庭師と氾濫03
王城を辞し、無事防具と刀を受け取る。
「ちょいと最終調整するから防具をつけてみな」
というゴードンさんの言葉に従い、新しい防具を着けてみた。
真っ黒で鈍く光る防具にやや面食らっていると、皮ひもを調整し終えたゴードンさんが、
「どこに出しても恥ずかしくねぇどころか、国宝級の逸品だぜ。なにせ、竜の鱗と皮で出来てるんだからな」
とかなりのドヤ顔でそう言ってきた。
「ありがたく使わせてもらうよ」
「おう。今度は壊すなよ」
「ああ、気を付けよう」
そう言ってゴードンさんと握手を交わし店を出る。
そして私はさっそく詰所へと向かっていった。
バタバタと慌ただしい空気の事務室に顔を出す。
ちょうど全体会議が終わったところだったらしく、私はコーエンさんからその情報をもらった。
緊急配備の位置を確認し、薄そうな場所を中心に進んでいくことを告げる。
「助かる」
短くそう言ってコーエンさんが右手を差し出してきた。
「ご武運を」
そう言って手を握り返すとコーエンさんは少し困ったように笑い、
「それはこっちのセリフだ」
と言って渋く笑った。
夕暮れの町を背に家路を急ぐ。
家に帰るとすぐに風呂を済ませ、食堂に向かった。
ミートソーススパゲティにシーザーサラダ、グリルチキンというけっこうわんぱくな献立に満足して食事を終える。
「スープの素はできてますからね。あとで持っていってちょうだい」
「ありがとうございます」
「今回のコンソメ味はけっこう自信作ですよ」
「それは楽しみです。あれは応用が効きますからね」
「リゾットやポトフにすることが多いんだったわよね?」
「はい。たいていその二つですが、時々ピラフも作りますよ」
「へぇ。野営にしては凝ったもの作るんだね。さすがユーリ」
「森の中だと食事くらいしか楽しみがないからな。けっこうこだわるんだ」
「お前は昔からそうだったよな。せっかくなら美味いものを食った方がいいと言って、見様見真似で料理を覚えてくれた」
「そうだったわね。小さいころはたまにお台所で一緒に料理をしましたっけ」
「そうだったの?」
「ああ。ほんの短い期間だが、料理の基本を教わった」
「ユーリは本当に筋がよかったから、いっそそのまま料理人になるんじゃないかって思ってたのよ?」
「それは初耳ですね。引退したらそういう道も考えてみます」
「あら。それもいいわね。その時はまた教えてあげますからね」
「ええ。よろしくお願いします」
最後は冗談を言って和やかな食卓にいつもの笑顔がこぼれた。
離れに戻りほんの少しだけ酒を飲む。
ドワーフの国、ゴルディアス共和国名産のウイスキーの上級品。
その美しい琥珀色とかぐわしい香りにほっとひと息吐くと私はこれからのことを思った。
(こうやってのんびり酒が飲めるのも平穏な日常があってのことだ。それを忘れてはいけない。そして、またこの平穏な日常に帰ってくるんだ)
そんなことを思いながらまたちびりと酒を飲む。
カッと燃えるような喉の感覚を存分に楽しむと私は、「ふぅ……」と息を吐き、ゆったりとした気持ちで寝室に向かった。
翌朝。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「気を付けてね」
「無事を祈っているぞ」
そんな短い挨拶を笑顔で交わす。
そして私は家族に背を向けると、真剣な面持ちで一歩を踏み出した。
王城の厩舎でアリエスと落ち合う。
「いよいよね」
「ああ。よろしく頼む」
「道はちゃんと指示しなさい。その通りに進んであげるから。あと元凶の位置の特定は私に任せてもらって大丈夫よ。おそらく近づけばわかるから」
「ありがとう。リルもマロンも頼んだぞ」
「わっふ! まかせて!」
「わしはあくまでも見守るだけじゃぞ。まぁ、命が危なくなったら助けてやらんでもないから、思い切っていくがよい」
「ああ。それだけでも心強い」
そんな普段通りの会話をして私が跨るとアリエスは静かに脚を踏み出した。
