庭師と世界樹への旅04
受け身を取ることもできず、ただ地面を転がる。
私は生まれて初めて相対する圧倒的な存在の前にただただ呆然とした。
(これほどまでに差があるのか。どうすればいい? 私に何ができる?)
そう思うと私の全身を恐ろしさという感情が覆いつくした。
「グオォォッ!」
またしても響き渡る咆哮にハッとして空を見上げる。
するとそこには十メートルほど宙に浮いた竜が見えた。
まるで、「これなら斬れまい」というような目で竜が私を見ている。
私は恐れを打ち消そうと、また、
「うおぉぉっ!」
と叫んだ。
そんな私に竜が容赦なく火の玉をぶつけてくる。
私はまた全身の魔力を刀に纏わせ対抗した。
(違う。こうじゃない……)
もう一人の冷静な自分がそうつぶやく。
しかし、恐怖に震える私はその声をどう解釈していいのかわからなかった。
また火の玉が襲ってくる。
(このままではじり貧じゃないか……)
私はまた圧倒的な力の差に絶望し、力を失いかけた。
その刹那。
「わおーん!」
リルの可愛い声が聞こえてくる。
その声にハッとして私は咄嗟に刀を振るった。
なんとか火の玉を両断し、上空を見上げる。
そこにはまだ悠然として佇む竜の姿があった。
(落ち着け。まるで通じないわけじゃない。地上戦に持ち込めばまだ勝機はあるはずだ)
今度こそ冷静な自分の声をしっかりと聞き、刀を構え直す。
また竜の口に魔力が集中し、大きな火の玉が吐き出された。
(ここだ!)
なぜかそう思い、全力で駆ける。
そして私は膨大な熱量の火の玉の下をギリギリで走り抜け、竜の直下に迫った。
その勢いのまま飛び上がる。
すると竜の腹の辺りまで飛び上がっているのに気が付いた。
(恐れるな。振り抜け。一度で決まるはずがない。そうだ。微力でもいい。力の限り何度でも立ち上がるんだ。そして迷わず刀を振れ。きっとその先にしか答えはない!)
そう念じながら刀を振る。
私の全力を乗せた一太刀が竜の皮膚をうっすらと傷つけた。
「グオォォッ!」
また竜が啼く。
私はその声に手応えを感じながら、着地した。
素早く動いて、竜の背面に回り込む。
恐ろしいほどの鱗がひしめくように連なる背中を見て、
(なるほど。ここじゃない)
と見極める。
どうやら腹の辺りならなんとか刃が通るようだ。
瞬時にそう判断してまた竜の下に回り込んだ。
また飛び上がる。
しかし、今度は竜がその恐ろしい爪で私を打ち落としにきた。
パッと身を捻り、その爪に軽く刀を合わせる。
もちろん刀は簡単に弾かれたが、その爪の攻撃はかわすことができた。
着地してまた距離を詰める。
竜はまた火の玉を吐いてきたが、私はその攻撃をギリギリでかわしまた竜の目の前に飛び上がった。
一瞬竜と目が合う。
気のせいかもしれないが、あれほど自信に満ちていた凶悪な竜の目が少し泳いでいるように見えた。
(いける!)
と確信して刀を振るう。
私の全力の一太刀から放たれた魔力が竜の目に飛び込んでいった。
「グオォォッ!」
先程までとは明らかに違う声が響き渡る。
私はその声に体の芯を震えさせられながらも、なんとか着地し、次の攻撃に備えた。
目を押さえた竜がドシンと地に足を着ける。
私は迷わず突っ込みその足に斬りつけた。
またしてもつまったような手応えを感じる。
(なるほど。ここも硬いのか)
そんなことを思いつつ、思いっきり飛び上がり竜の体の上に着地した。
翼の根元が見える。
(ここならどうだ?)
そう思いつつ刀を振ると、その付け根は案外あっさりと斬れた。
深手を負わせたことを確信しつつ、さらに竜の体を駆け上る。
そして、私は竜の頭を蹴り、空中へ舞い上がった。
くるりと体を回し、再び竜の眼前に出る。
私はそこでじっくりと竜の様子を確認してみた。
眉間に大きな宝石が埋まっているような場所がある。
(もしや……)
と思って斬撃を放つと、竜は明らかに嫌がり、その眉間の部分を手で覆った。
(掴んだ!)
