庭師と打ち上げ
ミノタウロス戦が終わり、ほんの少し奥に進む。
そこで、二十匹ほどのオークの群れに出会ったが、結果は完勝だった。
「連携も確認できたことだし、兵站の調整具合もわかった。いい訓練だったな」
と満足そうに言うジーラッドさんにうなずき、帰路に就く。
森を出ていつも通りの街道を行き、午前中のうちに王都に戻ると、他の隊も戻って来ていたので、さっそく反省会となった。
様々な意見が出るのをノルドさん、ジーラッドさん、エメローラさんが取りまとめ、三者で合意を形成していく。
会議は実のあるものになり、緊急事態に備えた各国の戦力配置もおおよその完成形を見た。
やはり一緒に戦い同じ釜の飯を食ったということは大きかったらしく、それぞれの部隊の連中が種族を越えて親しげに話している様子にひと安心する。
そんな空気の中ノルドさんが、
「近くの宿の広間を借り切って打ち上げを準備してる。今日は思う存分飲んで食ってくれ。あの食の神ハンナ様みずから大量のから揚げを差し入れてくれるそうだ。みんな期待しておけ!」
と高らかに宣言すると、
「おぉっ!」
という歓声が上がった。
「カイゼル殿に直談判した。快諾してくださったよ」
とニカッと笑うノルドさんに笑顔で応える。
私はジーラッドさん、エメローラさんに軽く挨拶をすると、とりあえず自宅に戻っていった。
すでにハンナさんとノンナは準備のため宿に向かっているということで、離れに戻る。
離れに入るとまずリルが飛びついてきた。
「わっふ! おかえり!」
「ただいま。いい子にしてたか?」
「うん! ハンバーグが美味しかったよ!」
「ははは。そうか、それはよかったな」
と笑顔で応じ、リルをこれでもかと撫でまわしてやる。
ひとしきり久しぶりの対面を喜びあったところで、私は風呂に入り、楽な服に着替えた。
さっそくリルとマロンを伴い、打ち上げ会場に行く。
そこにはカイゼルさんがいたので、帰還の挨拶をした。
「どうだった?」
「はい。実のある演習になりました」
「どうやらそのようだな。よかった」
「はい。これで心置きなく世界樹のもとに向かえます」
「ああ。そうだったな。後のことは任せろ」
「お願いします」
そんな会話をしているところに、なぜかシャーリー先生が顔を見せる。
「やっほー! から揚げ食べ放題って聞いてきちゃった」
と明るく言ってくるシャーリー先生に苦笑いしつつ、とりあえず握手で迎える。
「エメっちと一緒に組んだんだって?」
「エメっち?」
「うん。エメローラのこと。幼馴染なんだ」
「そうでしたか。ええ、一緒に戦わせていただきましたよ」
「どうだった?」
「ピザが絶品でしたね」
「ははは! なんともらしい感想じゃん。さすが食いしん坊一家の子だね」
「ありがとうございます、と言っていいんですかね?」
「うん。褒め言葉だよ」
と言葉を交わしているところに、エメローラさんがやってくる。
「シャーリーお久しぶりね」
「うん! 久しぶり、エメっち」
「うふふ。そう呼ばれるのはなんだか照れくさいわ」
「えー。いいじゃん。エメっちはエメっちなんだからさ」
「もう。子供じゃないのよ?」
と親しげに話をしている二人の間にはたしかに遠慮のない空気が感じられる。
私が密かに羨ましいと思いつつ、二人の様子を見ていると、そこに、
「から揚げ様のご到着だぞ!」
というノルドさんの声が聞こえてきた。
宿の従業員が次々に料理を運んでくる。
もちろんから揚げだけではなく、パスタもサラダも、他の肉料理もたくさんあった。
そんなカートの列の最後にハンナさんとノンナがカートを押して入ってくる。
それを見た一同から、
「おぉ……」
とどよめきが起きた。
かなり照れくさそうにするハンナさんが、
「みなさん、たくさん召し上がってくださいね」
と言い、一礼して下がって行く。
「よっしゃ! じゃあ、始めるぞ。みんな、グラスは持ったか?」
とノルドさんが掛け声を掛け、みんながグラスを掲げる。
私もやや慌てて手近にあったグラスを手に持った。
「よし。今回の演習の成功と三国の益々の発展を願って、乾杯!」
「乾杯!」
ノルドさんの短い乾杯の挨拶にみんながグラスを掲げ、その場に活気が満ちる。
あちこちから、
「お疲れだったな」
「ああ。あれはすごかったぜ」
「おう。今度会う時は戦場でってことになるかもしれねぇが、楽しみにしてるぜ」
「おうよ!」
というような話し声が聞こえてくる。
それを聞いて私は今回の合同軍事演習が大成功だったのだということを改めて感じつつ、グラスに入ったワインをひと口飲んだ。
「ねぇ。さっそくから揚げを取りにいきましょう。急がないと無くなっちゃいそうですもの」
「だね!」