賑やかな朝の町を黒ずくめで黒いユニコーンに乗った私が、ゆっくりと進んでいく。
その横には真っ白で大きな犬が栗色の小さな猫を乗せてついてきているのだから、私はなんとなく、
(傍から見れば珍妙な集団に見えるんだろうな)
と思い少し苦笑いをこぼした。
どこかから子供の声がする。
きっと学校に向かう途中なんだろう。
「でっけー!」
とか、
「かっこいいね!」
という声になんとなく恥ずかしさを感じていると、そのうち王都の門に着いた。
「ご武運をお祈りしております!」
そう言って敬礼で見送ってくれる門番に軽く馬上から敬礼を返す。
街道に出るとアリエスが、
「いくわよ」
と言って速度を上げた。
行商人や旅人が往来する街道をけっこうな速度でアリエスが駆け抜けていく。
(おいおい。通行人には気を付けてくれよ)
と心配したが、アリエスは器用に速度を調整しながら上手いこと走ってくれた。
おかげでその日のうちに森の入り口の村に到着する。
そこで、一度宿に顔を出し、詰めている庭師に報告をした。
「現在ラッツさんが索敵に入っています。現状はまだわかりませんが、中層から帰ってきた者の話ではかなり魔獣が増えているようすです。どうぞ、お気を付けて」
そう報告してくれる後輩に、
「そっちこそ気を付けてな。無理はいかんぞ」
と声を掛け、さっさと宿を出る。
そして私たちは夕日に染まる森の中へと入っていった。
少し進んだところで野営にする。
そこでふとエメローラさんが火魔法で器用にピザを焼いていたことを思い出し、マロンに、
「火魔法でピザを焼くことはできるようだが、やってみたくないか?」
と聞いた。
「なんじゃそれは。聞いたこともないぞ」
「いや。ちょっと前に合同軍事演習があっただろ? その時一緒だったエルフのエメローラさんって人が火魔法を器用に扱ってピザを焼いてくれたんだ。もし、あの魔法をマロンが使えるようなら、いろいろ料理の幅が広がると思ってな」
「というと?」
「簡単に言えば野営にオーブンを持ち込んでいるようなことになるだろ? だからピザだけでなくグラタンやローストチキンなんかもできるようになると思うぞ」
「ほう。それは興味深い話じゃな。しかし、いきなりは難しいじゃろう。帰って少し練習せねばならんな」
「そうか。じゃあ、帰ったらその訓練をしよう。きっとこれからの野営が楽しくなるぞ」
「ふっ。思ったよりも緊張しておらんようだな」
「そう見えるか?」
「ああ。緊張しておったら飯の話なぞせんじゃろうが」
「まぁ、そうだな。しかし、適度に緊張はしている。ただ、緊張ばかりしていてもしょうがないと思ってな」
「うむ。いつもの調子で向かうのが一番じゃ」
「ああ。だからあえていつも通り飯の話をしてみた」
「あはは! ユーリ、さすがだね!」
「ああ。それでこそお主よ」
「そうか?」
「ああ。そうじゃ」
そんな話をしている私たちにアリエスがジトっとした目を向けてくる。
「呑気なものね」
アリエスはそう言うが、その顔にはどこかほっとしたような表情が浮かんでいた。
結局その日はハンナさん特製の味噌玉を使ってほうとうを作る。
たっぷりの野菜と温かい汁で体の芯から温まり、ゆっくりと体を休めた。
翌朝。
ホットサンドで朝食をとると、早朝から動き始める。
時々地形を読み、アリエスに道を示しながら進んでいると、さっそく二百ほどのゴブリンの集団と遭遇した。
「やっぱり多いみたいだな」
「ああ。間違いなく氾濫の余波じゃろう」
「ということは奥はかなり?」
「うむ。覚悟しておけよ」
マロンと短くそう話し、さっそくゴブリンを始末する。
きちんと整備された刀はものすごい切れ味を発揮し、魔法を使わずとも簡単にゴブリンを退けてくれた。
その後も、オークやサイクロプスの相手をしながら中層を目指す。
すると、夕暮れになってリルが、
「周りにいっぱいいるよ!」
と魔獣の接近を教えてくれた。




