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最強「庭師」ユーリの任務録 ~天才剣士は今日も「日常」を守るために働く~  作者: タツダノキイチ
第三部

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80/91

庭師と世界樹

竜との戦いを終えてから三日。

なんとか動けるようになったところで、さっそく竜の血をできるだけ樽に詰め込む作業に取り掛かる。

闇に飲まれたように真っ黒の血を見て、やはり魔獣は普通の動物とは一線を画す存在なんだと改めて感じた。

持ってきた樽がいっぱいになったところで、マロンが竜に火を着ける。

竜は勢いよく燃え、三十分ほどで灰になってしまった。

これもマロンの言った通り、灰の中から、三十センチはあろうかという大きな魔石と、十五枚ほどの黒い鱗、そして大きな布団ほどの黒い皮にキラキラと光る割れた逆鱗を取り出す。

その逆鱗を手に取り、しげしげと眺めながら、

(この逆鱗は何に使えるのだろうか? 赤くてキラキラしているから、宝飾品にでもなるのかな?)

と考えていると、マロンが、

「割れた逆鱗はたいした素材にはならんぞ、ただ、魔道具の核にするとそれなりの効力を発したはずじゃから、宝飾品にでも加工して王族に身に着けさせるのがよかろう」

と言ってきた。

「そうか。それはアナスタシア様にいい土産ができたな」

と軽く冗談を言いつつ、逆鱗をしまう。

全ての素材を収納の魔道具に入れ終わると、私はアリエスに向かって、

「待たせたな。行こうか」

と告げた。

そこからまた旅が始まる。

ボロボロになった体でオークロードの相手をさせられた時はかなりしんどかったが、それ以降強い魔獣はそれほど現れず、私たちはわりと順調に行程を重ねていった。

時折果物をとり、貴重な薬草の採取もさせてもらいながら、森の中を進んでいく。

やがて、そろそろ旅に出てから一か月くらい経つだろうかという所で、急に森の空気が変わった。

「ユーリにはわかるようね。世界樹の領域に入ったわよ」

アリエスの言葉に軽くうなずき、辺りを眺める。

森は一見すると普通の森のようにも思えるが、私の目には清純な魔力で満たされた植物たちがいきいきと輝いているように見えていた。

「純粋な魔力を持っている存在ほどこの違いに気付きやすいのよ。だから普通の人間にとっては普通の森に見えると思うわ」

そう言うアリエスの元に、

「チチッ!」

と鳴きながら子リスが近づいてくる。

アリエスはその子リスに向かって優しく微笑むと、

「ただいま」

と言った。

嬉しそうに子リスが鳴き、どこかへ駆けていく。

アリエスは微笑ましい感じで、

「きっと世界樹に伝えに行ってくれたんだわ」

と言い、目を細めていた。

やがて、ぽっかりと空いた草地に一本の大木があるのが見えてくる。

私は説明されずともそれが世界樹だとわかった。

アリエスから降り、歩いて近づく。

そして、私がその木に触れた瞬間、私を柔らかい光が包み込んだ。

ふわっと浮いたような感覚になり一瞬焦る。

しかし、私はその心地よさに、

(きっとこのまま身を任せるのが正解なんだろうな)

と思い、そのまま身を委ねることにした。

明るい光の奥から、誰かがこちらにやってくる。

まるでエルフの伝統衣装のような簡素な服を着たその人物は、少年のようにも少女のようにも見えた。

「初めまして、ユーリ」

「初めまして。……世界樹か?」

「ええ。そうよ」

「とりあえずひと言文句を言わせてくれ。あの試練はきつかった」

「うふふ。そうね。きつかったでしょうね」

「しかし、なぜあの試練を与えられたのか今ならなんとなくわかる気がする」

「あら。それは素晴らしいわ」

「あなたは私に恐怖を教えたかったんじゃないか?」

「ええ。さすがに頭のいい子ね。そうよ。あなたは生まれながらにしてなんでもこなす天才だった。おそらくこれまで恐怖という恐怖を感じてこなかったでしょう。私はそんなあなたに恐れる心を知ってほしかったの。恐れを知らない人間は心の底から感謝することもできないし、人の痛み我が事として受け入れることもできない。ユーリ。私はあなたに、本当の意味での慈しみの心を持ってほしいと思ってあの試練を用意したのよ」

