閑話 姫と初めてのクッキー作り
ユーリさんたちが旅に出てもう、十日近く経つ。
私は、
(こんなに元気なのに、私はなにもすることができない)
そう思いつつ、日々を過ごしていた。
そんなある日。
ハンナさんとノンナちゃんを誘ってお茶会を開く。
きっと少しでもユーリさんの話をして不安を払拭したいという想いがあったのだろう。
(きっとお二人とも私以上に心配なさっているわよね。私のわがままに付き合わせてしまって申し訳ないわ。でも、どうしても居ても立っても居られない感じがしてしまうんですもの)
私はそんな気持ちで、お茶会当日を迎えた。
「ごきげんよう。私のサロンへようこそ」
いつものようににこやかに二人を迎える。
二人もいつも通りにこやかに挨拶を返してきてくれた。
「今日はパンプキンプディングを作ってきましたの。ぜひ召し上がってくださいませ」
ハンナさんがそう言ってにこやかにお茶会が始まる。
当初は庭の花が綺麗だとか、そういう当たり障りのない話をしていたが、徐々に話題はユーリさんのことになっていった。
「世界樹ってとっても遠くにあるんですってね」
「ええ。アリエスちゃんが言うには一か月もかかるんだとか」
「食料はたっぷり持っていったみたいだけど、途中でなくなるんじゃないかって気が気じゃなくて……」
「そうね。もしそうなったら食いしん坊なみんなのことですもの。ものすごく困ってしまうわね」
「お父さんはいざとなれば現地調達できるっていってたけど、本当なのかしら?」
「ユーリならできそうだけど、それはそれで心配よね」
「ええ。それに、味噌玉をたくさん渡したから、きっとお味噌汁は大丈夫だと思うけど、他の調味料が少なかったような気がしてきたわ」
「味が単調になるのはかわいそうかも。でもユーリのことだから、ソースとか自分で用意してそうよ?」
「そうね。あの子のことだもの、その辺りはぬかりなさそうよね」
ハンナさんとノンナちゃんは口をそろえて食料のことを心配している。
私はその様子を見て、
(ああ、二人はユーリさんが無事に帰ってくることを微塵も疑ってないんだわ)
となんだかほっとしたような気持ちになった。
「世界樹から力を授かるにはそれなりの試練があるとアリエスちゃんから聞きましたのよ。私、それが心配で心配で……」
「そうですね。心配は心配ですけど、きっとユーリなら大丈夫ですよ」
「ええ。あの子ならきっと乗り越えてくれますわ」
「そうだとよいのですけど」
「あの子ったら昔からそうなんですのよ。うちの主人がけっこうな無茶を言っても平気でこなしてしまうんです。剣術もそう。お勉強もそうでしたわ」
「そうそう。まだ十歳くらいで薬学の難しい本を読んでいたんでしょ?」
「ええ。あれには驚かされましたわ。うふふ。でも、その後、私にしてきた質問が面白かったのよ」
「なんて言ったの?」
「『ハンナさん、この薬草はどんな味がするんでしょうか?』だったわね」
「あはは! いかにもユーリらしい感じね」
「でしょ? 私がきっと苦いわよって教えたら、本当に苦いかどうか自分で確かめてみたいって言い出してね。もしかしたら、ユーリが庭師を志したのもそんな理由なんじゃないかって今でもちょっと疑っているのよ」
「あはは! いかにもユーリっぽいかも!」
そう話して笑う二人の明るい表情を見ていると私の心にあった不安な気持ちが少しやわらいでくる。
「そうそう、ユーリと言えば……」
ハンナさんがそう言って、そこからはユーリさんの小さい頃の話になった。
ハンナさん曰く、ユーリさんは小さいころからものすごく落ち着いた性格で、何事も要領よくこなすまさしく天才だったんだとか。
しかし、そんなユーリさんを見てカイゼルさんとハンナさんはもっと子供らしく育ってほしいと思っていたとのこと。
それでなにか欲しいおもちゃはないかと尋ねたら、ユーリさんが迷いなく人形と答えたので、二人は嬉しくなって、どんな人形だ? と聞いたらしい。
しかし、ユーリさんの言う人形というのはどうやら剣術の稽古で使う打ち込み練習用の人形だったらしく、二人とも思わず苦笑いをしてしまったそうだ。
そんな昔話を懐かしそうにするハンナさんとノンナちゃんを見て、ちょっとうらやましいような気になる。
(お二人はユーリさんの家族なんだもの。私が知らないユーリさんをたくさん知ってて当然よね。でもなんでだろう。このもやもやした気持ちは。いけないわ、私ったら、なんだかはしたないような気がする)
そう思って私は軽くお茶を飲み、小さく「ふぅ……」と息を吐いて、呼吸を整えた。
そんなお茶会が終わりに近づいてきたころ。
ハンナさんが、
「アナスタシア様。ようやく王家のお台所を借りられることになりましたの。今度ご一緒にクッキーを作りませんか?」
と言ってきてくれた。
「まぁ! あの時のお約束覚えてくださっていたんですのね! 嬉しいですわ。いつにいたしましょう」
「明後日のお昼過ぎであれば空けられるとのことでしたので、さっそくその日にいたしませんか?」
「ええ。もちろんですわ。うふふ、楽しみですこと」
「よかったですね。アナスタシア様」
「ええ。ノンナちゃんもよろしくね」
「はい」
最後は笑顔でお茶会がお開きとなる。
私はそれまで感じていた不安がほんの少し軽くなったのを喜び、初めてのお料理という挑戦を前にドキドキしながら部屋へと戻っていった。
迎えたクッキー作り当日。
いつもよりワクワクしながら昼食を終え、さっそく台所に向かう。
初めて入る台所はいくつもの調理台と思しきものや大きな鍋などが整然とならんでおり、私の目には見るもの全てが新鮮に映った。
(あれはなにかしら? それにあの大きなお鍋はいったい何に使うのでしょう?)
