庭師と氾濫02
王都に着くとすぐに詰所に向かう。
朝のことでまだ出勤したてのノルドさんを捕まえると、森で見たままのことを話した。
「わかった。緊急配備をする。ユーリお前は一刻も早く装備を整えてくれ。ついでに各国への連絡をカイゼル殿に頼んでおいてもらえるか?」
「了解です。すぐ向かいます」
「おう。こっちは任せとけ」
そう言って慌ただしく動き出し、私は王城に向かう。
緊急事態だと告げると、近衛騎士の若者がすぐにカイゼルさんの執務室に案内してくれた。
「失礼します」
緊迫した顔でそう言う私を見て、カイゼルさんが、
「いよいよきたか?」
と尋ねてくる。
私はうなずきつつも、
「わかりません。ただ、異常があるのは間違いないと思われます」
と答えた。
「わかった。こちらも緊急配備を敷こう。各国へは早馬を出す。心配するな」
「ありがとうございます。詳しい説明は夜にでも」
短く言葉を交わし、急いで王城を出る。
私はゴードンさんの店に行くと、店番をしていたメイベルさんに、
「すまないが、防具と刀を急いでくれないか? 緊急事態なんだ」
と告げた。
「少し待っててちょうだい。今、どのくらいで出来るか聞いてきますからね」
そう言って奥に下がっていくメイベルさんを少しじれったい気持ちで待つ。
すると奥からゴードンさんが出てきて、
「刀の方は仕上がってる。防具はもう一日待ってくれ。術式の付与が終わってないんだ」
と言ってくれた。
「わかった。明日の夕方取りにくる。すまんが頼む」
「おう。任せときな」
また短いやり取りでゴードンさんの店を出ると、私はまっすぐ市場に向かった。
とにかく用意できるだけの食料を買い付け、詰所に戻る。
詰所の中も慌ただしい様子でみんながそれぞれ準備に追われていた。
私も倉庫に行き、灯りの魔道具や、緊急時に使う医薬品などを揃えていく。
ノルドさんが忙しそうに指示を出している。
私はノルドさんのもとに向かうと、
「明日の夕方には防具ができ上がるそうです。明後日の朝には発ちます」
と報告した。
「わかった。俺らもそのくらいになるだろう。森の浅い所は騎士団に任せる算段になってるが、これから確認に行ってくる。おそらく大丈夫だからお前はなにも心配するな」
「ありがとうございます」
「おう。みんなを守る英雄になってこい」
「はい!」
最後は少し冗談を交えて詰所を後にすると、私はさっそく自宅の勝手口をくぐった。
料理をしていたハンナさんに、
「緊急事態です。詳しくは夜話しますが、明後日の朝から森に向かいます。申し訳ありませんが、できるだけ調味料を準備してもらえませんか? スープの素があればありがたいですが、味噌玉だけでも十分です」
と告げる。
ハンナさんは少し驚いていたが、
「わかったわ。すぐに用意しますからね」
と笑顔で請け負ってくれた。
リビングに入り、リルとマロンに事態を告げる。
「いよいよかのう……」
いつになく重々しく言うマロンの言葉に事態の深刻さがにじみ出ているように思えた。
「わっふ! 僕もがんばる!」
いつも通り無邪気にそう言ってくれるリルを軽く撫でると、
「アリエスへの伝言を頼んでいいか?」
と頼んだ。
「うむ。あやつのことだ。世界樹から何か言われてもう知っておるかもしれんが、一応伝えてこよう。ほれ、リル、行くぞ」
「はーい」
そう言って出ていく二人を見送ると、私は離れに戻り、荷物の確認を始めた。
予備のナイフを何本か追加し、ロープ類の点検をする。
普段の任務ではあまり使わないが、緊急用の止血剤や骨折した時の添え木なんかも準備した。
準備をしながら徐々に緊張してくる自分に、
(落ち着け。大丈夫だ)
と声を掛ける。
しかし、それでも私の心はどこか落ち着かず、そわそわとしたまま夕方を迎えた。
そこで初めて昼を食っていないことに気が付く。
きっとハンナさんも忙しくて気が付かなかったんだろう。
いや、私が昼を抜くなど考えもしないだろうから、きっと、どこか外で食べたと思っているに違いない。
私はそんな自分の狼狽ぶりを思って何となく苦笑いをした。
一度、深呼吸をして心を落ち着ける。
