庭師とユニコーン02
「アリエス。ちょっといいか?」
その質問にアリエスが目を開け、
「いいわよ」
と軽く答えてくる。
私は、とりあえず疑問を一から整理しようと思い、
「まず、世界樹というものについて教えてくれ」
と聞いた。
「世界樹はその名の通り木ね。見た目は少し大きいくらいで普通の木と変わらないし、普通の人間は近づいてもなにも感じないでしょうね」
「なるほど。それで世界樹は何をしているんだ?」
「この世界の地脈、大地を流れる魔力の調整をしているわ。いわば大地の管理者ね」
「そうか。で、なぜその世界樹が人間の味方を?」
「世界樹は博愛主義者なのよ。世の生物全体の味方というほうが正しいわ。しかし、魔獣は別。あれは大地の淀みが生み出すただの怪物だもの」
「ん? ということは、世界樹がちゃんと機能していれば魔獣も生まれないという話に聞こえたんだが違うのか?」
「ええ。正解ではないわね。世界樹が管理しているのはこの世界の大きな魔力の流れだけなの。人間で言えば国家運営をしているものね。人間が正しく国家を運営していても犯罪者は必ず現れるでしょ? それと同じよ。世界樹も万能ではないわ」
「なるほど。大局は制御するが、細かい点はそれにかかわる者が対処せよという感じで捉えていいだろうか?」
「まぁ、そういう感じね」
「なるほどな。で、今回私が選ばれたという経緯について説明を求めてもいいか?」
「ええ。世界樹はいろんな人間を含めたあらゆる生物を見ているの。その中で今回はユーリが選ばれたということね。詳しい理由は定かではないけれど、おそらくあなたの魔力を気に入ったんじゃない?」
「……それは、光栄なことなんだろうな。で、選ばれた私に何をしろと?」
「おそらく氾濫が発生するだろうからその対処ね」
「氾濫?」
「ええ。恐ろしい魔獣がこの世界に現れて、その影響で魔獣が急激に増加することを通称氾濫と呼んでいるの。それに対処するのはこの世界に健全な社会を必要としている者の役目でしょ? だから、人間のユーリを選んだんじゃないかしら」
「それは穏やかじゃないな。魔獣が急増するとなるとうち一国の問題じゃないし、私一人で対応できるとも思えんが」
「ええ。だから私が王に言って人間全体で対処にあたるよう進言するわ。聞くか聞かないかは人間しだいね。で、ユーリはその中核を担って氾濫の大元になる魔獣を討伐しなさいということよ。そのためには今のままじゃ少し力が足りないようだから、世界樹が力を授けることになって私が呼びに来たってわけよ」
「そうか。事態は急を要するのか?」
「いいえ。まだ先の話よ。でもそれほど悠長に構えていられるわけでもなさそうね。人間の都合がつき次第すぐにでも行動を起こした方がいいわ」
「わかった。とりあえず、明日は早々に任務を終わらせて帰路に就くことにしよう。それで大丈夫か?」
「ええ。かまわないわ」
そう話したところで、
(これはとんでもないことに巻き込まれたな……)
と正直な感想を抱く。
しかし、よくよく考えてみれば事態は人間全体の運命を左右する重大事態だ。
私は、
(なぜ、私なのか、はたして私にその役が務まるのか、それはわからん。わからんが、選ばれてしまったというからには全力で事に当たるほかないだろう。私を育んでくれたあの国、この世界を危険にさらすわけにはいかないからな)
と思い極めると、その日は、緊張感の中明日に向けて体を休めた。
翌日。
さっそく任務に取り掛かる。
今回は地形の調査と魔獣が出たらその対処をしてくるというものだったが、私は地形の把握を優先し、適当な高台を目指し歩を進めていった。
見晴らしのいい場所から辺りを観察し、地形を簡単に書き記していく。
目の前にはわりと高い山がそびえていて、いかにもワイバーンや山羊の魔獣が好みそうな場所だと思った。
(本来ならそっちにも調査に行きたいところだが、アリエスとの約束もあるからな。今回はここまでにしておこう)
そう思って高台を下りる。
そして私はみんなに声を掛けるとさっそく帰路に就いた。
十日ほどかけて森を出る。
森を進む間、アリエスに色々と話を聞いてみたが、結局のところ詳しい話は世界樹から聞いてくれと言われ、たいした情報は得られなかった。
ただ、どうやらアリエスが人間嫌いというわけではなさそうだということはわかったので、そこは安心してほっと胸を撫で下ろす。
私は苦笑いしつつも、
(さて。このアリエスにハンナさんの魔法は通じるのだろうか?)
