかろう」
「アリエス。すまんが湿地帯の中まで入り込んでくれ」
「……わかったわ」
アイリスが本当に渋々といった感じで湿地帯の中に入っていく。
すると、すぐにグレートリザードが群れているのを発見した。
「こんな時にシャーリー先生がいてくれればな」
「ないものねだりをしても始まらんぞ?」
「ああ。わかっているさ。しかし、これじゃあ私の靴もぐっしょり濡れてしまうと思ってな」
「ふっ。あとで綺麗にしてやるから心配するでない」
「それはありがたい。ではさっさと行ってこよう」
「うむ。しっかりな」
軽く冗談を交えて話し、さっそく行動に移る。
私はぬかるむ地面を気にせず一気に駆け出すと、手近にいたグレートリザードに肉薄した。
その巨体を飛び越えるついでに風魔法を放ちまずは一匹を仕留める。
さっと着地し、さらに次に向かうと今度は刀でグレートリザードの首を両断した。
動きの遅いグレートリザードの間を縫うように動き周り、ことごとく斬っていく。
時折、カエルも魔法で蹴散らしながら湿地帯を動き回り、一時間ほどかけて戦闘を終了させた。
刀を納め、後始末に取り掛かる。
広範囲に死骸が転がっていたので、かなり苦労したが、どうにか昼前には処理を終えることができた。
みんなのもとに戻り、まずはちゃんとした地面のある場所に向かう。
そこで約束通りアリエスの足を拭き、私もマロンに靴を乾かしてもらった。
「ありがとうな」
「ふん。それより飯にせい」
「ああ。なにが食べたい?」
「わしはうどんの気分じゃが、リルはどうじゃ?」
「僕もうどんでいいよ!」
「よし。じゃあ決まりだな。野菜もたっぷり入れて味噌煮込みうどんにしよう」
「やった!」
昼の献立が決まったところでさっそく調理に取り掛かる。
ハンナさん特製の味噌玉で味付けした味噌煮込みうどんは水辺の戦闘で軽く冷えた体にじんわりと沁みいるような味だった。
食事が終わるとさっそく次の行動に移る。
そろそろ森の奥に入るということもあり、私は改めて気を引き締め、向かう先の深い森を真剣な表情で見つめた。