「なるほど。でも、竜である必要はあったのか?」

「あら。あれでも手加減したほうなのよ?」

「……」

「そんな顔しないで? あなたが相手にした炎竜は竜種の中では比較的倒しやすい相手だったのよ」

「あれでか……」

「ええ。だからこそあなたはあの試練を乗り越えることができたんだから。少しは感謝して欲しいわ」

「ふっ。ありがたき幸せだ」

「まぁ。言うのね」

「そのくらいの嫌味は許してくれ。世界樹というくらいなんだから、心は広いんだろ?」

「うふふ。そうね。この広い心で許してあげるわ」

「で。私は何を授かり何をすればいい?」

「ユーリには風魔法の力を授けるわ。あなたが唯一苦手としている魔法の才能よ」

「それはありがたい。斬撃と組み合わせると死角を潰せそうだ」

「そうね。おそらく人類史上の頂点に立てるほどの強さを持つことになるわよ」

「それはすごいな」

「ええ。すごいことなの。だから、ユーリ。これまで通りその力を正しく使いなさい」

「もちろんそのつもりだ」

「あなたのことはずっと前から見てきているからそこまで心配はしていないけど、それでも人間は時に愚かになるから、ほんの少し危惧もしているわ」

「なるほど。私に力を渡すのはあなたにとっても賭けということか」

「そうね」

「ならば安心して欲しい。その賭け、あなたの勝ちだ」

「そうなることを望んでいるわ、ユーリ。けっして力に溺れてはだめよ」

「ああ。水泳は得意だ。任せておいてくれ」

「うふふ。やっぱりユーリにしてよかったわ。これからもがんばってね」

「了解いたしました」

そう言ったところで世界樹と名乗った人物が光の中に消えていく。

すると私の体はより温かい光に包まれ、どんどんと空高く舞い上げられているような感覚に陥った。

(なんだ?)

と思っているうちに世界樹を見下ろす高さにまで昇っていることに気が付く。

そして、その光景を見て私は、

「さくら……」

とつぶやいた。

その瞬間怒涛のような魔力が流れ込んでくる。

私はその魔力に圧倒されそうになる気持ちをなんとか抑え、その力を全身で受け止めた。

目を閉じ、なされるがままを受け入れる。

すると、妙な景色が脳裏に浮かんできた。

(ああ、知っている。これは日本だ。コンクリートのビルに鉄の塔。車に電車、スマホにパソコン……)

そう思ってなんとも不思議な感覚でいると、次は男と思しき人物の影が見えてくる。

顔かたちははっきりわからないが、どうやらこれが私らしいということはわかった。

突如、寂しさと孤独が心を支配する。

恐ろしいほどの悲しみが胸を締め付け、私の視界を真っ黒に染めていった。

私は素直に、恐ろしいと感じる。

すぐに家族の顔が浮かんだ。

リル、マロン、庭師の仲間たちに市場のおっちゃんやおばちゃん。

いろんな顔が浮かび、最後にアナスタシア様の顔を思い出す。

(ああ、これが失う怖さというものなんだな……)

直感的にそう思った私は気が付けば大粒の涙を流していた。

(そうだ。私はとにかく悲しい最期を迎えたんだったな。孤独に耐え、必死に社会にしがみついてみたが、結局報われなかった。誰にも知られずただひっそりと生き、そして死んでいった。ただそれだけの人生だった)

そう思い出し、再び胸が締め付けられる。

そこに再び世界樹の声が聞こえた。

「次こそ幸せにね」

その声にハッとして目を開ける。

すると私の体はゆっくりと地上に近づき、そして満開の桜の下にそっと着地した。

花吹雪を受けながら世界樹を見上げる。

私は静かに涙を拭い、ひと言、

「ありがとう」

とつぶやいた。


「わっふ! 終わったね! よかったね!」

リルが真っすぐ私に駆け寄ってきて、いつものように頭を擦り付けてくる。

「やはり魔法の力じゃったか。しかも風魔法というのもお主らしい。斬撃との相性もよいじゃろうから、これでますます強くなるのう」

マロンはどこか嬉しそうにそう言い、ひょいと私の肩に乗ってきた。

そんな二人を撫でてやる。

ふんわりとした毛並みと温もりを感じると、私はようやく現実に戻ってきたような感覚になった。

「本番はここからよ」

アリエスのひと言でハッとする。

「このあと世界はどうなるんだ? 世界樹はなにも言っていなかったが」

不安に思ってそう聞く私にアリエスは、

「氾濫の日はそう遠くないわ。戻ったらすぐに防衛体制を整え、監視を強化なさい。おそらく数か所で同時発生的に起こるはずよ。でも、問題はその中心。何が出てくるかはわからないから、なんとも言えないけど、少なくとも今回の竜種より強敵になるだろうから、覚悟しておきなさいよ」

とやや淡々とした口調でそう言ってきた。

「了解した」

重々しくうなずきながらそう答える。

しかし、そんな私の横でリルが、

「ユーリなら大丈夫だよ。それより、ご飯にしよう!」

といつもの無邪気さでそう言ってきた。

「うむ。花と言えば花見じゃろう。ほれ。なんぞご馳走を作らんか」

マロンもいつもの呑気さでそう言ってくる。

「まったく、あなたたちは……」

アリエスはため息交じりにそう言ったが、その表情はどこか楽しそうだ。

そんなみんなを見ているとなんだか心が落ち着いてきた。

「よし。カレーにしよう。やっぱりこういう時はカレーが一番だからな」

「わっふ! 僕、ご飯大盛りね!」

「わしは肉たっぷりじゃぞ」

いつもと変わらない言葉を交わし、さっそく世界樹が散らす花吹雪の中で調理を始める。

私はこの旅で心の底から恐ろしいという気持ちを植え付けられた。

しかし、その恐ろしさがあるからこそ、今のこの幸せを心の底から享受できるのだと思うと、なんとも清々しい気持ちになり、また心の中で、

(ありがとう)

と感謝の言葉をつぶやいた。


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