庭師と会議と晩餐会02
たっぷりと脂ののった部位を切り出し、さっそくフライパンで焼いていく。
ジュッといい音を奏でながら徐々に茶色くなっていく肉を焼き過ぎないように慎重に調理していった。
全体に焼き目がついた肉をいったん休ませる。
リルは待ちきれない様子で、
「まだ? もう食べられるよね?」
と言ってきたが、
「ここで少し寝かせるのが重要なんだ。肉がほんのりと甘くなるんだぞ」
と理屈を教えてあげると、
「くぅん……」
と少し悲しそうな声を出しつつも、大人しくお座りしてくれた。
その間にパンとスープを用意する。
簡単にお湯を注ぐだけでできるスープのありがたさを改めて感じつつ、肉の仕上がり具合を確認する。
さっと肉を切って中を見てみると、理想的なミディアムレアになっていた。
「よし。完璧だ」
そう言ってみんなの皿に肉をのせてやる。
「「「いただきます」」」
そう声を揃えるとさっそくみんなして肉にかじりついた。
「わっふーん!」
「おぉ……。さすがじゃ」
「うん。美味い!」
言葉にならない感想を漏らし、さらに肉にかじりつく。
ジュワッと溶け出す濃厚かつ上品な脂と適度な噛み応えがある肉のうま味が口の中で溶け合い、一つの芸術作品として完成された。
その至高の逸品をじっくり鑑賞するように味わう。
「これ、すごいかも……」
「うむ。相変わらずの美味さじゃのう」
「ああ。まったくだ」
また言葉にならない感想を言い合い、私たちは夢中で肉を頬張り続けた。
やがて腹が落ち着き、お茶の時間にする。
「すごかったね」
「うむ。これからワイバーンを見つけたら積極的に狩りにいくぞ」
「いや。仕事の効率が優先だからな?」
「むぅ……。そこは柔軟に対応すべきじゃろうが」
「ははは。気持ちはわかるよ」
「しかし、これがハンナの手にかかるとどんな料理に化けるんじゃろうか?」
「そうだな。ステーキ丼やすき焼きはもちろんだが、チンジャオロースも捨てがたい」
「ほう。それはよいの。あれは米が無限に食えるからな」
「なに、なに? 僕、それ知らない」
「肉とピーマンを細切りにして炒めたやつじゃ。濃い味のタレをたっぷり絡めるからご飯によく合うぞ」
「美味しそう! 僕、それがいいな」
「ははは。リルは本当に米が好きだな」
「うん。僕、お米大好き!」
「じゃあ、最初に作ってもらう料理はチンジャオロースで決まりだな。明日はできるだけ多くの肉を剥ぎ取ってから帰ろう」
「やった!」
そんな会話をして楽しく盛り上がり、みんなで固まって夜を過ごす。
私は改めて神獣であるリルやマロンの力の偉大さを心に刻みつつ、その信頼を得ているという幸運に感謝の念を抱いた。
翌日。
午前中いっぱいを肉の剥ぎ取りにあててから帰路に就く。
帰路は順調に進み、なんとか期限内に王都に辿り着いた。
詰所に報告をし、軽く事務仕事をこなしてから家に帰る。
いつものように勝手口に回り、台所にいたハンナさんにワイバーンの肉を手に入れたことを報告すると、
「まぁ! それは素敵ね!」
と満面の笑みを浮かべてくれた。
「リルがチンジャオロースを食べてみたいそうです」
「あら。じゃあ今日はそうしましょうね。あとは、ローストビーフかしら?」
「ステーキ丼やすき焼きではないんですか?」
「ええ。だって明後日から会議でしょ? そこでみなさんにお出しする料理を頼まれたの。だから、今回はローストビーフにしようかと思うんだけど、どうかしら?」
「大量に取ってきましたから、我が家がある程度消費しても、十分みなさんにお出しする分を確保できると思いますよ」
「そんなに取ってきたの?」
「ええ。五匹分ですから」
「それはすごいわね」
「ステーキもすき焼きも食べ放題です」
「もう。ユーリったら」
「はっはっは!」
そんな明るい帰還の挨拶をして、ハンナさんに大量の肉を預ける。
私の収納の魔道具から我が家の収納の魔道具に移し替えるだけでもけっこうな時間がかかってしまった。
そんな作業を終え、離れでさっと風呂に入る。
さっぱりしたところで、母屋の食堂に向かうと、そこにはすでに全員の顔が揃っていた。
「ユーリ、遅い」
「ははは。すまん、待たせたな」
「うむ。もう待ちきれんぞ」
「ではさっそく食事にしようか」
カイゼルさんがそう宣言したところで、「いただきます」の声が揃う。