と言ってさっそくから揚げに向かうシャーリー先生とエメローラさんを笑顔で見送り、適当にその辺のパスタに手を伸ばす。
何気なくひと口食べたが、それはまさしく我が家の味だった。
(これもハンナさんが作ってくれたのか。この量を作るとなると大変だっただろうな)
と感謝しつつ食べ、周りの様子を見る。
そこかしこから、
「美味い!」
「ああ。これは最高だ」
「さすが食の神の御業だな」
という声が上がっていた。
(さすがハンナさんだ。魔法の威力が違う)
と嬉しく思いつつ、私もから揚げを取りに行く。
てんこ盛りだったはずのから揚げはすでに残り少なくなっていたので、私は少し遠慮して二つだけ取った。
ガブリとかじりつくと、中からジュワッと肉汁が溢れてくる。
程よく味付けされた衣と肉のうま味が口の中で合わさり、いつも通り私の口は幸せで溢れた。
「おい、ユーリ。お前いつもこんなもん食ってんのか?」
と遠慮なく声をかけてくるジーラッドさんに、
「ええ。いつもの我が家の味ですよ」
と自慢気に答える。
「まったく。なんとも贅沢なもんだぜ。そりゃぁ食いしん坊になるわな」
と言って豪快に笑うジーラッドさんと一緒に笑っていると、そこにゴルディアス共和国騎士団副団長のフェルドさんとエメルシス騎士団副団長のエイクさんがやってきた。
「おう。久しぶりだな」
「ええ。お久しぶりです」
「今回の演習で、さすがに庭師は森や魔獣を熟知してるって感心させられたぜ」
「ああ。そうだな。敵の追い詰め方や痕跡の辿り方などは我々よりも一歩先を行っているという気がした」
「お褒めにあずかり光栄です」
「けっ。まあ、うちの騎士団も帰ったら訓練に励むとするぜ。今回の演習は本当によかった」
「ああ。毎年は難しいかもしれんが、二年か三年に一度は定期的に行いたいな」
「そうですね。お互いのためにもなるでしょうし、三国の連携強化は周辺地域の安定にも寄与します。そういう意味でも重要な演習になるでしょう」
「おいおい。まるで貴族様みたいな言い方じゃねぇか。ユーリってもしかして偉いのか?」
「いえ。グランフォード家にお世話になっていますが、れっきとした庶民ですよ」
「なるほどな。しかし、その歳でその落ち着きようってのはすげぇぜ。俺の若い頃なんてもっとトガってたんだけどな」
「そうだな。ユーリの落ち着き具合はまるで老成した紳士のようだ」
「それって褒めてます?」
「ああ。もちろんだ」
「よく言われるんですよね。妙にオヤジくさいって」
「ははは! そりゃそうだろうな。なんか人生二回目なんじゃねぇかってくらいの落ち着きだ。どういう道を辿ればそうなるのか教えて欲しいもんだぜ」
「それは興味があるな。なにか特別な訓練でも受けたのか?」
「いえ。これが子供のころからこうだったらしいんです。育ててもらったカイゼルさんも時々感心してましたから」
「へぇ。そういう意味でも天才だったんだな」
「そんなことはありませんよ」
「いや。ユーリは間違いなく天才だ」
「褒めても何もでませんよ?」
「ふっ。それでいて努力を惜しんでいる形跡がない。私も負けないよう、精進せねばと思わされたよ」
「ああ。そうだな。それは同感だ」
そんな話をしながら、適当に料理をつまみ、酒を酌み交わす。
打ち上げは終始楽しく進み、夜更けまで続いた。
ふわふわした気持ちでカイゼルさんと家路に就く。
「いい打ち上げだったな」
と言ってくるカイゼルさんに、
「はい。本当にいい演習になりました」
と答えた。
「これからだな」
「はい。これからです」
「しかし、今日は明日のことを考えずゆっくり休め」
「はい。そうさせていただきます」
「戦士にも息抜きは必要だ」
「いい息抜きになりました」
「みんな応援しているぞ。だが気負わず自分らしくいけ」
「はい」
そんな短いやり取りでカイゼルさんの暖かい気持ちが伝わってくる。
(ああ、私はこんなにも素晴らしい人に育てられたんだな)
と思うと妙に胸が熱くなった。
「ふぅ……」と軽く息を吐き、なんとなく空を見る。
月明かりに照らされた城下町は静かに眠りの時を迎えていた。
コツコツと石畳を叩く音が、辺りに響く。
そのなんとも平和な光景を見て私は、
(この平和はきっとみんなの努力の結晶なんだ。誰一人欠けても維持できないものなのだろう。私もその平和を守るうちの一人として自分にできることを懸命にやらねば)
と、改めて気を引き締めた。
そんな私の頭をカイゼルさんが、ポンポンと叩いてくる。
私はなんとなく照れつつも、
「ありがとうございます」
とつぶやき日頃の感謝を伝えた。
私とカイゼルさん、二人の足音が重なる。
私は改めてカイゼルさんと共に歩めることを幸せに思いつつ、家族の待つ家へと歩いていった。