そんなことを思いながらきょろきょろしていると、そこにハンナさんとノンナちゃんがやってきた。
「今日はよろしくお願いしますね」
「はい。今日はクッキーの中でも一番簡単な物を作りましょう」
「私にできるかしら?」
「大丈夫ですよ。ちゃんとお手伝いしますからね」
「ありがとうございますわ。うふふ。楽しみです」
「ではさっそく作っていきましょう」
そう言ってハンナさんはなにやら粉の入った袋を取り出す。
「これが、小麦粉ですよ」
そう説明されて初めて私は小麦粉というものを認識した。
名前も知っている。
用途も当然。
しかし、その小麦粉がどういうものであるかということは、生まれてこのかた気にしたことも無かった。
ちょんと指で触れてみる。
さらさらとしてふかふかの感触が私の指先から伝わってきた。
「これが美味しいクッキーになりますのね……」
なんとも不思議な感覚で小麦粉を見る。
そんな私の横でハンナさんは微笑ましく笑い、
「ではこれをこねていきましょう」
と言ってその小麦粉を計りながらボウルに入れた。
「この粉をよく振るいに掛けますから、そこはアナスタシア様にやっていただきましょう」
「粉を振るう?」
「はい。粉のキメを細かくしてダマを無くすんです。要はさらにサラサラにするんですわ」
「なるほど……」
「振るいに掛けると口当たりがいいクッキーになるんですよ」
「そうなのね。やってみますわ」
そう言って、振るいを持ち、ハンナさんが入れてくれる粉を慎重に振るいにかけていく。
「お上手ですよ。焦らなくていいですから、慎重に。粉が飛び散ってしまいますからね」
そう言われてさらに慎重に振るいに掛ける。
最後は少しノンナちゃんに手伝ってもらったが、なんとか最後まで粉を振るうことができた。
そこにバターと砂糖、卵を混ぜていく。
ある程度まとまったところで最後は手でそれをこね、生地が出来上がった。
「では少し生地を休ませましょう。その間私たちもお茶にしませんか?」
ハンナさんがそう言うと台所係の人がやって来て、手早くお茶を淹れてくれる。
「休ませる、とは?」
そう聞くとハンナさんは少し考え込むような恰好をしてから、ニコッと微笑み、
「ほんの少し時間を置くと、生地がしっとりして落ち着くんです。綺麗に伸びるようになってくれますし、口当たりも良くなるんですよ」
と教えてくれた。
その後、生地を伸ばす作業を体験させてもらったり、クッキーを型で抜く作業をみんなと一緒にやる。
型抜きの作業は面白く、私はウサギや猫などいろんな型で様々な形のクッキーを作った。
「さぁ、あとは焼き上げるだけです。お疲れ様でしたね」
「いいえ。今日は本当に楽しかったですわ」
「こちらこそ、楽しませてもらいました。焼き上がったらサロンにお持ちしますから、先に向かっていてくださいまし」
「ありがとう。お待ちしておりますわね」
そう言ってエプロンを脱ぎ、台所を後にする。
私はなんとも言えない爽快感を感じ、
(ああ、これが充実感というものなのね)
とひとり微笑みながら思った。
サロンでお付きの騎士のセレナと一緒にクッキーを待つ。
セレナは遠慮したが、私が初めて作ったクッキーをどうしてもセレナに食べて欲しいと思って無理に誘った。
やがてクッキーを持ったハンナさんとノンナちゃんがやってくる。
「お待たせしました。綺麗に焼けましたよ」
そう言ってハンナさんがテーブルに置いてくれたクッキーは、ものすごく綺麗に焼き上がっていた。
「まぁ。なんて可愛らしいんでしょう。それにとってもいい香り!」
「はい。さすがですアナスタシア様。初めてのお料理でここまでのものを完成させるとは」
「違うわ、セレナ。私はお手伝いさせてもらっただけよ」
「それでもです。さすがはアナスタシア様です」
「もう、セレナったら……。とにかくさっそくいただいてみましょう。セレナもどうぞ」
「はっ。謹んでいただきます」
「ええ。召し上がれ」
そう言ってみんなでクッキーに手を伸ばし、ひと口食べる。
サクッとした食感とふんわり香るバターの匂いに私はなんとなく懐かしさを感じた。
(これ、私が作ったの? すごいわ。ちゃんとクッキーになってる)
感動で言葉が出てこない。
そんな私の横でセレナが、
「美味しいです。アナスタシア様のお優しさがにじみ出ているような味がします。末代まで語り継ぎます!」
と大袈裟に喜んでくれている。
私はその笑顔を見て、とても嬉しい気持ちになった。
「自分の作ったもので誰かが喜んでくれるって嬉しいことですよね」
とハンナさんが声を掛けてくる。
私は、その言葉に心から共感し、
「はい!」
と少し子供っぽく答えた。
午後の陽に照らされた暖かなサロンに明るい笑顔が咲き誇る。
私はそのことを嬉しく思いつつ、心の中で、
(ユーリさん、頑張って。帰ってきたらこのクッキーを振る舞って差し上げますからね)
と密かにつぶやいた。