てんこ盛りのチンジャオロースを明るく奪い合うようにして食べ、お櫃がすっかり空になったところでみんながお腹をさすりつつ、夕食が終わった。
「こってりしたタレと肉の脂の甘い味が絶妙に絡み合っておったのう」
「ごはん、もりもり食べちゃった!」
「ワイバーンのお肉なんて久しぶりだわ。小さい頃はたまにお父さんが取ってきてくれたよね?」
「ああ。けっこう難しい相手だからそれなりに苦労はしたがな」
「やっぱりそうだったんだ。ありがとう。お父さん」
「なに。仕事のついでにやったまでのことだ。しかし、今回は五匹だったか? かなり苦労しただろう」
「いえ。落とすのはマロンがやってくれましたから、あとは地上戦だけでした」
「そうか。ならばなんとでもなるな」
「ええ。全部魔法を使う個体だったのには少し焦りましたが」
「ああ。魔法を使われると、こちらも魔力を放って撃ち落とさないといけないから面倒なんだよな」
「はい」
「よくわからないけど、お父さんとユーリのことだから、きっとすごいことをしているんでしょうね」
「そうでもないさ。たいした魔法が使えない代わりに気合で魔法を撃ち落としているってだけの話だからな」
「それ、どのくらいの人ができるの?」
「そういえば、私とカイゼルさん以外からそういう話は聞いたことがないな」
「やっぱすごいことしてんじゃん」
「うふふ。二人とも相変わらずね」
「もしかして、お母さんもワイバーン倒せちゃったりするの?」
「私は無理よ」
「そうか? お前の魔法ならいけると思うぞ?」
「もう、やめてよね、あなた。私が戦うのが嫌いって一番よく知っているでしょ?」
「すまん、すまん。軽い冗談だ」
「もう……」
久しぶりの家族団らんに明るく話が盛り上がる。
私は、話に聞いたことだけあるハンナさんの魔法を一度見てみたいものだと密かに思いつつ、微笑んでみんなが楽しそうに話すのを眺めた。
翌日。
会議を前にした準備会合に出席する。
今回は軍事演習が主な議題となるので、私の他にノルドさんも出席していた。
合同軍事演習の具体的な内容はノルドさんに一任されることになる。
今回の肝は各国の戦力がいかに協力して事にあたるかということだった。
「おそらく、守りに主眼を置いた戦い方をするドワーフと速さと魔法を武器にするエルフとの協力体制を確認することが主になるでしょう。その辺りを森の中層で実践したいと思っております」
とノルドさんが話す通り、今回の合同軍事演習最大の成果はそこの協力体制が構築できるかどうかということに懸かっている。
私は上手くいくことを願いつつ、自分に与えられた任務を思い、軽く気合を入れ直した。
私の任務はエメルシス騎士団団長のエメローラさんとゴルディアス共和国騎士団団長のジーラッドさんという人を連れ、森の奥地で実戦を行うこと。
そこで両者の協力体制を確認するとともに、各部隊の連携について上手く調整してもらうことが任務だ。
いわゆるトップ同士の対話を仲介するというけっこうな大役を任されたことになる。
しかし、私は、
(戦士たるもの、共に戦い同じ釜の飯を食えばなんとかなるだろう)
とやや楽観的に事態をとらえていた。
その日の準備会合はすんなり終わり、詰所に帰ってノルドさんと軽く最終確認を終わらせる。
家に着いたのがいつもより遅くなっていたので、私は急いで風呂を済ませ、母屋の食堂に向かった。
「今日はワイバーンのお肉をカツにするっていってたよ!」
「ほう。そいつは楽しみだ」
「うむ。ハンナの作るデミグラスソースは絶品じゃからのう」
「ああ。あの甘みとほのかな苦みが合わさって生まれるコクはなんとも言えん。パンにも米にも合うからどっちか迷うところだな」
「僕、ご飯がいい!」
「わしはパンじゃな」
「ははは。きっとハンナさんのことだから両方用意してくれていると思うぞ」
「やった!」
そう話しているところに、山盛りのパンとお櫃を持ってノンナがやってくる。
「食いしん坊さんたちに朗報よ。お米もパンも両方用意したから、好きなだけ食べていいわよ」
ノンナが得意げにそう宣言し、リルが、また、
「やった!」
と歓声を上げた。
そしてハンナさんがカツを乗せたカートを押して食堂に入ってくると、いつも通り楽しい食事が始まった。