たったそれだけで、そわそわした気持ちが少しは落ち着き、腹がきゅるるとなった。
(こんな時に、緊張感のない腹だ)
と思いつつ、風呂の準備をする。
私はあえてゆったりと風呂に浸かり、「ふぅ……」と息を吐いた。
目を閉じて一度頭の中を空にする。
(どうせ、明後日にしか出発できない。だったら、別に焦る必要はないじゃないか。いいか。ここが勝負だ。焦らず目の前のことを確実にこなせ)
ただそう思ってまた「ふぅ……」と息を吐いた。
やがて風呂から上がったころ、リルとマロンが離れにやってくる。
「おい。飯の時間じゃぞ」
「今日は肉うどんなんだって!」
「ほう。それは美味そうだな。おにぎりも付いてるんだろ?」
「うん。炊きたてのお米の匂いがしてたからきっといっぱいあるよ」
「それは楽しみだな」
「うん!」
そんないつも通りの会話を交わすと、私たちは仲良く笑顔で母屋の食堂に向かっていった。
「明日一日かけてスープの素を作りますから、庭師のみなさんにも是非配ってちょうだい」
「それは助かります。あれ好評なんですよ。やっぱりハンナさんのは味が違うっていいますから」
「あら。それは嬉しいわね。じゃあ、作戦中もたくさん作って届けなきゃ。あなた、そういうのは騎士さんにお願いすればいいの?」
「ああ。王城の作戦会議室に常に誰かいるようにしているから、その者に連絡してくれれば兵站係の騎士が取りにくるだろう」
「わかりました。私も微力ながらお手伝いしますね」
「私も手伝うよ!」
「ああ。二人ともよろしく頼む」
「ええ。こんな時助け合うのが家族ですもの」
「そうそう。ユーリだけが戦ってるんじゃないものね」
「ありがとう、ノンナ。心強いよ」
「なによ、あらたまって。ちょっと恥ずかしいじゃない」
「ははは。家族一丸になってがんばろう」
「そうね」
肉うどんを食べながらそんな話をする。
私は改めてこの家族の温もりを感じ、
(絶対に守ってみせる!)
という覚悟を決めた。
翌日。
王城の作戦会議室に赴き、異常があった地点の詳細を伝える。
おそらく他にも異常が見られるだろうが、それは随時報告されるだろうと伝えておいた。
「各国への急使を追加で派遣します。それにこれからは状況が変わり次第随時出すことにします。まぁ、おそらく毎日のように出ることになるでしょうが、人員の確保はできていますのでご心配なく」
そう言ってくれる指揮官に礼を言って、作戦会議室を出る。
すると扉の外には見知ったメイドがいて、
「ほんの少しだけお時間をよろしいでしょうか?」
と言ってきた。
「わかりました」
と答えて案内について行く。
予想通りアナスタシア様のサロンに通された。
「お忙しいところお呼び立てして申し訳ありませんわ」
「とんでもございません」
「どうしてもユーリさんに渡したいものがあってお呼びしたんですのよ」
「私に?」
「ええ。ちょっとしたお守りなのですけど」
そう言ってアナスタシア様は少し恥ずかしそうにメイドから何かを受け取り、
「どうぞ、お持ちになってくださいませ」
と言い小さな袋のようなものをくれた。
「お守りの石が入っておりますのよ。どこにでもある小さなヒスイの欠片なんですけど、厄除けの効果があると言われておりますでしょ? 私、そういうおまじないはあまり信じないのですけど、なんというか、今回は、その……」
何か言い淀むアナスタシア様に、
「ありがとうございます。必ず帰ってまいります」
と笑顔で伝える。
その言葉にアナスタシア様はいつも通りニコッと笑い、
「私にできるのはこのくらいのことまでです。でも、しっかりユーリさんの無事をお祈りしておりますわ」
と言ってくれた。
きっと心配なのを隠し、気丈に振る舞ってくれているのだろう。
その気持ちが痛いほど伝わってくる。
私はその守り袋をそっと胸のポケットに入れると、
「帰ってきたらまたあのクッキーを食べさせてください」
と告げ、なるべく優しく微笑んで見せた。
「まぁ、ユーリさんったら」
そう言ってアナスタシア様が可憐に笑う。
その笑顔を見て私はさらに覚悟を深めた。