そう思いながら着地する。
「グオォォッ!」
怒り狂ったような竜の咆哮が響き渡った。
もう、それほどの脅威を感じない。
(恐ろしいは恐ろしいが、これはいつも経験している恐ろしさだ。対応できないわけじゃない)
冷静にそう思い、また飛んでくる火の玉に渾身の一刀をぶつける。
ぱっくりと割れた火の玉の間を貫くようにして駆け、竜の足元に入り込み、飛んだ。
そこでくるりと身を捻り渾身の一刀を叩き込む。
先程よりも深く竜の皮膚が切り裂かれた。
(よし。これなら……)
そう思って着地し、また竜の背面に回った。
飛び上がって、長い尾の付け根の辺りに降り立つ。
そして私はそのまま駆け抜け、再び竜の頭を蹴った。
ひらりと舞い、また渾身の斬撃を放つ。
今度は竜の眉間ではなく、あえて目を狙った。
ぱっくりと目が割れ、鮮血が飛び散る。
私はまた吠える竜の声を聞きながら、地面に降り立った。
両目を失った竜がデタラメに手や尾を振り回してくる。
その攻撃は脅威以外のなにものでもなかったが、冷静さを欠いているだけあって、容易にかわすことができた。
また懐に踏み込み飛び上がって右手の付け根辺りを斬りつける。
(やはり腹側はいけるな)
という冷静な感想を持ちつつ、着地した。
さらに踏み込んで軽く飛び、足の付け根辺りを狙ってみる。
また刀は竜の体に食い込み、それなりの手応えを得た。
そこからは攻勢に出る。
飛んでは斬り、斬っては飛ぶということを五、六回ほど繰り返しただろうか。
私の斬撃がついに竜の腹を深くえぐった時、竜が地に腹を着けた。
私の目の前には力なく伏せる竜がいる。
私は不思議と冷静な気持ちでそれを見つめた。
ただ静かに刀を構える。
その瞬間、光が差したような感覚を得た。
目の前に巨大な火の玉が迫る。
しかし、私はそれを冷静に切り裂いた。
スッと前に踏み込み、竜の眉間に肉薄する。
そして静かに刀を脇に引くと、裂帛の気合を込め、渾身の突きを放った。
刀が竜の眉間に吸い込まれていく。
その瞬間、私は戦いの終わりをさとった。
声もなく竜の頭が地に着く。
私は刀を抜き、すっと地面に降り立つと、そこで冷静に刀を見つめた。
けっこうな刃こぼれ具合に苦笑いを浮かべる。
(帰ったらゴードンさんに叱られるな)
そう思いつつ刀を鞘に納めた瞬間、私の膝が力を失った。
尻餅をつくようにどっかりと腰を下ろす。
「ははは……」
なぜか乾いた笑い声が出てきた。
そこへリルが駆け寄ってくる。
「わっふ! ユーリ、やった! すごい!」
そう言って頭を擦り付けてくるリルをなんとか受け止め、
「ありがとう。リルの応援が効いたよ」
と言いつつ、リルをわしゃわしゃと撫でてあげた。
「うむ。それでよい」
ひとこと言うマロンに、
「ああ。なんとかなった」
と苦笑いを返す。
「とりあえず休みなさい。ボロボロよ」
とアリエスが言うので、自分の体を見てみると、あちこちに傷ができていた。
「ははは……。こりゃおおごとだ」
そう言って大の字に寝転がる。
「すまん。寝てもいいか?」
私がそう言うとアリエスは初めてにっこり笑い、
「おやすみなさい」
と言ってくれた。
全身の力が瞬時に抜ける。
私はただ、冷静に勝利を受け止めつつ意識を手放していった。
おそらく夢だろう。
暗闇の中に光が見える。
私はただその光の方へと歩いていった。
不意にその光が大きくなり私を包み込む。
私は、ただ、
(ああ、そうか……)
とだけ思った。
なぜかほっとした気持ちになり、ゆっくりと目を開ける。
そこにはリルの心配そうな顔があった。
私はゆっくりリルに手を伸ばし、
「おはよう」
とささやく。
リルが「わっふ!」と鳴いて頭をこすりつけてきたので、私はやさしく「よしよし」と言いながら軽く撫でてやった。
「おい。腹が減ったぞ」
といういつものマロンの声に苦笑いを浮かべる。
「どのくらい寝てた?」
と聞くと、
「丸一日じゃ」
という驚きの答えが返ってきた。
痛む体をなんとか起こし、
「それはすまんかった。すぐに何か作ろう」
と言って立ち上がろうとする。
膝はがくがくいうし、腰にもしたたかに打ちつけたらしい痛みがあった。
「すまん。やっぱり行動食でいいか?」
と聞く私にマロンが、
「致し方あるまい。なんでもよいから出せ」
と鷹揚に言ってくる。
しかし、その顔には明らかに心配の表情が浮かんでいた。
行動食をかじりお茶を飲んで人心地がつく。
改めて竜の巨体を見ると、今更ながら怖気が走った。
「よくもまぁ、やってのけたものだ……」
と他人事のように言う。
「これで食えんというのだからまったく難儀なもんじゃわい」
というマロンの言葉を聞いて、がっくりと肩を下ろした。
「食えないのか?」
「ああ。食えん。しかし、血は薬になったんじゃなかったか?」
「……なるほど。それは我が国的には嬉しいだろうな」
「うむ。シャーリーが泣いて喜ぶぞ」
「ははは。じゃあ空き樽に入るだけ取っていこう」
「ああ。そうせい。あとは燃やすでな」
「素材は取れないのか?」
「いや。燃え残った中からとればよい。おそらく魔石と鱗がいくつかと皮が少し、それに逆鱗じゃろうな」
「げきりん?」
「ああ。お主が最後に貫いたところじゃ。あれが竜種の弱点じゃでな」
「……知っていたなら先に教えてくれよ」
「それじゃあ、試練にならんじゃろうが」
「……やはり世界樹にあったらまず文句を言おう」
「はっはっは! 言ってやれ、言ってやれ。おそらく笑顔でかわされるじゃろうがな」
「ふっ。それは難儀なことだ」
そんなことを言って笑い合う。
いつの間にか辺りを染め始めた夕日に赤く照らされた竜の巨体を見ながら、私は傷薬を塗り、包帯を巻いていった。