と考え家路を急いだ。
王都に着き、門番に頼んで王城に急を知らせてもらう。
私は詰所に寄って緊急事態だと伝言をすると、そのまま伯爵家に向かった。
「ただいまかえりました」
「おかえりなさい……って、そちらは?」
「はい。ユニコーンのアリエスです。また森で出会いました」
「はじめまして。アリエスよ」
「あらあら。これはご丁寧に。この家の台所を預かるハンナと申します」
「そう。しばらく厄介になるかもしれないからよろしくね」
「ええ、それはもう。ご飯はみなさんと一緒でいいのですか?」
「いえ。私は菜食主義者なの。野菜があればいいからお気遣いは無用よ」
「そうでしたか。じゃあ、キャロットケーキでもお作りしましょうかね」
「それはなに?」
「はい。ニンジンと砂糖と小麦粉にちょっとの油を使って作ったケーキのことですよ。ああ、そうだ。卵は大丈夫ですか?」
「卵はなしがいいわね」
「わかりました。ではそのようにお作りしましょう。お泊まりになるのは厩舎でかまいませんでしょうか?」
「ええ。森で暮らしているくらいですもの。どこでも構わないわ」
「恐れ入ります」
そんな会話をするアリエスとハンナさんの横から、
「おそらくこのあとすぐに王城に呼ばれると思います。すみませんが、急いで支度を整えますので、そのつもりでいてください」
「わかったわ。王城から人が来たらすぐに呼びますね。ユーリはとりあえずお風呂にでも入っていてください。すぐに離れの方で準備させますからね」
「ありがとうございます」
そう言って、マロン、リル、アリエスをハンナさんに任せ、離れに向かう。
手早く荷物を下ろし、メイドが急いで支度してくれた風呂でこちらも急いで体を洗うと、正装に着替えてその時を待った。
思ったより早く王城からの使いがくる。
私はアリエスたちをともない、すぐ王城に上がった。
王城の広い廊下をアリエスが堂々と闊歩する。
すれ違うメイドや執事の中には驚いている者もいたが、一応は冷静に対応してくれた。
すぐ謁見の間に通される。
そこで、アリエスはまた堂々と自己紹介をした。
「初めまして。アリエス殿。この度はなにやら急を告げにいらしていただけたとのこと。詳しく伺ってもよろしいか?」
「ええ。ユーリには事前に説明しましたが、近い将来この国が接するあの森で魔獣の氾濫がおきます。おそらくことは周辺諸国にも及ぶでしょうから、人間で話し合い、きちんと対応しなさい」
「氾濫というのは?」
「それに関しては私から説明いたします。氾濫というのはいわゆる魔獣の異常発生が大規模に起こるもののようです。なんでもその中心にはとんでもない魔獣がいるとか。私は、そのとんでもない魔獣の対処にあたる役目を世界樹から仰せつかりました。そのうち、世界樹に会いに行き、力を授けていただくことになっております」
「なに? 世界樹とな? それは一大事。世界樹への旅となると一個師団の編成で済むだろうか?」
「それは心配無用よ。というよりも私が世界樹へ案内するのはユーリ一人だけだから、他の人間は連れていけないわ」
「それは……」
「心配いらんぞ、王よ。わしらもついていくでな」
「うん、大丈夫!」
「そうか。それならば、頼むことにしよう。ユーリ、しかとその役目、果たせよ」
「はっ」
その後、王からアリエスに世界樹や氾濫についての質問が飛ぶ。
アリエスの答えは前と同じで、詳しいことは世界樹に会えばわかるからユーリに任せるようにというものだった。
「それよりも人間たちの体制を整える話し合いを急ぎなさい。事態は切迫しているというわけでもないけど、悠長に構えていられるほどではないわよ」
「かしこまった。急遽各国に会談を申し入れよう。ちょうど合同軍事演習に向けて話し合いを持つところだったので、その予定を繰り上げれば、一か月後くらいには会談ができるでしょう。それで構いませんかな?」
「そうね。そのくらいなら大丈夫でしょう。しっかりおやりなさい」
「しかと承った」
王がそう言って謁見が終わったかと思った時、アリエスが、
「そこの子。いい魔力をしているわね」
とアナスタシア様の方に声を掛ける。
アナスタシア様突然のことに、少し戸惑ったような表情を見せたが、すぐに微笑み、
「ありがとう存じますわ」
と答えた。
「うふふ。決めたわ。準備が整うまで私はこの子と過ごします。寝るのは庭で構わないから、そうしてちょうだい」
アリエスの突然の宣言に王が驚きの表情を浮かべる。
しかし、とうのアナスタシア様はにっこり微笑み、
「あら。お友達になってくださるの?」
とアリエスに声を掛けた。
「ええ。あなたとならいいお友達になれそうだわ」
「嬉しいわ。ありがとう。私のことはアーニャって呼んでね」
「わかったわ。アーニャ。よろしくね」
「ええ。こちらこそよろしくお願いしますわね」
そう言ってアナスタシア様がアリエスの前に出る。
アナスタシア様はアリエスに手を伸ばし、その首筋を軽く撫でながら、
「うふふ。楽しい毎日になりそうね」
と声を掛けた。
(なんとも妙なことになったな)
と思いつつ王城を辞する。
ハンナさんにそのことを伝えると、
「あら。じゃあ、キャロットケーキは明日王城に届けましょうね」
と言い、いつも通り夕飯の支度を始めた。
私もいったん離れに戻り楽な服に着替える。
そして、夕飯までの間、軽く一服して時間を過ごすことにした。
自分で淹れた少し苦めの緑茶を飲んでほっと息を吐く。
(さて。大変なことになってしまったな)
そう思うが、なぜか、
(まぁ、どうにかなるだろう)
という気持ちもあった。
きっとそれは私の横でリルがでろんと寝そべり、マロンが丸くなって目を閉じているからだろう。
私はそんな二人を軽く撫で、微笑ましい気持ちで目を細める。
緊急事態とは裏腹に長閑な日常の空気が流れるなか、私はまたお茶を飲み「ふぅ……」と息を吐いた。
爽やかに香る緑茶の苦みを感じ、なんとも落ち着いた気分になる。
私はまた、心の中で、
(どうにかなるさ)
とつぶやき、ゆっくりとソファに体を預けた。




